5ー39
「いや……」
本能的にアイツを避ける。
しかし、肩を捕まれ逃げ場を失う。
「早紀ちゃん。いや、菊川瑞希さん。お前はオレのものだぁ!」
唇をはしたなく舐めると躊躇なく私の顔に向かってくる。私を真っ直ぐ、嫌がる顔を見て楽しそうに眉を上げている。
反射的に頭を後ろに反らせる。限界が早いが、数秒だけ気持ちの整理をすることができる。ほんの数秒だけ。
あれだけ恋しくてたまらないアイツとの想い出も今日を限りに脳内メモリーから消え去る。
毎晩の会話も、
学校での意味不明な会話も、
秘密の場所で一緒に見た景色も、
手の温もりも、
悔しい涙も、
取られた屈辱も、
キスの味も、
全てを今、消さなければならないのだ。
「そんなのいや……」
呟けば誰かが助けてくれる。
そんな戦隊モノの様にはいかない。もう、誰も助けてくれない。
それもそうだ。無罪の人々が今教室で大変な目にあっている。校庭には勇敢にも立ち向かった人が倒れている。
全部、何もかも私のせいだ。私のせいで何人もの人の人生を滅茶苦茶にしてしまった。
せめてもの懺悔に、
ーーーー私の一生を使おう。
腰に手が回る。体が急激に密着すると、ゲスの極み顔の荒々しい息が顔にかかる。
そんなに私の泣き顔を見て面白いのだろうか。全くムカつく顔だ。またサッカーボールでも当たって歪んでしまえばいいのに。
ゆっくりと近づいてくる。もう身動きも取れない私はそれをただ受け入れ、そしてメモリーの消去ボタンに手をかける。
唇が触れるまで消すのを待とう。最後の最後までアイツの顔をまぶたの裏に写しながら……。
最期の幸せを噛み締めて……。