3ー6
それはひょんなことから始まった。まるでお祭りで取ってきた金魚が死んだとか、家に植えた雑草が駆られてたとか、大事に取っておいたラムネのビー玉が捨てられていたとかそんな程度の始まり方だった。
「そう言えばメルアド教えてくんね?」
香川くんが直接私のところに来てスマートフォンをチラチラと振っていた。それはフルフル希望なのかと思いながら、断ることもないのでメルアドだけ置いていけ、そんなに暇じゃないとあしらった。
家に帰ってから登録しようと思ったのだがそう言えば何故に今更ながら、そしてこんな私のメルアドを聞いてきたのかと考えてしまった。まさか、日頃の恨みをメールでネチネチと攻撃してくるつもりなのか!
とか下らないこと考えながら一先ず登録をしてアドレスと番号を添えて飛ばす。
すると返事が直ぐに帰ってきた。
「せんきゅー」
それだけだ。ありがとうとかよろしくとかないのだろうか。
どうでもいいことは置いておこう。ずっと溜め込んでいた構想を直ぐに文章に変えたかったのだ。これもやっとラストのシーン。悲嘆と至福の感情を持ちながら自宅のベッドで横たわっている。これからひとりで死んでいく悲しさと彼をひとり残す悔しさと、今まで好きでいてくれた幸せとこれからも思い続ける満足と。全てを思う彼女のセリフはまるで音楽のようにごく自然と鳴り、そして聴く人のみがその本当の意味を知るようだった。
殴り書きのような、取り憑かれたかのような感覚に私は筆を動かす。
行き着いたのは執着地点だった。フルマラソンを走りきったような疲労感に達成感。嬉しいような悲しいような、我が子が手から離れていくそれと同じ喪失感さえ複雑に混じりあって溜息として出る。
これを迷わず印刷して霧ガラスを開ける。
「おい、起きてるんだろう。少し目を貸せ」
そう言うと向かいのドアも開く。少しばかり疲れた表情の彼に私は印刷したものを見せる。
「出来た。見てくれないか、率直な意見が欲しい」
そう言うと苦い顔をする。
「いいよ。でも、すぐは流石に無理だ。来週とかでもいいか?」