5ー54
紳助がどんどん遠くに向かっていく。追いつかなければ、追いつかなければと思うほど足は動かない。
「しんすけ……」
止まって。気づいて。
「しんすけ……」
そんな私とは裏腹に声も足もどんどんと出なくなる。
なんで……。私は……。
「しんすけ!!!」
自分でも驚いた。この広い空間で声が返ってきた。響く私の声。緊張が頂点に達した。
紳助は足を止めた。ゆっくりと私の方を見て、太陽の様な笑顔を見せてくれた。
お互い近いていく。最後の2人の時間。
ーーーー最後の2人の時間。
「よかった。最後に会えて……。来てくれないのかと思った」
何を言ったらいいのかわからない。どうしたらいいのかわからない。
「そうだ。これにサインしてよ」
手持ちのバックから出したのは菊川瑞希の最新作だった。その表紙の次のページを開き、ボールペンを私の目の前に出した。
ペンを受け取り、いつものようにサインを書いていく。
最後に、特別なマークを添えて……。
「ありがとう。これで向こうで自慢できるよ。菊川瑞希のサイン全部持ってるぞって」
本当に嬉しそうに本をしまう。私はペンを返す。
「じゃぁ、もう時間ないから行くな」
私の頭を触れる大きな手。愛しい、手。
「じゃぁな。おみやげ楽しみにしといて」
踵を返す。そのまま、あの先へ行ってしまうのか。
ーーーー本当にそれでいいのか?
なんのために来た?
満足した?
こんなんでいいのか?
「紳助……」
良い訳がない。せめて……。
「ん?」
振り向いた彼の唇を奪った。
たった一瞬。永遠の様な瞬間。
全ての恋愛が実る訳ではない。
虹の先。
一瞬だけ見える朧な光。
そんな先なんて誰にもわからない。
自分の人生、この先どうなるかなんて誰にもわからない。
この先、紳助とどうなるかなんて誰にもわからない。
諦めなければ、なんだって叶うのだから。




