5ー22
途端に力が出なくなりその場に座り込む。
いつの間に立っていたのかなんてわからない。怒りなのか恐怖なのか、血が騒いでいた。
怖い。
私、どうしちゃったんだろう。
友だちを失って、
彼を失って、
小説さえ失おうとしている。
全て失っても私は私でいられるのだろうか。
私、伊藤早紀はこのままでいられるのだろうか。
そのうち、私の中の菊川瑞希が暴れだすのではないか。
そんな恐怖が日々増していく。
ーーーー私じゃない私が怖い。
どうすればいい。
私が私のままでいられるには。
誰かが答えてくれるわけじゃない。
私が……、私が考えなければ。
次の小説を、書かなければ。
唯一、私らしくいられる居場所はそこにしかない。もうそれしかないのだ。
どうしたら書ける。キーボードは触れない。他の方法は……。
ーーーー紙だ。
バックからルーズリーフを出し、机に並べてシャーペンで自分の名前を書こうと芯を出す。
「なんでなんだよ……」
芯が紙につかない。文字も書けないのか私は。学校では書けるのに、どうして、どうして……。
涙がルーズリーフに落ちていく。
こんなに簡単に、紙に色を与えられるのに、私の手はそれを許してくれない。
昔みたいに、またモノクロの世界が目の前には広がっていた。
菊川瑞希が小説を書けなくなった日。それは誰にも知られない私の歴史だった。