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――町、機械仕掛けの神、もとい王。

「依田さんに『何時間も居座ってるバカップルがいるから追っ払ってくれー』って泣きつかれて来たんだが、いやはや、まさかお前のことだとは夢にも思わなんだ」


「うっせ。つーかカップルじゃねえよ」


「そーかいそーかい」


 今俺の前に立ちケラケラ、ケタケタと笑っているこの男こそ、我が強敵(とも)遠東(えんどう) 和輝(かずき)。あだ名はカズキング。どうやら自分で付けたらしい。

 昨年度で古宮高校を卒業していった、バスケットボール部の前部長。

 (言うまでもなく)弱小であるわが校のバスケ部をインハイ予選決勝リーグ進出一歩手前まで導き、その功績で数少ない推薦枠をもぎ取り、三月末まで悠々自適に二年生の俺と共に堕落した生活を送っていた超勝ち組である。


「お前、四月に会った時は『これから忙しいからオマエと遊んでる暇ねえわ』なんて言ってたじゃねえか。なんでバイトなんかしてんだよ?」


「いや、確かに忙しいぜ。やれ実験しろ、やれレポート提出しろとな。だけど、いくら高校の時より忙しいとはいえ、バイトすらできないってのはねえぜ?」


 くっ。答えになっていないが、要するにこう言いたいらしい。俺<バイト。


「んで、四月からいろんなのやってみたんだが、てんでロクなもん無いんだな、バイトって」


「……お前それ、一つ何日やったんだよ」


「一週間も続いたこたぁねえな。三日坊主ってヤツかね、かはは」


 というわけで、こいつはこういうヤツなのだ。それは俺と最初に出会った三年前から変わっていない。



「――で、だ」


 間髪入れず和輝がその太く長い腕で俺の首を締め上げる。ばっ、おまえ、ほんきで――。


「名執オマエ、いつの間に彼女なんか作ってやがんだよ。隅に置けねえヤツだな」


 ケタケタと笑う和輝。こたえてほしいなら、まず、そのうでを――。




「……なにしてんの、あんたたち」


 気付けば俺たちの前にイズミが立っていた。その一声でようやく俺の首を締める力が緩まってくれた。


「おう、名執の彼女さん。どした?」


 どうしたもクソもあるか! 叫びたいものの、未だ咳が止まらない。


「いや、なんか、“私の”由利也クンがイカつい男に首締められてたから、止めに入った方がいいのかな? とか思って」


 状況のわりに緊迫感が足りてないぞ! つーか、またお前は誤解されるようなことを! ゲホッ、ゴホッ。


「ああ、大丈夫。こいつ締められ慣れてっから。なぁ、名執」


 再び腕に力を入れる和輝。ばかっ、し、しぬ――。

 必死の思いで締め上げる腕を叩きギブアップを告げる。


「あー、でもなんか苦しそうだから離してあげて?」


「そうみたいだな」


 腕の力が緩んだ隙に全力で抜け出す。……死ぬ寸前だった、気がする。息が落ち着かない。


「って、よく見たら遠東さんじゃない。こんにちは」


「お? どこかで会ったっけ?」


 ゼーハー。ぜぇはぁ。


「あ、私寧子(やすこ)の友達の……」


「おー、思い出した。寧子(ネコ)のお友達だったな」


 ぜぇはぁ。ゲホッ、ゴホッ。


「ええ。彼女から色々とお話を伺ってますよ。――色々と」


「――う。ヤツめ、何を喋りやがった……」


 げほっ。……ふぅ。


「ふふ、ふふふ……」


「ソコまでなのか。底まで吐きやがったのか……ッ」


 すぅ……っ。



「死ぬところだったじゃねえかこのクソッタレあほんだらがぁぁぁぁぁああああああああ!!」



 随分タメを要したが、ようやく放つことのできた怒声(シャウト)和輝(ヤツ)の耳にクリティカルヒットする。


「――――ッッ! ……っせえなバカタレ。客の迷惑考えろって」


「由利也クンって、この人相手だと言葉が汚くなるのね」


 俺のタメを察知し耳を塞いで(立ちガードして)いたイズミが続く。

 どちらにも言いたいことがあるが、とりあえずバカの方から。


「客の迷惑とか言う前に、お前制服着て客の首締めてんじゃねえ! 下手したら通報されるぞ!」


「お? ……おお。これはうっかり。このバイトもクビかね、かはは」


 全く堪えていない様子。次。


「それからイズミ!」


「ぇ?」


「なんでお前はそう誤解を招くような発言を振りまく!? 楽しいか、楽しんでやがるのか!?」


 脳の血管でも切れたか、自分でも信じられないくらいテンションがリミッターを振り切っている。


「ぇ、私何かマズイこと言った? ――(ひと)を『お前』呼ばわりしておいて、今更カンケーがどうこうも何も無い気がするけど?」


「おーおー。なんだコイツ、『人前では関係を隠せ』とか何とか言っちゃってるのか?」


「ああもう! 話をややこしくするな!」


「そうみたい。でも、そういう遠東さんも……」


「おっとおっとおっとおっと! ストップ! それ以上はNGだ」


 ……何が何だかわからなくなってきた。ここは――、



「――とりあえず、落ち着け! な?」


「まず貴方がね」






「……ふぅ」


 イズミのキツイ一言のおかげもあってか、なんとか落ち着く。


「やれやれ、やっと収まりやがったか」


「誰のせいだと思ってるんだ……」


「さあ? 私はてっきり貴方が悪いのかと思ってたけど」


 ……俺に味方はいないのか?

 まったく、俺が悪いというのなら、原因はそこのあんたにあるのだが……と横に座るイズミを視線をやる。


「なに?」


「――なんでも」



 各レーン毎に置かれているソファーに、俺を挟んでイズミと和輝が座っている。……なんだろう、この状況。


「時に“由利也クン”よ。ガッコの方はどうなんだよ」


 和輝がイズミの俺への呼び方を真似る。反対側からは む、という反感の声がする。


「……オヤジみたいな話の切り出し方をするな。どうって何がさ」


「彼女なんか作ったみたいだが、それなりに充実しちゃってたりすんのかって話」


「ああ……」


 こいつがまだ在学中だった頃、俺とこいつは四六時中一緒にいた。それこそ朝のホームルーム前から、夜にゲームセンターを年齢制限で追い出されるまで。

 理由は単純。一年次以降、こいつの他に話せるヤツなんていなかったからだ。

 「自分が卒業した今、どうしているのか」。こいつなりに俺の心配をしてくれていたらしい。


「至極最近まではお前の思っていた通りだったよ。何をするでもなく、ただ卒業だけはしておきたくて学校に顔を出しているだけだった」


「ほう? んで、その最近とやらにお隣の彼女さんと知り合ったわけか」


 わざとらしく卑下た笑いを俺に向けてくる和輝。俺に向けるということはイズミにも向けることになるのだが……おそらくわかっていない。


「……それであながち間違ってねえよ。まあ、細かい事情は話せないがさ、そのおかげで人生ちょっと楽しくなり始めたかも――って感じだな」


「そいつぁ良かった」


 ケラケラという笑い。


「……まるで他人事だな。四月のあの日以降お前が連絡を寄越さなくなって、実は相当へこんだんだぞ?」


「そう言ってくれんなって。オレはてっきりケロ公のヤツがオマエんところに押しかけてるんじゃないかと思ってたのよ」


 「ケロ子」という響きに、イズミがぴくっと反応する。……ただ、残念ながら1文字多かったが。


「って、どういうことだよそれ?」


 押しかける? ケロちゃんが?


「オマエがいるからってんであんなヘンピな学校に入るくらいだからなぁ。それほどまでならフツー押しかけくらいするだろう、とな」


「へ? 何言ってんだ、お前」


「――なんだ、ケロ子ちゃんってバスケ部のマネージャーの遠東 香早生(かわせ)ちゃんのこと」


 唖然とする俺。その右ではイズミが「不覚。ボケてたわ、私」などと呟き、左は和輝が「そういやそんな名前だったな」と白い歯をこぼしていた。


「つーかオマエ、それすら知らなかったのかよ。アイツ泣くぞ。げろげろげろ」


「お前が言ってくれなかったからだろうが。まさかあれだけ勉強の出来たケロちゃんが古宮なんかに来るとは思わないさ」


 一昨年の夏に三人でバーベキューをした時にも、彼女は勉強道具を持って来ていた。

 無論その時は和輝によって没取され、次の日には空欄が全て埋められた問題集が彼女の元に返されたそうな。


「だーから言ってんだろう。オマエがいるからっつって受験し(うけ)たんだよ。……って、これ口止めされてたんだっけな? かはは」


 ……なんてことだ。


「一途ねえ……」


 にんまりと笑うイズミ。どういう意図でその笑みが造られたものなのか、俺にはわからない。


「そういうことだ。ネズミに飽きたらうちのケロピーにも構ってやってくれ。我が妹ながら出来たヤツだぜ」


「ネズ……ッ!?」


 とんだ不意打ちを食らい、イズミの耳がとんがる。


「オレの方もネコのヤツからネズミの扱い方でも教わっておくとするかな」


 ケタケタと笑う和輝。イズミから向けられている毒々しい色の敵意には気付いていないようだ。



「――にしても、ボウリングねえ。オマエ、『下手だから行かん』の一点張りだったじゃねえか」


 和輝が席を立ち、フロアをうろつき始める。


「言うなよ。さっきまでの有様はいたずらに人に見せていいものじゃなかったぜ」


「まったくですな」


 ふん、と鼻息を鳴らし、仏頂面で腕を組むイズミ。その節はどうも。


「……そういうお前はどうなんだよ。こんなところでバイトするくらいだから得意だったりするんじゃないのか?」


「は、まさか。ガキの頃ヤったきりだが、ケロ公に鼻で笑われるレベルだったぜ」


 と、ラックにあるピンクのボールにちょっかいを出し始める。


「穴ちっちぇ。指入んねえや」


 さすがバスケ選手と言おうか、ボウリングの球を片手で持ち上げる。


「はは、重てえ」


 バスケのボールの十倍以上の重さがあるのだから、当然だ。というか持ち上がるだけでも凄い。

 ボールを危なげにぶんぶんと振り回す和輝の前には、とっくにバーが上がった「俺たちの」レーン。


「「――――あ」」


 俺とイズミが同時に声を上げた時には、もう遅かった。


「てい」


 掛け声と共に勢い良く放たれたボールは、レーンを斜めに進み、(ガター)をそのままの勢いで転がっていった。


 第十フレーム、イズミ(?) 一投目――ガター。


「ははは、ガターだってよ」


「ちょっとあんたーーーーー!」


 傍らのイズミがテーブルを叩きつけながら立ち上がる。


「お? なんだ、ゲーム中だったのか」


「だったのか、じゃないわよ! 当たり前じゃない! それと! あなたスコア表読める!? ああーーーもーーーーー!!」


 自らの髪をくしゃくしゃと掻き回すイズミ。暴れまわる二本の髪束(ツインテール)。厳密にはあの髪型はツーサイドアップというらしい。……誰知識だ?


「はっはっは、バイトだからってナメるなよ? えーと、ユリヤ116、イズミ106。おお、イけるイける。まだ諦めんな」


「くぅぅぅぅぅぅぅぅ! バカじゃないのあんた!? もういいわよ!」


「がんばれイズミー。スペア取れれば勝てるぞー」


「黙りなさい!」


 相当気が立っている様子。……ニヤリ。


「集中集中集中集中……!」


 呟いているつもりかもしれないが、大分離れた俺にも聞こえるほどの音量で呪文を唱えるイズミ。




 しばらくして、カココーン、という快音。まさか!?


「…………」


「……ごくっ」


「お? お?」


 和輝(バカ)の馬鹿デカい図体のせいでレーンが見えないので、手元のモニターを見る。

 あの奇妙なロボットのアニメーションが流れて――――いない。


 第十フレーム、イズミ 二投目――9。


「くうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


 さぞかし無念であろうイズミの悲痛な叫びが辺りに響き渡る。


「惜しい惜しい、ナイスファイト」


 ケラケラと笑う和輝(バカ)にはその気持ちはわかるまい。


和輝の邪魔デウス・エクス・マキナの介入があったが、俺の勝ちだ。約束通り、今日はここまで。帰ろうか、イズミ」


「むぅぅぅぅぅ……」


 手遅れになる前に耳打ちする。


「……今駄々っ子なんか見せたら、和輝にしばらくネタにされ続けるぞ」


「……むぅ」


 いい子だ。




 ……ぐぅ。


 ん?


「ぁ、ぇ、と」


 取り乱すイズミ。それでやっと正体がわかる。


「――もう七時前なのか。俺たち、昼はまとも食べてないもんな」


 どこかひっかかるが、気のせいだろう。


「そうだったわね。……由利也クン、夜は帰って食べたい?」


「へ?」


 何を言い出すかと思えば。まさか、そんなわけないだろう。


「イズミはそうしたいのか?」


「ちがうちがう! でも、由利也クンが私とは嫌だっていうなら、私はそれでも……」


 もしかして、さっきの俺 (暴走中)の言葉を引きずっているのだろうか。だとしたら、申し訳ない。


「い、嫌じゃないさ。それに、家に帰っても食べるもの無いしな」


 なんだか照れくさくて誤魔化してしまう。言い訳で出てきた言葉が事実なのが哀しい。


「じゃ、じゃあ……」


「今から食べに行こう。和輝、この辺にオススメの店とかあるか?」


「んあ?」


 ソファーに座って、自販機で買ってきたと思われるモナカアイスをかじる和輝に尋ねる。


「この辺といえばオマエ、喜峰亭しかないだろ。あそこはマジで何でも食える不思議なジャングルだぜ」


 そういえば、こいつのイチオシはそこだったっけ。


「サンキュ。――じゃ、行こうか、イズミ」


「――うんっ」


 その前に会計か。……マッシュに続き、オルテガの命も危うそうだ。


「あ、和輝」


「ん? なんだ?」



「お前も来るか?」


「行くかバカ」

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