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BЯ∪TALΙSER

Bien que Il est passe,le"passe" lui rend visite encore et encore.



――eternite - 2

 小学生の頃、俺はある身体的特徴を持っていたがために、いじめを受けていた。


 子供というものは恐ろしい。他人と違う「誰か」の「どこか」を探し出し、迫害の種としてしまう。それがどんなに些細な差異だとしても。

 俺がクラスメートからいじめを受けるようになったのは、たしか三、四年生の頃だったと思う。クラスの騒がしい奴が――今思えば奴は殆ど障碍者(しょうがいしゃ)だった――俺を新しいあだ名で呼び出した。俺の見た目を茶化した物だ。

 あだ名はすぐにクラス全体に浸透した。そしてそれは知らず知らずのうちにエスカレートしていき、ついにからかいの文句と化した。そうなってしまえば後は早いもので、誰かが俺をあだ名で呼びながら暴力を振るい出し、その“誰か”は日に日に数を増していった。


 それまで――低学年の頃まで――何事も無く俺と接していた奴らまでもがいじめに加担した。いじめに理由など無い。集団意識、いや、集団無意識といったところか。物心がついているのかも怪しいような奴らが始めた行動を、その他大勢がまるで刷り込まれた雛鳥のように真似る。


 刷り込みは簡単には解けない。鼻水を垂らしていたクラスメートたちが、声が変わりニキビが浮かび異性との性交を渇望する高学年になっても、意味の無いいじめは続けられた。

 程度は大したものではない。事ある毎にからかわれ、集団から省かれ、ごくたまに軽い暴力があるくらいだ。

 とはいえ、俺のフラストレーションは募り続けた。ただ一点、「何故この俺が正当な理由も無く迫害されなければならないのか」という怒りから。



 俺はクラスで孤立していた。自分から誰かに話しかけることは五、六年生としての生活の中で、数えるほどしか無かったと思う。


 そんな俺にも――何の間違いか知れないが――たった一人だけ味方がいた。

 五年生の最初の席順で、俺の隣に座っていた女の子。わずかに茶色味を帯びた綺麗な長い髪は、いつもドライヤーで少し焦がしたような匂いがして、「ひょっとして焦げて茶色くなったのか?」なんて思っていたっけか。

 名前も苗字も、もはや忘れてしまった。ただ、とても澄んだ響きを持った名前だったと記憶している。彼女の名前を思い出そうとすると、何故か滾々(こんこん)と湧き出る水脈が思い起こされる。


 彼女は敵ばかりのクラスの中で、ただ一人だけ俺へのいじめに対し疑問を投げかけ続けた。


「どうしてみんな ■■クンをいじめるの? 肌が白いことがそんなにいけないことなの?」


 背は小ちゃいくせに誰よりも負けん気が強くて、いつも体の大きい男子相手に口論を繰り広げていたっけな。俺は恥ずかしくて面と向かって彼女にお礼なんて言えなかったけど、心の中は言葉じゃ伝えきれないくらい感謝の気持ちでいっぱいだった。

 高学年でのいじめが大したものにならずに済んだのは、彼女がいたからこそだ。



 やがて俺と彼女は同じ中学校へと進学した。と言ってもそこは小学校と同じ学区内の公立中学校。俺と同じ小学校に通っていた生徒の大半は俺と同じ中学校へと進学したというわけだ。


 俺の予想に反して、俺へのいじめは中学ではほとんど起こらなかった。不思議で仕方なかったのだが、どうやら男子連中は部活動や異性との交際で頭がいっぱいになったらしく、中途半端な娯楽でしかない俺いじめなんてものへの興味は早々に失われていったとのことだった。


 それを俺に偉そうに語ったのは、小学校から付き合いのあった山口とかなんとかいうチビの男子。奴はチビのくせにバスケットボール部へ入部し、二年生の春に新入生の女子を半ば脅迫し交際を始めた。わかりきったことだが人に好かれるような人間ではなかった彼は、その(ただ)れた異性関係を自慢するための相手として俺に白羽の矢を立てたのだった。

 いじめは無かったとはいえ既に他人と仲良くなる術を忘れてしまった俺は、悩んだ末に彼を受け入れた。すると奴はあたかも「小学校の頃から親友でした」とでも言い出しそうな程しつこく俺に付きまとい始めた。非力なチビであるため目立ってはいなかったが、こいつも以前俺へのいじめに加担していたことは疑うまでもないのだが。


 山口はいつでも絶えずガールフレンドの話をした。どこでするんだとか、何をさせるんだとか、先輩数人にどうこうさせたとか――単なる小悪党の犯罪紛い自慢。しかし情けないことに、俺は奴の虚言混じりの猥談に性欲を刺激される一方だった。


 そんなくだらない付き合いの中で、ある時奴が俺に意中の人を尋ねた。


 正直なところ、俺が感情を抱く異性はいなかった。そもそもクラスメートとすら付き合いが無いのだから、女子なんて顔と声だけしか知らないのだ。

 性に溺れた山口は当然それを断固否定。「そんなはずはない」「言いたくないだけだろ」と、それから毎日しつこく俺に迫るようになった。


 そのあまりのうざったさに痺れを切らした俺は、ついにある女子の名前を口にした。小学校の頃俺をいじめから庇ってくれた、長い髪の、背の小さいあの少女の名前を。

 それに大層満足した様子の山口は、聞いてもないのにぺらぺらと彼女の話をし始めた。その大半は卑下た視点から彼女を見たもの。彼女を「愛しい異性」ではなく「敬愛すべき恩人」として見ていた俺にとって、それは不快でしかなかった。

 さんざん小学生の頃の彼女の性的魅力を語った後、山口は、「彼女はこれから化けるよ。俺にはわかる。ま、自殺しなきゃだけどな」と締めくくった。


「自殺、だって?」


 唐突に用いられた物騒な単語に、反応せざるを得なかった。それを見て笑う山口の醜悪な顔は、今でも明瞭に思い出すことができる。


 山口によると、彼女は中学校入学当初からいじめを受けているということだった。


「何故かって? おいおい、お前が聞くことかぁ?」


 原因は、小学校の頃に俺をいじめから庇っていたということ。たかがそれだけだそうだ。


「お前は中学ではいじめられずに済んだけど、女子はねちっこいからなぁ」


 自分の不甲斐なさに、俺の方こそ死んでしまいたくなった。『どうして俺がいじめられなれければならないのか』。小学校の頃、俺はずっとそれに苦しんできた。だから、彼女が今どれだけ苦しんでいるかわかるつもりだ。

 だけど、俺には何もできない。たとえ今俺が彼女をいじめる女子たちに小学校の頃の弁解をしたところで、もはや何の解決にもならない。いじめとはそういうものだ。理由はちっぽけ、もしくは無いのに、行為だけが一人歩きしていく。悔しいけれど、もはや手遅れなのだ。


「そもそも彼女、小学校の頃からいじめられてたんだよね」


 山口が、聞き捨てならない発言をする。俺がいつもは見せない強気でその首根っこを押さえ脅してみせると、奴は早々にギブアップし、事のあらましを話し始めた。



 しどろもどろの証言を要約すると、こうだ。

 俺へのいじめを娯楽と考えていた山口は、そのひ弱さからいじめに参加できないことを(かこ)ち、あることを考え出した。それが、彼女をいじめるということだった。

 女子へのいじめに必要なものは腕っ節ではない。執拗さ、陰湿さ、そして卑しさ。そのどれもを、山口は当時から持ち合わせていた。


 「お前、■■のことが好きなんだろう」から入り、数人の女子を味方につけながら、山口の彼女へのいじめは段々とエスカレートしていった。

 6年生の終わりの方にもなると、奴は彼女に性欲をぶつけ始めた。――彼女にどれだけのことをしたのかまでは、山口はついに語らなかった。それは、四六時中ガールフレンドとの痴態を自慢している彼の振る舞いとは思えなかった。


 激しい怒りが沸き立った。俺をいじめる体格のいい男子に果敢に立ち向かっていった勇猛な彼女が、俺の知らないところでこの矮小な小悪党に卑下たいじめを受けていた。その事実が、俺に狂いそうなほどの吐き気をもたらした。




 気がついた時には、俺は山口をその顔が原型を留めないまでに殴り倒していた。

 辺りに山口の血が滴り、飛び散った。俺はそれが自らの体に付く度、さらに奴への怒りを募らせた。そうして奴は救急車で運ばれて行き、俺は警備員に拘束された。




 その後罪に問われずに済んだ俺は、自分が再び彼女へ迷惑をかけてしまったことに気付き、家から電車で1時間かかる私立の中学校への転校を決めた。

 彼女とは、その事件の時に一度顔を会わせた。会話は無かった。

 山口がその後どうなったのか。死んだのかどうかさえ、俺は知らない。







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