1ー11
遅く帰るとテストの時期だということに気付くのか、夕飯の後部屋で原稿を書いていると母がコーヒーとクッキーを持ってくる。それを食べながら私はひと休みにと霧ガラスの窓を開ける。
窓から顔を出し右を向けば1番高い位置の満月が見える。右足を外に出すように窓辺に座り、何故か甘いコーヒーを飲みながらゆっくりとクッキーを食べる。向かいの窓は閉まっているが明かりは点いている。テスト勉強だろうか。そりゃ高校3年生なのだから当たり前か。
どっか都会の有名な大学に行くらしく足らない偏差値を詰めているところらしい。そんなに無理しないで近くの大学にすればいいのにと思うのは私の怠惰だろうか。
「夜風は体に悪いよ」
コーヒーを口につけた所でその声に目を向ける。
「女の子がそんな格好するものでもないしさ」
「いいだろ別に。夜なんだし」
「早紀は可愛いんだからちゃんとしてなさい」
「そんなこと思ってもないくせによく言えるよな」
「至って本気だけど」
「嘘。可愛いなんて思ったこともないくせに」
「それは早紀が女の子らしくしないのが悪い」
「アンタに言われたくない」
私は窓辺から降り霧ガラスを閉める。
夜風に当たるのも、夜月を眺めるのも気持ちいいし感動するけど、それはきっと私が小さいからなんだ。病魔に負けそうな私の最後の悪あがき。背伸びして月を掴む。
ここでキーボードのバックキーを押す。頭を掻き乱し、原稿用紙をクシャクシャにして捨てるようにして今書いた内容を消す。深く溜息を吐く。
この子の考えていることが分からなくなっていた。死を直前とした恋に彼女は何が欲しいのだろうか。




