――篭、篭女篭目。
目を覚ましたのは、――――暗く――――寒い、どこか。
そこにすでに温もりはなく。目覚めたときから、もう独り。
躯は仄かに火照っている。冷まさなきゃ。
――――覚める。――――冷める。
ああ――――――そうして、独りぼっちは目醒めた。
目を覚ます。
部屋が暗い。ああそうか。今日は昨日より天気が悪くなるって、イズミが言ってたっけ。
まったく、天気が悪い日はどうも好きになれない。陽の光が入ってこないと、今が何時なのかわからないじゃないか。
手探りで枕元の目覚まし時計を探し、手に取る。
「…………じゅうじ、はん」
ありえない。ああ、もう。ほんっとうにありえねえ!
ベッドから跳び起き、壁掛け時計を確認。十時三十五分。
テーブルに置きっぱなしにしていた携帯を確認。AM 10:28。
まさか、あんな早く寝ておいて寝坊するなんて。本当にどうかしてる!
半ば放心状態の俺を、携帯電話のサブディスプレイがチカチカと点滅して呼びかける。
そこに表示されていたのは――――
「受信メール五件、不在着信、六件……」
はは……開くのが怖い。
[5/23 8:17]
─────────────
[件名]今どこ?
[本文]朝練終わったよ・ω・
特に異常はなしかな
ネコが寂しがってたけど
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[5/23 8:22] 不在着信:イズミ
[5/23 8:23]
─────────────
[件名]余裕?
[本文]朝練に来なくてもいいとは行ったけどさ
ちょっと遅すぎるんじゃない?
あと5分でHR始まるよ?
─────────────
[5/23 8:28] 不在着信:イズミ
[5/23 8:31]
─────────────
[件名]HR始まりました
[本文]残念、間に合わなかったね
先生が心配してるよ
─────────────
[5/23 8:36] 不在着信:イズミ
[5/23 8:42] 不在着信:イズミ
[5/23 9:32]
─────────────
[件名]無題
[本文]1時間目、終わったんだけど
金曜だから国語
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[5/23 9:38] 不在着信:イズミ
[5/23 10:26]
─────────────
[件名]無題
[本文]生きてる?
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[5/23 10:27] 不在着信:イズミ
よ、よし! なんか完全ホラーだったのは置いといて、今ちょうど着信があったばかりだ。
急いでリダイヤルする。
『――――――もしもし』
「も、もしもし」
なんて冷たい声だ。「もしもし」だけで人が殺せるぞ、多分。
『おはよう由利也クン。お目覚めはいかが?』
「おかげさまでスッキリハッキリです、はい」
背中から冷や汗が止めどなく流れる。
『よかった、とりあえず生きてたのね。…………で。電話にもメールにも応じなかったのは何故かしら?』
くっ……口調が怖すぎる。
「……ねぼう……です……」
『ぇ? 何? 聞こえない』
「寝坊……ですっ……」
『もっとはっきりっ!』
「寝坊です! 寝坊しました!!」
『ふざけんなっ! 早く来なさい!』
「はいぃぃぃぃぃ!!」
乱暴に電話が切られる。……あー、死ぬかと思った。
とにかく――――早く準備を済ませて学校へ行こう。今からだと、四時間目からの出席になるか。
寝間着を脱ぎ捨て、顔に水をぶっかけ、制服を着て、カバンを持って……そうだ、パンでも齧りながら行こう。
疾風怒涛の如く自転車を漕ぎ散らかした俺withメロンパンは、自身最高記録となる十五分二十八秒で古宮高校裏門へと到着した。人間、やってやれないことはない。
只今午前十時五十五分は、残念ながら三時間目の真っ只中。グラウンドで体育の授業を受けているクラスもあるので、正門からの突破は不可能。裏門からこっそり忍びこむのが定石というものだ。
「さて、どうするかな……」
とりあえず、イズミにメール。『学校には着いた。今、裏門の前。』と。授業中だけど、メールは返ってくるだろうか?
返信を待つ間に、裏門近くの駐輪場へ自転車を停める。
五分経過。メールは来ない。
どうすべきか判断しかねるので、とりあえず校舎の陰に座り込む。
……こうしているところを誰かに見つかったら、ちょっとマズいかもな。
すぐ近くには部室棟、そこから少し行ったところに屋外トイレが、そして更に奥へ進むとプールがある。
建物の陰から顔だけを出し、辺りを窺う。
誰も……いないよな?
人気サボりスポットのプールからはだいぶ距離がある上、その陰からはさすがにここは見えないはず。
トイレは……わざわざこんな場所のを使いはしないだろう。校舎内のよりは幾分綺麗だけどさ。
部室棟? まさか。この時間に、部室棟に人がいるわけが――――
「いるわけが……」
――――いた。
しかもそれは、今一番会いたくない人物。
否。
――会ってはいけない人物。
「……綿貫、麻実」
部室棟1階、バスケ部の部室から出てきた彼女は少しの迷いもなく、こちらへ振り向き、
――――俺を睨みつけた。
「――え」
まさか、見つかっていた? 一体いつから?
背筋が凍りつく。陰から顔だけを出した情けない格好のまま、身動きが取れなくなる。
あろうことか、彼女はこちらに向かってゆっくりと歩き出している。
マズい。マズすぎる。なんだって、イズミがいない時に敵と鉢合わせてしまうんだ!
仕方ない、俺だけで何とかしなくては。
体を校舎の陰に引っ込めて、カバンを開けて中身をあさる。プラスチックのケースに詰め込まれた大量のネジから十本ほどを拾い上げ、学ランの胸ポケットに突っ込む。
よし、長さは丁度いい。不自然に膨れてもいないし、“頭”が引っかかっているため不意に落下してしまう危険もなさそうだ。
さあ、来い。角を曲がってきた瞬間に脇腹にネジを突き刺してやる。
……冷静に言葉にしてみると、かなりエグいことをしようとしてるんだな、俺。
って、待て。
イズミがいないなら、怯ませた後で俺はどうしたら――――
「――ねえ」
「っ――!!」
振り向くと。
綿貫 麻実は建物の角から上半身だけを覗かせ、奇妙な物を見るような目でしゃがみ込む俺を眺めていた。
「あんた、ナトリ先輩……だっけ? もしかしてサボり?」
目と目が合ったまま、お互い動けなくなる。
一触即発。
……いや、そうではない。
この寒いのにブラウスのボタンを三つも開けた茶髪の少女は、同業者を見つけたのがそんなにも嬉しいのか。昨日とはまるで別人のように、柔らかな笑みを浮かべていた。
「へー。じゃあ、タテマツ先輩はほんとにセンパイの彼女じゃないんだ」
「さっきから、何度もそう言ってるじゃないか」
もうこのやり取りは三度目になる。
「あれだけベタベタしてたら、カップルにしか見えないって」
「違う違う。しいて言うなら……そうだな……。親友、みたいな」
「男子と女子で親友って。ダメダメ、やっぱゴマカシにしか聞こえない」
「うーん……」
……どういうわけか。さっきからずっと、俺と綿貫 麻実はこうして当たり障りの無い会話を続けているのだった。
初めは、彼女があまりにも自然体で接してきたのでつい素で応じてしまったことから始まった。
ただ俺は高峰の時の経験から、油断させておいていきなり襲ってくるんじゃないかという警戒心は持っていたので、なるべく隙を見せないよう、いつでも応戦できるよう構えたまま会話を開始した。
だがそれは何の意味も成さなかった。
何故かって。彼女の方が明らかに隙だらけで、終いには地べたに座る俺の横で体育座りをし、まったり駄弁りモードに突入し始めたからだ。
「まあいいさ。彼女じゃないのね。わかったわかった」
「……わかってないだろ、絶対」
次に考えたのが、俺にEPDを投与する目的で近づいてきたんじゃないかということ。
前述と同じく、やはり『油断させておいて――』というパターン。
だが、それにしてもやはり隙がありすぎる。彼女はさっきからずっと両手をさらけ出しているため、EPDを取り出すのを見てから反撃余裕でしたってやつだ。俺もそこまで鈍くはない。
第一、俺がEPDを打たれたところで毒が回る前にイズミに電話をして知らせてしまえば終わる話だ。俺も綿貫 麻実もFDを撃ち込まれてお終い。THE END。
「で、何でサボってたのよ? もしかしてタテマツ先輩と待ち合わせ? もしかして今から密会のご予定でした?」
「……しつこいな。いい加減飽きてきたぞ」
芳邦にしても角さんにしても、何で俺はこうイズミとの関係でばかりイジられるんだ。
――まあ、それはさておき。
さっきから、俺の頭には1つの考えがこびり付いて離れない。
「じゃあ、何の話するよ? わたしたちお互いのこと何も知らないし、話題なんて限られてるじゃん」
「確かにな。学年も違うから先生の愚痴とかも噛み合わないだろうし……」
――――もし、そうであったなら。
「先生の愚痴。センパイ面白いこと言うね。わたし愚痴るほどの興味さえ持ってないや」
「ま、うちの学校の生徒としてはそれが正しいな」
――――もし、彼女がそうであったなら。
「……つまんないかもしれないけど、わたしの話聞きます? えっとつまり……身の上話」
――――この平和な時間は普遍。
「ああ、聞かせてよ。俺の話なんかより、ずっと面白いと思う」
――――誰も傷つかない。
「ハァ。ハードル上げないでくださいよ。……うーん、何がいいでしょうね」
――――何も起こらない。
「君さ、いつの間にか敬語になってるけど」
――――そんな、
「……いいじゃないですか。あんたセンパイでしょう。それも2個上の!」
「まあ、構わないけど」
――――甘ったれた、
「それじゃあ……わたしの失恋バナシでもしましょうか」
――――夢想。
「――それじゃ貴方は、綿貫 麻実は“大人”じゃないと言うのね」
昼休み。人気の無い校舎裏で、イズミと2人。
「ああ。彼女はそんなんじゃない。普通の女の子だよ」
そこは、ほんの一時間前綿貫と他愛のない会話を交わした場所だ。
「貴方……まさかEPDを注射されたんじゃないわよね」
「体には触れられてないな。覚えてる限りじゃ」
俺は先ほどの出来事をイズミに事細かに伝えた上で、『綿貫が“大人”ではないのではないか』という考えを提唱した。
「……冗談よ。そっちも冗談のつもりだろうけど」
はぁ、と溜息を吐くイズミ。
「貴方がお人好しなのは知っていたけど、こうも簡単に騙されてくるとは思わなかったわ」
「騙されるってなんだよ。彼女、嘘をついているようには到底見えなかったぞ」
例の、審美眼とやらだ。しかし、結局は騙されやすいってだけなのかもしれない。
「“大人”は何食わぬ顔をして嘘をつくわ。当然じゃない。誰だって生きるためならなんでもするでしょう」
イズミは一向に引こうとしない。だからって、俺だって引くわけにはいかない。もし万が一誤認で綿貫に怪我を負わせるなんてことがあったら、綿貫もイズミもこの学校にはいられなくなるかもしれない。
それだけは、何があっても避けたい。
「納得いってなさそうね。なら、貴方はどうするの? 私に綿貫 麻実のことを探るのを止めさせる?」
それは違う。
「言ったはずだ。俺はイズミに協力する。綿貫の動向を探るのも、これまでどおり手伝うさ」
「――それは、綿貫 麻実の潔白を証明するため?」
悪い。その問いには…………答えられない。
「……そ。協力してくれるなら私は文句は言わないわ。私たちの今日の動きについては、さっき送ったメールの通り。つまり、昨日言った通りよ」
今日の部活終了後、彼女の後を追い、こちらから仕掛ける。
「ああ。承知してる」
もし彼女が、イズミの言うように“大人”――人でない者だったなら。その時はもちろん、人外として処理するだけのことだ。
「ごめんな、イズミ」
「……何で謝るのよ」
今朝から続く不機嫌を、更に引っ掻き回してしまった。
……まったく、俺は彼女のことを怒らせてばっかりじゃないか。
こんな俺が、「カレシ」として成り立っているはずがないだろ? な。
「――大丈夫。私情は持ち込まない。イズミの意見にも逆らわない」
俺はただ、夢見ただけ。綿貫が、本当は何の変哲もないただの女子生徒であってほしいと。
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。
「教室に戻ろう。やっぱり、俺が言ったことは全部忘れてくれ。ただの妄言だったってことで」
まず俺が歩き出し、その少し後ろをイズミがついて来る。
「ううん。由利也クンが教えてくれたのは、貴重な綿貫の情報だから」
声色から解る。イズミは明らかに動揺している。いや、俺が混乱させてしまった。
「ねえ、綿貫 麻実とのやり取りはそれで全部?」
イズミに話したのは、部室棟近くで綿貫と出くわしたということ。面と向き合って、中身の無い話を30分ほどしたということ。つまるところ、一部始終だ。
「ああ。それだけ。他には何も起こらなかったよ」
何も。――そう。ただ、話をしただけ。
「……そっか。ありがとね」
「礼を言われてもな」
二人の距離は縮まらない。ずっと、大股一歩の間隔を保ったまま、自転車の立ち並ぶコンクリートの道を行く。
「――私、由利也クンのこと信じてるから」
「え?」
思わず歩みを止める。振り返ると、少し後ろでイズミも立ち止まっている。
「一昨日私に言ってくれたでしょ? 私のことを信じてくれるって」
「ああ」
「それへのお返事、かな。私も、信じてる。由利也クンのこと」
「……ありがとう」
それで果たして足りるのか。
「ふふ、どういたしまして」
どうしてイズミは、こんな俺に微笑んでくれるんだろう。
「それじゃ私、ちょっとトイレ行ってくるから。先に教室戻ってて」
「あ、ああ。わかった」
そう言って、来た道を駆け足で戻って行くイズミ。そっちに行かなくても校舎の中にもあるじゃないか。
……まあ、いいか。
俺が得た綿貫 麻実の情報で、一つだけイズミに伝えなかったことがある。
まあ、構わないだろう。何より、他でもない本人が言っていたんだから。
つまらない話だ、ってさ。
教室に戻ると、クラスメイトたちが次の授業の準備をしていた。その中にはあの騒がしい芳邦の姿もあり、遅刻のことや他のことで色々とからかわれた……気がするのだが、何を言われたかはさっぱり覚えていない。
イズミから送られたメールを開く。
[5/23 11:26]
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[件名]放課後の予定
[本文]7時間目終了後、すぐに体育館へ
部活時間は1時間程しかないけど、
バスケ部は平常通り練習を行うわ
そうなれば彼女は今日も昨日と同じ行動を取るはず
私たちは途中で帰るフリをして、彼女を待ち伏せする
彼女はおそらく独りで部室に入るはずよ
私たちは、そこに突入する
以上
心の準備はしておいてね
─────────────
携帯の画面を閉じると、黒板の前では英語教師が教科書の英文を読み上げていた。
久しぶりに見たな、あの人。英語を喋っているのに関西訛りが利き過ぎているのはどうかと思う。
……さて、寝るか。
睡眠の役割は体の休息、脳の休息。らしい。
……違うだろう。
過ごし難い時間をスキップすることと――――記憶の整理だ。
なんてことのない話なんです。
私が勝手に片思いをして、勝手に傷ついただけ。
片想いだったからこそ、
私は彼に似たダレカに縋ってしまった。
「三楠! 真面目にやれー!」
三対三の模擬試合形式での練習。今日のメインメニューらしい。
「あの調子じゃ、三楠先輩にはスタメンは無理ですね」
隣に座っているジャージ姿のケロちゃんが、物騒なことを呟きながら手に持ったリングノートに何かを書き込んでいる。
「残念ね。彼、昨日は頑張ってたのに」
昨日選考のためと言ってデータ計測をやった後、今日のやる気度合いでマイナス評価を付ける。部員たちは知らないであろう恐怖のスタメン決めシステムが、今まさに現在進行中で駆動しているのである。
「日曜だっけ。男女とも試合あるの?」
「はい。相手の桜塚高校も、バスケ部は男女合同なんです」
へえ。……って、桜塚?
「なんだ、明後日の相手、桜高だったの?」
「そうですけど……もしかして知り合いでも?」
「というか、イズミは元桜塚生なんだよな」
「とは言っても、ほとんど何も覚えてないんだけどね」
……いくら在籍期間が短かったからって、何も覚えてないっていうのは酷くないか。
「そうなんですか……。私、初耳です」
「ぇ? そうだっけ。すっかり言ったつもりでいたわ」
そういえば、この二人の慣れ始めはいつだったのだろう?
その場面が、どうしてかまったく想像できない。
「校門の桜が綺麗なのよ。またいつか……見たいな」
「へえ……、桜かぁ」
なんてほのぼのと話に興じているうちに、もう時刻は4時20分を回っていた。
「――イズミ、時間」
「あ、ほんとだ。ごめん、ケロ子ちゃん。私たち先に帰るわね」
「え? 二人で……ですか?」
疑り深い視線を投げかけてくるケロちゃん。……今は耐えるしかない。
「ああ。ちょっと…………映画を観に」
……俺はどうしてこうもアドリブが苦手なんだろう。
隣のイズミが口をパクパクさせているのは見ないことにする。
「へえー……それはそれは。どうぞ、楽しんできてください。私たちは夜中まで会議ですけど、どうかお気になさらずに」
ごめん、ケロちゃん。
それにしても…………荒んでるなぁ。
「それじゃ、寧子。お先」
「うぃ、楽しんでいらっしゃい。私らは夜中まで……」
それはさっき聞きました。
ふと、視線が逸れる。目に映るのは、体育館の隅。
綿貫 麻実は昨日と同じように、つまらなそうに独りで携帯電話を弄っていた。
体育館を出る。
外の空気は肌寒く、曇天は黒々しい。遠くからは雷が鳴るのが聞こえる。
そろそろ一雨来そうだ。
「じゃあ、プールの陰で待機ってことでいいのね?」
「ああ。あそこだったら、人影が見えても不思議には思わないだろう。部室棟からはある程度距離が離れてるしな」
念のため一度正門から学校を出て、外周を回り裏門から再び敷地内へと入る。
裏門からプールへ向かう途中、通りかかった部室棟からは運動部の生徒たちの賑やかな声が聞こえてきた。
「そっか、他の部はもう上がってるのか」
「ええ。そしてバスケ部が終わる頃には、ここにはもう誰も残っていないわ。――――普通ならね」
もし綿貫がここで誰かとEPDの“やり取り”をしているのならば、その通りではない。
プール裏に到着する。この場所は一年中日の当たらないことで知られているが、天気の悪い今日は特にジメジメとしていて、すこぶる不快だ。
「今日だけはここに長居したくないわね」
……その言い分だと、まるで普段のここは気に入っているかのようだが。
最低限、片目だけを建物の陰から出し、体育館からの道を見張る。
しかし、緑の金網越しに見えるのは、部室棟にたむろっていた他の部の生徒が帰宅していく姿だけだ。待てど暮らせど一向に綿貫は姿を見せない。
そうしているうちに、ついに部室棟の全ての電灯が消えた。時刻は五時ジャスト。最終下校時刻だ。
昼間の接触は、間違いだったのかもしれない。
「やっぱり怪しまれたかな、俺……」
「――――黙って」
冷たく尖ったイズミの一声で、一面の空気に一気に緊張感が漂う。
「――来たわ」
「っ……!」
プールの陰から覗く。
そこには確かに、二基のタンクを抱えた綿貫 麻実の姿があった。