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Aシャッフル  作者: 朝野凛瞳
6/14

邪悪猫

一応物語が動き出す場面なので分量は多めに書かせて頂きました。

キャラの動き等で気になることがあればコメントお願いします。

その日は、早めに睡眠を取り―――翌朝午前八時を迎えた。

 ASの任務は、たとえそれがどんな内容であっても、午後六時以降に遂行されることはまずない。夜間任務が許可されているのは、【アサシン・シャッフル】―――俺達の隊で言えばルシ・ブロスフェルトだけだ。

 ちなみに、ASの兵は三種類に分類され、その三種が組み合わさって一つの部隊を成している。

 例えば【ロキ】隊の場合……

主に戦闘を行う【アサルト・シャッフル】―――俺、リリィ、ランカ隊長

 隠密行動を行う【アサシン・シャッフル】―――ルシ

 救援活動を行う【エイド・シャッフル】―――ロン

 とまぁ、ざっくりとこんな感じになっているわけだが、構成人数自体は、隊によってバラバラだ。

 報告によると【ツクヨミ】隊は十人構成の大型部隊だ。ランドのように逃げて、生き延びている兵がいる可能性は十分有り得る。

 俺はASの戦闘服に着替えを済ませ、毎朝配給される缶詰を乾パンと共に腹に詰め込んだ後、遠征許可を得るために、アルカナさんのいるエントランスへと足を運んだ。

 俺以外の面々は、既にアルカナさんから許可をもらい、エレベーター付近で待っているのが見えた。

「おはようございます。アルカナさん」

 挨拶をし、規則なので自分のカードをアルカナさんに手渡す。

「おはよう大地。遠征許可は出しておいたわよ。そんなことより、本当に……気を付けてね。絶対に無事に帰ってくるのよ?」

 カードを確認し、俺に渡しながら、アルカナさんは心配そうな表情で俺を気にかけてくれる。

「はい……ありがとうございます。じゃあ、行ってきます」

 一礼し、俺がみんなの待つエレベーターの方へ歩き出すと―――

「大地。どうしてもピンチになったら、メガネを外すのよ?」

 ―――えっ? 

 そう言って振り返ると、アルカナさんは何事もなかったかのように、受付の仕事を再開していた。

 メガネを外す? どういう事だ?

 俺は小さい頃からずっとメガネを外したことが無い。

 父さんに絶対に外しちゃだめだと言われたからだ。それ以来、風呂の時も寝る時もメガネは外していないんだよな……。

 アルカナさんの言葉を不思議に思いながらも、みんなと合流し―――エレベーターで地上へと上がる。

 エレベーターを降りると、元職員室として使われていた部屋に出る。そこから俺達は校舎を出て、駐輪場として使われていた所に向かう。

 勿論、移動手段を確保するためだ。

 駐輪場に着くと、整備員達がちょうど、俺達が乗る乗り物の整備を終えた所だった。

「おはよう。朝からお勤め御苦労だな」

 ランカ隊長が声をかけると、二人の若い整備員は、一瞬で顔を赤らめる。

「お、おはようございます! 反重力式(ホバラ)機動()二輪()の整備は終わっています!」

 そう言って整備員が指したのは、白基調の、細身ではあるがかなりのウェイトを誇る単車だ。

 ―――反重力式(ホバラ)機動()二輪()

 その名の通り、一旦起動させれば、この乗り物は宙を浮く……と言っても、空を飛べるわけじゃないがな。

 勿論、これにも《シャッフル》のスペードのKの能力が応用されている。

 まぁ、要するにG武器と同じ系統ってわけだ。

「乗り方は分かりますよね? グリップを軽くひねるだけでいいですから」

「大丈夫だ。それじゃあ、みんな出発するぞ」

 そう言って、ランカ隊長はホバライドにまたがり、鍵代わりとなる自分のG武器、AS機能搭載次世代型戦棍―――《GM(ギア・メイス)》を車体の側面にセットする。

「生体反応確認。【ロキ】隊、西園寺蘭香隊長。ホバライド、起動します」

 ホバライドから、G武器と同じ音声が流れ、車体が重力を無視するかのように、数十センチ浮きだす。

 ランカ隊長に続き、俺達も自分のホバライドに乗り込んだ。

 しかしまぁ、地下で試乗したことはあるが、実際に地上で使うのは初めてなんだよな。

 車体が浮き上がるのを感じながら、そんなことを考えていると……

「目的地は南西に五キロ程の大池だ。【ロキ】隊―――全員で生きて帰るぞ!」

「了解!」

「了解です!」

「了解だよ~」

「勿論です!」

白日の太陽の下、五機のホバライドが駆けて行く―――俺達の任務が始まった。

 

  如月町が人類地下収容地区に選ばれたのには、いくつかの理由がある。

 一つは、溜め池の保有量が日本で一番であったこと。地下という水資源の限られた環境の中を生き抜くためには、それなりの水を貯めておくことの出来る土地が最適だったからだ。

 そして、もう一つは―――淡路島に近かったということだ。

 古来より、《天国門》が開く地は淡路島と言い伝えられていた。だから、数十年前の人は人類がこうなることを予想して、少しでも人類の勢力を淡路島に近づけるべく、ここ、如月町に《地下都市》を造ったというわけだ。

「そろそろ着いてもいい頃なんじゃない?」

 ホバライドを俺に近づけながら、リリィが尋ねてくる。

 俺達が今目指しているのは、如月町の中でも二番目に大きいとされている大池だ。因みに、千五百年近く前に造られたらしく、『日本の溜め池百選』にも選ばれていたそうだ。

 そしてそこは、【ツクヨミ】隊が昨日遠征に行った場所でもある。

「まだ出発して十分くらいじゃねぇか……って、おっ! あれか?」

 植物の浸食がまだ進んでいない坂を上って行くと、右手に大きな池が二つ見えた……いや、道路が池の上を通っているだけで、実際は一つだな。かなり大きい池だ。基地の近くにある溜め池とは比べ物にならない。

「間違いない。あそこにホバライド十機の反応がある」

 ランカ隊長が言った通り、確かに俺のホバライドのレーダーにもしっかり【ツクヨミ】隊のホバライドが確認できた。

 間違いなく、『人の姿をした猫』は、このあたりを縄張りにしている。

 そう考えると、やけに不気味に感じて来たぜ……。

「ホバライドはすぐ近くに放置されているようだ。一旦そこで行動を確認しよう」

「了解です」

 【ツクヨミ】隊のホバライドは、池を埋め立てた広場に並べられてあった。

 俺達も、そこにホバライドを止め、状況を確認する。

「戦闘の痕跡が無いですね。うーん、僕の予想ですが、【ツクヨミ】隊はあの木の生い茂った辺りで襲われたのではないでしょうか?」

 ロンが、辺りをウロウロした後、メガネを正しながら指さしたのは、ひと際植物の浸食が激しい池の際付近だ。

「どうしてそう思うんだ?」

「【ツクヨミ】隊の隊員は、彼等の行く道に目印を付けていっているんです。肉眼では見えませんが……大地、このスコープを覗いてみて下さい」

「こうか? ……ってスゲェ! 確かに等間隔で赤い光が発光してる!」

 肉眼じゃ全く見えなかったのに、ロンが手渡して来たスコープを覗いた瞬間、赤い光がロンの示した方向に向かって続いているのが見えた。

「なんでわかったの? ロン」

 リリィもルシも不思議そうな顔をしている。ランカ隊長は表情一つ変えていないが。

「僕等【エイド・シャッフル】は、何時いかなる時でも、隊員の身の安全を確保しないといけません。ですから、道に迷ったりしないようにと、あとはすぐに逃げられるように、《賢者》にも見えないような、特殊な目印を付けておくんですよ。バレたら大変ですからね」

 なるほど、【エイド・シャッフル】としての知識があったからこそ、って事か。流石はロン、頼りになるな。

「ロンすご~い。こんなにちっちゃいのにそんなこともわかるなんて~」

 サラサラッ、と、ルシがロンの頭を撫で出した。

「や、やめてくださいよルシさん~」

 赤くなりながら、ロンは軽く抵抗している。なんだかんだ言ってもまだ十歳だからな。年上の女性に頭を撫でられるのは恥ずかしいんだろう。

「よし、あの林に向かうぞ」

 ランカ隊長の後に続き、俺達は、【ツクヨミ】隊の捜索を開始した。

 

  木が生い茂って、林のようになっていたのは、どうやら入り口付近だけのようだ。

 奥へと進んで行くと、意外なほど見通しが良く、風と共に流れる木の葉のささやきが心地良いくらいだ。

 《賢者》の気配は……今のところない。ロンのスコープを頼りに、俺達は【ツクヨミ】隊の後を追っていた。

「きれいな所ですね。今まで地下で暮らして来た僕達からしてみれば聖地ですよ」

「まったくだぜ。任務でここに来てることを忘れちまう位のどかだな」

「こういう経験って、ASに入隊してなかったらきっと味わえなかったんだろうね」

 地上に出て、早三ヶ月が経過しているが、俺達にしてみれば、地下の電灯の明かりしかない場所で何倍もの時を過ごして来た後で、こういった景色はあまりにも新鮮だ。

 一応は辺りの警戒もしながら、スコープを覗きながら先導するロンに続く。

「そういえば、ルシはどこ行ったの?」

 不意に、リリィが、ルシがいないことに気がついた。

「まさかルシの奴……はぐれたのか⁉」

 辺りを見回すが、ルシの姿は無い。まずいぞ、こんなところではぐれちまったら、何時襲われるか……っ!

「ルシー! いたら返事してー!」

「ルシはここにいるよ~」

「えっ⁉」

 リリィの呼び掛けに対して、反応があった。

 幻聴じゃない。確かにルシの声だ。

 いやでも……声がするだけで、姿は無い。一体どういう事だ?

 刹那―――俺の肩に、ポンッと、何者かが触れる感触が伝わってきた。

 一瞬ビクッ、と震えながらも、俺は振り返り、後ろへ飛んで戦闘態勢に入る。

 だが―――そこには誰もいなかった。ただ……

「えへへ~♪」

 という、ルシの笑い声が、聞こえている。

「安心しろ大地。敵じゃない」

 と、ランカ隊長がルシの声のする方へと向かい、何もいない場所で何かを引きはがすようなしぐさをする。

 すると―――

「えへへ~ばれちゃった。すごいでしょ~?」

 と、誰もいなかった場所からいきなりルシが現れた。

 ランカ隊長は何か布のような物を手にしている。

「【アサシン・シャッフル】に配られる光科学迷彩だよ~。今まで誰も使った事なかったから、ホントに透明になるか分かんなかったんだけど~、ちゃんとなってた~?」

 ランカ隊長から透明化に使ったのであろう布を受け取りながら、ルシは楽しそうに笑みを浮かべる。

「すげぇよこれ。声がしなかったら全く分かんなかったぜ」

「太陽光の反射を利用して、辺りの風景と一体化させるようだな。『カメレオン』と言われているだけのことはある」

 丁寧にランカ隊長が説明を付け加えてくれた。

【アサシン・シャッフル】は基本的に、任務中には姿を暗ます。現れるのは絶対的勝利を確信した時のみだ。そういう点ではこの『カメレオン』ほど、汎用性に優れた道具はないな。

「本当に宋博士はすごい人ですよね。スペードのK一枚で、ここまでの物を作ってしまうんですから。他の《シャッフル》のカードが人類の手にあればと考えると……」

「だな。一体あの人何者なんだ? 二十年前まで教師やってた人間とは思えねぇよ」

 おそらくASの中で最も謎の多い人物だ。

 そんな事をしながらも、俺達は捜索のための足を進めて行く。

 ―――だが。

 進めど探せど、【ツクヨミ】隊はおろか、《賢者》一匹現れる様子は無い。

 ロンも自分の当てが外れたか? というような顔で、うなだれている。

「仕方ない。引き返して、別のエリアを当たることにしよう」

「そうですね。遠征の時間も限られてるし……」

 俺もランカ隊長の意見に賛成し、来た道を引き返そうとした、その時。

 リリィが急に「しっ……何か聞こえる」と、俺達を制した。

 【ロキ】隊に緊張が走る。

 耳を澄ますと、非常に小さくはあるが、何かそう……リズムのある、歌のようなものが聞こえる。

 ルシはもう、姿を消していた。賢明な判断だ。

 《APS(エイドシャッフルプロバイドシステム)》という特殊な救援装置しか持っていない無防備なロンのそばにリリィが護衛として付き、俺とランカ隊長が先行する。

 歌の響く方へ進んで行くと―――そこは、円状の木があまり生えていない広場のような場所。

 一見、何もないただの空間かと思った――が。

 そこは、地獄への入り口だった。

 異様なのは、そこに佇むG武器を所持した一人の少女と、その周辺に飛び散った、大量の―――血。

 そして、壊れた無数のG武器が落ちている。

 真っ白な髪を持ち、見た物全てを引きこんでしまいそうなほど可憐なその少女は、涙を流し、歌を歌っていた。聞いたことのない、しかし、どこか悲しい歌。

 俺達の気配に気づいたのか、少女は歌を止め、語りかけてきた。

「どうして、人間はこんなにも醜いのですか?」

 問われた言葉の意味が、俺には理解できなかった。

 だが……その言葉で、一つだけ判断できたことがある―――この少女が、『人の姿をした猫』だ。

 人間が人間にわざわざ人間の話をするわけがないからな。

「じゃあ聞くが、どうしてお前は人の姿をしてるんだ?」

 俺の問いに、少女は流れ続ける涙をよそに、笑みを浮かべた。

「醜さは、時として美しく咲き変わる事があるのです。『醜いアヒルの子』という物語を知っていますか? そう、初めは醜くても、時が来れば美しく変わるかもしれない。ペットとして人間の世界に連れて来られた幼い一匹の仔猫は、その物語に憧れたのです―――」

 話を聞きながらも、俺は眼前に据えた相手を観察し続ける。

 何故、こいつはG武器を持つことが出来ているんだ? 生体認証が行われなければ、G武器は絶対に起動しないし、対象者以外が持とうとしても、電流が走る仕組みになっているはずなのに……。

 流れ続ける涙と共に、少女は続けた。

「―――仔猫は、醜さを求めました。最も醜い存在は、最も美しい存在になるのだと、信じてやまなかったからです。そして時は流れ、仔猫は猫になり―――人間の醜さを知ったのです。悟ったのです。最も醜いものは『人間の心』だと―――」

 少女は踊っている。ただひたすら楽しそうに。涙を、流しながら。

 気を許したら飲み込まれそうだぜ……。

「―――猫は、人間になることを望みました。願いは募り、そして奇跡を生み、猫は《賢者》となりました―――」

 ゾクッ―――と、全身に悪寒が走る。

「それがお前ってことか?」

 やべぇ、声が震えてる。

 少女は……真っ黒なスカートの裾を上げ、ぺこりと頭を下げながら―――

「初めまして、人間の皆さん。『邪悪(イービルキ)(ヤット)』と申します。趣味は―――『惨殺』です」

「―――ッ⁉」

 刹那、眼前からイービルキャットの姿が消える。

「あなた、危険ですね」

 奴が狙っていたのは―――ロンだった。

 まずい、イービルキャットはおそらく【ツクヨミ】隊と戦って、【エイド・シャッフル】の存在に気が付いている!

 即座に振り返るが―――遅かった。

 イービルキャットが振り下ろしたG武器、AS機能搭載合体式二刀―――《GTS(ギアツインソード)》が、ロンの右腕を切断した。

「ロンッ!」

 リリィがすぐさまGARLを放ったが、あっさりと躱されてしまう。

「おかしいですね? 毒が回っていない……なるほど、機械ですか……」

 切り落とされた右腕は、ドスッ、という音を立てて地面に落ちる。

 切り口からは、血……ではない。導線と金属が顔を出している。

 肝心のロンは悲鳴を上げるわけでもなく、落ち着き払っていた。

 そう、ロンには毒は効かない。

 正確には、ロンの―――右半分には。

「助かりましたよ。左腕だったら確実に死んでいました」

 ちょっとした笑みを浮かべながら、ロンはリリィの背後に回る。

 事情は知らないが、ロンは体の右半分を機械で補っている。噂によると手術を施したのは宋博士だとか。何はともあれ、それが功を奏したわけだが……。

「やってくれるじゃねぇかよッ!」

 俺とランカ隊長はすぐさま二方面からイービルキャットに攻撃を仕掛ける。

 ―――ギンッ、ギギギンッ!

 G武器同士がぶつかり合う金属音が辺りに響く。

 くっ……こいつ、笑ってやがるぜ。

 イービルキャットは、俺とランカ隊長の攻撃を踊るようにかわしていく。

「―――ぐっ!」

 イービルキャットの繰り出した蹴りが、俺の横っ腹を捉えた。

 数メートルを悠に吹き飛ばされたが、何とか体制を立て直す。

 視点を戻すと、ランカ隊長とイービルが激しい攻防を繰り返していた。

 ―――早すぎる。

 G武器の中でもヘビー級のGMをあんなに軽々と操ってるランカ隊長もだが、イービルの動きは、さらにその上を行っている。

 目標物が小さい上、あの動き。

 リリィの射撃援護は到底期待できないぜ……。

「アサルト・シャッフルモード展開。目標照射!」

「目標照射を確認。AS【タイプI】に移行します」

 俺の肉声に反応したGTの線が開く。

 そして、そこから凍ってしまいそうになるほどの冷気が溢れだしてくる。

 俺は、一足跳びにイービルとの間合いを詰め、GTを振り回す。

 イービルはしゃがみ込みながら俺の攻撃をかわす。

 ―――まだだッ!

 俺は振り回した回転をそのままに―――クルッ。

 一回転しながら左のGTを地面に叩きつける。

「……ッ⁉」

 危険を察知したのか、イービルは後ろにステップする。

 GTが叩きつけた地面に生えている草は次々に凍っていき―――あと少しのところでイービルを逃がした。

「ちっ……惜しかったぜ」

「氷ですか。この武器は『弱点を突く』と言う人間の醜さを体現してますね」

「俺達の弱点を突こうとしたテメェが良く言うぜ」

 見る限りでは、イービルが持っているGTSは音声には反応しないみたいだ。

 ―――だが。

 イービルの手を通してGTSから滴り落ちている紫の液体。

 あれは……まずい。

 おそらくあの液体が【ツクヨミ】隊を皆殺しにした毒だろう。あれが体内に四回(・・)以上入ったらアウトだ。

 息を吸い込み、体の神経を研ぎ澄ませる。

 そしてチラッ、とランカ隊長に目配せをしながらも、俺は再びイービルに突っ込む。

 距離を詰め、力が一番伝わる間合いで渾身の力を振り絞り、GTを振る……が。

 やべぇな。完全に見切られてるぜ。

 俺の攻撃は全てGTSでいなされていく。

「私も、攻撃しますよ?」

 と、イービルがご丁寧に攻撃の開始を知らせてくれる。

 ―――ギンッ! ギギッ! ギギギギッッ!

 交互に絶え間なく振り下ろされるGTSを、二本のGTで何とか受ける。

「私を忘れてもらっては困る!」

 ASモードの起動を終えたGMを両手に、ランカ隊長も加わる。

 手数は、3対2。

 俺とランカ隊長は呼吸を合わせ、イービルの処理速度を上回ろうとするが、一筋縄ではいかない。

―――ツッ

 なんて、強さだ……ッ!

 さっきの音……やはりイービルのGTSが、ランカ隊長の頬を掠めていた。

「ロンッ! 頼む!」

「任して下さい!」

 ランカ隊長の呼び掛けにすぐに応答し、ロンが拳銃型の救助装置《APS(エイドシャッフルプロバイドシステム)》の回復弾をランカ隊長に向かって撃ち込んだ。

 《APS》から放たれた緑色の光の弾はランカ隊長に着弾し、頬の傷口はあっという間に塞がってしまう。

 この《APS》は、《進化(エボリュ―ション)》の力を応用した救護装置で、体内の細胞を急激に進化させ、治癒能力を劇的に引き上げる。

 但し、使用限度は一日三回。それ以上の使用は二十四時間以上空けなければならない。

 本来ならかすり傷程度では使わないが、相手が毒持ちである以上仕方がないってわけだ。

 ―――くそっ……こんな相手に無傷で勝てって言うのかよ……冗談きついぜ。

 俺とランカ隊長は、一旦距離を取り、体勢を整える。

「なかなか手強いですね。氷と超音波を使ってくるとは思いませんでした―――」

 超音波……なるほど、ランカ隊長のGMがASモードなのに変化が無いと思ったのはそう言う事か。

「―――昨日(・・)の(・)人間(・・)よりも遥かに強いですよ」

「……テメェ、【ツクヨミ】隊をどこにやったんだ?」

 昨日の人間……それに辺りの血とG武器。明らかに戦闘の痕跡があるのに、【ツクヨミ】隊の姿は無い。

 俺の質問に、イービルは少し不思議そうな顔をしながら……

「【ツクヨミ】隊……? ああ、昨日私がおいしく頂いた人間の事ですか?」

「―――なっ⁉」

「久しぶりの人間の味は最高でした。死ぬ間際に猫に命乞いをする人間の醜さと言ったら……堪りませんでしたよ」

「テメェ……ッ!」

 と、その時の味を思い出すかのように、イービルは妖艶な顔をしながら舌でGTSを舐める。

 やっぱり、文献で読んだ食物連鎖における人類の位置づけは、確実に変わっている。

 人間は最早、ピラミッドの頂点から引きずり降ろされたというわけだ。

「あなた方は一体どんな醜さを私に見せてくれるんでしょうね?」

 刹那、イービルの体がブルブルと震えだし―――真っ白な頭からは耳が生え、スカートが破れて刺々しい尻尾が現れた。

 まさかとは思うが……

「私の力の片鱗をあなた方にお見せしましょう」

「―――ウッ⁉」

 イービルは考えられないような速さで、ランカ隊長に迫ると、体を旋回させ、回し蹴りを決める。

 ランカ隊長もとっさにGMで受けるが、吹き飛ばされた。

 そして、イービルはそのまま左足が地面に着くと同時に、バネのように足を使って俺の元へと跳躍する。

 そして一瞬反応の遅れた俺の足を払い―――

「……ガハッ⁉」

 体が浮いた状態での腹部へのエルボー、俺の体は地面に激しい衝撃と共に打ち付けられた。

 ……やべぇ、一撃で意識がぶっとびそうだ。

 目線の先にいるイービルに、死を覚悟したが……

「やらせないっ!」

 鳴り響く銃声と共に、イービルが視界から消えた。

 リリィが応戦しているようだ。

 まずい……リリィのGARLじゃ到底イービルの動きを捌き切れないぜ。

 俺は、戦闘服の内ポケットに入っている回復薬を取り出し、首に注射する。

 APS程の即効力は無いが、これでも随分と体が楽になる。

 すぐさま起き上がり、弾丸を躱しながらリリィに迫るイービルに向かって、俺はGTを投げつける。

 『警棒投げ』―――昔トンファーを『警棒』として採用していた、『警察』という組織が使用した技だ。

 GTはイービルに向かって行き―――足を絡め取った。

「―――二ャッ⁉」

 イービルは俺の復活を予想してなかったみたいだ。可愛い声を出すじゃねーかよ。

 イービルが転んだのを視認すると同時に、俺はもう一本のGTを剣のように持ちかえ、跳躍しながらイービルに向かって振り下ろす……が、イービルは跳ね起きで起き上がり、寸部の所で避けながら俺との距離を取る。

 ―――ここまでは想定通りだ。

 俺は着地と同時に左手で落ちているGTを掴みながら……

「《ガン・モード》」

「音声を確認。GTガン・モードに移行します」

 AS機能搭載次世代型可変式トンファーの名前は伊達じゃないぜ!

 機械音と同時にGTの先端部分が開き、柄の部分には隠されていた引き金が現れる。

「くらえっ!」

 予測したイービルの回避場所に向かって、俺はGTの引き金を引く。

 一発、二発、三発。

 AS機能によって進化した三発の氷の弾が、イービルへ向かう。

 イービルは、振り返りながら一発、二発とGTSを使って弾く―――が。

「―――ニャァアッッ⁉」

 三発目の弾が、イービルの右腕を貫いた。

 いいぞ……少しだが勝機が見えてきた。

「バカメガネ! 大丈夫?」

「ああ、助かったリリィ。お前が援護してくれなかったら、今頃あの世に行ってたぜ」

 後ろから心配してリリィが声を掛けてくれるが、敵がいる以上振り返ることはできない。

 俺はどうなっても構わないが、リリィだけは絶対に殺させやしないぜ? 

 ま、今回は俺が助けられちまったがな。

「…………さない……」

 俯いて膝を付いているイービルの口から、何やら声が聞こえる。

「……ゆる……さない……ゆるさない……ゆるさない、ゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないッッ!」

 一帯を揺るがす、狂気に満ちた声。

 人の皮を被った、猫の《賢者》が本性を現しやがったぜ。

 体を震わせ、生じた風圧が俺達を怯ませる。

 イービルはその姿を変貌させ、身の毛もよだつ程、巨大で恐ろしい一匹の―――

―――獣になった。

銀の鎧のような毛を纏い、鉱物を思わせるような硬質の尻尾を生やした猫。

 醜さを取り込み続け、美しさを求めるために、負の感情を内在させ続けた結果生じたその姿は、当に邪悪猫と呼ぶにふさわしいものだ。

 ……なんて呑気に解説してる場合じゃねぇぞこれ!

「グルルゥゥルルッッ!」

 獣化したイービルは、低いうねり声を上げて俺達の方へ飛びかかってきた。

 今度はGTSではなく、自前の、鋭く尖った毒爪を振り下ろした。

 俺はリリィとロンを庇いながら、一か八かGTを構え防御態勢に入る。

 そして、毒爪が俺のGTと接触する寸前―――

 目の前に、ランカ隊長が現れた。

「ふんっ!」

 体を反回転させながら、GMを振りあげる。

 ―――ズンッ

 耳に響くのは、ぶつかり合った衝撃による波動の音だけだった。

 だが、目の前で起きた光景は、俺の想像をはるかに超えたものだった。

 ドスンッという音と共に、ランカ隊長のGMと対峙していたイービルの巨大な前足が一本、地面へと落ちたのだ。

「ギャヤヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ⁉」

 溢れる鮮血と共に、イービルが悲鳴を上げる。

 (何が……起こった?)

 イービルの前足は、根元からきれいに切断されていた。これは明らかにランカ隊長の仕業じゃない。

 傷口を見る限り……やっぱり、焼けた(・・・)よう(・・)な(・)()がある。

 こんな芸当を出来る人間を……俺は一人しか知らない。

 敵を一撃で仕留める為だけに部隊に組み込まれ、秘密裏に行動を行う暗殺兵。

 一定の基準値をクリアしなければなることの出来ない【アサシン・シャッフル】の中でも、三本の指に入る最強の人間―――ルシ・ブロスフェルト!

「みんな~、今のうちに逃げるよ~」

 ルシは、イービルの前足を切断したG武器、AS機能搭載発熱式強靭糸―――《GHT(ギア・ヒートスレッド)》を腰に差しながら、ロンが付けた逃げ道の目印の方へと俺達を手招きする。

「お、おいっ! こいつを倒すんじゃねェのかよ⁉」

 イービルは完全に手負い状態だ。今なら一気に畳みかけて倒せるかもしないって言うのに……

「無理だよ~。あんなのすぐに治っちゃうし、もう同じ手は使えないよ。それに~ルシ達の任務は猫さんを倒すことじゃないしね~」

 ルシに促され、逃げながら投げ掛けた問いに、ルシはニッと笑いながら答えた。

「調査って言われたから~、サンプルは採っておいたよ~♪」

 と、ルシは身長の割にデカイ胸の谷間から、一本の試験管を取り出した。

 くっ……こんな時に不覚にも、ちょ、ちょっと興奮しちゃったじゃねぇか。

 それはともかく(これ以上反応すると、リリィに殴られそうだからな)中に入っているのは、どうやらイービルの肉片らしい。

「あの一瞬でそこまでしたのかよ? スゲェな」

「えへへ~もっともっと褒めてもいいんだよ?」

「いや、やめとくぜ」

「ざんねん」

 ルシはロンの目印を頼りにしつつも、出来るだけ木が密集している場所を選んで逃げているようだ。

 イービルの姿は……見えない。流石にあの大きさじゃこっちには入って来れないらしい。

 道なき道を進んで行くと、林は途絶え、俺達はホバライドを留めていた場所へと出てきた。

 イービルのいた林からは、今も恐ろしい泣き声が響き渡っていた。

「はぁ、はぁ……ここまで来たらもう大丈夫よね?」

 気の抜けたように、リリィはペタンと座り込んでしまった。

 流石に、二回目の戦闘で上級《賢者》は性質(たち)が悪すぎるぜ。カマキリが可愛く思えてくるよ……全く。

「それより、ロン。大丈夫か?」

 ホバライドのサイドバックから水を取り出し、ロンに渡しつつ確認すると……

「僕は大丈夫ですよ。体の右半分に痛覚はないですし、基地に戻れば腕の予備はありますから」

 それより……と、ロンはランカ隊長の方にちらりと目を向ける。

 ランカ隊長も、吹き飛ばされて木に激突したんだ。それなりにダメージがあるに違いない。

「私も心配いらない。何本か骨は折れているがな。このくらいはAPSで元通りになる。ロン、すまないがもう一発撃ってくれ」

「任せて下さい」

 俺の心配もよそに、平然とした顔で答えるランカ隊長にロンはAPSの銃口をランカ隊長に向け、回復弾を放つ。

 緑の光がランカ隊長を包むと、張り詰めていたランカ隊長の顔が少し緩む。

 ……相当無理してたみたいだな。

 それでも、隊員に決して弱みを見せない所が、この人の凄いところだ。

 ランカ隊長はクゥッと伸びをして、俺達に遠征終了を告げた。

「遠征は終わりだ。報告内容を確認する―――【ツクヨミ】隊は全滅。上級《賢者》一体の存在を確認。尚、敵にGTSを奪われた模様。異論は無いな?」

「はい」

「よし、それじゃあ、最後の仕事だ。【ツクヨミ】隊のホバライドを処分するぞ」

「えっ? どうしてですか?」

 リリィが尋ねる。

「ホバライドはG武器が鍵代わりだ。イービルキャットがGTSを持っている今、この状態でホバライドを置いておくわけにはいかない。戦いにおいて、最も恐れることは『敵に技術を奪われること』だからな。敵に渡る前に処分するのが賢明だ」

 確かに、十機もあるホバライドを俺達だけで持って帰ることは出来ない。かといってこのままにしておくと、イービルが見つけて使っちまうかもしれないからな。

 少し勿体ない気もするけど、仕方のないことなんだろう。


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