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――籠、彼女らを取り巻くもの。

どんなに丁寧に編まれたものでも、いずれは綻びを生じる。


その綻びこそが、崩壊の序章。



――第5章「綻び」

 平穏な朝というものが目覚まし時計の音響から始まるものだとしたら、本日五月二十二日の朝は紛れもなく――――平穏ではなかった。


「……なんでこんな時間にお前がここにいるんだ、イズミ」


 手元の目覚まし時計は、セットした七時半より二時間も前を指している。いつも俺を出迎えてくれる朝の光は未だ無く。

 その代わりだろうか、ボタンを外した制服のブレザーを羽織った立松 イズミが、俺の目の前でちょこんと正座していた。


「おはよう、由利也クン。ちょっと今朝、ろくでもない起き方しちゃって……だから、来ちゃった」


「……はぁ」


 まるで意味がわからないのだが、彼女がどこか不機嫌だというのは態度から汲み取れたので、深入りはしないでおこうと思う。


「それで、何か用か?」


 あくびが出る。無理もないだろう。こんな早く起きたのはいつぶりだったか。一月も前の俺だったら、下手したら「今から寝る」というような時間だ。


「ええ、もちろん。詳しいことは登校しながら話すから、貴方は早く着替えて学校に行く準備をして」


 ……登校しながら?


「登校しながらってお前、俺はバイクに追いつけるほど早く自転車(チャリ)を漕げないし、逆にバイクを自転車並の速度で走らすのもダメだろ」


 はぁ、と溜息をつかれる。


「わかってるわよ、そんなこと。だから今日は歩きよ。私も貴方も」


 歩き、だって? 馬鹿を言うな。ここから学校へは自転車でも三十分弱かかるっていうのに。

 と、面を(しか)めた俺を見て、本日初めての笑みを浮かべ、立松 イズミは言った。


「そのために早く来たのよ。朝ご飯は用意しておいたから、早く食べちゃって」


 急いで体を起こしテーブルを見ると、そこには――――牛乳を吸いきってふやけにふやけたコーンフレークが、皿の中で溺死していた。


「……だって、起きないんだもん」


「そりゃ、起こしてくれなきゃ起きんさ……」


 仕方ないので処理に向かう。ええい、一瞬で飲み干してくれるわ。




「準備できた?」


「おう」


 朝食は摂った。寝間着を脱いで制服に着替えた。あとは玄関に置きっぱなしのカバンを持てば、学校に行く準備は万端だ。


「“武器(ネジ)”もちゃんと持った? ――――カバンの中に入ってたと思うけど」


「……え?」


 ああ、昨日か一昨日のうちのいつかにカバンの中身を見られていたのか。うーん、そうなると家中漁って回られたんじゃないかという疑心暗鬼に陥ってしまう。俺の部屋が別に見られてもいいとして、向こうの部屋を漁られるのはちょっとマズい。


「念のため、毎日学校に持って行くようにして。いつ誰に襲われるかわからないんだから」


「了解。イズミもあのドライヤーをいつも持ち歩いてるのか?」


 学ランのボタンを第二まで締め、ポケットに自転車の鍵が入っているかどうか確認する。


「ええ。――そうね、じゃあ今日はまずFDファイアー・ドライヤーの説明から始めようかしら」


 右手が鍵に触れる。と、そこで今日は徒歩で登校するのだということを思い出し、自転車の鍵をキーボックスに仕舞い、代わりに家の鍵を取り出した。


「歩きながら?」


「もちろん」


 玄関に放りっぱなしだったスニーカーを履く。傍らに立つイズミは革靴(ローファー)を履いている。彼女はバイクに乗る時も同じ靴だった気がするのだが、大丈夫なのだろうか?



 家の鍵を締めアパートの廊下を歩き出す。不思議な気分だ。こうして誰かと一緒にここを歩くのなんて、三佳さんとゴミ出しをしていた時以来な気がする。


 階段を降りる時、ふと空が目に入る。灰色の分厚い雲が一面に広がり、太陽の光が差し込む余地すら無い。


「大丈夫よ。今日は雨にはならないって、予報で言ってたから」


 少し肌寒い。隣に立つイズミがいつもは着ないブレザーを着ているのには、こういうわけがあったのか。


「……似合ってる」


「ぇ?」


 そういうじゃないかもしれないと思ったので、一応。



「――ありがとっ」


挿絵(By みてみん)



 学校への道のりを二人で並びゆっくりと歩く。意外にも、ちらほらと人影が見受けられた。その殆どは近所に住むご老人たちなのだけれど。


「前にも見たわよね? これがファイアー・ドライヤー」


 イズミがカバンから取り出した物。あの日俺が拳銃と見間違えたそれは、間近で見るとより重厚感が増して見える。

 拳銃にしては大きすぎ、ドライヤーにしては少々小ぶりなその黒い鉄の塊は、イズミの手に自然すぎるほどに馴染んでいた。


「見た目は完全にドライヤーでしょ?」


「え? ああ、まあ」


 女子高生が持ち歩く物としては少し無骨過ぎる気がしないでもないが。


「見ててね……」


 そう言って、何やらスイッチを入れようとするイズミ。


「お、おい。ちょっと待てって――!」


 もしそれを誰かに見られたり、発砲音を聞かれたりしたらさすがにマズいだろう――!



 スイッチが入ると、FDの吹出口からシュゴォォォ、と穏やかな風が流れ出始める。


「……あれ?」


 それはまるで――――

 と、イズミはそのまま吹出口を俺の顔に向けてきた。


「うわっ、お前っ……って、これ」


「どう? 普通のドライヤーでしょ?」


 顔にかかるのは「温かい」程度の温風。

 そう。寸分違わずごく普通のドライヤーの挙動であった。


「通常の用途での使用もできるのよ。もし他人が勝手に触ってしまっても大丈夫なようにね」


 イズミがスイッチを切ったことで、再びFDは沈黙した。


「なるほど……」


 うっかりスイッチを入れてしまってあれだけの爆風が暴発したら、どう足掻いても言い逃れはできなさそうだ。少なくとも、嘘をつくのが下手な俺には。


「――不思議よね」


 イズミが、どこか神妙な面持ちで呟く。


「ん? 何がだ?」


「だってさ、ワイヤレスのドライヤーはまだ実用化されていないのよ。でも、誰もそこには疑問を持たない」


「あー……言われてみれば」


 有りそうで無い物。それを有る物として見せつけられてしまえば、わざわざ疑いなどしないというところだろうか。




「さて、じゃあ次は“銃撃”機能についてね」


 人通りの少ない道に差し掛かったところで、ようやく本題が始められた。


「ああ、よろしく。一度実際に使ってるところを見たとはいえ、いまいちどういうものなのかわかってないんだ」


「でしょうね」


 くす、とイズミが笑う。嬉しさと少しの背徳感に浸る愉悦の笑み。それはまさしく誰にも話せなかった秘密を打ち明ける少女そのものだった。


「“銃撃”と言っても、射程はあまりにも短いの。一メートル先にすら十分な効力があるか疑わしいわ」


 あの夜の、イズミが高峰にFDを撃ち込む姿が思い出される。


「あの時もゼロ距離だったよな」


 と、イズミが「む。」という不満の声を上げる。


「『ゼロ距離』じゃなくて『接射』ね。『ゼロ距離』っていうのは角度が水平っていう意味で、距離がゼロってことじゃないの」


「へぇ……」


 知らなかった。今俺の前で得意気に胸を張っているこの娘も、きっと誤用していたんだろうなぁ。


「まあそれはいいとして。とにかく相手に密着させて“発砲”しないといけないのよ。まずは相手に近づけないと、どうしようもないの」


「なるほどな」


 だから相手に隙を作らせるという俺の役割がある。


「言ってしまえばね、私は今まで十分な戦闘経験を積んだ“大人(ライヤー)”とまともにヤりあったことが無いのよ。多くは“溺者(ドランカー)”相手。もしくはこの間の高峰(かのじょ)みたいな未成熟な“大人”だけ。それでね、貴方と高峰の戦いの後に思ったの。『あれだけ隙があれば私でも“大人”を倒せるんだ』って」


「それで、『ならあの時みたいに彼に敵と戦っていてもらえばいい』って思ったわけだ」


 ちょっと嫌味っぽい言い方になってしまったが、要約すると確かにそうなる。


「うーん……悔しいけど75点。ほとんどそれで合ってるわ」


 家の前から続く細い小路から、やっと大通りへと出てきた。目の前にはいきなりの赤信号が見える。


「残りの25点は?」


 信号が赤だというのに、彼女は歩を早め隣を歩いていた俺を追い越して行き――――車道ギリギリのところで止まり、こちらを振り返った。


「――ん。秘密っ」


 隠し事を打ち明ける少女が可愛らしいように、それをひた隠しにする少女もまた可愛らしい。

 ……俺はまたそうしていいように誤魔化されてしまうのだった。




 信号が青へと変わる。横断歩道を渡った俺たちを待っているのは、またしても住宅街の中の細い通り。

 ま、仕方ないだろう。大通りを辿っても学校には着くのだが、こっちの方が近道だし…………何より大通りの歩道は細すぎて、二人で並んで歩けないのだ。


 傍らのイズミが何やらFDをカチャカチャと弄っている。……今、ドライヤーのくせに|スライド式薬莢排出動作ブローバック・アクションをして見せたのは何かの間違いだと思いたい。

 そうして、FDから銃のマガジンのような物が排出される。


「これがFDのバッテリー。充電式で、二時間の充電で連続一時間使用できるわ」


 ふむ。電力大量消費魔ブレーカー・ブレイカーの異名(命名・俺)を持つ高出力のドライヤーを、充電式のバッテリーでそれだけ動かせるということ自体凄いことなんだろうな。さすが立松電器、驚異のメカニズム。……って、それは前に否定されてたっけ。


「問題なのはね、そのバッテリーの充電が、一回“発砲”するだけで切れてしまうこと。そして、バッテリー自体が六つしか無いこと」


「つまり……一度の戦闘で六回しか“発砲”できないってことか」


「そ。それどころか、もし一日のうちに二度以上戦闘を行うようなことがあっても合計六回よ。充電にはバッテリー一つにつき二時間かかるから」


「ああ、そっか」


 その状況はどうにかしてでも避けなきゃならないな。


「一発。―――― 一度の戦闘につき、一回の“発砲”で済ませる。目標ね」


 上手く行けば一発で(かた)を付けることができる。高峰()の時のように。


「了解。そのために俺は全力でサポートさせてもらうよ」


「おっ? どうしたの由利也クン、自信満々じゃない」


 嬉しそうな笑みを浮かべるイズミに、何だか照れくさくなってしまう。


「ちょっと自主練習みたいなことをしてさ。投擲にはちょっと自信が持てたんだ」


 結局あれが夢だったのか、現実だったのか。それははっきりしていない。


「へぇ……。じゃあ、期待していいのね?」


 だけど、この体には確かにあの投擲の感覚が身に付いている。


「ああ。任せといてくれ」


 自分でもびっくりするくらいの自信たっぷりの返答。それを迎えるイズミの(ほころ)ぶ笑顔が、俺の照れ笑いを誘発した。まいった。その笑顔には勝てそうにない。



「ところでイズミ。夕麻川の土手にあるネジまみれの看板の話って聞いたこと無いか?」


 イズミは難しい顔をして少し唸った後、打って変わってあきれたような顔で言った。


「なにそれ、新しい都市伝説?」




 住宅街の中の、とある神社を通り過ぎる。自転車で登校する際に目印にしている場所だ。

 『学校までの道のり、あと半分。』



「さて、いよいよ本題ね」


 本題。昨夜の俺の予想は、どうやら間違っていなかったようだ。


「……ああ、どんと来い」


「覚悟はできているみたいね。――そう、目星が付いたわ」


 ごくり、と自分が唾を飲み込むのが聞こえる。



「――バスケットボール部の二年、綿貫(わたぬき) 麻実(まみ)。間違いなく彼女は“大人”、あるいは“溺者”よ」


「……バスケ部、だって?」


 角さんやケロちゃんが所属しているバスケ部に、“大人”が潜んでいるというのか。


「ええ。確か話したわよね、私が布施のことを疑ってずっとバスケ部を監視していたってこと」


「多分、聞いたと思う」


 近くでカラスが鳴いている。きっと神社の境内だ。あそこには何故かいつもカラスが集まっているから。


布施(ふせ) 悠二(ゆうじ)と綿貫 麻実には決して浅くない親交があった。だから私は布施を“処理”した後も彼女をずっとマークしていたわ」


「で、そいつがとうとうボロを出したと」


「元々彼女の行動には不審な点が多かったわ。だけど、そう容易に踏み込めるものでもない。今回寧子と香早生ちゃんから情報を聞き出せたことで、ようやくほぼクロと断定できたのよ」


「角さんとケロちゃんから、情報を?」


 それはどういうことだ? まさかあの二人をEPD関連の事件に関わらせたわけじゃないだろうな。


「部外者である私が、学年が一個下のマネージャーについて個人的な詳しい話を聞けるわけもないでしょう?」


 それはもっともだけど……。


「じゃあ、『今回』っていうのは?」


「そう、そこね。ついにバスケ部の内部衝突が起こってしまったのよ。それこそまさに、部長である寧子と綿貫 麻実のね。それを口実に色々と話を聞けたってわけ」


「内部衝突?」


 俺が知っている――和輝がいた去年までのバスケ部は、そんなものとは無縁の仲の良い部活だったはずだ。どうしてそんなものが起きたんだ?


「そ。その理由を説明するには、“今年”のバスケ部の情勢を知ってもらう必要があるわ」


「頼む。そこから説明してくれ」


「わかったわ」



 イズミの話によると、こういうことだった。

 遠東 和輝が率いた前年度までのバスケ部の成績は、俺も知っている通り素晴らしいものだった。だから、ややこしいことに後継者争いなんてことが起こったそうだ。


 二年次に女子のチームリーダーとして地区大会4位という、男子には劣るものの上々の成績を残した角 寧子。


 遠東 和輝のサポートに徹しチームの中堅としてそれに次ぐ活躍を見せた布施 悠二。


 周りが祀り上げた二人の後継者のうち、角さんはあまり乗り気でなく、対する布施はやる気満々だったらしい。

 ところがここで誰もが予想だにしなかった展開が訪れた。それは鶴の一声、馬の(いなな)き。


 『ネコ。お前、部長』


 問題の前部長 遠東 和輝からの直々の指名に、周囲はもちろん角さんも布施も黙るしかなかったという。



「まったく、迷惑な人よね……」


「……ああ、本当に」


 で、その場は上手く収まったともいえたのだが、問題はその後。

 和輝が卒業後、部に顔を出さなくなったとわかると急に台頭を始めたのが布施の一派。当然の如く諦めていなかったらしい。


「――多分、本人は諦めがついていたと思うわ」


 その頃バスケ部は、既に角さんのやり方で動き始めていた。それというのは、和輝が指揮を執ったバスケ部の「仲の良さ」「チームワークの良さ」を重視したものだった。


 対して反旗を翻した布施側が掲げたのが、これまた和輝指揮のバスケ部に在った「実力主義」「ワンマン重視」というやり方だった。


 ……奇跡的なことに、和輝が率いた時期のバスケ部は「仲良く」練習しつつチームは「実力主義」で選抜し、「ワンマン重視」なのに「チームワークが良い」という構造が上手く機能していたそうだ。

 それも全てヤツのようわからん人徳によるものなわけで、指導者が代わってしまえばそう都合良くはいかない。結果、二人の指導者候補がその要素を分割して方針として掲げるという状況になったわけだ。


 その後バスケ部は男子中心の多数派「角姉(すみねえ)派」と、角さんを()く思わない少数派の「キング主義」に二分された。……キング、ねえ。


 で、練習時間を削ってまでミーティングに勤しんだ結果、「キング主義」は萎縮。早々に決着がついてしまったらしい。これがまだ春休み中の話とのこと。


「最後まで諦めなかったのは綿貫 麻実ただ1人だけよ」


 その騒動の後、布施はぱったりとバスケ部の練習に来なくなったという。そこにどういう感情があったのかは誰にもわからない。

 イズミ曰く『羞恥心』、角さん曰く『敗北感』、ケロちゃん曰く『失恋』。…………。



 そんな布施が、四月の下旬頃から急にまたバスケ部の活動に参加し始めたものだから、部の誰もが混乱した。一番驚いたのが綿貫 麻実であることは言うまでもない。


「まったく、迷惑な人よね……」


「……確かにな」


 そう。それは“大人”である高峰が“従者”の布施に下した杜撰(ずさん)な命令。


 『バスケ部に戻ってEPDを広めてきなさい』、以上。……多分。



「問題なのは、その時の布施と綿貫 麻実が接触しているってことよ」


「ふむ……。それを聞く限り綿貫 麻実はその時“溺者”になったかもしれない、というだけな気がするんだけど」


 イズミから俺へのバスケ部の説明が一通り済んだところで、綿貫が“大人”である可能性についての話へと戻ってきた。

 俺たちが歩いているのは学校へ続く一本道。随分歩いたけど、もう少しで学校に到着だ。


「まあ、そうなんだけど……それだと四月前半の綿貫の怪しい行動に説明がつかないのよね」


「それってどんな?」


 道に人はまばら。それもそのはず。朝練を行っている部活動がバスケ部、野球部、サッカー部、それと人数の少ない小規模な部がいくつかしか無い上、今は朝練の開始時刻よりまだ少し早い時間帯だからだ。


「一例だけど、バスケ部の練習に参加しない日が週に何度かあって、どうやらその時毎回学校に残っていたようなの」


「それは怪しいな。うちの学校の帰宅部は基本的に即下校だし、校内に残っている生徒って稀だぞ」


「ええ。――――だからその時間こそ、一番EPDの“やり取り”が行い易い時間帯なのよね」


「……なるほどな」


 はっきり言って少々こじつけ気味なところもあるが、確かに疑うには十分な証拠がある。


「それで、衝突ってどんな?」


 確かそれを聞くためにここまで長々とバスケ部の内情の説明を受けてきたはずだ。


 イズミがふふ、と笑う。


「『綿貫のヤツ、絶対私のこと嫌ってる!』、ですって」


「……今更気付いたのか、当の本人は」





「さて、もうすぐ学校ね」


 一本道を抜けた先には、学校までの道のりで最後の信号がある。

 俺たちはもう、それに赤が灯っていることが確認できるところまで来ている。


 信号の前で足を止める。正面には体育館が見える。まだバスケ部の生徒たちの声はしないが、窓や扉は全て開けられているようだ。


「寧子たち、もう来てるみたいね」


「ああ、部長だもんな。たち(・・)って、もしかしてケロちゃんも?」


「そ。マネージャーも早めに来て準備をしているはずだわ。――綿貫 麻実は来ているかしらね」


 イズミが、おそらく無意識に顔を綻ばせる。浮かべているのは不敵な笑みだ。……まさか朝っぱらから戦いを挑むわけじゃないだろうな。


「綿貫 麻実……か」


 俺がそのどこかで聞いたような名前を噛み締めた時、群集が青に変わるランプに導かれ歩み出した。出遅れる。バラバラに動く人の群れが、何故か俺に崩れ行く砂の城を連想させた。

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