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逃げるようにその場から離れる。見てはいけないもの。悪して言うならアポロンが悪魔に堕ちたようだ。愛と呼ばれる神が暴力を振るうなんて……。
この胸騒ぎはなんだ。禁忌を犯した訳ではない。なんなら悪いことをした訳ではない。ならなんで私は逃げているのだろう。
気が付けば校門を出ていた。荒い呼吸。1度止まるともう動けないのではと思うほど足は震え、気は動転していた。
(DVを受けてるんだ!)
(オレは見たんだ! 背中に……)
信じていない訳ではなかった。ただ、その真実から逃げていたのかもしれない。少なからず、森谷くんを信じていたに違いない。
「なんで……だろう……」
口を出た言葉。
「どうしたの?」
それを拾ったのは香川くんだった。
私は言葉通り焦る。ただでさえ動揺していた私に追い討ちをかけるように彼は目の前に来た。返す言葉が何も出てこない。きっと目が泳いでるに違いない。
「平気か?」
目を丸くしている。私の挙動1つ見逃さないように。
「な、なんでもない!!」
ようやく口から出た言葉はタメ技のように大きく放たれる。それに驚かないはずもなく口をあんぐりと開けている。弁解なんて考えて、そしてそれが無意味だと悟った時には彼の顔色が変わっていた。
「もう、許せねぇ……」
何を悟った? 彼は遠い校舎を睨みつける。
「どこにいたんだよ」
「だから、何も……」
「絵理がまた……」
「あれ? やぁー2人とも。元気かな?」
幸か不幸か、この状況は出来上がってしまった。香川くんは睨み今でも握られている拳が炸裂しそうである。一方の森谷くんは制服が汚れている絵理ちゃんを庇うように立ち笑顔で私たちを見ていた。
「テストどうだった? そんなに出来はよくないと思うけどさ」
嫌味。心が荒む音がすると共に香川くんは拳を上げる。私はすぐさま止めに入る。
「暴力はダメ!!」
「んでだよ! アイツだけは殴らねぇと気が済まねぇ!」
「へぇー。いつ俺様にそんな言葉を言えるようになった? 香川よぉ」