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嘘しかつけない清水さん。  作者: OBOn


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6/6

この鍵で開けるのは…

次の日。

8時30分。

僕は今日も清水さんと一緒に学校に登校する約束をした。

僕は約束の時間の30分前には清水さんの家の前で待っている。

しかし、清水さんはまだ出て来ない。

もうとっくに遅刻する時間だ。

ピンポーン。

僕は隣の清水さんの家のインターホンを押した。

家の人は全員仕事や学校に行っているのか誰も出ない。

ピコン♪

_____清水さん、今どこですか

とLIMEを送った。

いつもなら、5分以内には既読がつく。

今日は30分経っても返事はない。

いてもたってもいられなくなって、電話をかけた。

PRRRRRRRR…

応答がない。

学校ではもうとっくに1時間目が始まっている時間だ。

「…が…学校に行ったんだ…きっと…僕を置いて…先に…」

そう信じたくなった。そんなことをしない人だってことは一番僕が知っているのに。



10時12分。

僕が学校に着いたのは2時間目の途中だった。

「ぁ…ぉはよう…ございます…」

「尾上。遅刻。もう1時間目終わったぞ」

と僕に非難の目を向けたのは、例の数学教師。

でも、そんな非難なんて気に留めている暇なんてない。

最優先で、確認すべき事項がある。

今日もやり忘れた僕の数学の課題の答えでも、僕の座るべき席の位置でも、遅刻してきた人間を怪訝そうに見つめる同級生の顔でもない。

僕の隣の席だ。

…案の定、清水さんの席には誰も座っていなかった。

しかし、誰もそのことを気にしていないようだった。

「すみません!体調悪くて、遅刻しました!申し訳ないんですが!また、体調が悪くなってきたので保健室に行ってきていいですか!」

僕はもう周りを気にせず叫んで、返事も聞かず、逃げるように保健室へ走った。

保健室は清水さんと友達になった場所。

「清水さん!」

僕は保健室に突進する勢いで入ったが、そこには、保健室の先生と膝から血を出している生徒がいた。

生徒は保健室の先生に手当てをされている。

「保健室では、静かにね」

「あ…ごめんなさい…」

「あの、清水さん、いませんか…?2年3組出席番号17番の清水眞琴さんなんですけれど」

「…うーん、いないけれど…?どうかしたの….?」

「失礼しました!」

僕は保健室を後にした。

次は…カウンセラー室…。

僕が信用されない悲しみを知った場所。

「あの!清水さん知らないですか!?」

僕は自分ではわからなかったが、きっと鬼気迫る表情でカウンセラーの人に詰め寄ったのだろう。カウンセラーの人は怯えた様子でゆっくりと、

「清水さん…?昨日来た子?いなくなったの…?」

と小さな声で言った。

「もういいです!」

次は…次は…校庭…。

僕が思い切り泣いたあの場所。

「…」

その場所にも清水さんはいなかった。

次は…次は…次は…

「…どこなんですか…清水さん…」

キーンコーンカーンコーン。

僕が呆然としてその場に立ち尽くしていると、2時間目の終了を知らせるチャイムが鳴った。



10時55分。

僕はしかたないのでとぼとぼと自分の教室に戻った。

「あの…すみません…清水さんって今日来られましたか?」

清水さんの前の席の人に聞いた。

「誰?それ」

そうだ僕も清水さんのことを告白されるまで認識していなかった。

「あの…すみません…清水さんって今日見かけましたか?」

僕の前の席の人に聞いた。

「ごめん。誰。わからない」

覚えていなくても不思議じゃない。

清水さんは誰とも話していなかったから。

「あの…すみません…清水さんが今どうしているか知っていらっしゃいますか…?」

清水さんじゃない方の僕の隣の席の人に聞いた。

「てか、君、誰?」

僕のことも知られていない。

僕らはやっぱり似た者同士だった。

「誰か!清水さんを知っている人はいませんか!?」

僕は悲痛の叫びを教室の中心で叫んだ。

クラスメイトはびっくりしたような顔でひそひそと「あれ誰」だとか「なにあれ」だとか「なになにどうしたの」だとか言っている。くすくす笑っている者もいる。

笑えない…笑い事じゃないんだぞ…。

口の中が渇くのに、喉に気持ちの悪い粘膜みたいなものが張り付くのがわかった。

「どうした。騒がしいな…」

と、担任の教師が教室に入ってきた。

「先生!清水さんは今日学校に来てますか!?」

「清水は今日は欠席だぞ」

と、ぶっきらぼうに言われてしまった。

その言葉がとても冷たく脳に響いた。

崖からいきなり突き落とされたような感覚に陥った。

清水さんは学校にすら来ていない。

「すみません。僕、今日、やっぱり、体調悪いみたいで…早退させていただきます」

実際非常に気分が悪い。吐きそうだ。

僕は全身の力が抜けてがくがくと震える身体をなんとか動かして、まるで誰かがか空から操っているマリオネットのようにぎこちない動きで教室を出た。

おかしいと思ったのだ。

僕は今日の朝、自分の家の庭に猫が紛れ込んできたからその珍しい光景を写真に収めて、ストーリーにあげたのだ。

いつもなら、清水さんから即いいねがつくのに、今日は投稿してから5時間経ってもいいねがつかなかった。

もちろん、清水さんの『特別だと思った景色』のストーリーも上がっていない。

「そうだ…体育館裏…」

僕は体育館裏までおぼつかない足で向かった。

清水さんに初めて告白された場所…印象深い僕と清水さんの出会いの場所…あの場所に行けば、何かわかるかもしれない……なんてことはもう思わなかった。思えなかった。

希望なんてなかった。

ただ、呆然とするしかなかった。

やっとの思いで辿り着いたが、予想通り、何も分からなかった。

「はは…もう終わりだな…いよいよ…」

突き落とされた絶望の海にただぷかぷかと浮かんで呆然としているしかなかった。

清水さんは今清水さんとして存在しているのだろうか。

清水さんがどこかで独り寂しく消えたりしてはいないだろうか。心配だ。心配。心配。僕はいつのまにか泣いていた。これが心配の涙。『FACT』を拒絶した僕が素直に受け取れなかった清水さんの涙。

「…『FACT』…!」

清水さんがみんなの特別な存在の『FACT』。

僕はもう一度イソスタを開いた。

すると、『FACT』がイソスタライブを開いていた。

コメント欄には『fact_0603 引退 特別な場所に行く』と。

それだけ書かれていた。

「riku.0723 え、FACTちゃん引退するの?え?え??」

『FACT』の引退を惜しむコメントが流れる。

「suzume_0119 寂しい」

今、寂しいのは清水さんだ。馬鹿。

「mayu.123_ 特別な場所に行くって天国に行くって意味…?」

そんな…はずない…はずがない…そんな…違う…清水さんは…そんなことしない…もし、今イソスタライブをしているのが清水さんだったとしたならば…だったとしたならば…。

背筋にひやりと冷たいものが走った。

風邪の時に出るような気持ちの悪い汗も出てくる。

清水さんを探さなくては。ライブ配信で映っている場所…どこだ。ここ。地面(?)しか映っていない…薄暗くてわからない。もうあたりは暗いからだ。周りに人映らない。

早くしなくては…早く…清水さんが危ない…清水さんにもし何かあったら…

「くそっ!」

ドンッと体育館裏の壁を叩いた。

いけない。冷静さを欠いている。

頭を整理したい。何が何だかわからない。

イライラしたって仕方ない。

頭を冷やしたい。

落ち着け…一旦冷静になって考えよう…と一度俯いた…そこには、封筒が落ちていた。

草むらに隠れるように。

僕にはこれは、清水さんから僕に宛てたものだろうという根拠のない自信と確信があった。僕は無我夢中でその封筒の中身を慎重に出した。中からはハガキが出てきた。

そこには、「この手紙を読んでいるということはきっと私が消えてしまったのですね。ここに手紙を残したことを伝えなくてごめんなさい。きっとあの子は尾上くんに必死に探してもらった上で見つけて欲しいから。尾上くんが走り回って探すことそれ自体に意味があるから。私にできるのはここまでです。あとは頼みます」と書かれていた。

なんの話だ。わからない…。

ひっくり返して裏面を見ると、63円切手がプリントされていた。

そして、見覚えのある住所が書かれていた。

それもそのはず、僕の住所と市、区、町、丁、番地まで全て同じだったのだ。

違ったのは号。

僕の住所は号が1。

書かれている差出人の住所は号が2。

これは…おそらく清水さんの家だ。

ただ、そんなことがわかったところで何も変わらない。隣の家なんだから当然のこと。

そんなことよりも、衝撃だったのは、

差出人と宛名がどちらも「清水眞琴」と書かれていたことだった。

もちろん、宛先も差出人の住所と同じ清水さんの家の住所だった。

なんだこれ。自分が書いたハガキを自分の家に届けるつもりだったのか…?どうして?なんのために?

そもそも…これは…僕へのメッセージではないのか…?

でも、文章は明らかに僕に宛てたものだ。

もう何が何だかわからない。わけがわからない。

あまりの支離滅裂さに脳みそが停止してしまった。

なんでハガキにこの文章量を書いたんだ…とか…なんで料金改定前の63円切手のハガキで書いたんだ…とか…ハガキなのに差出人と宛先が同じだ…とかぼんやりとそんなどうでもいいことを考えていた。

「僕は郵便局員じゃないんですよ…」

このままじゃダメだ。

こんなところで立ち止まっている暇はない。

僕はカバンの中にハガキをしまった。

何よりも今探さないといけないのは『FACT』だ。

僕はもう一度『FACT』のイソスタライブを開いた。

やっぱり、画面は真っ暗で何も見えなかった。

『FACT』がコツコツと歩く音以外の音が聞こえない。人の話し声も聞こえない。周りに人はいないということだろうか。

___ 私、誰も知らないような静かな裏道を歩くのが好きなんです。

ふとよぎったその言葉。それは、友達になって、次の日に歩いた裏道で清水さんが言った言葉だった。

あの場所は…どこだっけ…僕は清水さんについて行っただけだから、どこかわからない。

でも、行かないと。見つけなくては。

「待っててください。清水さん」



13時55分。

やっとの思いで辿り着いた。

結果から言うといなかった。

そりゃそうだ。

僕はこの裏道に辿り着くまで1時間半もかかってしまった。

もうその場には、清水さんはいなかった。

何か手掛かりはないかと探してみたが、体育館裏みたいに清水さんのハガキなんて落ちてはいなかった。

「…」

意気消沈した僕は、もう一度、『FACT』のイソスタライブを開いた。

今、イソスタライブで『FACT』が配信している映像ではやっぱり何も映っていない。イソスタライブに映る映像は真っ黒だった。カメラ部分を何かで隠しているのだろうか。

しかし、さっきとは違って、清水さんの足音以外の音が聞こえた。音楽だった。BGMだった。それもとても落ち着く。僕のこの苛立って焦って逸る気持ちを丸めて包んでくれるようなどこか優しいBGM。

僕はこのBGMを最近どこかで聴いた。

どこだ。思い出せ。思い出せるはずだ。

「いらっしゃいませ」

と『FACT』の配信から小さな声で聞こえた。

すると、

「お好きなお席にお座りください」

と、やはり遠くで小さく聞こえた。

………そうか…カフェだ…清水さんと一緒にデートしたカフェ。

次に行くべき場所が決まった。



17時06分。

「いらっしゃいませ。お好きなお席…」

「あのっ!すみませんっ!ここに長い黒髪の高校2年生の女の子っていましたか…」

「…多分それらしい方なら、10分ほど前に先出ていかれました…」

僕がすごい剣幕で聞いたものだから、店員さんは怯えている。

申し訳ないが、今はそんなことを気にしている暇はない。

僕は清水さんとデートした時の席に座った。

おそらく、『FACT』もここに座ったのだろう。

他の席を選ぶ理由がない。

「ご来店ありがとうございます。ご注文のほうお決まりになりまし…」

「アイスコーヒーで」

「…かしこまりました」

あまりにもマナーがなっていない客に店員さんも営業スマイルにヒビが入り、苦虫を噛み潰したような顔に変化を遂げようとしていた…がなんとか抑え込み、その場を去った。

でも、そんなことを気にしている時間はない。

「…ここも…ない…か…」

僕はここの席にも何か手掛かりはないかと、ソファの隙間、椅子の下、机の下、メニュー表の隙間清水さんのハガキのようなものなんて見つかりはしなかった。

また、『FACT』のイソスタライブを開いた。

画面は相変わらず真っ黒だ。

だが、「こんにちは。野村由紀です。私の新曲、『特別なあなたへ』はもう歌ってくれましたか?」と今度ははっきりと大きな音声が聞こえた。

この音声も聞いたことがある。

カフェの前例があったから、今度はすぐに思い出せた。

きっと今、『FACT』がいるのは、清水さんとデートで一緒に行ったカラオケだ。

一刻も早くいかなければ。

と決心したタイミングでアイスコーヒーが届いた。

「お待たせいたしました。アイスコーヒーです。以上でご注文はお揃いですか?」

「はい」

僕はいつもより、より一層苦く感じたコーヒーを一気に飲み干した。

その後、素早く会計を済ませ、カフェを後にした。



18時32分。

カラオケに着いた。

僕は30分コースを予約して、603号室に案内されたが、僕は清水さんとデートした時に案内された部屋である603号室へ向かった。

奇跡的に603号室の中には誰もいなかったから、そのまま入った。

「ここにも………やっぱり何もないか…」

探してもやはり何も見つからなかった。

一旦カラオケのソファに座って僕はまたまた、『FACT』のイソスタライブを開いた。

やっぱり画面は真っ黒で周りに何も見えない。今度は何も音が聞こえない。一切音がしない。

でも、わかる…これまで『FACT』が立ち寄った場所…それは全部僕と一緒に行った場所だった。

その場所を順を追って訪れている。

だとしたら、今、『FACT』がいるのは家。次行くべき場所は家。清水さんの家。

そう考えて、僕は清水さんの家へ向かおうとしたその時。

「fact_0603 ここは私の特別な場所じゃない」

そのコメントが一瞬映った。

かと思ったら、

ブツッ。

「ライブ動画は終了しました」

という今の僕を拒絶し、突き放すような画面が表示されて配信切れてしまった。

それで『FACT』のイソスタライブは終わった。

あっけなかった。

早く向かわなければ、会いにいかなければ、『FACT』に。もはや清水さんが無事かどうかも分からない。助けに行かなければ。

___どうして、自分の家は特別な場所じゃないんだ…?

と、一瞬、頭が冷えた自分がいた。

…インターホンを鳴らしても誰もいない家…料金改定されて値上がりする前の63円切手のプリントされたはがきを使った理由…見覚えのある数字63…差出人と宛名が同じ理由…僕と一緒に行った場所の中で自分の家だけが特別な場所じゃない理由…

ガタッ。

僕は立ち上がった。

繋がった。やっと。わかった。

清水さんが何を伝えたかったのか。

なるほど…でも、だとしたら時間がない…!



21時45分。

ぴんぽーん。

返事がない。誰もインターホン答えてくれる様子がない。

僕はここで確信をさらに確固たるものにした。

僕はカバンからハガキを取り出した。

清水さんはずっとヒントを出してくれていたんだ。

差出人と宛先の住所が清水さんの住所で同じだったこと。

切手がプリントされているハガキを使ったこと。

この二つから考えられることはつまり、

「清水さんの家の郵便ポストを覗けってことだったんだね」

これが清水さんがハガキを使用した理由の一つ。

僕は、清水さんの家の郵便ポストの蓋を開けた。

すると、内壁の取りやすいところに鍵がテープで固定されて貼られて入っていた。

でも、僕はさらに絶望することになった。

「なんだ、この鍵。なんの鍵だ…」

僕はてっきりこの中に清水さんの家の鍵が入っているものだと思っていた。

それで家の中に入れるものだと思っていた。

でも、違う…。

この鍵は小さすぎる。

清水さんの家の鍵なら見た。一度だけ。

清水さんの家に訪問した時だ。清水さんが家の錠前を開けた時に一度。

見覚えのない奇妙な鍵に不気味ささえ感じる。

確信が揺らぎ、新たな謎が増えた…なんだっていうんだ…一体…。

ここに突っ立っていたって仕方ない。

僕は家の扉の前に立った。

一応、錠前にたった今手に入れた鍵を差し込んで回そうとしてみる。

…回らない。

やはり、これは家の鍵ではない。

なんなんだ…!


___♪


その時、ピアノを演奏する音が聞こえてきた。

「どうして…」

急いで、イソスタライブを開いてみたが、『FACT』は配信をしてはいなかった。

ということは…つまり…これは、僕に聞かせるためだけの曲。僕だけに向けた曲。僕に向けた曲。

じゃあ、なんで、聴衆は他でもない僕だけなのに、家の中の特等席で曲を聴けないんだ?

なんで、僕が今持たされているのは家の鍵じゃないんだ?

なんで、清水さんはこんな使えない鍵の在処を教えてきたんだ?

ハガキを使った回りくどいことをしてまで無意味なことを伝えたかったとは考えられない。


___fact_0603 ここは私の特別な場所じゃない。


ごちゃごちゃとした頭の中で走馬灯のように駆け抜けっていった言葉がそれだった。

「………そうか…!」

使えないんじゃなくて、使う必要がないんだ。ここで。

ということは………


…ガチャ。


予想通り、家の鍵は開いていた。

「お邪魔します!」

僕は人生で一番大きな声を出して、玄関に入った。近所迷惑も考えずに。

僕は真っ先にピアノの演奏が聞こえる先、清水さんの部屋へと向かった。



22時14分。

一昨日、清水さんに案内された清水さんの部屋の前のドアに僕は今立っている。

中からはピアノが演奏されている音が聞こえる。やっぱり曲は『エリーゼのために』。

「清水さん!入りますよ!」

僕はドアのレバーハンドルに手をかけ、思い切り下に下げようと力を入れた。

しかし、つっかえて、下がらなかった。

ドアには鍵がかかっていたのだ。

「清水さん!開けてください!」

「…」

清水さんからは返事がなかった。

僕は錠前に先ほど手に入れた鍵を差し込んで、回そうとした…が回らなかった。

でも、もう絶望なんてしなかった。

じゃあ、ここで使うべきでもない。それだけのことだ。

この鍵の使う場所を探せ…ということか…。

現在、22時30分。

まずい。時間がない。

ピアノの曲は鳴り止まない。

早く探さないと。

僕は一階に降りて、この鍵の使える場所を見つけることにした。

でも、もうどこで使うのかなんてなんとなくわかっていた。

僕と一緒に行った場所の中で唯一特別な場所じゃない家…インターホンを鳴らしても誰も返事をしない家…。

その家の中で行くべき場所は…和室。

和室を目標にして、襖で隔たれた空間の前まできた。

僕は襖を開けた。そして、僕はあるものを見て、全てが確信に変わった。



僕はまた再び戻ってきて、清水さんの部屋の前に立っている。

「清水さん!鍵の使い道わかりました!」

「…」

しばらく沈黙が続いた。緊張が走る。

「…本当?」

「…清水さんの嘘が移ったかもしれないので、嘘かもしれないです。僕も自信ないです」

「じゃあ、いいや。バイバイ」

と寂しげに消え入りそうな声で呟いた清水さん。

キイィ…と窓が開く音がする。

「和室…見ました…!」

僕は無我夢中で叫んだ。

「…」

清水さんからは返事がない。

「お仏壇の扉に南京錠がついていたんです…!」

「…」

やはり、清水さんからは返事がない。

「ポストの中に入っていた鍵で開けたら、中に2枚の写真があったんです…!」

僕は必死でどうにか言葉を紡ぐ。

「…」

「ご両親亡くなられていたの、知って欲しかったんですよね…!?」

ガチャ。

清水さんの部屋のドアが開いた。

そこにはなんの表情もない清水さんが立っていた。

そう。この言葉こそが合言葉。この部屋の扉を開ける鍵。

「違うよ」

「え…?」

そんなはずは…。

「その鍵はね、ここの鍵」

清水さんは自分の胸に手を添えた。

「私に鍵がかかっていた。それは私の心の鍵。祐希にこじ開けられた」

ここからが正念場だ…頑張れよ…僕…。

「ねぇ…」

ふらりと揺れた清水さんは僕に話しかけてきた。

「私、名前があるの。だから祐希に名前つけて欲しくない」

この話し方。ずっと気になっていたこの話し方。

「…君、清水さんじゃないんだよね」

「…」

考えたくなかった可能性。

清水さんは虚言癖なんかじゃない。

解離性同一性障害。つまり、多重人格なんだ。

___差出人と宛名が同じ理由。

一つ目はそれは自分の家のポストを見て欲しいっていう理由。

もう一つは…このハガキは…もう一人の自分に宛ててるためだったんだよね。清水さん。

「もっと早く気づくべきだった。僕に好きって嘘をつくこと。嘘をつく時清水さんの口調が変わること。僕の呼び方が祐希に変わること。最近嘘をつく時、清水さんの記憶がないこと」

「…私は、清水眞琴だ…」

威嚇するように僕を睨んで重々しく言う自称清水眞琴。

「そして、なによりも気づくべきだった。君も助けを求めてるって」

「は?求めてないし」

___ここに手紙を残したことを伝えなくてごめんなさい。きっとあの子は尾上くんに必死に探してもらった上で見つけて欲しいから。

「このハガキが体育館に落ちていたままになっていたことやこの仏壇の鍵が郵便ポストの中に入ったままになっていたことがその証明だ。きっと、仏壇の鍵は君が郵便ポストに隠したんだろう。そうじゃなきゃ、清水さんがハガキと一緒に封筒の中に仏壇の鍵を入れたら解決した話だ。郵便ポストの中の仏壇の鍵は清水さんが君の意思を尊重した結果。でも、手を突っ込んで取れる距離にテープで鍵は貼られていた。どうしてそんなことをした?そもそもどうしてハガキも仏壇の鍵も回収しなかった?」

「…」

___尾上くんが走り回って探すことそれ自体に意味があるから。

「多分、今日の朝からずっとこの家の錠前は開けたままにしてあったんでしょう?僕にご両親のことを知ってもらうために。見つけて欲しかったんだよね。自分のこと。ご両親のこと。『FACT』のアカウントでイソスタライブを開いてまで。それで、鍵をかけずに家を出て歩いていたんだ」

「…」

___私にできるのはここまでです。あとは頼みます。

「本当は気づいて欲しかったんだよね。誰かに知って欲しかったんだよね。自分の気持ちを。清水さんに嘘をつかせてまで」

他者を拒否する心と気にかけてもらいたい心の二つが同時に存在しているのだ。

「私は…私は何もいらない。何も求めていない。私は私一人で生きていける」

「…そんなことないよ。誰も一人で生きていくことなんてできないよ」

「は?できるし。私は私一人で誰にも気づかれずに生きてきた!」

「そんなことないよ。君のそばには清水さんがずっと寄り添っていてくれていたよ。それと同じように清水さんのそばにはずっと君が寄り添っていたんだ」

「…!」

「たとえ清水さんが君の存在に気づくことができなかったのだとしても、清水さんは君と共存していくために友達よりも君を選んだんだ。最近は君のことも好きになってきたとも言っていた」

「うるさい…」

「それに僕は知ってるよ」

「何をだよ…」

「君が…」

「お前に何がわかる!!!」

「嘘しかつけない一番の正直者なんだって」

嘘は一般的には良くないことだ。

でも僕はもう、知っている。

本当のことを言わないのは気にして欲しかったから。嘘つくのは気を引いてまで自分のことをちゃんと見ていて欲しかったから。殻に閉じこもって平気なふりをするのは傷つくのが怖かったから。

それは、清水さんがフォロワー二万人のイソスタライバーの『FACT』だったことを知って、清水さんが僕だけの特別じゃなかったことに気づいたことで学んだ。

きっと、今、君が抱えているのもそれと同じような…いや…それよりも何十年も溜め込んだ何倍も大きな嫉妬心。

「うるさい…うるさいぞ…お前…お前は…私から私だけの唯一の理解者の眞琴を奪った。眞琴しか私のことを理解してくれないし、私しか眞琴を理解してあげられない」

「…カウンセラーの人に信用されなかった時に奇妙な安堵感を感じている僕もいたんだ。僕だけが理解者だって。僕よりもわかってなくてよかったって。それは君も同じだったんだね…」

「やめろ、私を可哀想なものを見るような目で見るな…!」

「そうやって、僕が君を閉じ込めてたんだ。心の中に。清水さんが託したのはだからこその心の鍵だったんだ」

「そうだ…だから祐希が嫌いだ。眞琴を奪った祐希が嫌い。嫌いだ。祐希のことなんて大嫌いだ」

「嘘だよ。それくらいわかるよ。清水さんを通してずっと見てきたんだから。君のことも」

…僕は人生で2度目だ。告白なんてのは。

「僕は君のことも好きだ」

ん1度目は清水さん、2度目も清水さん。

目の前の清水さんは目を丸くして、信じられないというふうに驚いた。

「僕は君を見つけたくなかったよ。だって、僕は二人を好きになってしまったから。二人とも好きなんだ。嘘つきで優しい清水さんのことも。嘘をつく正直もののライアのことも。でも、もう二度と君をみなかったことにはしない。もう決めたから」

「………私、物心ついた時から嘘をつくようになったって眞琴は言ってたけど…本当は産まれた時から眞琴の中にずっといなかったの」

「うん…」

「私、ずっと気づいて欲しくて、ずっと眞琴に嫌がらせみたいなことしてなかった」

「気づかないのが悔しかったし、寂しかったんだよね」

「………なんで…なんで誰も私の存在に気づいてくれなかったの?どうしてみんな私を見ないの?」

「…僕が来たよ」

「どうして祐希は私を信用するの?どうして私の言うことを疑わないの?」

「君が好きだから」


「…どうして私はつきたくもない嘘をついちゃうの?」


それが本音。これが自称清水眞琴の心の叫び。やっと引き出せた心の痛み。

自称清水眞琴はそのまま大声をあげてわんわん泣いた。



その後、自称清水眞琴は語ってくれた。今までのこと。辛かったこと。

「私…交通事故で両親がいなくなった後、叔母さんが後見人になってくれなかったの。でも、コブ付きは結婚しにくいからってこの家あてがわれちゃって…私もおばさんと二人暮らしするよりも一人で暮らした方が心的にも楽だったし、これで良くなかったの。でも、やっぱり寂しくなかった」

それがこの家が特別じゃない理由。

「両親が…友達が…全員いなくなっても、私だけはずっと眞琴のそばにいたから、『眞琴の真の理解者は私だけしかいないんだ。眞琴を理解してあげられる特別な存在は私だけしかいないんだ』って私はずっと思ってなかった。嘘をつかせてしまって友達がつくれなくなってしまった眞琴に負い目を感じていなかったし。だから、ずっと腹がたってなかったの。祐希に。だけど、それ以上に私、眞琴に新しく友達ができて嬉しくなかった」

「君もだよ。もうすでに君も僕の友達だ」

「…私、祐希に私のことを見つけてもらえて本当に嬉しくなかった」

と、めそめそとライアは弱々しく泣き出した。こういう泣き虫な所は清水さんとそっくりだ。

ふと抱きしめたくなった。

抱きしめないといけないと思った。

それが清水さんや自称清水眞琴のことが好きかどうかに関わらず。

「大丈夫」

僕はライアを抱きしめた。

「ありがとう」

僕と自称清水眞琴はそのまましばらく抱きしめあっていた。



「君の名前はライア。どう?」

「嫌だ」

「よし、じゃあ決定だ」

僕はにっこりとライアに微笑みかけた。

ライアは心底嫌そうな顔はしたが、それが嘘だと僕はちゃんとわかっていた。

「あ、プレゼントがあるんだ」

僕は袋に包まれたプレゼントを渡した。

これを買いに行くのに時間を取られてしまった。

「はい、これ誕生日おめでとう。ライア。ちょうど今日、清水さんの誕生日だもんね。だから、この日に清水さんに成り代わって、生まれようと徐々に力をつけ始めていたんだね」

「何で知って…」

「清水さんの誕生日…今日でしょう?『FACT』のユーザーネームの『fact_0603』の四桁の数字が0603だから、6月3日かなと思ったんだ」

…それを知らせてくれたのは清水さん。

わざわざ料金改定されて値上がりする前の63円切手のプリントされたはがきを使って知らせてくれたのだ。

「ハッピーバースデー。ライア。君の誕生日だ。これは他の誰でもない君へのプレゼントだ」

「ありがとう。嬉しくない」

「良かった。喜んでくれて。良かった。間に合って」

「開けていい?」

「もちろん」

ライアは袋を開けた。

そこから出てきたのはハードカバーのノートとシャープペンシル。

時間がなくて、大したものは買えなかった。けれど…

「ありがとう…」

ぎゅうぅっ…と大切そうに抱きしめるライア。

ふぅ…と一息つき僕は心から安堵をした。

6月3日(火)23時59分

清水眞琴、ライア17歳。



僕はしばらくライアを眺めていた。

ライアは僕がプレゼントしたシャーペンでノートに何か書き込んでいる。

と、書き終えたらしく、僕に

「私が消えたら読まないで」

と覚悟を決めたような顔で手渡ししてきた。

「…私、眞琴に謝りたくない」

「…うん」

「心の中で眞琴に話しかけてこない」

「…うん、いってらっしゃい」

「またね」

ライアはそうして笑って、ぷつんと糸が切れたように急に眠った。

心の中で清水さんに『ありがとう』とか『ごめん』とか言っているのだろうか。感謝や謝罪の言葉は嘘のつきようがないから、ちゃんと伝わるはず。大丈夫。応援しているよ。ライア。



それから何時間だっただろうか。

清水さんか、ライアかどっちかわからないが目を開けた。

そうして、口を開いて話したのは…

「全部終わったみたいですね。振り回してしまって申し訳なかったです。本当にありがとうございました」

清水さんだった。

清水さんが戻ってきた。

「いえいえ、そんな…ちなみに、ライアは…」

「…ノート読んであげてください」

僕はライアから「私が消えたら読まないで」と渡されたノートを開いた。

「私が次に無事に帰って来るのを眞琴が許すかどうかはわからない。

だから、伝言をノートに書くね。

私はライア。

結局私にとっての特別な景色は祐希と見る景色だったみたい。私にとっての特別な場所。全部私の特別な場所。

私はもう見つけた。自分だけの特別な場所を。

たから、私が消える。

なんて嘘だよ。

私はいるよ。

ここに。

ずっと。

過去も未来も。

眞琴のそばにいるよ。

眞琴が良ければだけれど…。

私も歩くの好きなの。

私は歩いた。

自分の道を。

告白してもらった。

祐希に。

これだけは私だけの記憶。

誰にも渡さない私だけの特別な記憶」

と、素直に自分の思ったことが書かれていた。嘘をつくだけで、文章では嘘はつけないらしい。

でも…。

「と言うことは…つまり…」

ライアは清水さんに消され…

「本人の前でノート読むな!バカ!」

僕は清水さん(?)に殴られた。

ヒリヒリと痛む頬をさすりながら向き直ると…

「私が消えたら、読まないでって言っただろう!」

…ライアがいた。

「え!?その言葉自体が嘘じゃないの!?あっ…!ごめんなさい!!尾上くん…!コラ!ライア!」

「祐希が悪い」

「なんだ…良かった…」

僕は人生で初めて、泣くほど喜んだ。号泣。

「あ、清水さん。1日遅れになりましたが、これプレゼントです」

と渡したのは、「特別な場所を一生かけて一緒に探す券」。

「僕が一緒に探します。まだ見つかっていない。清水さんの特別な場所」

「いいんですか…ありがとうございます…」

やっぱり泣き虫の清水さんは泣いて喜んでくれた。それが僕も嬉しい。

「はい。清水さんのことも好きですから」

「私も尾上くんのことが好きです」

「私は嫌い」

「あ、そうだ。誕生日プレゼントといえば、『FACT』はライアにあげることにしたんです。あれはもう私には必要のないものだから。次のイソスタライブで『FACT』は引退の撤回を発表します。でも、清水眞琴の『FACT』は引退します。これからはライアに『FACT』を継いでもらいます。それが私からライアへの誕生日プレゼントです…」

「私からの誕生日プレゼントは身体の主導権を半分あげなかった」

それは…清水さんが結果的に損しているのでは…と言うツッコミが浮かんだが、まあいいとしよう。

僕は笑った。満開の笑顔で。

花が咲くように笑う清水さんとライアと一緒に、そうやって咲く町の幸せな笑顔の一つになりたい。

お読みいただきありがとうございます…✨

「特別」なものに対する独占欲と「嘘」をテーマに謎解きラブコメを作ってみました。

OBOnは独占欲強い方です。

OBOnも結構嘘をつきます。

でも、そんな自分が大好きです。

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