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突然の騒動突入。

「おっ、俺の、俺の髪が……」

 言葉にならない。一体何が起こったというのだろうか。

 四肢から力が抜ける。地面には一塊だけ俺の前髪と思しき髪が落ちている。それを手に取ろうと手を伸ばしてみるも、風がその髪をさらっていく。

「あっ、あぁ……」

「何を呆けているんだ、クキ! 早く安全な場所へ! ええいっ、しっかりせんか!」

「ッ、やられたわね、微弱ながらも人除けがされてあるわ。まさかこんな単純な魔法に気が付かないなんて」

 レンが俺を庇うように立ち、フーコメリアは指先を光らせ、なにやら空中に模様を描いている。

「きゃあッ!」

 短い委員長の悲鳴。俺達は背後に居る委員長へと視線を向けた。

「おっと、動かないでね~、動いたらこの子に酷いことをする事になるからぁ~私も、そんな事したくないのぉ~」

 頭から膝ぐらいまである長いローブのようなものを身に纏った人物が委員長の身体を捕まえており、その人物の指先はフーコメリアと同じように淡い光を放っている。

「魔法使いね……」

 フーコメリアがそう呟く。

「たった独りとは相当自信があるんだろうな……」

 レンが身構えると、ローブを纏った魔法使いが指を動かす。レンに対するけん制だったのだろう、レンが悔しそうに一歩後ろに下がった。

 委員長という人質を取られてはレンやフーコメリアは思うように動くことが出来ない。そして俺もそうだ。

「準備完了~」

 おっとりとした口調で魔法使いが言うと、委員長の足元に淡い光で魔方陣が描かれていたように見えた。目を凝らしてよく見ようとすると思わず目を背けてしまうような閃光が辺り一面に広がった。

「転送魔法を使うつもりよ、レン!」

「解っているッ!」

 俺の脇を誰かが駆け抜けていく。

 視界が元に戻ると、その場にはフーコメリアと魔法使いと俺の三人だけが残っていた。人避けの魔法が周辺にかけられている為か、人の気配は他にはない。

「い、委員長とレンは!?」

 マジックのようにその場から忽然と姿を消した二人の安否を心配していると、フーコメリアが俺の疑問に答えてくれた。

「委員長は恐らく人質として別の場所に飛ばされたわ。レンはそれを追って行ったわ……」

 最悪の状態は避けられたとは思う。委員長が何処かに連れて行かれてなんの手掛かりも無かったら大変だし、レンならきっと委員長を取り戻せる。だというのにフーコメリアの表情は冴えない。

「こうするしか手は無いとはいえ、咄嗟に私もレンも考えなしに動いちゃったわね……失敗だったかしら」

 フーコメリアは魔法使いとの距離を調整しつつ、自分達の行動を反省していたのだが、意外な人物が話しに乗ってきた。

「失敗じゃないよぉ~。まさかそう動くなんて、聞いてた話とちょっと違うなぁ~」

 手を叩きながらフーコメリアの呟きに気の抜けるような声で答える魔法使い。なんだろう、この声を聞くたびに俺の頭は何かの引っ掛かりを覚えている。

「まさかぁ、追いかけられちゃうなんてぇ。エリちゃんに後で怒られちゃうな~。でもちょっと見直したよぉ」

「どういたしまして。見捨てるわけにはいかない人なのよ」

 フーコメリアも多少驚きを隠せない様子で魔法使いに答える。

「ん~、聞いてた話だと利用しているだけって話だったけどそうじゃないような……」

「そういう事になってるのね。ところで貴方は誰? 見たところ中央の魔法使いじゃないようだけど」

 これだけの少ない情報の中でフーコメリアは事態の原因が解り始めている様だ。そして魔法使いの出身地の予想が出来ているらしい。もしかしたらこの気の抜ける口調はフーコメリア達の国の何処かの方言なのかもしれない。

「中央の魔法使いじゃないよ~」

「……えぇ、色々な意味でこれは急いだ方がいいわね。貴方には色々と聞きたい話が出来たわ」

 フーコメリアはそう言うと素早く手を動かし空中にいくつも小さな幾何学模様を描いていく。

 数は四つ。一つ書き終えるごとに模様がクルクルと回転し、辛うじて模様だとわかっていたものは次第に線となり見えなくなっていく。

「わぁ~~!」

 気の抜ける声とは裏腹にフーコメリアの書いた模様から放たれる光の球のようなものを魔法使いは器用に避けていく。フーコメリアも光の球だけではどうしようもないと解っていたのか、新しい模様を描いていた。

「隙を見せたわね」

 光の球を避け、空中に飛んだ魔法使い目掛け、フーコメリアが描いた模様から円柱状の石の柱が飛び出した。

「わわっ!」

 魔法使いが慌てて模様を書くと、空中で石の柱が弾け飛び周囲に大小さまざまな石のつぶてを降らせる。

 爆発の煙と細かい石の粉が周囲に舞い上がり俺から視界を奪う。

「クッキー大丈夫?」

「あぁ、俺は大丈夫。フーコメリアは?」

「私も問題な……」

 煙の中フーコメリアの返事が途切れる。風が吹き、周囲の煙を全て吹き飛ばすと、目の前には驚きの光景が広がっていた。

「フーコメリアッ!」

 周囲にまったく走行する車などがないにも関わらず、律儀に赤灯を光らせる信号機にフーコメリアが吊るされていた。

 信号機には植物の蔓のようなものが巻きつき、それはフーコメリアの両手足にも巻きつき、自由を奪っていた。

 急いで信号機の真下へと走り、巻きつく蔓を引き剥がそうとするも、頑丈で千切れる気がしない。

「おっと~それは手じゃ千切れないよ~」

 服に付いた石の粉を叩き落としながらゆっくりと魔法使いが近付いてくる。

「どんな魔法使いかと思っていたけど、そう大変な相手じゃなかったなぁ~」

「……生憎、インテリなのよ私は」

 手首から脇にかけて蔓に巻きつかれたフーコメリアは身体を揺すって脱出しようとするも、蔓がしっかりと巻きついているためか、身体が揺れるだけだった。

「あっ、キミ~ちょっと危ないからそこからあと三歩下がってねぇ~」

 魔法使いがまた模様を描くと、俺の両足が勝手に動き出す。

 実に奇妙な感覚だ。俺は歩こうともしていないのに足が勝手に動く。『手が勝手に……』ニュースで度々そんな供述を聞いたりして笑っていたが、これからはそういった供述を聞いても俺も笑えない。救いな点は満員電車じゃない事と、手じゃなく足って所だろうか。

「ちょっと予想外の事にはなったけど、とりあえずお仕事完了~」

「一体なにが目的なんだっ!」

 その場に縫い付けられたようにピクリとも動かせない足。信号機に吊るされたフーコメリアを助けたいのだが、この状態ではどうにも出来ない。なんとか時間を稼いでフーコメリア自身でなんとかしてもらうしかない。

「目的って言ってもねぇ……あ、そうそう~それは魔力を感知したらそれを吸っちゃう子だから燃やそうとしても無駄よ~」

 フーコメリアも自分で脱出しようと試みていたのだろう、魔法を使うために指先を光らせ、模様を描こうとしていたようだが、それが出来ないとわかるとがっくりとうな垂れた。

 いつにないピンチ。フーコメリアの自力での脱出は不可能、かといって俺の力でもフーコメリアを助けるのは無理だろう。こんな時にレンが居てくれればなんとかなったかもしれない。

「とりあえず無効化は出来たみたいだし、エリちゃんを助けに行かないと~」

 魔法使いはおっとりとそう言うと指を動かす。魔法使いの足元に幾何学模様が浮かび、発光を始めた。

「すべてが終わったら迎えに来てあげるぅ~それまでそのままで居てねぇ」

「ちょっとっ!」

 再び閃光により視界を奪われ数秒の後、視界が元に戻ると魔法使いは何処かに姿を消していた。

 マイペースに自分の言いたいことだけを言い、特にこれといった危害を加えずに去った魔法使いに俺の頭の中には疑問符しか浮かばなかった。

 そして今はそんな事よりもこれからどうするかが問題だ。頼りのフーコメリアはあの状態だし。俺はこの場から動けないし……。

 俺は腕を組んでこれからどうするか、必死にアイディアをひねり出そうとしていた。

「クッキー、難しい顔してどうしたの?」

「いや、これからどうしようかとね……フーコメリア、何か案は無いか?」

 最初はキョロキョロと周りを見渡していたのだが、使えそうなものは何も無い。それもそうだ。俺が居るのは交差点のど真ん中。そんなところに都合よく道具なんて落ちてないし、車道にそんなものが転がっていれば事故の元だ。

 アスファルトの一点を見つめ、考えていると頭上からフーコメリアの声。三人寄れば文殊の知恵とか言ったものだ、二人しか居ないのだがそれでも一人よりはマシなアイディアが出るだろう。

「俺はこの場から動けない、とは言っても足だけね。腕とかは普通に動くから……あ、そうだ! 委員長だ、委員長に助けを求めよう、携帯で!」

「連れ去られた人に助けを求めるって斬新ね……」

「じゃぁ、警察、警察を呼ぼう!」

「きっと此処には来れないと思うわ、それになんて説明するの? 巨大な植物に捕まってます、助けて! とか、金縛りで動けません? 流石に相手にしてもらえないわよ」

 思いつく限りのアイディアを口にするも、フーコメリアに一刀両断。バッサバッサと断ち切られて俺の心は真っ二つ。

「否定ばっかじゃなくって、フーコメリアも何かアイディアをッ……」

 信号機にぶら下がったままのフーコメリアに向けて口を開こうとしたのだが、俺の頭上にはとんでも無い光景が広がっていた。

 フーコメリア、スカート、俺、下から見上げる、パラダイス。

 なるほど、昭和の時代に大ヒットしたとある歌手の歌はこういう事だったのか。

 上を向いて歩こう、涙がこぼれないように――いや無理だ。これは涙がこぼれてしまう。

 幸せは雲の上に、幸せは空の上に――まったくその通りだ。幸せとは頭上にあったのだ。今日俺は大切な事を学んだ。

「ちょっとクッキー、大丈夫?」

 優しく揺すられる俺の身体。心配そうに俺の顔を覗き込むフーコメリア。

「だ、大丈夫だ。問題ない。上を向いて歩こう」

「変なの……」

 必死に脳内のレコーダーに映像を保存する俺をフーコメリアが怪訝な表情で見つめてくる。

「って……ええッ!?」

 フーコメリア元気そう、それとてもイイこと。

「どうしたのクッキー、さっきから?」

「フーコメリアお前……」

 先ほどまでパラダイスが広がっていた方向……じゃなかった、フーコメリアが吊るされていた信号機を見ると、信号機に巻きついた植物のツタが所々焦げて白っぽい煙を上げていた。

「魔法が使えなかったんじゃ……」

 俺も間近でフーコメリアが魔法を使おうとした時に使えなかった場面を見ている。あの状況で魔法を使うなんて無理そうだったし、フーコメリアがあの頑丈そうな植物をあんなに出来るような火気なんて持ってなさそうなのは明白だ。

「確かにあれは魔力を吸うけれども、吸える大きさには限度があるのよ。風船と一緒ね。内部に大きな力が貯まりすぎると……」

 フーコメリアは『ボンッ』と擬音を口にしつつ手を一度握り、大きく開く。ものが破裂するジェスチャーだ。

「そ、そんな力技で解決できるようなものなのかよ、それならあの怪しい人が何処かに行く前に……」

 拘束から抜け出せたなら早く抜け出して欲しかった。あの魔法使いが何処に行ったかは全く検討がつかず、俺達は置いてけぼりを喰らった状態だ。

「相手がどう動くか解らないもの。行動を起こすにはギリギリまで引き付けてからじゃないと。力技も案外魔力を消耗するのよ。消耗した状態で相手のやりあうのは得策じゃないし」

 フーコメリアはそう言いつつ、俺の肩に触れると先ほどまで動かなかった足が自由に動かせるようになった。危ない、あのままだと良い目印にされてしまう。

 ――お前ん家、(ち)何処?

 あの交差点を真っ直ぐ、すると信号機の間近くに佇んでいる男が見えるから其処で左に曲がってすぐ。

 嫌過ぎる。そのうち俺は衰弱し倒れ、幾年の後に東小松駅前に銅像が建てられるかもしれない。きっと俺の溢れるカリスマ性のことだ、絶対銅像には悪戯が絶える事は無いだろう。

「どうしたのクッキー? 変なステップなんか刻んで?」

「いや、自由って素晴らしいよな」

「そうね、素晴らしいことね」

 お互いに拘束されていた身、自由がどれ程尊いものなのかを知っている。俺以上にしんどそうな格好だったフーコメリアも肩なんかを回して身体を解している。

「さて、こうやって遊んでいてもしょうがないわね、早く追わないとレンが後でネチネチと文句を言うわ」

「あぁ、そうしたい所だが、レンなんかが向かった先なんて解らないぞ?」

「大丈夫、手は打ってあるわ」

 フーコメリアが指を振るとソフトボールぐらいの大きさの淡い光を放つ球がその場に浮かんだ。

「これは?」

 おそるおそる球を触ろうとしてみるも、なんの感触もなく指が球を突き抜ける。まるで携帯やゲーム機などで特定の模様の上に3Dキャラが表示され、それを触ろうとした時みたいだ。

 確かオーグメント・リアリティ、略してARだったっけ? 拡張現実だか、現実拡張って言われる技術の。フーコメリアが興味を示し、一緒にW先生に教わったな。残念ながら俺はW先生が何を教えてくれているのか理解不能、落第してしまったが、それでもほんの少しぐらいは記憶に残っている。これが残りカスの記憶の全て。きっと数ヵ月後にはこの名前すら忘れるだろう。

「この球がレンの元に案内してくれるわ」

「なにその便利アイテム」

「なんの用意も無くレンを先行させないわよ。相手が二人になると流石にレン一人の火力じゃきつそうだし……本当はあまりクッキーを危険な場所には行かせたくないのだけど、クッキーが居ることによってもう一手行動が増えるし」

 あぁ、いつだか俺の魔力とやらを使って精霊剣を使った時の話か。結構あれは疲れるのだが現状を考えるに力は少しでもあったほうが良い。

「じゃ、頑張ってね」

「解った、頑張る! って、フーコメリアは? なんか他人事みたいな感じで言ってない?」

「私は最悪の事態に備えてあっちと連絡を取ってから向かうわ」

 場所はわかるのか? そう聞こうと思った俺だったが、フーコメリアは俺の言いたい事が解っていたらしく、指を振ると俺の目の前に浮かぶ球と全く同じものをもう一つ出した。本当に魔法って便利だなぁ!

「向こうじゃレンの指示に従って、あんまり無茶をして怪我なんてしたらどうなるかわかるわよね?」

「わ、解ってるよ……」

 冷や汗が浮かぶようなフーコメリアの忠告を受け、俺はその場から逃げ出すように駆け出した。

 委員長とレン、待ってろよ。そして帽子と前髪……お前達の仇は必ず!

 ボロボロになった某メジャーリーグチームのキャップを被って俺は目の前の球をひたすら追って走った。

孤立しているレンの安否が心配だ。

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