邂逅
講義室を後にした俺たちは、俺達が所属するAS部隊【ロキ】の仲間が共同生活を送る地下三階の部屋へと戻って来ていた。
「火野大地、リリス・ストーンフリ―、ただ今帰還しました!」
『304』と書かれたスライド扉を開き、俺はすぐさま調子の良い声を張り上げる。
「アハハハッ! ロンにババ行った―♪」
「今のズルイですよルシさん! 僕が取ろうとした時に、左右入れ替えましたよね⁉」
「……」(俺)
「なんのことかな~? ルシはズルなんかしてないよ~、ね? ランカ♪」
「私は何も見てないぞ」
「そんなぁ、隊長まで……」
「―――火野大地! リリス・ストーンフリ―! ただ今帰還しました!」
どうやらババ抜きをしているようだ。
俺はさっきの数倍の、部屋が震えるほどの大きい声を響かせる。
ゲラゲラ笑っていた三人は、その声でようやく気付いたようで……。
「あれ? 大地にリリスだ~お帰り~」
と、ルシと呼ばれた金髪ボブカットの女の子が甲高い声を上げる。
ルシ・ブロスフェルトは、旧ドイツの諜報一族の末裔だ。
ルシの一族は、各国にスパイとして潜り込み一度潜り込めば生涯、その国の人間として生きなければならないらしい。ルシの父親が、送り込まれたスパイだったそうだ。
そしてルシは、世界中に一斉に《賢者》が解き放たれた【終焉の月曜日】があった年に生まれた、数少ない女性の一人。
つまり、俺とリリィにとっては四つ年上のお姉さんに当たるわけなのだが、その幼い容姿のせいであまり年上として接したことが無い。
「またババ抜きか? よく飽きないよな、ルシも」
「だって~二人が帰ってくるまで暇だったんだんだよ~?」
「まぁ、なにより、二人が無事で良かったよ」
ルシの左隣から、大人びた声が響く。
「ランカ隊長! 私達やりました! 地球奪還計画への第一歩を私たちが切り開いたんですよ!」
と、声の調子を上げながら、リリィが満面の笑みを向けた相手の名は、西園寺蘭香。ストレートロングの美しい黒髪に必要最低限の肉を付けた端正な顔立ち。二十二歳でAS部隊【ロキ】の隊長に選ばれた天才だ。
「ああ、おめでとう。これでロキ隊もようやく前線で戦う事が出来るな」
「え……それって……?」
「そういえば、お二人は知らないんですよね? 地上開拓は五年前から既に始まっていたってこと」
………………………………………………………………………………え?
さっきルシに文句を言っていた少年―――弱冠十歳にしてその才能が認められ、入隊一か月で一小隊の参謀を任せられたチビ……もとい天才黒ぶちメガネであるイギリス人、ロン・ハードハットの一言で、俺とリリィは一瞬にして固まってしまった。
「ど、どういうことだよ?」
「今日お二人が開拓した場所は、非常出口にあたる場所なんです。正規の出口は三年前に開拓が終わって、そこから定期的に遠征隊も派遣されているんですよ」
「つ、つまり……」
リリィが、聞きたくない情報を恐る恐る確認すると―――
「お二人に知らされていなかったのは、おそらくお二人の士気を上げるための総司令官の指示かと……」
その瞬間、固まっていた俺とリリィは砕かれた氷のように膝をついた。
(は、は、恥ずかしいぃぃぃぃいいいいっっっ!)
さっきまで、俺、ドヤ顔で父さんに『ああ、楽勝だったぜ!』とか言いながら親指立てちゃったりしたのに……父さん絶対心の中で爆笑してただろ……。
「いやだ……なんかもう、死にたい」
「でも結果的に~、任務達成できたんだから、よかったよかった♪」
ポンッ、とうなだれる俺の肩にルシが手を置いた。
「そうだぞ大地。どんな形であれ、お前たち二人は結果を出したんだ。自信を持て」
確かに、蘭香隊長の言う通り、俺たちは二人だけで任務を達成した。それは紛れもない事実だ。
この一カ月、失敗して失敗して失敗しまくって、やっと任務達成したんだ。
「ありがとうございます、蘭香隊長。俺、なんか自信湧いてきました」
「そうか、それは良かった。で、帰ってきて早々で悪いのだが大也、お前は『ラジコン』の操縦は出来るか?」
不意に蘭香隊長が俺にそんなことを聞いてきた。
『ラジコン』って言えばあれだよな? 確か小型のヘリのようなものをリモートコントローラーで操作する……
「……ええ、小さいころに何度かやったことは有りますけど、それがどうかしたんですか?」
俺が言うと、蘭香隊長、ルシ、ロンは一斉に顔を見合わせ、ニヤリと口角を上げる。
そしてロンが俺にゲームのコントローラーのようなものを手渡して来た。
「実はですね、お二人が任務に言っている間に、僕が作ったんですよ。従来のラジコンにカメラを搭載した偵察機を」
「偵察機?」
俺と同様状況が飲み込めていないリリィも首をかしげながら言う。
「ええ、ラジコンに内蔵したカメラが捉えた映像を僕のパソコンのモニターに映し出すんです。地上をさらにその上から見た景色、見たくないですか?」
「地上を……上から……」
想像もしたことのない話だ。何せ俺たちはついさっき初めて地上に出たばっかりで、それまではずっと地下で生活してたんだからな。
だが、興味はある。かつて人類が過ごした世界、そして父さんが半生を過ごした地上というものに。
「わかった。操縦してやるよ」
「ありがとうございます。僕、作るのは大好きなんですけど操縦とかはどうも苦手で……」
「で、肝心の偵察機はどこだ?」
俺が言うとロンは部屋の片隅にある机の上のパソコンを開き、電源を入れる。
すると、画面には俺達がさっきまでいた地上の景色が映し出される。
「ルシが地上にセットして来たんだぁ~。任務以外で地上に出るのは禁止だから、ちょっと頑張っちゃった♪」
さすが諜報一族の末裔。のほほんとしているが、そういう行動はお手の物だな。
「よしっ。じゃあ、行くぞ?」
と言ったものの、ロンが渡して来たコントローラーは、本来ゲームをするためのもので、ロンがラジコン用に改良していたので、簡単に操作方法を教えてもらい、俺は偵察機を作動させた。
「すごい。景色がちょっとずつ上昇してる……」
リリィが思わず感嘆の声を漏らす。
モニターを通して映し出される景色はどんどん上昇していき、ついに広大な地上の景色が、俺達の前に姿を現した。
一面に広がる青。文献でしか見たことが無い緑の山々、そして、海と呼ばれる広大な水たまり。
「これが……地上」
人類は二十年前までは、この無限に広がる世界に七十億も存在し、繁栄を続け、そして、追い出された。
偵察機を少し下に傾けると、人工であろう建造物が多数見られた。もちろん植物の緑には覆われている。人のいなくなった建物を地球が取り込んだ、と表現するのが一番分かりやすいかもしれない。それほどまでに地上は、安らか(・・・)だった(・・・)。
「父さんは、地上は人間の手で環境が破壊されて、手のつけられない状態になっていたって言ってたが……」
「全然そんな風には見えないわね。だってこんなにきれいなのよ?」
リリィの言う通りだ。確かに人工建築物の後は見られるが、それでも、人類が二十年前にこの地上を脅かしていたとは到底思えない。
俺は、偵察機を前進させ、広大な海が広がる方角へと向かった。
すると背後で見ていた蘭香隊長が―――
「大地、モニターの左奥、何か見えないか?」
「左側ですか?」
蘭香隊長がそう言うので俺はモニターの左側に視点を向け、その方角に向かう。
「やはり……見ろ、こちらからの巨大な橋でつながったあの島、何かあるぞ」
「あの島って確か、淡路島……だよな。日本誕生の最初の島っていう……」
蘭香隊長が指した島、『淡路島』は、古い書物によると確か、日本で最初に出来たとされている島だ。本島とあの島を結ぶ橋は『明石海峡大橋』だろう。
だが、淡路島があることだけは確認できるが、それ以外は遠すぎて何も見えない。
「もう少し近づいてみます」
偵察句を近づけると、徐々に島が画面上で大きくなっていく。
そして、その全様が具体的に見え始めた時―――
「あれ~? なんかおっきい建物があるよ~」
ルシが言ったのと同時に、ここにいる全員が、蘭香隊長の言った『何か』の存在に気が付いた。
「なんだ……これ……っ⁉」
俺達の画面の前に現れたのは、今までの建造物とは比べ物にならないほどの巨大な建造物。しかも、明らかに今まで見た人工物とは作りが違う。
頂上が尖った円錐だ。
そして偵察機の高度を下げ、さらにその謎めいた建造物に接近し―――俺達はとんでもない光景を目にした。
「セ、《賢者》⁉ それも、なんて数なの⁉」
リリィの言う通り、巨大な建造物の周辺には、巨大化しているため一目でわかる《賢者》達が大量に蔓延っていた。
「まるであの建物を守ってるみてぇだな」
「大地、偵察機をもっと建物に近づけてみてくれ」
「わかりました」
蘭香隊長に言われた通り、俺は偵察機を円錐型の建物の一番上の所へと近づける。
建物は……ガラス張りだろうか、内部構造がはっきりと見て取れる。
「これを《賢者》どもが造ったと言うのか? ……この二十年の間に」
「みて! 建物の一番上、何かいるわ!」
リリィが叫ぶ。映像を拡大すると、建物の最上階の部分に、確かに―――いた。
真っ赤な玉座のような物に腰掛ける、人間が。
「に、人間じゃないですか⁉ 有り得ません! 地上に人類は一人たりとも生存していないはずです!」
ロンの言う通りだ。《賢者》が地上に現れて以来二十年、地下に命からがら逃れることの出来た人間を除き、人類は食物連鎖の最下層へと追いやられることになった。
つまり、全員―――捕食られたはずだ。
一瞬、人間の《賢者》という可能性も頭をよぎったが、すぐにかき消した。
人間の《賢者》は父さん達が保護していると言っていた。こんな敵の本拠地のような所にいるはずがない。
「もっと拡大してみるか……」
コントローラーを動かし、カメラの倍率を限界まで上げる。
映像が大分見えづらくなってきた―――その時。
偵察機が映し出す映像と、玉座に鎮座する人間との視線が合った。
「「えっ…………?」」
俺と、リリィの声が重なった。
ほんの一瞬だった。
偵察機が捉えた映像に映った人間は、俺とリリィがついさっき対面したばかりの人間と全く(・・)同じ(・・)顔を(・)して(・・)いた(・・)。
輪郭のはっきりとした顔に蠢く漆黒の模様に、特徴ある青の髪はバンダナで上げている。
その人間の名は―――火野大也。
父さんが、GTを手に持っていた時の顔と同じだった。
刹那、偵察機からの映像は何者かの干渉を受けたように、ノイズを発生させプツリと途絶えた。
「だ、大也……今の……」
リリィの声に、俺は応じることができなかった。
不信感だけが、俺の頭の中を埋め尽くしていく。
「大也? どうしたの~?」
「どうしたんですか?」
「大也、あの人間に見覚えがあるのか?」
見間違いではない。それはリリィの反応を見てすぐに分かった。
一体、何がどうなってるって言うんだ……?
自分をもう一人の父さんだと言っているあいつは、一体何者なんだ? 本当にただの二重人格者なのかそれとも…………
しばらく俯き、そして俺は考えるのを止めた。
そうすることでしか、自分を維持できないと判断したからだ。
―――2035年3月15日、この一瞬の画面越しの邂逅が、全ての始まりだった。