3ー24
1度ファンを鳴らして入って来た電車。本棚から本が崩れ出る様に人が中から出てくると、この電車はうちの学校の生徒で一杯になる。
そんな満員電車。私と森谷くんは最後尾にいたので自然とドア際で体を小さくするハメとなった。所要時間10分程度。
とても密着している。仕方のないことなのだけれども、それは意識してしまう。夏服越しに感じる体温、見上げるとちょうど唇に当たる息。揺れると抱きしめられそうな腕に、接近間隔5センチの顔。
脈拍が首の当たりでドクドクと言っている。なかなかの速さだ。
「伊藤さん、大丈夫? 顔赤いけど」
「だ、大丈夫」
私の異変に容易に気づくこの男が本当に……。いや、今考えるのはやめよう。
「そうだ、今度また絵理のプレゼント一緒に探してよ。そろそろだしさ」
「え、う……うーん」
それはとても難しい話だ。仕事関係が忙しくなってきている為である。そろそろ出す本のサインとかしておかなければならないし、サイン会ができない私に会社の人が気を使って先着何名かで本を送ってくれればサインをするみたいな企画を行うものだから、案外と忙しい。
「ちょっとだけだからさ! お願い!」
ちょっとだけか。まぁ、できない程度の仕事ではないから大丈夫かな。
「いいよ。明日なら」
「ホントに!? ありがとう!」
途端に電車が止まった。緊急停車だ。
あまりに不意を突かれたものだからバランスを崩す。掴まれる所もなかった。ヤバイ。転ける。
グイッと引かれた。何事かと思うと彼と密着していた。