デート
次の日。
デート、デート。デート…と言えばどこなのか…わからない…から、無難にカフェに集合することになった。
清水さんにLIMEを送って今日の予定を決めるのは、緊張したけど、特に問題はなく今日、この日を迎えられた。
身支度をして家に出る。
と言っても整える服も髪も別にないので早く済んだ。
予定の時間は12時。
おかげで約束したカフェには30分も早めについた。
ついた…はずなのに…
「早いですね…」
…もう清水さんが着いていた。
薄紫のトレーナーと白いミニスカに薄ベージュのコンバースを合わせたパステルコーデの清水さんがそこにはいた。
「…楽しみでしたから」
嬉しい。
「入りましょうか…」
「…はい」
◇
「いらっしゃいませ」
と定員さんが出迎えてくれた。
「お好きなお席にお座りください」
すごい。カフェだ。なんの曲か分からないが、とてもおしゃれなBGMが流れている。
聴いたことがないはずなのに、どこか不思議と落ち着く。すごい。カフェすごい。
「ここは特別な場所になりそうですか?」
「…わかりません…ですが、誰かと入ったことがなかったので、とても特別な感じがします…!」
清水さんはワクワクしている様子だ。よかった…。
清水さんはソファ席、その向かい側のチェアの席に僕は座った。
僕らは店員さんに注文をした。
僕はコーヒーとボロネーゼ
清水さんは紅茶とサンドウィッチ。
しばらくすると、注文した通りのものが提供された。
「ふっふっふっ。僕、考えてきたんです。どうすれば、特別な場所を効率的に探すことができるか」
僕は昨日スマホに入れたアプリを開いて、清水さんに見せた。
「イソスタ(?)です!これなら、ストーリー(?)というものをアップロード(?)して、フォロワー(?)に写真を共有できるんらしいんです(?)」
僕もあまりわかっていない。
「イソスタ…私も入れてます…アカウントは非公開で、投稿もしていないですけど…人の投稿は見たりします…」
空いた口が塞がらないとはこのことだ。僕は意気揚々とイソスタを世紀の大発見でもしたかの様に見せつけたのにも関わらず、清水さんはイソスタの存在を既に知っていた。恥ずかしい。厚顔無恥。
「イソスタがどうかしたんですか…?」
完全に出鼻をくじかれ、意気消沈した僕に追い討ちをかけてくる清水さん。
「あ…いや…僕たちが相互フォローになって、その日特別だと思った景色をお互いストーリーにあげたら、どうかなぁ…と思いまして…」
「名案ですね」
「僕のQRコード、これです」
清水さんが僕のスマホに表示されたQRコードを読み込み、しばらくすると、「まこと」というネームのユーザーからフォローリクエストがきた。
僕がフォロー受け入れ、フォローバックをすると、すぐに清水さんにフォローの承認がされた。
「ありがとうございます」
ぱしゃり。
と清水さんはいつのまにか構えていたスマホで早速写真を撮っていた。
「今日の特別な写真です」
清水さんが今撮った写真が表示されているスマホを僕に見せてくれた。
そこにはテーブルに運ばれた僕のコーヒーとボロネーゼ、清水さんの紅茶とサンドウィッチが写っていた。
ただそれよりなによりも大きく僕が写っていた。
「これは…ほぼ僕じゃないですか…?」
「特別な景色です。私の」
「その一部になれて光栄です…」
「…」
これは…そういう意味じゃない。提案した僕が照れてどうする。
「じゃ、じゃあ、僕も…」
ヘタレな僕は清水さんの顔がちょうど見切れる様に写真を撮って、お昼ご飯をメインにストーリーに上げた。
すぐに清水さんからいいねがついた。
そう。イソスタは他の人から見られて、リアクションをもらえたりするのだ。ホカノ…ヒト…カラ…リアクション…????
「!?!?」
これは…匂わせというやつでは…!?
マズイ早く消さないと…!他の人に変に思われ…あ…フォロワーいないし、鍵アカだった…僕…。
謎の心配をした後で、僕は希少な安堵感に包まれた…
「祐希、好き」
…のも束の間だった。
「!?」
「ごっ…ごめんなさい…私、下の名前で…しかも呼び捨てで…」
「だっ…大丈夫ですよ…?気にしてませんから…」
一瞬、どくんっと心臓が跳ねた。今までの単にびっくりする感覚とはまた違うもやもやとする不思議な感覚だった。
なんだったんだ…?
「あ、お薬飲まないと…」
カバンから薬の入ったプラスチックの箱を取り出した。
「体調、悪いんですか…?」
その瞬間、「しまった」とそう思った。
ピクッ。と清水さんの眉が動いて、清水さんの箱の中から薬を出すために伸ばした手の動きが止まったから。
「…いえ………脳神経外科でいただいたお薬なんです…」
「…そう…なんですね…」
今更だが、僕はどこまで突っ込んでいいのだろう。
僕はどこまで清水さんに深く関わっていいのだろう。
清水さんは徐々に心を開いてきてくれている。
でも、だからこそ一定の距離は保つべきであるとも言える。親しき仲にも礼儀ありというやつだ。
「まあ、効き目ないんですけどね…現に嘘ついちゃってますし…ははは…」
と僕があからさまに気まずそうにしていたから、清水さんに気を遣わせてしまった。突っ込んだ方が良さそうだ。
「そんな薬があるんですね…僕、初めて知りました…」
「あはは…」
「あは…」
「はは…」
「ふふ…」
「…」
「…」
沈黙。清水さんと話していると必ずと言っていいほど流れる沈黙。
その沈黙の中、清水さんはしばらく俯いて、決心した様に口を開いた。
「…私、小さい頃は精神科でお薬もらっていたんです。給食の時にもよく飲んでいました。その時もさっきみたいに、『体調、大丈夫?』って友達が心配してくれて…私が『大丈夫。心のお薬だから』ってそのまま伝えたら、『え、やば、それって、精神科行ってるってこと?』って聞かれて…『えっと…』って私が言い淀んでいたら、『頭おかしいの?』って言われてしまって。子供って残酷ですよね…あはは…私はもうその時から精神科や心療内科に拒否反応が出ちゃって、行けなくなってしまって…それから今までずっと脳神経外科に通って、お薬をいただいてます」
突っ込み過ぎてしまったかもしれない…やっぱり距離感が難しい…。
「ごめんなさい…こんな話してしまって…」
「いえ…そんな…謝らないでください。僕の方こそ嫌な記憶を思い出させてしまって申し訳ないです」
友達の空気感。それがどんなものかはわからない。難しくて読めない空気。
◇
次はカラオケ。
僕と清水さんは603号室に案内された。
僕はカラオケは一人でよく来る。ヒトカラというやつだ。
でも、そんな友達と来た時に上手に歌える様に練習するだとか、ストレス発散のためだとか積極的な理由で行う高尚なヒトカラではなくて、一人の寂しさを埋めるために訪れている。
「僕は君だけの僕でいたい〜♪あなたの特別な存在になりたい〜♪」
その寂しさを埋めるためだけに歌ってきた曲をこうして他の誰かに聞かせる日が訪れるなんて、夢にも思わなかった。
今日この瞬間、寂しかった僕の日々は報われた気がした。
僕の歌う曲が終わった。次は清水さんが歌う番だ。
でも、清水さんはデンモクで曲を入れていないため、次の曲が始まらない。まだ歌う曲が決まっていないらしい。
清水さんはまだ選びかねている。
その様子を微笑ましく眺めていると、しばらくして「こんにちは。野村由紀です。私の新曲、『特別なあなたへ』はもう歌ってくれましたか?」広告が流れた。
「あ、これさっき僕が歌った曲です『特別なあなたへ』。僕、好きなんですよね。野村由紀」
「『特別なあなたへ』…?野村由紀…?」
「あ、ごめんなさい。『特別なあなたへ』っていうのは曲で、野村由紀っていうのはアーティストです」
自分が知っていることは相手も知っているだろうと言う前提で話してしまった。まずい。まずい。よくない。ディスコミュニケーションだ。
「…私、最近の歌に疎くて…器楽曲は知っているのは多いんですけど…」
困った様な表情を浮かべて「てへへ…」と苦笑いをする清水さん。
「ということは…何か弾かれるんですか…?」
「ピアノを…」
清水さんは今度は苦笑いから照れた様な笑いに変わり、再び「てへへ…」という反応をした。
「えぇ!?すごいですね!ピアノ…って指がどうなってるんだろうって毎回思うんですよ僕。すごく高速で動いていて、かっこいいなぁ…って思うんです。今度聴かせてくださいよ」
僕はあまりにも興奮してしまい、前のめりになって清水さんに迫ってしまった。だって、ピアノが弾ける人ってかっこいい。
「………今日、私、イソスタライブでピアノ配信やるんです…もしよかったら…聴きに来てくれませんか…」
「配信…?でも、フォロワー僕以外にいないし、清水さんは投稿をしていない…って…」
実際、清水さんの「まこと」というアカウントには何も投稿されていなかった。
「あれは…嘘です…すぐバレちゃいましたね…」
「あはは…」
「…尾上くんに教えたアカウントじゃなくて、他のアカウントで配信やっているんです…」
清水さんがスマホの画面を僕に見せてきた。そこには『FACT』というユーザーネームのアカウントのプロフィールが表示されていた。フォロワーは二万を超えている。すごい。
「…この『FACT』っていうユーザーネームは…もしかして『まこと』って名前が由来ですか…?」
「…はい…」
清水さんは恥ずかしそうに顔を俯かせて、静かに呟いた。
「センスいいですね…!(?)」
「…」
気まずい空気にさせてしまった。空気のリカバリーの仕方がわからない。
と、しばらくの沈黙の後、清水さんが口を開いた。
「…今回は…いつもみたいに勝手に口が動いて、嘘をついたわけではなく…意識的かつ積極的に嘘をつきました…恥ずかしかったんです…ごめんなさい…」
「いえ…清水さんの嘘は慣れっこです」
「でも、ここ最近、嘘つく私も好きになってきました。尾上くんのおかげですね」
そうやって、微笑む清水さんの目には何の涙かわからない涙が浮かんでいた。清水さんはよく泣く。
「僕のおかげ…?どうして…」
「それはその…」
「…はい…?」
「祐希が好きだから」
「お…おぉ…」
「!?違います!」
「違うんですか…」
「違くて…これは…口が…!勝手に…!!」
「でも、尾上くんがそばにいてくれるからだっていうことは間違いありません」
「…そ…そうですか…」
「はい。あ、曲入れないとですねっ!あ、最近の曲でこれだけは知ってる曲です」
部屋の中心にある大きなモニター表示されたのは『Melon』という文字。
7年前の曲だ。
最近?という若干の疑問は浮かんだものの、まあ、いいかと思った。
◇
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ。楽しかったです」
「今日の夜9時から配信です…本当によろしければ…」
「絶対見にいきます」
◇
もうすぐ、9時だ。
不思議とそわそわと浮き足立つ感覚を覚えつつ、僕はスマホと睨めっこしながら待機している。
清水さんに言われた通りに、夜9時からの『FACT』の配信を見に来たのだ。
9時になるとともに『FACT」』のアイコンが虹色の丸枠で囲われた。恐る恐る『FACT』のアイコンをタップすると、
「fact_0603 ピアノ演奏」
とコメント欄に書かれていた。
「…」
スマホの画面に映る『FACT』は何も喋らない。
私はここにいるぞと強く主張する様にところどころに飾りのある漆黒の綺麗なドレスに身を包んだ姿でそれはそれは真っ白な空間に佇んでいた。
しかし、顔も映らず、胸から下が映っている状態だ。
ただ、おもむろにピアノ椅子に座り、ゆっくりとグランドピアノの鍵盤に手をかけた。
曲は『エリーゼのために』だった。
明るくかつ切なく愛らしい優しさで包まれる様な演奏だ。これはフォロワーが二万人もいるのも納得だ。
…声出しはしていないのかな。
『FACT』が今弾いている曲よりもそのことが気になっていた。
「suzume_0119_ FACTさんかっこいい」
「riku.0723 雰囲気でわかる。FACTちゃん絶対顔可愛い」
「catnap.32 cool♡」
そんなコメントで溢れていた。
他にも『FACT』を称賛するコメントが何件もあったが、どれもこれも僕の目がもうそれを意味の通った文章として捉えることはなく、難解な記号にしか見えなくなった。
どれだけ体をしならせようと、やはり『FACT』の顔は映らない。
本当にこの『FACT』が清水さんなのだろうか。
まだ信じきれていない。疑っている僕がいる。
これが清水さんの嘘であってほしいと願っている自分がいた。この『FACT』という配信者のことが好きすぎて、自認してしまっているだけだったなんて笑えないオチであって欲しかった。
防音なのだろう。隣の家からはほとんど音は聴こえない。
しかし、僕の部屋の開けてある窓から微かにピアノの音が漏れて聴こえる。音の発生源は隣の家だ。
隣の家は清水さんの家だ。
今ここで、自分の部屋のカーテンをひらりと捲り、隣を覗けば、答えがわかるかもしれない。でも、知りたくない。
イソスタライブに『FACT』の顔は映らない。『FACT』は何も喋らない。演奏はずっと終わらない。音の一つ一つが僕の心を蝕んで、反芻して響いて鳴り止まない。イソスタライブで『FACT』が弾いている音と清水さんの家から漏れ出る音が重なって、大きな存在となって僕の前に立ち塞がって、そこから伸びる触手なようなものに雁字搦めにされて動けない。
こんな気持ちになるのなら、軽い気持ちでノコノコと演奏を見に来るのなんてやめればよかった。
後悔の渦に僕の心は飲まれてしまった。
知らなきゃ良かった。『FACT』が清水さんだってこと。清水さんの家が隣にあるということを。清水さんのことを。
しばらくして長い長い演奏が終わった。
すると、『FACT』はゆっくり近づいてきて、「ありがとうございました」と呟き配信は終了した。
聞き間違えるはずがない。その声を。
声は紛れもなく清水さんのものだった。
この清水さんは全世界二万人の『FACT』であって、僕だけが知っている清水さんでも「まこと」でもない。この『FACT』は僕だけの特別じゃない。画面に映る向こう側。そこにいたのは人気者の『FACT』だった。みんなの『FACT』だった。
お読みいただきありがとうございます…✨




