オープニング
遠くで獣の鳴き声がする。この広い邸宅ならば何かしらの生き物が住んでいない方がおかしいだろう。紫色の木々に緑色の雨が降る。屋敷は何の種類かも分からないさまざまな植物に囲まれてひっそりと存在している。
雨の音に紛れてそれらは聞こえないが、一歩一歩と黄色の石畳を進む革靴の音が確かにしている。ある男が屋敷に近づいている。
黒色の重厚な鉄門に2人の門番。どちらも瞼が腫れぼったい。相当な手練れと見て間違いない。
「失礼ですが、お名前は?」
門番の片方が問う。
「ジョン•ベーコン」
雨にうたれて黒い外套の肩が緑色に染まった来客は答えた。
「失礼ですが、御予約は?」
門番のもう片方が問う。
「ない」
黒い髪のてっぺんも緑色に染まりつつある来客は答えた。
「申し訳ありませんが、御予約のうえ、再度いらしていただけますか?」
ジョン•ベーコンと名乗る男は紺色の布袋に包まれた細長い何かを左手に握っている。門番の警戒度はその何かによって頂点に達している。おそらくジョンの姿が見え始めた時すでに邸宅内の仲間にも連絡しているだろう。鉄門の奥は血気盛んな若者で埋め尽くされている。
「俺は用がある」
ジョンはまっすぐと鉄門を見据えている。隙ひとつ感じない、冷たい目だ。
「門を開けてやれ」
門番の片割れが言った。もう一方は戸惑いながらも鉄門に手をかけた。
門が開かれた。数名の男が刀やマシンガンを構えていた。門番2人は拳銃を懐から抜いた。今にも全ての武器が咆哮とともに暴れ出しそうだ。
ジョンは右手で彼らを制した。そして左腕の腕時計に目をやる。
「16時55分。あと五分」
マシンガンが火を吹き、門番2人も力いっぱい引き金を引いた。
ジョンは布袋を大きく振り上げた。すると布袋は引き裂かれ、中から蝙蝠の翼のような形をした黒い鉄板が現れると地面に突き刺さり、銃弾をすべて受け止めた。
刀を持った男達が蝙蝠の翼の後ろにいるジョンめがけて突進してくる。ジョンは外套の中に隠していた刀を抜くと、左右から現れる男達を次々と斬っていった。
軽火器を持った男達は蝙蝠の翼を避けるように、左右にちらばり、角度をつけてジョンを狙った。
それを狙いすましたジョンは目にも止まらぬ速さで門を駆け抜け、屋敷へと入っていった。彼は駆け抜けながら小さな銀色の金属を後ろに放り投げた。
大きな爆発音とともに男達の断末魔が響いた。鉄門はひしゃげ、門を構成していた柱という柱すべてが折れた。
真っ赤な板の廊下が続いている。その両肩に白い引き戸が無数にある。正面には階段。ジョンはその階段めがけて全速力で駆ける。
両脇の戸から現れる男達を刀でいともたやすく蹴散らしながら進む。
二階、三階、四階。一繋ぎの階段を駆け上がると、腕時計のアラームが鳴った。17時だ。
「あぁ、くそ」
真っ青に染まった畳をジョンは蹴った。
「あんたんとこの階段長すぎるぞ」
返り血で黄緑の蛍光色に染まったジョンは、黄緑の蛍光色に染まった刀で狼狽しながら坐す髭面のふとっちょを指した。
「てめぇ、どこの組だ!」
ふとっちょは後ずさりしながら言った。
ジョンはベルトにぶらさげていた身分証を取り出し、ふとっちょに見せつけた。
「トーキョー不正防止省不正防止庁長官付第二管理課第三庶務係主任、オオスギアツヤ」
「は?」
「地方公務員さ」
ジョンと名乗った男、オオスギは刀を一振りし、切っ先の血を払った。
「不正賭場開場および不正賭博、殺人、アンドソーオン。お前を処分しにきた」
「あ……あぁ……」
ふとっちょは小便を漏らしながら後ずさる。しかし、掛け軸のかかった壁に阻まれ、逃げ出すことはできない。
「この仕事、残業代がつかなくてな。俺のサービス残業時間に始末されることをありがたく思え」
オオスギは大きく振りかぶった。