――君、after。
「――帰ろっか。もうこんな時間」
気付くと辺りは既に暗くなり始めていた。
「そうだな。……腹も減ったし。店員さん、というか角さん! 野菜スティックテイクアウトで!」
「はいはい、しばしお待ちをー」
俺に正体が割れてから完全に遠慮を忘れたこの店の唯一のウェイトレス兼バスケ部部長の角 寧子さん。
今日は客の入りが悪かったため、店の奥で本でも読んでいたようだ。
「はいはい、キュウリスティックテイクアウトですねー、くすくす。……って、何、イズミ。その幸せオーラ全開の顔。まさかあんた……」
「…………ふっ」
立松さーん、誤解を招くようなマネはやめてくださいねー。
「うわ……マジ? 名執先輩も、“そんなん”でいいんですか?」
「いや、だからそーゆーのじゃなくて……」
「そーゆーわけなの。残念でした、寧子ちゃん。くすくす」
「た、立松!?」
「……イズミって呼んでよ。ね、由利也クン?」
ああもう! 悪ノリが過ぎる!
「はい、角さん、勘定!お釣りいらないから。長々とお邪魔しました。それじゃ!」
とりあえずこの場から逃げ出したくて、テーブルに千円札を残して早足で去る。
本来会計を行うのは多分レジだと思うが、そんなことを考えてなどいられなかった。
「あ、待ってよ由利也クン――!」
「またお越し下さいませー……。……なにあれ」
……角さん、そんな顔で俺を見ないでください。
まぁ、俺も立松――イズミさんの変貌っぷりには「なにこれ」と言いたい気分だ。
店の外で一旦落ち着く。
「ごめん、名執クン。ちょっとふざけすぎた」
“ちょっとふざけすぎ”。まさしくそんな感じだ。
こういうのはちょっとだろうがなんだろうが過ぎたらおしまいなんだよ――という持論。
「ほんと、やめてくれよな。ああいうの、慣れてないんだ」
「もー、ごめんってば。……そういう名執クンだからこそ、からかいたくなったのー」
というか、口調治ってないぞ。……まさかそれが素なのか?
そして、あ。と、何かを思いついたような様子。
「由利也クンって呼ぶのは構わないよね?」
よね? って。まぁ、それくらい別に……。
「構わないよ。えと……イズミさん」
「ッ!! さん付けッ!? 名前にさん付けッ!? ダメ、それ!」
よくわからないテンションに圧倒される。緊張の糸が切れた結果がこれなのか?
「じゃあ…………イズミ」
……そこは「じゃあ立松さん」だろ、俺!
恍惚とした表情を浮かべるイズミ(旧称・立松さん)。なんなんだろう、一体。
というか、俺の中でのこの人のイメージがまるで安定しない。って、当然か。まともに話したのは今日が初めてなんだから。
俺の中のイズミのイメージって、要するに昨日の「非常時の」彼女だもんな。
「ふふふ……。イズミ、だって」
そして自分の世界に引篭もったきり出てくる様子の無いイズミさん。
……なにやらデンジャーな子なのかもしれない。
かと思いきや、何かを思い立ったようで、突如こちらを見つめて喋りだす。
「由利也クン。明日、暇?」
由利也クン、という響きにはきっとしばらく慣れられないだろう。
「もちろん暇だけど、それがどうかしたか?」
まさか冷やかしじゃあないだろうとは思うが、思わず卑屈な態度を取ってしまう。
こんなんだから、俺は今まで男女問わずほとんどの人間と仲良くなれなかったわけだ。
「じゃ、明日また同じ時間にここに来て。これから一緒に戦っていく上で、確かめておかなきゃいけないことがあるから」
戦うなんて非現実的な言葉は、今は右から左へ抜けていく。
「わかった。何か必要な物とかあるか?」
「んー、最低限のお金」
「はいよ、了解」
最低限ときた。もちろん基準なんかわかるはずがないので、思うより多めに持ってこよう。
「じゃ、私 家こっちだから。また明日、由利也クン」
「また明日、イズミ」
……なんだろう、この妙に親しみのある雰囲気。
考えた結果、二人とも疲れているんだという結論に達した。
帰り道、夕焼けの道で今日の出来事を振り返る。
俺はあの立松 泉と一緒に“人でないモノ”と戦う仲間になった。
……だけど、それ以上にああやって軽い会話を交わせる仲になったのが、たまらなく嬉しい。
イズミと俺なら何も恐れることはない。――その確信が、今もはっきりと感じられる。
家に着く。ボロアパートの階段が、朝と違う響きを奏でる。
コンクリートの廊下は沈みかけの夕日に赤く染められている。
玄関のドアを開け靴を放り出しキッチンを抜け居間を駆けそのままベッドに向かってダイブ!
疲れた。いやー、疲れた! 昨日もかなり疲れたが、今日は格段と疲れた。まさか話をするだけでこれほどまでに時間が経つとは。
もしまともな夕飯を作るなら、今から準備しないと間に合わなそうだ。と、米を炊いていないことに気付く。
丁度いい、今日はパスタにしよう。適当にスパゲティーを茹でてペペロンチーノにでもすれば十分だ。
分量は……二人前、かな。うん。腹の虫をkillるためにも。
台所でスパゲティーを茹でている時に、携帯が鳴った。
思わず、「悪いけど、今スパゲティーを茹でているんです。あとでかけなおしてくれませんか」とかなんとか言いたくなるシチュエーション。
しかし、残念ながら電話ではなくメールの着信のようだった。一体誰だろう? 和輝がついに痺れを切らして遊びの誘いでも入れてきたのだろうか。
茹で上がった大盛りのペペロンチーノ。……二人前は無謀だった。
手を付ける前に、さっきのメールを確認しておこう。
[新着メールあり:dont.wait.up.4.hit-.a.cheek@xxxxx.ne.jp]
……む? 知らないアドレスからだ。
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[件名]私が誰かはわかるよね?
[本文]こんばんは、名執クン改め由利也クン
カバンを触った時に携帯が入っているのに気づいてしまったので、
思わずアドレスをGETしちゃってました てへ
由利也クンはもう少しカバンの中身を増やすべきだと思います
P.S. あれはない
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