久遠寺キングダム結成。
季節は変わった。日中は少し寒いからとても寒いと感じるようになった。そして朝『あと五分』の誘惑がとても強力になり何度もその誘惑に負け、朝から全力で走らなければならない状況に多々陥る事も増えた。。
東小松市周辺の地形は盆地になっており、朝晩の冷え込みは特にひどい。東小松市の気温と同県の他市の気温は確実に2~4℃程度は違うだろう。もしかすればそれ以上かもしれない。冬場なんか東小松市近辺だけに雪が降っていたりと同じ県なのに気温の差が激しく、他地域の住人からは『別世界』とまで言われるほどだ。
だからこそ『あと五分』の誘惑に度々敗北をしてしまうのもなんらおかしな所などないだろう。
そしてなにも季節の変化が感じられるのは朝晩の冷え込みだけではない。学生のお勤め先である教室でも季節の変化を感じられる。
教室の中に居る全員が冬服なのは当然であるのだが、制服の上からパーカーなどを着ている生徒も居たりして、少し前まで『暑い暑い』と机に突っ伏してダレていたとは全く考えられない光景だ。
夏場では開け放たれていた窓や扉はしっかりと隙間なく閉じられている。もし扉の開閉後に隙間を作ってしまうものなら、親の仇を見るような目で扉付近のクラスメイトから睨まれてしまうだろう。窓にいたっては開閉する気など微塵もないことが常にロック状態になっている鍵が物語っている。
廊下側に位置する席の生徒は大変である。人の出入りで度々冷気に晒されるだけでなく、日当たりも悪い。
そう考えると俺は恵まれている。教室の出入り口から最も遠い場所に席があるから冷気が入ってきてもそう被害はないし、中庭側の窓際の席なので日当たりも良い。計った事はないが温度も同じ窓際でも廊下側の席と中庭側の席とではきっと違ってくるだろう。
ぼうっと寒さに打ち震えている廊下側の席のクラスメイトを眺めていると、前方からプリントが回ってきた。
前から回ってくるプリントを受け取るために俺はズボンのポケットから泣く泣く手を出し、素早くプリントを受け取り一枚は自分、そして残る一枚を後ろの席へと回した。
指先が冷える前に俺はまた手をポケットへと忍ばせ、猫背になりつつプリントを眺めた。プリントを後ろに回す際に俺と同じような姿勢を取った男子生徒が見えた事から、冬場の男子生徒の待機ポーズの一つではないかと思う。
プリントはそう大きくなく、携帯電話と同じくらいの大きさの紙にシンプルに『準備』か『当日』と書かれているだけである。
俺は迷うことなく準備を丸で囲み、久遠寺久喜と自分の名前も忘れずに書いた。ペンを机に転がしまた手をポケットに突っ込んだ。
どちらにするか決まっていないクラスメイト達が多いのか、多少教室内はざわめいていたが、次第にざわめきは小さくなった。ざわめきが完全に止むと後ろからプリントが回されて来たので俺もしっかりと『準備』を丸で囲んだプリントを重ね、前の席の奴にプリントを渡した。
「よーし、集計完了。今から名前呼び上げるから呼ばれた奴は立ち上がって」
五分ほど北風が吹きすさぶ肌寒そうな外を眺めていると次から次に人の名前が呼び上げられはじめた。自分の名前を聞き逃さないように意識をそちらへと向ける。
順番に名前を呼び上げられ、教室には立っている人間とそうじゃない人間の二つに分かれた。
俺は座っている側の人間。見たところ立っている人間のほうが座っている人間より若干多い。
「少し差があるなぁ……」
教卓に立っている男子生徒はそう言って頭を掻き毟った。名前は高坂。文化祭実行委員会に所属していている。そんな彼が授業中であるこの時間をジャックしているのは言わずとも文化祭関連の事でだ。
彼との仲はまぁ普通。彼の家に遊びに行ったことも、逆に自宅に呼んだこともないが、グループとなって遊技場に遊びに行く程度には仲は良い。お互いにもう一歩踏み込むべき興味が足りていないのかもしれない。彼が文化祭実行委員だったというのも今日思い出したぐらいだし。
「誰か当日から準備の方に回らないか?」
高坂は教壇に立ち、教卓に両手を着いた状態で立っている人間を見回している。
当日、準備と言うのは文化祭の時に各自が受け持つ役割のことだ。俺のクラスでは喫茶店をやる予定になっている。文化部所属の奴を除き全員が参加することになっているのだが、当日に三十数人も人手はいらない。だからこそ当日までの準備班と当日の店員班に分けるのは当然だと思う。
予想される仕事量は人数の偏りからどちらが面倒かは言うまでもない。
準備側の人間は文化祭まで居残りで準備作業に追われる事になる。当日組はそれの逆。文化祭までは軽く準備を手伝うだけだが、当日はずっと喫茶店の店員として働かなければならない。
準備組の人間は文化祭当日はフリーであり、『お客さん』として文化祭を楽しめるという利点があるのだが、やはり文化祭までの居残りと言う条件ではマイナス面の方が大きく感じてしまうんだろう。
文化祭当日に人との約束がない奴は楽なほうに回りたがるのも当然か。
「忍、部活で参加できない奴もいるんじゃないっけ? それ引いたら丁度良い数になるんじゃない?」
アルバイトをしているハムこと井上公太郎は当然、当日組を希望しており席を立った状態で高坂に告げる。忍と言うのは高坂の名前だ。
「……と、その事すっかり忘れてた。当日組で部活とかでクラスの出し物に参加できない人は手を挙げて」
高坂の言葉にちらほらと部活動に所属している人間の手が挙がる。
「はい、今手を上げている人は座って。ひぃ、ふぅ、みぃ……これであと四人ぐらい準備に回ってくれれば大丈夫そうなんだけどな……」
数人ほど当日組が減ったのだがそれでも同じぐらいか少し多い。
「じゃあ俺、準備に回るよ」
「あ、俺も俺も」
高坂の言葉に応えるように岸枝と馬場が手を挙げる。
「そうか、助かる。じゃ、岸枝と馬場は座って」
「あ、私も準備に回っていいかな……」
おずおずと佐藤さんが告げる。あだ名が『普通さん(ちゃん)』こと佐藤麻衣さんも当日組から準備へとクラスチェンジ。残りは一人。
「……」
だが、なかなかその一人が決まらない。もうかれこれ十数分間ほど立ち続けの当日組の希望者達の顔には早く決めろよと高坂に対する不満の色が浮かび上がっている。
「じゃー……わたし辞退しようかな」
恐る恐るといった様子で右手を挙手したのは安達さん。
最後に安達さんが辞退の意を示したことで、文化祭の役割分担が終わったかと思ったとき、少し遅れたタイミングでもう一つの手が挙がった。
「ワタシも準備の方に回りマース!」
手を挙げたのはこのクラスに留学生としてフリーダムの国からやって来ているエミリーだ。ジョンよりも日本語が上手い彼女の日本語は聞きやすい。
「ちょ、これどうするよ……」
「人数合わなくてシノビ困ってる、これもシノビの為ネー!」
名前の勘違いで転校初日からエミリーに気に入られている高坂は苦笑いを浮かべ、どうするか考えているのだが、この中で一番気まずいのは安達さんだろう、辞退すると言った手前、『じゃあエミリーちゃんが準備になるならわたしは当日で』なんて事言えるはずもなく、どうすれば良いかと困っているようだ。
「さて、メンバーが決まったところでそれぞれの役割ごとに集まって。あ、部活の人も一応準備の方で」
色々あったものの、なんとか高坂の説得により、エミリーちゃんは当日組に留まり、安達さんが準備に流れる方向に決まった。そして実行委員の言葉のまま俺達は当日組と準備組に分かれて集まった。当日、準備組の責任者は文化祭実行委員であり、準備組の責任者は女の文化祭実行委員さんだ。
「準備組のメンバー分けをやりましょう、一班四人ぐらいで丁度いいかな、あ、部活の人とは組まないでね」
結局こういうのは話しやすいメンバーが集まる。俺の所属する班は俺、岸枝、馬場、安達さんの四人。メンバーを見ていたらそうなるんじゃないかって思っていたのだが、本当に予想通りのメンバーになるとは。
「えーっと、久遠寺班は久遠寺君と岸枝君、馬場君、安達さんね」
女実行委員さんはそう言って紙に俺達の名前を記入し始める。きっと書いている内容としては班長が俺になっているだろう。
「ちょっと待って、なんでナチュラルに俺を班長にしているの、まだ班長決まってないよ!?」
「別にクッキーが班長で良いんじゃない?」
「なんだとぅ岸枝!?」
こういった班長なんて肩書きだけと思えるのだが、面倒な仕事を肩書きの所為で押し付けられる可能性もなくはない。
「俺も有意義なーし」
「私もそれでいいかなーこういうのクッキーにお似合いだしさ」
馬場と安達さんも反対意見はない。孤立無援とはこういう事を言うのだろう。東小松市一の包囲網を敷かれた俺はどうすれば状況を打開できるだろうか? 馬場の真似をするなら焦りが有頂天に達した。ひゃっほーい。
「いや、ちょっと待って、こんな決め方じゃ責任感とか色々な物が欠如した状態で班長という重荷を背負わされるんじゃないかな? これじゃあ他の班長との士気の違いが明確に……」
「じゃ、ここの班は久遠寺班ねー」
包囲を解くには各個撃破。俺はそう思い挑戦してみるも各個撃破ならず。聞く耳を持たないといった様子で実行委員さんは別の班の元へ向かってしまった。撃破どころか返り討ちに遭ったような気もするがきっと気のせいではないだろう。
「こうなったら班長権限を最大限に利用するしかないな……」
「加減を間違えればすぐに革命が起こるからな?」
「久遠寺キングダムは大変だあ!」
岸枝の言葉に安達さんが言葉を被せ二人で大笑い。何が可笑しいのかとポイントがわからない馬場は一人キョトンとしている。
案外すんなりと班分けが済んだように思えたのだが、一つだけ問題が残っていた。
四人ずつのグループに分かれ四つの班が出来上がったのだが、一人だけ輪に加われなかったのが未だに仲良く誰かと話す事もなく外をただ見つめていることが多い依本里奈さんだ。
「えーっと、依本さん、どこか適当な班に合流してもらうことになるけどいいかな?」
実行委員さんがそう告げると依本さんはこくりと頷いた。
やや困った表情を浮かべ、実行委員さんは依本さんをどの班に加えるかで頭を悩ませ始めた。同様に困ったような表情を浮かべているのは俺と同じ立場に立っている他三人だ。
四つの班の中の編成を見ると男女混合の班が二つ。残りは男同士、女同士で集まった班だ。それぞれの班を順に実行委員さんが見渡しはじめる。俺も釣られて実行委員さんが視線を向ける先に注目してしまう。
実行委員さんが始めに目をつけたのが、女ばかりが集まった班で、依本さんを一番加えやすい編成であるのだが、その班は仲良し四人が集まっており、その輪の中に依本さんが飛び込むのは酷だと思うし、来られると迷惑と言わんばかりの表情を浮かべている班長を前に実行委員さんも依本さんを加えてとは言い出し辛いようだ。
こっちに来られても困るという雰囲気を出しつつも、心の中では来てくれてもいいよ。といったツンデレ反応を浮かべているのは男同士で集まった班の班長だ。真っ先に男達で集まって班を組んだというのに、その後仕方なく男女混合で組まざるを得なくなった班を羨ましそうに見つめていたのが印象的だ。実行委員さんもその空気を感じつつもどうするか困っているようでとりあえず保留にしたようでその班から視線を逸らした。
視線を逸らした実行委員さんは次の男女混合班を見て駄目だと言わんばかりに首を振った。思わず首を振ってしまったのもわかる。当日組から準備組に移った『普通さん』こと、佐藤麻衣さんをはじめ、本当にこの班のメンバーは大して親しくもないクラスメイト達がしょうがなく集まって班を編成した感じで、気まずさが存分に発揮されている。男女比率は半々とバランスも取れていて依本さんを加えても大丈夫そうであるが、それは班の人間達が酷過ぎると言う事で実行委員さんは首を振ったのだろう。現時点で気まずそうさでいっぱいな状況なのに此処で依本さんも加わったら更に気まずさは加速する。
最後に実行委員さんは俺達の班を見渡して、俺に視線を向けてくる。ずっと実行委員さんの視線を追っていた俺と目が合ってしまうのは当然で、実行委員さんは軽く俺にウインクをしてきた。そのウインクが何を求めているのか、すぐにわかった。実行委員さんが俺に気がある? 冗談じゃない。そのウインクが求めているのは『お願い』俺は決意を固めた。
「依本さん、良かったらこっちの班に入ってもらえる?」
「えっ、それは……」
そうしてもらえると助かるといった安堵のこもった表情を一瞬だけ浮かべるが、他のメンバーの顔を見て申し訳なさそうに俯く。
「この愚民達の事なら大丈夫。絶対王政、久遠寺キングダムのトップの決定だから文句は言わせない!」
「さて、革命運動を始めようか」
「自由の為の運動を一緒にやろうよ」
岸枝は俺がそう言い出すのを見通していたようで、鼻で小さく笑うと俺のテンションに乗っかり始める。安達さんも岸枝と同じように冗談交じえながら依本さんを誘った。
「お前ら今は体育の時間じゃねーし!?」
マイペースな馬場。きっとこいつは一連の話の流れをわかっていない。きっと馬場はあと十数分で訪れる昼食の事ばかり考えていたのだろう。
俺達のちょっと変な会話とそれにずれたツッコミを入れる馬場に依本さんが吹き出した。
「よ、よろしく頼む……」
依本さんは頭を下げた。この前の美化活動の件といい、やはり依本さんは多少乱暴な口調だが根は真面目なようだ。俺が依本さんと同じ立場だったならこのように頭を下げたかどうかわからない。
「俺達の班は五人だから楽が出来そうだな」
馬場がぽつりとそんな事を呟くと、待ってましたと言わんばかりに実行委員さんが告げる。
「いい感じに纏まったみたいだね。久遠寺班は五人と人手が多いから他のとこの状況次第じゃ応援に向かってもらうからよろしく!」
俺や岸枝に安達さんは一斉に馬場に向かって『余計な事を言うんじゃないよこの馬鹿』っていう気持ちを込めた視線を送るのだが、奴には全く届いていないようで首を傾げるだけだ。
「本当に久遠寺君らしいわね」
「そっちはそっちで楽しそうだしいいなぁー」
委員長や友井さんは笑いながら安達さんの話に耳を傾けている。
「こっちがそう楽しそうに見える? 話を聞いているとそっちの方が楽しそうじゃん?」
「そうでもないわよ。あーきっとこれは隣の花は赤いって事よね」
馬場の言葉に委員長が答えた。馬場はイマイチ理解できなかったのか目を丸くして委員長を見ていると委員長は馬場にもう一言『隣の芝は青いってのと一緒の意味』と付け加えた。
「あーあ、まさか最後にみーゆんが準備に回るとはねー」
「桜花の恥ずかしい写真の撮影は任せた!」
「がってんしょーち!」
友井さんと安達さんはお互いの弁当の中身を交換しつつ、小声でさらりと問題発言をしている。委員長は馬場と話しており、この二人の会話は聞こえていないようだ。
今、俺達は岸枝が唐突に『外で飯が食いたい』と言い出したので、食堂前のラウンジで丸机を囲んで弁当を広げている。本当は食堂内を占拠したかったのだが、混雑具合などを考えるとゆっくりと喋りながら食べる事は難しいだろうとラウンジで食べることにした。席は日当たりの良い場所を確保しており、風が吹けば少し寒いといった程度で周りにも俺達と同じような考えのグループがいる。
丸机を囲んでいるメンバーは俺、馬場、安達さん、委員長、友井さんの五人だ。岸枝も居たのだが少し席を外すと言い残し、何処かへ行ってしまい、まだ戻ってきていない。弁当を置いたままにしているし、きっとトイレかなにかだろう。
「でも、依本さんと一緒って大丈夫なの? ちょっと話しかけても反応薄いというか……」
「あー、その辺は大丈夫だと思う。なんだかんだで依本さんって責任感強いと思う」
「なんでクッキーはそう言いきれるの?」
委員長の質問に俺がそう答えると、友井さんも話に加わってきた。
「んー、この前の美化活動の時だけど、日直が依本さんで一緒に掃除したんだけどかなり真面目に取り組んでたぞ?」
「あれ久遠寺君、日直まだだったよね? なんで美化活動やってるのよ?」
「えーっと、ほら委員長達が三人で出かけるって言ってた日、その日が活動の日だったんだよ。それで某氏と裏取引があり、俺も参加することになったんだよ」
それだけで委員長はどういった経緯でそうなったかある程度予想がついたようで小さく笑った。友井さんは裏取引のほうが気になっているようだが、そう簡単に取引の内容は答えるわけにはいかない。某氏からも内緒だぞと念を押されているし。
「しかし、今考えて見れば学園大名久遠寺家、結束力がヤバイよねぇ」
唐突に友井さんがそう言ったので、俺を含めその場に居る全員の注目が友井さんに集まる。
「だってほら、岸枝君、馬場君とみーゆんも、もとは文化祭当日組だったのをコロッと準備組に寝返っちゃうんだもん」
「い、言われてみればその通りだ!」
「ええっ、まさかのマイナス方向のヤバさなの!?」
友井さんの言葉にオーバーに反応する俺を見て委員長がツッコミを入れると馬場たちが笑った。本当にくだらない日常のワンシーンだ。
俺達がそんな話をしていると、岸枝が戻って来た。
「お、岸枝お帰り。そして残念ながらお前の弁当は既にないぜ……ってええっ!?」
馬場がふざけて岸枝の弁当を持ち上げて驚いた表情を浮かべた。確か岸枝は二時間目の休み時間に腹が減ったと言って早弁をしていた。きっと馬場が驚いたのは予想以上に岸枝の弁当箱が軽かった所為だろう。
「早弁したしな、もう半分ぐらいはないよな」
岸枝が淡々と馬場に早弁の事を伝えた。委員長達は予想以上に軽かった弁当に驚いている馬場が可笑しかったらしく、声を上げて馬場を笑っている。
「さて、唐突だけど皆目をつぶってくれ」
「どうしてだよ?」
席にも座らず急にそんな事を口にした岸枝に行動の意図を聞き返すも、『いいから』と質問に取り合ってもらえない。
馬場や友井さんはワクワクしながら岸枝の言葉に従った。委員長と安達さんはお互いに顔を見合わせ、苦笑を浮かべながらも目を閉じた。俺は安達さんの通常時と目を閉じた時の違いを探そうとしていたが、岸枝に視線で早く目を閉じろと訴えられ、しぶしぶ目を閉じた。
真っ暗になった視界。小さな物音の後、少し離れた場所で誰かが話している声がする。
恐らく時間的には二分も経っていないのだろうが、なにも見えないとひたすらに時間が長く感じられる。感覚的には目を瞑って五分は待っているようにも思う。
他のメンバー達も俺と同じような感覚を覚えたのだろう、微かな身じろぎの音なんかが聞こえはじめる。
「岸枝ぁー、まだかー?」
我慢できなくなった馬場がそう口にするが、岸枝からの反応はない。
「……っ、……か……んな!」
「……を……いう……だ」
微かに聞こえてくる押し問答をしているような声が聞こえてきていたが、次第に静かになった。
「お待たせ、もう開けていいぞ」
岸枝の声を聞いて俺達は目を開けると、岸枝の隣には思いも寄らぬ人が立っていた。
「あれ、依本さん?」
依本さんはそっぽを向いてこちらに視線を向けようともしない。その表情は険しい。
「あっちゃー、なんか失敗した感が」
俺達はお互いに顔を見合わせて、これは一体どういうことなのかと戸惑っていると岸枝が困ったような声をあげた。
「サプライズ的な演出をしたかったんだけどな……」
岸枝はそう言ってガリガリと頭を搔いた。
「ったく、用事があるから来てくれって、こういう事かよ」
「こういう機会じゃないとなかなか声掛け辛くってね」
「別にそんな事……」
依本さんがそう小さく呟くと、空気が読めないというか、思ったことを素直に口にする男がその口を開いた。
「あれ、依本さん照れてる?」
「馬鹿っ、違う!」
そうは言うものの、依本さんの耳は真っ赤だ。
「さて、ただ今より文化祭準備組、久遠寺班の懇親会を始めまーす」
馬場の作った雰囲気を生かして、岸枝がマイクを持つ真似をし、そう宣言する。
『いっえーい!』
ノリの似ている馬場と友井さんは即座に岸枝の言葉に便乗し、盛り上がり始め、俺達も遅れてそのテンションに飛びついた。
「自己紹介でもしておく?」
友井さんがそういったが、依本さんは目を丸くした。
「え? なんで今更自己紹介? クラスメイトだし別にいいだろ?」
すっと依本さんは友井さんに視線を向ける。
「えーっと、友井佳代そっちの安達美優とよく一緒に春日野桜花をからかってるな特徴は元気が良いって所かな」
そう言って依本さんは次々にその人物の特徴をあげていく。その特徴を聞いているとその人物の特徴を捉えているが、言われた本人は認める事が難しいようだ。
安達さんや委員長なんかは『その通り、その通りなんだけどさぁ……』と若干ショックを受けているようでもある。
あまり他人に興味を持って居なさそうな依本さんからこれだけ詳しく人の情報が出てきたのは驚いた。
そう思っていると俄然、依本さんに対する興味が膨れ上がってきた。この文化祭の準備で少しでも仲良くなれればいいのだが。




