――町、ぐるっと一周。
出会いと再会は必ずしも対応するものではない。
ふと再会するものが、出会ったものであるとは限らない。
出会いには感謝を。再会には哀悼を。
再会は懐旧の情を掻き立てるが、必ずしも好ましいものとは限らない。
それに気付くのは、全てが終わった頃に、ふと。
――第3章「再会」
冷房の効いた車内。
季節的にもまだ暑くはないのにな、と思ったが、いくら五月とはいえさっきくらい混んでいれば必要になってくるのだろう。
現在は、空いているとも混んでいるとも言いがたい乗車率。座席は惜しくも全て埋まっているのだが、吊り革に掴まって立っている乗客は疎ら。そして、そのうちの二人が俺とイズミだ。
俺はドア正面の吊り革に掴まり流れていく街の風景を眺め、イズミはその隣で手すりを握って目の前の広告を興味深そうに見ている。
携帯電話会社の広告。「お客様のニーズ」がさっぱり掴めていないあの会社だ。数年前から奇妙奇天烈なCMばかり流している。それでいて、何故だか学生人気はトップを保っているらしい。俺はあの白い犬の方が好きなのだが……これも同世代とのズレだろうか。……わかってます、違います。
中杉駅でこちらのドアが開く。乗って来る客もいなければ、降りる客もいない。
平日は人でごった返すこの駅も、休日は大抵こんな感じだ。
実は、この駅のすぐ近くには某大手電器メーカーの本社と工場がある。なので、平日と休日の乗客の量には大きな差が生じている。
この路線には、そうした駅がここ以外にもいくつか存在している。急行電車が存在しないのも、案外そういった理由からかもしれない。
再び風景が動き出す。急速な発展の途中である古宮と比べると、この辺りは幾分寂れた雰囲気を醸し出している。
せめて高校の一つでもあれば、駅だって今よりは賑やかであるだろうに。今俺たちが向かっている野口駅は、古宮高校と同じ県立高校である桜塚高校の最寄り駅ということもあり、休日のこの時間帯はその生徒がそれなりの数乗り降りしている。
ちなみに、我が古宮高校の最寄り駅は、古宮駅とその隣の小原駅。二つの駅のちょうど真ん中辺りに位置していて、どちらからもなんとか徒歩でも我慢できる程度の距離。
利用者数は、多くの路線に乗ることができる古宮駅の方が圧倒的に多い。さっき小原を通った時だって、年配の女性が一人乗車した以外乗客の変動は無かった。
とはいえ、高校の制服を着た生徒が乗ってくるはずも無いのだけれど。何故かって、わが校は日曜日の部活動を禁止しているからだ。
まもなく俺たちを乗せた電車が野口駅に到着しようとしている。座席に座っていた人々が一斉に腰を上げる。その数、約半数。
窓から見えるのは、乗車を待つ多くの人々。野口駅周辺はこの辺り一帯の中では比較的娯楽に富んだ町で、それに加え古宮駅からは乗ることのできない路線への乗り換えができる。
それらの理由で、これだけの客の入れ替わりが起こる。目的地がここでさえなければ、2人とも座ることができたのにな。と、傍らのイズミを見る。
広告を見るのにもとっくに飽きたようで、無表情で携帯電話を弄っていた。……まずったかな。「電車内では静かにしましょう」。そんな標語が、電車に乗った俺をいつも黙らせ、独り物思いに耽させる。
イズミが携帯電話を閉じたのとほぼ同時に、目の前のドアが開いた。
駅構内は混み合っていて、俺は斜め前を歩く小柄な少女を見失ってしまわないよう、一人必死になっていた。
当の彼女はそんなことはお構いなしといった様子で、二本の長い髪束を揺らしながら低めのヒールをかつかつと鳴らしている。
改札を通り、そのまま駅舎を出る。さっきよりも若干強くなった日差しに、少し目が眩む。
久々に訪れたこの町の風景に、ほんの僅かな懐かしさを感じる。
ああ、そうそう。「隣の隣の隣」=野口と通じたのは、野口以外に「三駅隣」で目立った駅が無いからだ。樫間、松名、谷東……どれもパッとしない住宅地だ。
目の前ではイズミが両腕を上に向け、「んーー」なんて声を出しながらその小柄な体を伸ばしていた。
「さてっ。もうちょっと歩くわよ」
俺の返事も待たずに再び歩き出す。駅の高架を、乗り換えの客と逆方向に歩いていく。
乗り換える客とこの駅周辺に用事がある客とは、2:1くらいの比率。それでも周りには多くの人。
俺の目の前を歩くイズミは鼻歌なんか歌ってて、大変ご機嫌が良い様子。見ていて、思わず頬が綻ぶ。
「ふふふ、いつ以来だっけなー、ボ」
……ボ?
イズミの動きがその場でピタっと止まり、危うく俺はその背中に突っ込みそうになる。それにしても、「ボ」。
「ボ」って言ったらもう答えはあれしか無い気がするのだが……。思わぬところでネタばらしを食らってしまう。イズミは立ち止まったまま、「ぼ、ぼ……」と呟いている。「ぼ」から始まる言葉を探しているのだろう。
「……鯔、ボリビア、ボニファティウス8世……」
「もしかして、来週の防災訓練か?」
……我ながら下手にも程があるフォロー。が、藁にもすがる思いのイズミはそれを拾う。
「そ、そう。防災訓練。ほら、滅多にやらないし、ね?」
こちらを振り返って、そんなことを言い出す。「楽しみでしょ?」と同意を求めてくるイズミ。
「そう……だな……」
あんなもの滅多にやられても困るしなあ……。
「さ、さあ。行きましょう、行きましょう」
こちらに背を向け、早足で歩き出すイズミ。目の前の女の子を「防災訓練が楽しみで鼻歌を歌う女子高生」にしてしまった罪は重い……のかもしれない。
ちなみに、わが校の防災訓練は毎年九月一日、防災の日に行われる。
前を歩くイズミが高架を降りる階段へと向かっている。どうやら駅前の商店街に目的の場所があるらしい。……この辺りで「ボ」って言ったらあそこしか無いしな。
階段を降り、商店街に到着。行き交う人の量は先ほどの比ではない。
この通りは確か正式な歩行者天国ではないはずなのだが、車が通っているところは一度も見たことがない。
野口に訪れる人の半数ほどが、この商店街を目当てとしている。
中高生に人気の「ビリーズメイト」を始めとした若者向けの洋服屋の数々。ゲームセンターやゲームショップにトレカショップ、そして現在俺たちが向かっているであろう「あの施設」など、若者が楽しめる店が大抵揃っている。
そして、食事も「喜峰亭」などの有名レストランチェーンでとることができる。訪れる人の半数――つまり若年層、主に中高大生が挙って詰めかけるのだ。
ちなみに、残り半数の大人の方々は主に駅に隣接したデパートで買い物をする。
イズミの足が止まる。視線を上に移すと、そこには予想通りの建物がそびえ立っていた。
「ORBIT 1」。ボウリングを始めとする様々なアミューズメントを楽しめる、巨大複合レジャー施設だ。だとするとやはり――。と、イズミがこちらを振り返る。
「なんと! 今日はボウリングをします!」
……おぉー。ネタバレが無ければなかなか意外性があったかもしれない。惜しい。非常に惜しい。
ボウリング、かあ。……でも、なんでまた。
「何故ボウリング? って顔してるわね。ふふふ、それは、ボウリングを通して由利也クンの基礎身体能力を測るためなのです!」
……うん? それだったらもっと適した何かがあるんじゃないだろうか。
「ボウリングはよいものです。筋力・柔軟性・リズム感その他もろもろを測ることができます、多分!」
「……要するにイズミ。ボウリングが好きなんだな?」
「いえす!」
今日一番の笑顔。そのまぶしさの前では、「『これから一緒に戦っていく上で、確かめておかなきゃいけないこと』がボウリングで測れる程度の身体能力ですかい」というツッコミをかます邪悪な俺はかき消されてしぼんでいくしかなかった。
「にしても、ボウリングねえ……。言っとくが俺はド素人なんで、イズミを楽しませられないかもしれない」
「たどたどしい投球フォーム、連発されるガター、そしてはじき出される低スコア……。そんな由利也クンもアリね、ふふふ」
イズミの笑みが邪に歪む。この人、こわい。
……好きな娘と二人きりでボウリング、か。まったく、この俺がこんなオイシイ目に合って良いのだろうか?
今この瞬間も、これは何かの間違いなんじゃないかって、疑い続けてる。
俺は騙されてるんじゃないか。ひょっとしてこれは夢なんじゃないか。彼女は独りぼっちの俺が生み出した悲しい幻なんじゃないか、って。
――だけど、もしそのいずれかが正解だったとしたって、今日この時を楽しめなきゃ、損するだけだ。