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Aシャッフル  作者: 朝野凛瞳
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地下都市民

「ねぇ、あんたっていつもあんこちゃんとあんなことしてるの?」

「あんなことってなんだよ?」

「そ、その……ほっぺにキスとか……」

「あー、あれは習慣みたいなもんだよ。ああすれば、あんこは大概大人しくなるからな」

「いくら兄妹でも、普通はそんなことしないでしょ? ルシだってそう思うよね?」

「ルシは一人っ子だから分かんないよ~」

「私だって一人っ子よ……いや、でも絶対おかしいわ」

 家を出て、農園に向かう道すがら、リリィがちょっと蔑んだ目で俺を見てくる。

 俺だって普通だとは思わねぇさ。ただ、あんこが昔からあんなんだから、毒されちまったんだよ。

 そんなことを思いながら進んでいると―――

「おっ、見えてきたな」

 《地下都市》市民住居エリアの半分を使い、最低限の食料を補うために二十年かけて開発されてきた農園が、姿を現した。

 無数のLED証明器具に、丁寧に並べられた栽培台。農園はその中でも二つのエリアに分かれている。

 米の栽培をおこなうエリアと、野菜を栽培するエリアだ。

 地下は、必然的に二酸化炭素の濃度が高くなり、光合成を行う植物にすれば最適な環境である上に、地上の不安定な気候とは違い、気候に左右されることがない。室温管理をきちんと行えば、地上となんら遜色ない食物が栽培できるというわけだ。

 農園の入口をくぐると、何人かの大人が農作業に従事している所だった。

 作業服姿で肥料の運搬をしていた大柄で中年の男性が、俺達の存在に気付き、おーいと手招きしてくる。

「ようっ、兄ちゃん達、ASの隊員か? 今日は何だ、三人で仲良くデートか?」

「ち、違いますよ。少し用事があって、立ち寄っただけです」

 母さんといい、この人といい、なんでそういう解釈になるんだ?

「そうか! 丁度いいや。兄ちゃん達、俺の作ったトマト食わねぇか? すぐ近くにあるから来いよ」

「いえ、そんな……貴重な食料ですし……」

「いいんだよ、気にしなくて。ASには本当に世話になってるからな」

 と言って、この中年のおっさんに促されるまま、俺達は熟れたトマトのたくさん生っている一角のベンチへと腰かけさせられる。

 おっさんはすぐに、大ぶりの新鮮なトマトを三つ、取って来て俺達に手渡す。

「食べてみてくれ。俺が十年かけて開発したトマトなんだ」

 あまりにも勧めてくるので、俺はその見た目にもおいしそうなトマトにかぶりつく。

 噛んだ瞬間、口の中にトマトの芳醇な甘い香りが広がる。

「あ……甘い」

 リリィは、一口噛んだ瞬間にそう言って、そのまま一気に食べ終える。

「これ~ルシが今まで食べたトマトの中で一番甘いよ~」

 ルシもおいしそうに頬張っている。

「そうだろ? そうだろ? 頑張った甲斐があるってもんだぜ」

 おっさんも満足気に頷いている。

 確かに、こんなにも甘いトマトを食べたのは初めてだ。

 まるで酸味が無い。何か別の果物を食べているような……そんな感じだ。

「俺はさぁ、二十年前は農家の息子だったんだよ。けど、【終焉の月曜日】の日に俺以外の家族はみんな死んじまって……こんな何もない地下に閉じ込められて、訳も分からずにずっと泣いてたよ。でもな、そんな時に俺達の前に火野大也が現れたんだ。あいつは、俺達が何も考えないでのほほんと地上で過ごしていた間も、ずっと戦ってたそうだ。そして、地下に来て、それでもまだ戦おうとしている。正直驚いたよ。俺よりも年下の男に、こんんな精神を持った奴がいるなんてって……だから、俺は決意した。俺は、俺のやり方で人類に貢献してみせる。家族が俺に残してくれたこの、トマト栽培の知識を使って、人類がもう一度太陽の下で暮らせるその日までの懸け橋になろうって思ったんだ」

 【終焉の月曜日】の解釈は、人によって異なるが、父さんが一度俺に話してくれたことがある。

 【終焉の月曜日】に行われた《賢者》による人類の大量抹殺は、より優れた種の選別である―――と。

 生息範囲と個体数を増やしすぎた人類は、地球全体によって裁きを受け、優秀な個体のみを残して、地上から消え去った。

 このおっさんは、選別され生き残った一人……という事になるのなら、父さんのこの解釈はいささか間違いではないのかも知れない。

 私利私欲に走らず、利他性を重んじる人間社会において善良な人間。

 そういう人間でなければ、この《地下都市》の閉鎖的環境において、人類がここまで生き延びることはなかっただろう。

 このおっさんからは、そういった気配が滲み出ている。

「すまんな。一人で勝手に話しちまって……で、兄ちゃん達の用事ってのは何だ?」

「ああ……えっと、この辺りで塩の大量生産に成功した人がいるって聞いたんですけど……」

「アルベルトの事だな。奴ならそこの角を曲がった突き当りの所で作業してるぜ。」

「ありがとうございます。あと、トマトごちそうさまでした」

「おうよっ! またいつでも来な。たらふく食わせてやるから」

 一礼をしてから、俺たちはおっさんに言われた通りに進んでいく。

 厚い壁で分けられたその場所へ行くと、つーんとしょっぱい香りがしてきた。

 おそらくこの壁は、塩水が農園に流れないための配慮なのだろう。

 野菜は塩水に浸かるとアウトだからな。

 俺たちがこの農園に足を運んだのは、これから会うアルベルトという人物から塩をもらうためだ。

 なぜ塩が必要になるのかということは、追々話すことにしよう。

 さぁ、着いたぞ。

 目的の人物はどこかと探していると、地下シェルターの端、壁と接しているこの場所に簡易プールを作り、楽しそうに笑いながら海水と戯れている男がいた。

 噂によると、この三十代半ばの旧アメリカ人は、地下シェルターに穴を開け、自力でここまで海水を引っ張って来たというちょっと変わった人間らしい。

「あのー、すみません。アルベルトさん……ですか?」

 俺が尋ねるとAHAHAHAHAと笑っていた男は、こちらに振り向く。

「イエス! ワタシガアルベルトネ! ユー達ワタシ二何カ用デスカ?」

 どうやら本人で間違いないらしい。

 年齢の割には、あまり年齢を感じさせない面立ちをしていた。

 二十代前半といわれても不思議ではない。

「俺達はAS部隊に所属している者です。アルベルトさんにお願いがあって来ました」

「オー、兵隊サン達ガワタシニデスカ? モシカシテワタシ捕マッチャウンデスカ?」

「いえ……そういうわけじゃありません」

 っていうか、自分が勝手にシェルターの壁に大穴開けたっていう自覚はあるんだな。

「俺達に、あなたが作った塩を5キロ程分けて頂けませんか?」

「5キロデスカ⁉」

 流石のアルベルトさんにも、困惑の顔が見られる。

 当然だ。5キロの塩というのは、そう簡単に作れるものではない。

 1リットルの海水からは、およそ25グラムの塩が取れるといわれている。

 それが5キロともなれば、およそ100リットルの海水を必要とする。

「無茶を言っているのは分っています! ですが、これも人類の為なんです。アルベルトさん、あなたの力を俺達に貸して下さい!」

 俺に続き、リリィとルシも頭を下げる。

 アルベルトさんはUmmmmと唸り、置いてある石に足を掛け、有名なロダンの考える人のポーズを取っている。

 余談だが、あのロダンの考える人ポーズは、本当に楽な姿勢だ。あくまで俺の体験談ではあるが。

 しばらく考え込み、アルベルトさんは顔を上げる。

「ワカッタネ! 持ッテ行クトイイヨ。塩ハ海水ガアレバ、イクラデモ作レルネ」

「あ、ありがとうございます!」

「チョット待ッテテヨ。今取ッテ来ルネ」

 と言って、アルベルトさんは隣接する倉庫の中へと入っていく。

「よ、良かったね。いい人で」

 リリィも安心した様子で俺に言う。

「全くだぜ。俺達は本当に地下都市民には頭が上がらねぇぜ」

「ねぇ~、どうして塩がいるの~?」

「ルシ、研究班の人の話聞いてなかったの⁉」

「だって~、あの人たちの話全然面白くないんだもん~」

「あのなぁ~……」

 ルシのいつもの天然ぶりに呆れていると、アルベルトさんが大きな袋を持って俺達の前に現れた。

「ドウゾネ! チャント5キロ計ッテキタヨ!」

「ありがとうございます」

「イイネ、デモ、一ツ頼ミガアルヨ」

「何ですか?」

 仕事を手伝い……又は大型の貯水機の投入といった類の要求を予想したが、アルベルトさんの願いは全く違うものだった。

「ワタシヲ、地上二連レテ行ッテ欲シイヨ」

「地上にですか?」

「イエス。ワタシ、地上二忘レテ来タ物ガアリマス。ドウシテモ取リ戻シタイネ」

「……分りました。でも、今の地上は非常に危険な状態なんです。そんなところに連れていくことは出来ません。俺達が地上の安全を必ず確保しますから、その時まで待って頂けませんか?」

 等価交換を要求してきたアルベルトさんに、俺はこう言うことしか出来なかった。

 とはいえ、これ程真摯的な対応をしてくれたアルベルトさんの願いを、うやむやにするつもりは無い。

 だが、今の俺に約束出来るのはここまでだ。

「勿論ネ。コノ二十年間ズット待ッテタネワタシ。待ツノハ得意ヨ」

「ありがとうございます。必ず約束は果たしますので……では、失礼します」

 袋一杯に入った塩を受け取り、俺達はアルベルトさんの元を後にした。


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