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あたしは、猫。  作者: 碧檎
第二部 第一章 消えた魔法の猫
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9 女王の新政策

 間もなく刈り取られる麦の稲穂がそよ風に揺れていた。畑には清々しい空気が漂っている。青い麦を啄もうと鳥が群れて舞い下りては、かかしの視線に怯み、また空へ舞い上がって行く。

 僕らは収穫直前の麦畑の視察から戻る途中だった。城に帰ったら収穫高の試算だ。その場で行うのが間違いがないけれど、それだと一日じゃとても終わらない。ここ数日はあらかじめ決めていた予定に合わせて、畑の視察に飛び回らなければならない。大変だけれど、収穫高にあわせて適正な税を徴収する為の、大事な作業だった。

 女王が税の徴収方法に改革を入れたのは今年の初め。王が退位した後すぐだった。

 領主には領地の視察が義務づけられ、細かな報告書の提出が求められた。きちんと報告をしている限りは、万が一不作の場合にも減税処置がとられるとのこと。ただし、不正がないかどうか確かめる為の、役人の抜き打ち検査も行われる。女王は王と違って抜かりない人だった。


 悪路の上でがたがた揺れる荷馬車。僕の隣には、ドゥが大きな体を狭そうに収めている。空っぽの馬車は明らかにそちら側に傾いていた。

 仕事の打ち上げにと酒を勧めると、それまで静かだったドゥの口が瞬く間に開く。意外なもので、この男は仕事とそれ以外の線をきっちり引いているのだ。

「そういやさあ。なんか女王が打ち出した新しい政策、ついに施行されたらしいぜ」

 新聞は読んでいたけれど、女王陛下の新しい政策はいくつもあって、全て把握出来ていない。いつから施行されるかなどは整理出来ていなかったので、とっさに胸元のメモを探る。

 最近施行される事となった政策は、魔法の猫を飼っている事が発覚すれば罰金――たしか年間所得の五分の一と聞いた――というものと、猫への変身魔法を使用した者を捕らえるというもの。これは終身刑と聞いている。どちらも随分重い刑だと感じていた。

「なに? どっちのこと?」

 僕は尋ねる。

「昨日の夜歩いてたら、〝魔法使い〟が憲兵にしょっぴかれてたんだ」

「ああ、魔法使いの方か」

 ドゥは頷く。

「見せしめもあってか、施行の知らせがてら派手に連れ回してたから。酒場にいても騒ぎが聞こえて来たからさ、飛び出したんだ。可哀相に青ざめてたぜ」

「じゃあ、魔法も簡単に使えなくなるのか。となると、魔法使いも生活が苦しくなるのかな」

 ドゥはざまあみろと吐き出すように言う。

「今まで上手い汁を吸ってたんだ。多少は世のため人の為に働くべきだろうな」

 って、ドゥ。あの王の配下にいた人間には言える台詞じゃないんだけどね。

 小さくため息をつくと、ドゥは僕の視線に気づいて、少々きまり悪そうに話題を変える。

「あーあ。にしてもよー。昔の魔法使いは偉大だったって聞くけどな」

「うん。それはそうだと思うよ」

「どーしてこう、悪用ばっかりされちゃったのかねぇ」

「魔法を使う側の意識の問題なんだ。いい魔法も、使う人間に悪意があれば、とたんに悪い魔法に変化してしまう」

 僕はシャルルを思い出しながら呟いた。彼は魔法を世の中の為に使おうとしていたんだ。彼は一度間違ってしまったけれど、その志は確かだったと僕は信じている。

 魔法使いも人間だから、色々だ。良い魔法使いに、悪い魔法使い。おとぎ話にはどちらも同じくらいよく出て来た。

「悪い魔法になっちまったら、取り締まるしかねえってことだな。便利なものも多いのにな。もったいねえ。変身だってよ、悪用しなけりゃ楽しいもんだったのにさ」

 ドゥがそう言って、僕はふと思いついた。

 メモに書き付けていた予定が浮かび上がる。

「ああ、女王が近々話があるって言われたんだけど、その件なのかな」

「そうかもな」

 ドゥは頷いた。

「そういや、トロワも貴族の出方が気になるって言ってたなぁ。なんだったっけなあ、魔法使いがいなくなれば危ないとかなんとか言ってた気がするんだが」

「トロワが? 危ないって?」

「俺にはよくわかんねえ。トロワに直接聞くがいいさ。あいつはどっちかというと、頭脳派ってヤツだろ」

「ドゥは肉体派ってヤツか。いいコンビだな」

 彼は嬉しそうに笑うと、「おうよ。相性ピッタリなんだよ」バシンと僕の背中を叩いた。

「相性と言えばよ、嬢ちゃんと喧嘩したのか? それ」

 ドゥは顔をしかめて僕の手を見る。ミミズ腫れはまだ治らない。犯人はあまりに分かりやすい。

「あ、ああ。ちょっとね」

「嫁ってのはな、甘やかすとろくな事がねえぞ」

 僕は軽く笑って否定する。

「まだ嫁じゃないし」

「ああ、そっか。じゃあ、逃げられちゃまずいってわけか」

「う、うん」

「釣り上げるまでは俺も大変だったなぁ――」

 ドゥが昔を懐かしむようにそう言ったけれど、僕は直前の言葉で固まったままだった。

 逃げる――その言葉が妙に胸に響いて驚く。アリスが逃げる? 僕から?

 以前僕が忙しく働いていた時の事が思い出される。いや、でもあの時とは違うはず。僕はちゃんとアリスを見てるはずだ。彼女が嫌がる事なんか何一つしていないはず。

 無理に言い聞かせるような自分に気が付いたとたん、なんだか妙に胸が騒いだ。

 あ、だめだ。昨日の喧嘩、結構引きずってるのかもしれない。帰って話をしないと。

 小さく見え始めた城を見つめて、僕は不安を胸から吐き出した。

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