エピローグ
この作品はMF文庫新人賞に投稿する予定の作品です。
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第一章 AS部隊の二人
植物のような大きな黄緑色の鎌が、俺の頬を掠めた。
頬からは、ツーっと赤い液体が流れる。
俺はバックステップで距離を取り、眼前にいる敵と目を合わす。
「こんなのが下級《賢者》かよ……」
俺のつぶやきが到底相手に理解できるわけがないが、俺はすうっ、と息を吸い込み、体をリラックスさせる。
目の前にいる、体長五メートル程の巨大な《敵》―――全身を淡い緑で覆った逆三角形の顔を持つカマキリの《賢者》は、表情一つ変えず目標物(俺たち)を見つめ続けていた。
別にこのカマキリは宇宙から来た侵略者……というわけでもない。ただのカマキリだ。
そう、言うなればカマキリの神様。
八百万の神とは、ここの土地の人間もよく言ったものだぜ。
テメェらが崇めていた神様が、今さらになって『地球奪還計画』とかいうモンを打ち立てて、七十億いた人間を三万にまで減らしたんだからな。笑い話もいいところだ。
「バカメガネ! なにもたもたしてんのよ! せっかくあたしが援護してあげてるんだから、さっさとその気持ち悪いの倒しなさいよ!」
「うっせーリリィ! 今倒そうと思ったんだよ! 頼むからテメェの下手くそな射撃技術で俺を攻撃するんじゃねぇぞ」
「キ―――ッ! なによその言い方! 自分だって火野総司令の影響で、ロクに使えない《GT》使ってヘマばっかしてるクセに!」
「……っ!」
大事な任務中というのに、いきなり俺に罵声を浴びせた少女―――リリス・ストーンフリ―は、俺の方を向いてベーッと舌を出し、サイドアップにした銀の髪を揺らしながら、AS機能搭載可変式強襲銃、通称―――《GARL》の引き金を引く。
「ばっ、ばか! 俺まで殺す気か……っ!」
放たれたGARLの弾が、カマキリの鎌に着弾したのを確認した俺は、すぐさま身を翻し、三メートルくらい走ったところで思い切りダイビングする。
刹那、カマキリの鎌が発光し、爆発を起こした。
「ギャルルウッ―――⁉」
いきなり自分の体内で爆発が起こり、かなり驚いたのだろう。カマキリの《賢者》は普通のカマキリでは聞いたこともないような悲鳴を上げる。
今、リリィ……いや、リリスが放った弾は、着弾すると同時に相手の体内で爆発を起こす《内爆炎弾》だ。
多分、撃った本人も、まさかしっかり命中するとは思っていなかったのだろう。
口をあんぐりと開け、撃った状態のまま固まっている。
しばらくリリィの硬直状態は続き、やがて我に返ったように爆発の衝撃から身を守っていた俺の方を向いて―――
「当たった! ……ほらっ、バカメガネ! あんたの出番よ」
「ったく……調子の良いお姫さんだぜ」
リリィに聞こえるとまた何か言われかねないので、聞こえないようにボソッと呟き、起き上がって視線をカマキリに戻し、AS機能搭載可変式旋棍、通称―――《GT》を構える。
「アサルト・シャッフルモード展開。目標照射!」
俺は、そう言いながら、左手のトンファーの柄の部分に付いているボタンを押し、赤外線のセンサーをカマキリに向けて発射する。
『目標照射を確認。AS【タイプH】に移行します』
《シャッフル合金》という特殊な金属を用いて作られたGTから、機械じみた音声が流れる。
すると、GTに入っている割れ目のような線が開き、そこから出た赤い光がGTを発光させる。
これが、AS機能搭載の武器にGという一文字が付く所以だ。
赤外線を照射した相手の弱点を即座に見抜き、その弱点に対応したタイプに武器自身が切り替わる。
つまり、従来の武器には起こり得た相性という概念が、このG武器には存在しない。
まさに人類が生み出した《賢者》に立ち向かう最後の希望といえるだろう。
GTが発している熱を感じながら、俺はカマキリに向かって走り出す。
「うおおおおおおおおっ!」
そんな声と共に、俺はカマキリの懐に入り込み、右のトンファーで回し殴りを決める。
GTの命中したカマキリの腹は焼け焦げ、何とも言えないような匂いを発していた。
だが、俺の攻撃はそこで終わらない。
AS部隊に正式に配属になる前に受けた、地獄のような鍛錬で見に付けたトンファーの技術をフルに活用する。
両手のトンファーでカマキリの腹部だけを狙い、俺は連撃を繰り出す。
そして―――クルッ。
俺は体を反回転させ、エルボーの要領でトンファーをカマキリに―――突き刺した。
「キィイイイイイイッ!」
暴れまわりながら、カマキリが悲鳴を上げる。
(これで―――終わりだ!)
「GT出力全開!」
『音声を確認。GT、出力全開』
俺の肉声に反応し、GTから機械声が流れる。
そして、GTから発せられる熱と赤い光はさらに大きくなり、カマキリに刺さったGTの先の部分が、赤い光の剣となって、カマキリを突き抜けた。
巨大なカマキリの《賢者》はゆっくりと崩れ落ち、光り輝く粒子となって空へと散って行った。
「……はぁ、はぁ……。か、勝った…のか? 俺達」
俺は乱れた呼吸を整えながら、ぽつりとそう呟いた。
俺の中で『任務達成』という文字が反響する。
今までに感じたことの無いほどの高揚感と喜びの波が、俺に押し寄せた。
AS部隊【ロキ】に俺、火野大地とリリス・ストーンフリーが配属されて、早一ヶ月が経っているが、部隊編入時当初から俺とリリィは任務中に口論になったり、リリィが怒ってぶっ放した弾が味方の前線基地に着弾してしまったりと、【ロキ】隊は俺達二人のせいで、一度もまともに任務をこなせた事は無かった。
しかも、今回の【カマキリ駆逐作戦】は、人類の、地上への唯一の出入り口である、旧如月高校に住み着いてしまっていたカマキリを倒すという、地上進出のための第一歩となる重要な作戦だ。
その上、《賢者》や《シャッフル》に出入り口を特定されないために、この任務には人数制限がかかっていた。
―――人数は二人。
なぜそんな重要な任務に役立たずの俺達二人が選ばれたのかは、今は分かる気がする。
要するに役立たずだからだ。
成功すれば良し、失敗しても、人類の存亡に影響が無い人間であれば問題なし。
つまり、俺達は人類の希望への第一歩の為の『捨て駒』だったというわけだ。
だが、それでも……。
「か……勝った。勝ったよ大地! やった! やったやったやったぁ―――‼」
と、さっきまでの罵声はどこへ行ったのやら、リリィがロシア人の母譲りの銀の髪を揺らしながら、飛びこむように俺に抱きついてきた。
「……うおっ!」
リリィのそこそこ大きな胸が俺の胸に当たるのを感じる。
……やべぇ。
興奮してメガネが曇って来やがった。
抱きついている相手が俺だという事も忘れているようだ。
……リリィもおそらく気付いていたのだろう。自分達が捨て駒だったという事に。
それが分かっているからこそ、今こうして自分が生き残っていることに激しい喜びを覚えてるに違いない。そして、俺と同じくこう思っているはずだ。
―――どうだ、生き延びてやったぜ!
と。
俺達はASの総司令官である俺の父さん、火野大也総指令の命令でこの任務を任された。
つまり、父さんは俺達がここで死んでもいいと思っていたんだろう。
そう考えると無性に腹が立ってくる。
自分の息子をそんな死地にわざわざ送るような親が親だという事に……だ。
父さんにとって、俺の存在は別にどうでもよかったんだろう。
ここで俺が死のうと、死人に口なし。父さんに文句を言う事もできない。
だが、俺は今こうして生きているぜ。
父さん。
―――帰ったら絶対にぶん殴ってやるからな!