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翌日、奇妙な事が起きた。
「ねぇねぇ、伊藤さん」
朝、学校に着いて直ぐに後方の席の男性に声をかけられる。ナンパもビックリなくらいに名前まで当てて。ここにも女たらしが居たのかと考えると共に、寝不足で不機嫌な視線を向ける。
「何か、御用でしょうか」
語尾を強め、威嚇する。この青年はそれでも笑顔を崩さず、口をあける。
「消しゴム忘れちゃったんだ。もし2つあったら貸してくれないかな?」
至って何もない言葉だった。特に返事も頷きもせず筆箱からまだ使っていない消しゴムを取り出して机の上に置く。そして何もなかったかのように黒板の方を向く。
「ありがとう」
それにさえ返事をすることはしなかった。
教科書を開きざっと眺めると複雑な計算式が数日をかけて私たちに苦行を示すと書いてある。専ら文系だが、ある程度はどの科目も出来る。そう豪語しているのだがそろそろそう上手くいかないと思われた。
「今どの辺りやってるの?」
首だけを後ろに向けようと動かすと、その彼の顔が肩のあたりにある。危うくぶつける所だった。
「56ページか。ありがとう」
何もしていない。勝手に覗いてきただけだ。訳のわからない奴だ。
「伊藤さん、今日暇?」
「……は?」
思わず声を上げてしまった。その言葉がともちゃんにも聞こえたらしく同じように彼の顔を見ていた。
「いや、暇なのかなって」
現実的に暇ではない。帰ってから物語を書き、宿題をやり、諸々の諸生活をこなして寝なければならないのだから。
「暇じゃない」
一刀両断のように言葉を吐き捨て前を向く。そもそもタイプではない。
「ならさ、来週ならいいよね? よし決定! 来週空けといて」
「……っ!」
「はい、授業始めます。伊藤さん前向いて」
言葉を返してやりたかったのに、思わぬ邪魔が入った。渋々前を向き始まった内容を書き写していく。