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いつもどおりの日常。

 俺、久遠寺久喜が住むこの『東小松市』にはすごい秘密がある。

 売れっ子芸人の故郷だとか、地域最大級となるショッピングモール建設予定地とかそういうものとは比べ物にならないほどのすごい秘密だ。

 ――それは、異世界に通じる扉があり、異世界の住人が移住してきているということだ。

 おっと待ってくれ、俺を可愛そうな目で見るのはやめてくれ、俺の頭は正常だ。異常者の正常ほど信じられないものはないだなんて言わないでくれよ。

 どうして異世界の住人が人口そこそこ、移動の便もそこそこ、商業施設もそこそこの何処にでもあるような地方都市に暮らして居るのには理由がある。それは、俺が住む場所を提供しているからである。

 異世界人との出会いは衝撃的だった。ある日家に帰るとすっごい美人で夢の詰まった大きな桃源郷を持つ人……じゃないけど、美人さんが居たんだ。最初は俺もびっくりしたさ、常日頃思い描いていた妄想嫁が現実に現れたんじゃないかってね。

 その人を追って俺んちにもう一人異世界人が来た。彼女……いや、奴と言ったほうがしっくり来るな。奴はこの世界に来た美人さんを連れ戻すように言われて来たらしいが、多少美人さんの考えを尊重したいらしく、そのまま奴は美人さんと一緒に家に住み、美人さん達の出す答えを待つことになったんだ。

 結果色々あって美人さんの抱えていた問題が解決し、めでたしめでたしかと思ったんだが、なんと美人さんがこっちの世界に戻ってきちゃった。それを追って奴も戻って来てしまったって言うのがこれまでの出来事だ。


「クキー、『ばすくりん』がなくなってしまった!」

 空になった浴槽洗剤を片手に身長百四十センチ程の小柄すぎる女の子が居間に入ってきた。彼女が歩くたびにフローリングの床には小さい足跡が出来る。

「ちょっと、レン……マットで足を拭いてから歩き回りなさいよ」

 台所で皿を戸棚に入れていたとても胸の大きな女性は即座にタオルを手に取り、女の子が付けた足跡と女の子の足を素早く拭きあげる。当然俺の視線は揺れる桃源郷に釘付けなのはいうまでもない。

「むぅ、フーコメリア……また私はすぐに風呂場に掃除に戻るんだ。私の足を拭いてもすぐに濡れるから意味ないぞ?」

 レン・クレックス。異世界から来た精霊族という種族で精霊と共存している種族らしい。背の小ささに関して触れる事はタブー。きっと泣いて暴れるから面倒なことになる。

「レンはそうかもしれないけど、レン以外の誰かがレンの残したお土産を踏むと大変でしょう?」

 妹を注意するようにしっかりと言い聞かせているのはフーコメリア。魔族という種族で魔法を使うことが出来るファンタジーな特徴がある。特徴といえば、背が小さい以外は俺達と外見の変わらないレンと比べるとフーコメリアの外見はやはり少々ファンタジーチックだ。耳はピンっととんがり、漫画に出てくるエルフとかそういう感じの耳をしている。勿論魔法で他人には普通の耳に見えるようにしているらしい。

「ただいまー。久遠寺君、もう少し雑誌の紐しっかりと縛ってよね、途中で分解しかけて大変だったんだから」

 文句を言いながら戻ってきたのは委員長こと、春日野桜花だ。彼女は同じ学校に通うクラスメイトでお隣さん。未来予知っていうチートな特徴のある現代日本人だ。

「きゃっ、冷たっ!?」

 ツインテールを揺らしながら部屋に戻ってきた委員長だったが、なぜか急に足を上げ、足の裏をなでると眉を寄せた。

「あ、ごめんなさい桜花さん。そこレンがいっぱい足跡作ってくれちゃってるから、気をつけて歩いてね……って言っても今更よね」

 委員長はちらりとレンの姿を見てため息をついた。

「そんなことよりもクキ、早くばすくりんを出してくれ、これがないと私は風呂掃除を終えれない!」

「私の靴下水没がそんなこと!?」

 必死に空になった浴槽洗剤のレバーを引き続けるレンの姿を見て委員長は怒る気をなくしたのか、小さく肩をすくませて俺を見る。

「はぁ、そういうことだから早く出しちゃいなさいよ」

「オッケ委員長。さー、レン風呂場に直行だ」

 ぐるんと小さなレンの身体を回し、背中を押して風呂場へと向かう。背中を押しているとやはりレンの身長は小さい。レンの頭頂部が顎を乗せるに丁度良い位置にある。思わず顎を乗せたい衝動に駆られたが、一度それで半泣き状態で暴れられている。同じ間違いは繰り返せない。東小松市一の学習マシン久遠寺の名折れだ。

「前にも言っただろ、洗剤の予備はここにあるって」

 脱衣所の戸棚を空けて中から取り替え用のボトルを出してレンに手渡す。

「……かない」

 ポツリとレンはつぶやく。

「は?」

 聞き取れなくてレンに聞き返すと、レンは唇を尖らせてもう一度口を開いた。

「……とどかない。それに椅子を持って運んでる姿をクキが見れば馬鹿にするだろ」

 悪戯がばれた子供のように決して俺に視線を合わせずにレンは顔を真っ赤にしながら言う。そんなレンの頭を手の平で思いっきり撫で回す。

「ばーか、確かに俺は背のちっちゃい事を突っついて楽しんではいるが、背が小さくても頑張ってるとこ見て馬鹿にはしねーよ」

「うわ馬鹿、なにをする、やめんか! 背が縮む!」

 レンの小さな手が俺の手を引き剥がそうともがいている。よし、これ以上したら俺はきっと噛み付かれる引き際も肝心だ。

 ぱっとレンの頭から手を離し、方向転換。急いで居間へと逃げ帰る。背後でレンの叫び声が聞こえるがスルーだスルー。

「もう、またレンちゃんで遊んでたの?」

 呆れ顔の委員長が苦笑いを浮かべながら言う。

「委員長も遊んでやろうか?」

「蹴るわよ?」

「しいません……」

 委員長の頭をなでようと手をわきわきさせつつ迫ると本気で蹴られそうだったので俺はすごすごと退散。

「じゃあ私は……」

「ぬっ!?」

 背中にふよんと当たる幸せな感覚。これはもしかしなくとも……。

「ちょっとフーコメリアさん!」

 慌てた調子で委員長が声を荒げると、俺の首に細い腕が巻きついてきた。

 くう、腕だけと言うのになんでこんなに柔らかいんだ、そしてなんていい匂いなんだ。

「ちょっと久遠寺君も何か言いなさいって!」

「ふ、フーコメリア……当たって……」

「当ててるのよ」

 耳元でフーコメリアが囁くと、より力を加えて接触面を増やしてくる。

 そ、素数だ、素数を数えて冷静になるんだ、俺……。

「ぬあああっ、お前達一体何をやっているんだ、離れんか、破廉恥だぞ!」

 風呂掃除を終えたレンが戻ってきたらしく大声で何かを叫んで暴れているようだ。俺はそれどころじゃない。熟女を数えて気持ちを萎えさせるんだ。熟女が一人。熟女が二人。おえっ……。


「もう、ちょっとしたお茶目じゃない。本気で噛み付かなくても……」

「全く、お前の冗談はいつも笑えないものばかりだ」

 腕に小さい歯形をつけられたフーコメリアは手を振りながら苦笑い。歯形を付けた犯人はと言うと腕を組んでふんっと鼻を鳴らしソファーに奥深く腰掛けている。

「まぁ、フーコメリアが噛まれたのはいいとして……一番被害を受けたのが俺ってどういう事?」

「私の綺麗な肌に傷がついたのよ、クッキーが責任とって私を貰ってくれないといけないわね、これは」

「なんで俺!?」

 フーコメリアは笑いながら冗談よと言う。毎度の事ながらフーコメリアの冗談はきわどすぎて判断に困る。

「はい、久遠寺君動かない、ちょっとしみるわよ」

「あだだ、もうちょっとやさしく……」

「してるわよ」

 委員長は口を尖らせそういいつつも、俺の指に押し付けているガーゼの力を弱めた。

 フーコメリアがレンに噛まれ、なぜかそれを引き剥がそうとした俺の指も思いっきり噛みやがった。おかげで俺の指は薬指の爪の付け根の薄皮が裂けて出血。痛みでレンの口から指を引き抜いたときに中指も負傷。今現在委員長により治療中。

「はい終わりっと」

 そういい終わるとぺちっと傷口を叩く委員長。痛いんですけど。

「それはそうと、最近久遠寺君もレンちゃんもフーコメリアさんもはしゃぎすぎ! 前まではフーコメリアさんもきちんと止めていたのに、今では一緒にはしゃいで……」

 委員長のお小言が始まった。俺とレン、フーコメリアは互いにアイコンタクトをし、そろりそろりと委員長の説教から逃げ出す準備。合図はさん、にー、いち、だぞ、みんな。

「ちょっと久遠寺君聞いてる!?」

「ひうっ、きいておりますでござーる」

「何語よそれ……」

 呆れた調子で委員長が俺に注意を向けた瞬間、フーコメリアとレンの動きは素早かった。風のように二人は自室に逃げ込みやがった。くそ、こういうときだけ良いコンビネーションしやがってあいつら……。

「あぁ、もう二人逃げちゃったじゃない」

「こ、こういう場合僕だけ怒られるというのは非常に納得がいかないのでゴザルマース!」

「何キャラよそれ」

 くすりと委員長は笑うと大きく伸びをしてそのままソファーに腰掛ける。委員長はそれからじっと俺の顔を見つめたまま何も喋らない。どんな口撃を受けるのかびくびくしている俺に向けてとうとう委員長が口を開いた。

「もう、此処に居ると退屈しないわね」

 そういった委員長の表情が悲しげなものへと変わる。多分実家の事を思い出してしまったんだろう。俺は静かに立ち上がり、委員長の背後へと回る。

「お客さぁーん肩がベリーベリー凝っているでゴザルマース!」

 やや力を入れて委員長の肩を揉み解す。指先に感じる感触から全くプニプニしていて肩は凝っていないのだが、それでも俺は続ける。

「やっ、ちょっと! 久遠寺君! くすぐったいって!」

 俺の指から逃れようと委員長が大きく身体を揺さぶり、あっという間に俺の指から逃げ出す。

「いきなり何するのよ!」

 肩を抱くようにしてキッと俺をにらむ委員長。くすぐったかったのか顔を真っ赤にして目にはほんのりと涙が浮かんでる。

「うん、それが委員長だ」

 俺の言葉を聞いてきょとんとした表情を浮かべる委員長。

「は、励ますんだったらもう少し気の利いた励まし方ってのがあるでしょ……ばか」

 俺の真意がわかったのか、委員長は顔を真っ赤にしたまま呟いた。

「いやー、これでも精一杯考えたんだけどな」

 そう言って俺は頬を掻くのだった。

 委員長は元気になったのはいいものの、何処となくお互いが話し掛け辛い雰囲気でただ同じソファーに座ってぼうっとしていること二十数分。ようやく自室へと逃げ込んだ裏切り者の一人が戻ってきた。

「ほ、なんとかオーカの機嫌はよくなったようだな。クキー、げぇむするぞー」

 このなんとなく気まずい雰囲気で居るのもアレだし、レンの提案に乗るとしよう。

「はいはい。って、いい加減自分で起動できるようになれよな」

「きちんと時間を守ってやらないといけないわよ、レンちゃん」

「レン、フーコメリアはどうした?」

 自室に逃げ込んだフーコメリアが出てくる気配がない。そろそろ出てきても良い頃なんだが。

「何か紙に書いていたな。まぁ、いつものだろう」

 いつもの――フーコメリアはこちらの世界の科学技術とあちらの世界の魔法技術を組み合わせた技術が出来ないかと日夜研究に勤しんでいる。成果はまだほんの小さなものだが、先には進んでると聞いた。何かしら手伝ってやりたいのだが、まず向こうの文字が読めない俺は戦力外もいいところだ。かえって足を引っ張ることになりそうなので応援しか出来ないというのが現状である。

「まぁ、そのうち出てくるだろう」

 レンの顔にはゲームはまだかとありありと書かれている。俺は苦笑を一つ。テレビの入力をゲームの映像出力が刺さっている入力に変え、ゲーム機のスイッチを入れると四十ニ型の薄型テレビにハード名と開発元のロゴが映り、様々な項目が並ぶメニュー画面へと切り替わるとレンは慣れた手付きで項目を選択しゲームを起動させた。そこまで操作出来るのなら何故テレビの入力切替が出来ないか謎である。

 ディスク読み込み音がしばらく続くとテレビ画面から荘厳な音楽と共にソフト開発関係の会社のロゴが次々と表示され、ゲームのタイトル画面へと切り替わる。レンがやっているゲームは俺が一年ほど前に買ってクリアしてやらなくなった3DダンジョンRPGだ。

 ゲームの概要としては自分の分身となる主人公を作り、色んな職業の仲間と一緒にダンジョンを探索していくといったごくありふれたダンジョンRPGであるが、仲間やスキル、職業の多さアイテムの種類は他のダンジョンRPGを凌駕し、発売して一年経った今でも中古ゲームショップではそこそこの値段をキープして売られている。

 レン達がこちらの世界でまた暮らし始めたとき、フーコメリアとレンの興味を引いたのがこの現代日本の娯楽の一つのテレビゲームだ。フーコメリア達の世界にもゲームはあるのだが、双六のようなものが大半を占め大抵が一人でやっても面白くない、またはやることが出来ないものが多いらしく、一人で遊べるゲームについては新鮮だったようだ。

 二人は俺が持っているゲームの殆どを軽く触り、自身の性格に合ったゲームを見つけたようだ。

 フーコメリアは落ち物……パズルゲームやSLGといった多少頭を使って先を考えたりするのが特に好きなようだ。まぁ、あまりフーコメリアが一人でゲームをしている姿は見ない。大抵レンに巻き込まれて委員長とかとパズルゲームやボードゲームをやっているぐらいか。それも最近ではフーコメリアが強すぎてレンや委員長じゃ太刀打ちできないという事態に陥っているが。東小松市一のパーティーゲームのプロという通り名が奪われる日も近いだろう。

 レンはファンタジー要素のあるRPGが特に気に入っているようだ。未来設定のRPGとかは作中の難しい専門用語やカタパルト、ライフルなど横文字を覚えるのが面倒らしく、OP直後のチュートリアルで投げた。それにロールプレイと言うこともあってか剣や魔法が出てくるほうがよりすんなりと感情移入できるようだ。

 おまけで委員長はというと、ゲームはあまりしないらしく、携帯ゲームの牧場経営もののゲームとかを少しやったぐらいでRPGとかはあまりやらないらしい。

「あ、またレンゲームやってるのね」

 フーコメリアが肩を回しながら居間へと戻ってきた。やはり噂どおり大きいと肩が凝りやすいのだろうか。

「やること終わったのか? それとも休憩?」

 レンが先に言っていたので作業をしていたとわかっていたし、今のフーコメリアの髪を見ても解る。フーコメリアは何か集中して行う時は必ず三つ編みにまとめた髪をピン等で後頭部にとぐろ状にまとめている。今のフーコメリアの髪も後頭部に大きなアップルパイが付いている。 

「一通り今日の分は終わったわね。あ、桜花さん……悪いわね」

 何もない状況だと委員長を止めてでも自分でやるようだが、今回ばかりは疲労感があり止めてまで自分でやろうとは思えないようだ。

「今日はいつになくお疲れだな」

「ええ、そろそろこっちで暮らし始めて一月でしょ? 一度国へ戻って報告をしなきゃいけないのよね。その資料作り」

「一月ごとに報告に戻るのか?」

「最初のうちはね」

「その……うまくいっているのか?」

 余計な心配かと思ったが、フーコメリアはあまり自身の疲れなど表に出さないのに最近はしきりに肩を押さえる仕草や目頭を押さえるなど疲労感を隠しきれていない。そのうち倒れるんじゃないかと心配しているのだが、フーコメリアは唇を緩め、俺にVサインを突きつけてきた。

「机上の上では絶好調よ。こちらにはあちらにない物や、すばらしい風習がある。まずはそれを取り入れることから始めようと思ってるの。ま、取り入れるかどうかはお偉いさんが決めるんだけど。私はアイディアを出すだけだから苦労はあまりないと思うわ。実際に困るのはそれを行う人達よね」

「疲れてたり体調悪くなったらすぐ言えよ? 絶対フーコメリアは倒れるまで頑張りそうだからな」

 フーコメリアは一瞬目を丸くし、ゆっくりと笑みを浮かべた。

「ありがとう。倒れる前にはちゃんと言うから心配しないでいいわよ。まぁ目下の悩みとしてはこの肩こりなんだけどね? クッキー揉んでくれるかしら?」

 胸を持ち上げるように腕を組むと数センチ俺の方へと身体を寄せてくるフーコメリア。これは罠だ。大きな二つのトラップに引っかかってはいけない!

「れ、レンに頼もうぜ!?」

 勝った! 一つの煩悩に打ち勝つことが出来た。あと百七つ。無理だ、絶対勝てるわけがない、あと百七つ振り払うなんて無理だ。

「あら残念」

 フーコメリアはからかうように笑うと立ち上がり台所の委員長の元へと向かった。時間的におやつの準備でもしているんだろう。

「おっ」

 時計を見た瞬間テレビからファンファーレが鳴った。

「レベル上がったな」

「うむ、ようやく16だ。沢山技や魔法を覚えてきたので楽しくなってきたぞ」

 画面にはレンが作ったレンの分身が表示されている。やはり自分をイメージして作ったのか、髪形とか他のパーツなんかもレンと似た部分が多い。身長以外は。このゲームは確かキャラメイク時に身長の雛形があってそれを基準に微調整したり出来るタイプで雛形が大中小と三つある。大が長身系の雛形で中の雛形よりもずいぶんと身長が違う。そしてこれは中と小でも同じ。小はロリ、ショタもしくはチビキャラを作るのに最適な雛形なのだが、レンが選択しているのは明らかに中。そこを突っ込むのは野暮ってもんだろう。ゲームの中ぐらい夢を見させてやるべきだろう。その事が解っているのか、俺やフーコメリア委員長はキャラの身長については全くツッコミを入れていない。

「しかしこのげぇむは良く出来ているなぁ」

 しみじみとレンが言うので俺もそれに同意してやった。

「能力が上がるだけじゃなく、下がったりもするのは良く出来ている。力だけを鍛えても頭は悪くなるし、かといって頭を鍛えすぎても運動不足となり素早さが下がるとは……」

「え、そっち?」

「まぁ、あとまだ未だに納得できないのが魔物がお金を落としたりする事だな。確かに金銀を溜め込む魔物もいるがそれはまれだ。それに回復薬を持っていながら危なくなっても使わないとは納得できん。それに回復薬と言うものも不思議だ」

 真面目な表情でレンは疑問を口にしていく。それ全部現実通りにするとクリア不可能な無理ゲーになるぞ? モンスターを倒してもお金は手に入らず、回復アイテムをガンガン使用してドロップさせないとか。お金がない、かつ回復アイテムも落とさないなんてどうやってレベル上げればいいんだよ。

「全部が全部現実と同じにしてしまったら出来ないことばかりで面白くないだろ? RPGってのはそういったもしを楽しむゲームなんだよ」

「そういうものなのか?」

「そういうものなの。俺達は魔法が使えない。だからこそこうやってもし魔法が使える自分を想像し、ゲーム上で危険な冒険に出ることで現実には出来ないことをやったつもりになって楽しむ。それがゲームなんだよ。ほら、レンだってせ……」

「せ?」

「……いべつ、性別が違ったらなんて想像してみな。まぁ今とかわんねーかも知れないけど、何かが必ず違うはずだろ?」

 危ない。背が大きかったらなんて例えを言えばきっとレンは理想の自分を想像し、現在の自分に落胆して暴れだす。咄嗟に方向転換できて良かった。

「確かにその通りかもしれんな……」

 少し考え込んでレンは今の自分とは違う面が思い浮かんだのだろう、二度頷いて視線をまたテレビへと戻す。

 3Dで表現された通路を進み、壁が迫ると方向転換をしまた進んでいく。途中何度も魔物と遭遇するのだがパーティは鍛え上げられており特に苦戦することなく通常攻撃のみのオート戦闘でサクサクとダンジョン未到達地点のマップを埋めていく。

「くるくるくる画面が回ってこれずっとやっていると酔いそうだわ」

 委員長が苦笑を浮かべて画面から目を逸らす。最近のゲームの大半が3Dで表現されており、ゲームを日常的にする人間にとってはなんともないのだが、あまりゲームをしない委員長にとってこのゲームは非常に酔うゲームなのだろう。

「じきに慣れると思うけど……なんか辛いようだったら別の事でもやってるか?」

「うーん、そうねぇ……」

 委員長はしばし考え込むと、ちょっと言い辛そうに口を開いた。

「なにか漫画とか小説、読み物ない?」

「ん、じゃ部屋に適当なものあるからなにか選ぶ?」

「ありがと」

 委員長と一緒にソファーを立ち、部屋に置いてある本棚を物色することにした。


「結構あるわね……」

 委員長は本棚の前に立つと並べられたタイトルを眺めどれにしようかと悩んでいる。一応作品ごとに綺麗に整理されているからどの程度の巻数のある本かは一目でわかると思う。それにしても他人に本棚に並んでいる本を眺められるという行為は結構恥ずかしいものがある。モロに自身の趣味が現れているといっても過言ではない。

「これ面白い?」

 委員長は本棚に並んでいる一冊の漫画をとって俺に見せてくる。委員長の手に取った漫画は全七巻のSFラブコメディのような内容で俺はその漫画を書いている作者の絵柄が好きで買った漫画だ。贔屓が入るかも知れないが俺は面白かった。

 軽く内容を説明すると興味を持ったのか、委員長はその漫画を読むことを決めたようだ。

「わわっあいたっ!」

 委員長が漫画を落としそうになり慌てて体勢を整えようとして本棚に強く肘を打ちつけた。

「おいおい、大丈夫か委員長?」

「え、ええ。ちょっと打ち所悪くて腕痺れちゃった」

 恥ずかしそうに委員長は笑うと棚に打ち付けた左手を振って応える。

「らしくないなあ」

 東小松市一の未来予報士、委員長とは思えない失態だ。

「もう、こういう事も良くあるって」

 俺に突っ込まれたことで余計に羞恥心が増したのか委員長は更に顔を赤くし頬を膨らませる。

「そ、それはそうと、読む漫画も決まったし戻ろっか?」

 委員長は素早く俺の背後に回り込むと背を押すようにしてリビングに戻るように促してくる。委員長の読む予定の漫画は続き物だから一応三巻までリビングに持って行く事にした。

 リビングに戻るとレンのゲームのほうも進んでいてセーブポイントまで到達していた。

 クリア経験のある俺としてはそのセーブポイントの先にボスがいる事も知っているし、そのボスが結構難易度の高いボスである事もわかっているが、あえて何も言わずにレンのプレイを見守る。クラスメイトと一緒に休み時間携帯ゲームをやっているとやたら先の展開をネタバレする奴がいてそのたびに俺はゲームの感動を薄れさせられている。ネタバレよくない。駄目ゼッタイ。

「うーむ、せぇぶぽいんとが割と近い位置にあったな。多分雰囲気的にもこの先にぼすがいるだろう」

 マップ上は直線路しかなく、周りの景色も何かがいそうな雰囲気が漂っており、レンもそれを感じ取ったのだろう、一歩一歩身長に進むと大きな空間に出た。空間の中央にはイベントがあると知らせるマークが浮かんでいる。

「やはりなにかあるな」

 レンはメニュー画面を開いて疲労したメンバー達を全回復させ、イベントポイントを調べた。システム文が流れ、音楽がおどろおどろしい音楽へと変わり、ボスとの戦闘に突入した。

「やはりぼすだな……っておいレン! 勝手に行動するな、私は指示を出してないぞ、うわ、お前もか!」

 戦闘指示を与えていないのに勝手に動き出すメンバー達。今レンが戦っているボスの特徴は最初の3ターンは攻撃スキルのみによるオート戦闘だ。かつ、ボスの攻撃力がバカ高く、1ターンに二回行動し、前衛後衛に一回づつダメージを与えてくる。

「お、ようやく指示が出せる。うーむ、どうするべきか」

 3ターンの強制戦闘が終了したのだが、レンのパーティは回復することなく攻撃を繰り返させられていた為に疲労している。パーティは六人で前衛後衛三人づつといったこの手のゲームではありきたりの人数設定である。やはりお約束として後衛を担当する職のキャラは全体的に打たれ弱く、レンのパーティも後衛のHPが皆危ない状態に陥っている。

「あらあら、このままじゃ皆危ないわね」

 フーコメリアは基本レンのプレイをニヤニヤしながら眺め、危なくなったり謎解きにつまずくとこうやって茶々を入れて楽しんでいる節がある。まぁ、その気持ちはわからなくはない。自分でゲームするのも楽しいが、人のプレイに口出しするのも楽しいからな。

「大丈夫だ、既に総攻撃をやっている。敵もボロボロのはずだ!」

 レンはそう言って強気に攻める作戦に出た。結果はパーティ全滅でゲームオーバー。

「むむ、今のでは駄目か。では次の作戦だ」

 ロード画面に戻されたレンはめげずにデータを読み込み再トライ。次は前衛に攻撃を任せ、後衛が必死に回復といった作戦を取ったのだが、強制戦闘での疲労からか、すぐに後衛が崩れ徐々に被害が拡大し、ゲームオーバー。

 それから二度トライしたのだが、全部もう少しと言うところで全滅している。

「あら、また負けちゃったわね」

「うぅ、勝てない……まだ弱いというのだろうか……」

 何度も負けが続くと心も折れる。レンはしゅんと肩をすくめロード画面で止まってしまった。

「そうかしら? そのままでも十分いけると思うのだけれど?」

 フーコメリアは今までのレンのプレイを見て攻略法を思い浮かんでいるようで、藁にも縋りたいレンは目を輝かせながらフーコメリアの手にコントローラーを握らせた。

「なに、ほんとうか! よし、フーコメリア頼んだ!」

「まだ倒せるかどうか解らないわよ? レンが取ってない作戦を取るだけだもの」

 フーコメリアがレンの代わりにボスと対峙する。3ターンの強制戦闘後、いつものようにピンチに陥るパーティメンバー達。フーコメリアは4ターン目、後衛を全員防御させ前衛が後衛の立て直しを図り始める。

「それでは先ほど与えただめーじを回復されてしまうぞ?」

 レンが苦戦している理由の最たる原因としてはボスの治癒力だ。1ターンごとに微量だがHPが回復する。六人が健在な状態なら全く苦にならない回復量なのだが、死亡者が一人出ることにより攻撃と回復のバランスが取り辛くなっていき、押し負けるパターンだ。フーコメリアはまずパーティの立て直しを優先したようだ。

 5ターン目、6ターン目、7ターン目と立て直しを終え、ボスと対決するためにステータスアップを図り、準備が全て終える頃にはボスは完全回復してしまっていた。

「あぁ、折角のだめーじが全部回復してしまったぞ……」

「でも、こちらの準備も万端よ」

 後衛の防御力を魔法で上げ、被ダメージを抑えて前衛と後衛がバランスよく攻撃と回復を行いボスのライフを削っていく。

「おおっ、あと次の行動で打ち破れるな!」

 あと1ターンでボスが倒せるって時にフーコメリアは静かにゲームの電源を落とした。

「な、なんということを! あと少しで倒せたというのに!」

 苦戦していたボスの討伐直前でゲームの電源を落とされたレンの驚きは半端なかっただろう。俺も驚いたぐらいだし、読書に熱中していた委員長も読書を一時中断して画面を注目していた中でのフーコメリアの暴挙だった。

「あのゲームをあそこまで進めたのはレンよ。ボスを倒して先の展開を見るのもレンの役目。私はその手伝いをやっただけよ。これでどうやればいいかわかったはずよ?」

「そ、それはそうだが、どうもフーコメリアの戦法は私の性に合わないというか……」

 確かにプレイスタイルが攻撃第一主義のレンがフーコメリアのように待ちの戦法を使うのは難しいだろう。守ったら負ける、攻めろという精神のレンがフーコメリアのようにじっくりと勝てる状況を作り出していくのは無理じゃないか?

「私のやり方を真似しなくとも勝てる方法もあるかも知れないわよ?」

 フーコメリアはそう言ってちらりと俺を見る。既に一つ倒せる方法がわかったから別の攻略法も言っていいだろう。

「あと簡単に倒せるといったら全員の武器を攻撃力の高い奴に変えるんだ」

「攻撃力の高い武器は持っているがそれを装備すると格段に防御力が減ってしまうぞ?」

「それはしょうがない。でも今のレンのレベルなら下手すりゃ強制戦闘だけで終わる可能性が大きいな」

「なんと……今まで散々苦戦したのにそんな力押しとか、今までの労力を無駄にするような戦法で簡単に倒せるなんて」

 がっくりとレンが肩を落とし呟く。気持ちはわからなくはない。必死に倒したボスが後日攻略ウィキですごく簡単に倒せる方法が載っていて俺も同じ気持ちを体験したさ。寧ろゲームをやっていたら絶対経験する出来事の一つさ。

「ま、まぁ、いい勉強になったじゃない」

 委員長が漫画を片手にレンにフォローを入れるとレンは釈然としない様子で頷くのだった。

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