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すっかり忘れていた。噂は75日とよく言っていたがテストと言う巨大な試練の前ではその姿は霞む他なかった。ここに来て出てくる孔明の様な知性に私は嫉妬を覚え、更に興味さえ覚えた。なかなかのフラグ回収だと。
「入れ」
女子がざわめき始める。イケメンの噂が立っていた以上当たり前のことではあるが耳障りなことこの上なかった。
教室の扉が開かれる。そしてゆっくりと、そしてスマートに先生の隣に立ち颯爽と黒板に自分の名前を書いた。
「初めまして。森谷雅美です。親の転勤でこっちに来ました。バスケが得意なのでバスケ部に入る予定です。よろしくお願いします」
その清々しさは女子達を黙らせるには十分な威力を持っていたらしい。まとめられているがしっかりとかっこよくセットされている髪。顔立ちはすらっとしているが目は大きく鼻も高い。身長は目視で80越えているかくらい。体格もそれなりですらっとしているイメージではない。
次の瞬間に忘れていたかの様に皆手を挙げ質問をし始める。趣味、得意科目、彼女の有無、スリーポイントシュートの取得率、パンツの色と女子のみならず男子も興味津々だ。
私はそれでもつまらないものを見るようにその光景を眺めていた。やはりぱっとしなかった。小説のネタになるような事もなく、ただただよくいる好少年。物語の中央にはおらず周囲で助言するだけの邪魔者。そんな空気を漂わせている。
ふと、目が合った。その時に彼はニコッと笑う。私はふいっと外を見る。あんなのとは関わりたくない。
この時はまだ知らなかった。彼の存在で私の最高傑作が生まれるとは。そう、私菊川瑞希が書いた、最後の物語『虹の先』を書くきっかけとなった人物のひとりとなるのだ。