嘘つきの友達
2025年5月28日(水)
「私、あなたのことが好き」
僕、尾上祐希16歳。
お昼休みの時間、いきなり知らない女生徒に呼び止められ、放課後に体育館裏に呼び出されたと思ったら、告白されてしまった。
こんな思いもよらぬ幸せなハプニングが僕の人生に起こり得るなんて今まで生きてて思わなかった。
でもそんなハプニングよりも異様なのは、目の前の女生徒が青ざめた顔で、ふりふりと首を横に振り、ずっと口を両手で抑えて喋っていること…。お昼休みの時間の時間から気にはなっていたけれど…。
「あの…大丈夫ですか…?」
「なにが?」
「大丈夫ならいいですが…えっと…どちら様でしょうか…僕、あなたのお名前も知らないので…」
「そんなことどうでもいいじゃん。好きだよ」
「はぁ…ほ…本当ですか」
「うん」
「…じゃあ…僕…あなたのことをまだよく知らないので、お友達から始めてみませんか」
「…」
今度は何も喋らない。
「あの…どうしました…?」
「…」
返事はない。
何度かこのままここから立ち去ってしまおうかと悩んだが、あまりにも異様な光景だったので、放ってもおけず、僕はこの人が再び喋り出すのを待った。
しばらくして、この人は大きな深呼吸をした。
その後、今度は口を抑えていた手を外して、膝から崩れ落ち、その場に蹲った。
荒い息遣いで苦しそうに喋りだした。
「…はぁはぁ…やっと喋れる…ごめんなさい…私…」
「え…あの…だ、大丈夫ですか…?」
「大丈夫です…はぁ…ごめんなさい…はぁ…」
呼吸が安定しない。目の焦点も定まっていない。顔色はずっと青いまま。とにかく苦しそうだ。
「保健室行きましょう」
「ほ…本当に大丈夫ですから…」
とは言われてもこんなにも顔色が悪いのは心配だ。
「立てますか…?」
「いえ…でも…しばらくここで休めば…大丈夫ですから…」
「失礼します」
僕はその人の両脚の膝裏に左腕を、背中に右腕を通すようにして抱えた。
「え…え?…えぇ…!?」
今日、僕は名前も知らないこの人をお姫様抱っこしている。
およそ現実とは思えないような浮ついてふわふわとした地に足つかない不思議な高揚感に酔いつつ、足早に保健室へと向かった。
◇
「私、嘘ついちゃうんです」
慌てて駆け込んだ生徒も先生も誰もいない保健室で、見知らぬ人をベッドに横たわらせ、数分経ち、落ち着いた様子になってきたと思ったら、口を開いて発した言葉がそれだった。
「嘘…?」
「はい。嘘です」
「…ということは…」
「ごめんなさい。私、あなたのこと好きじゃないんです」
「お…おぉ…」
落ち込む。これはこれで落ち込む。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい…」
そんな本当に深刻そうな顔で謝られては僕も赦すしかない。
「大丈夫ですよ。気にしてないです。それよりお身体は大丈夫ですか?」
「ありがとうございます。大丈夫です」
今度は本当そうだ。顔色もいいし、呼吸も目の焦点も安定している。
「それなら、良かったです。本当に。あまりにも苦しそうでとっても心配しましたから」
「ご心配もおかけしてしまって本当に申し訳ないです…」
「本当にお気になさらないでください。あなたが少しでも元気を取り戻せたようで良かったです」
「ありがとうございます…」
「いえいえ」
「「…」」
沈黙…。
何を話せばいいんだ?誰も保健室に来ないし、僕だけここから出て、この人を保健室に一人にさせるわけにもいかないし…。
とかぐるぐる色々考えを巡らせていると、その人が沈黙をぶち破ってくれた。
「…私、時々、勝手に口が動いて、嘘をついてしまうんです。物心がついて、意味の通った言葉が話せるようになった時からそうでした…」
「虚言癖…みたいな…?」
「そうですね。そんな感じです。お医者様にはよくわからないって言われているのですが…小学二年生の時、周りから嘘つき嘘つきって言われるようになって、その頃からもうできるだけ人と話さないようにして生きてきました。その意に反して私の口は勝手にでたらめをぺらぺらと喋って…そうしたら、虚言以外は何も話さない私が出来上がってしまって…何人か友達でいてくれていた人はみんな離れていって、そうやって独りになった私はもう誰とも話さなくなっちゃって…」
「…」
それ以上、その人はもう喋らなかった。
なんだろう。話を聞いていてすごく心が痛くなった。僕は嘘をつかれて騙された被害者であるのに、むしろ嘘をつかれて舞い上がっていた僕の方が悪いみたいな罪悪感まで感じる。
気づいたら、何かしてあげたい。そう思っている自分がいた。
僕ができることってなんだろう。
僕ができること、してあげられること、なんて大したことじゃないけれど、一つだけ。
「やっぱり、お友達から始めてみませんか」
「…え?」
「僕、あなたのことを知らないんです。全くもって知らないんです。だから、今日お話を聞いて、もっとあなたのことを知りたいと思ったんです。お友達になりたいと思ったんです」
「どうして…」
「わかりません。僕は僕の気持ちに従ったら、そういう答えが出ました」
「私、嘘ばっか言いますよ」
「僕もたまに言っちゃう時あります」
「…ふふっ…じゃあお揃いですね…」
その人はぽろぽろと大粒の涙を目から溢し泣き出してしまった。
こういった時どうすればいいのか僕にはわからない。
友達…友達ならこういう時どうするんだ…?僕自身も中学では厨二病を発症したせいで友達がおらず、高校は抜け切らない厨二病を引きずったまま、痛い自己紹介をして、高校デビューに失敗してしまった。もちろん、友達はいない。小学校以来友達がいないから友達同士の常識というものがわからない。
そういえば、この人の名前を僕はずっと知らない。友達第一号のこの人の名前を知らない。
「僕、尾上祐希って言います。あなたの名前を教えてくれませんか」
ハンカチを差し出して、僕はそういった。
ひとしきり泣いて泣いて泣きまくった後、その人はぐちゃぐちゃになり、赤くなった顔を上げ、ハンカチを受け取って、涙を拭いた後、
「清水眞琴です。よろしくお願いします」
とそう答えた。
◇
僕は今日、知り合ったばかりの友人と一緒に下校している。すごい。感動。
でもこういう時何を話せばいいのだろう。会話の引き出しが少ない。
「てっ…天気がいいですねっ…(?)」
「もう直ぐ曇るらしいです」
「へぇ……………………あ、雨降らないといいですね」
「そうですね。濡れたくないです」
「「…」」
お互い、友達という存在に慣れていないので、絶望的に会話が弾まない。
「じゃあ、僕こっちなので…」「あっ、私もです」
「「…」」「じゃあ、私こちらなので」「あっ、僕もです」「「…」」を帰り道の曲がり角で何度も繰り返し、帰り道がずっと同じ方向だなぁ…とぼんやり考えていたら、とうとう自分の家に辿り着いてしまった。
「じゃあ、僕の家ここなので…」
と言って家の中に入ろうとしたその時、清水さんはまるで目を見開き幽霊でも見たかのような表情で「え…」と小さく言って驚いた。
「…私の家、隣です…」
と清水さん。
「え…?」
「え…?」
なんと清水さんはお隣さんだった。
「ふふっ…」
「あははは…」
「変ですね。お隣同士だったのに、面識もなく今の今まで生きてきたなんて」
「不思議です。なんで気づかなかったんでしょうか。ははは…」
「ふふっ」
清水さんはまるで花が咲くようにお淑やかに笑った。
第一印象は丁寧で表情も固い、今日は清水さんのいろんな表情が見れた。嬉しい。
清水さんがこんなにも一緒にいて面白くて、楽しい人だって世界で唯一僕だけが知っている。そこに特別な感情がなくたって。こんなの誰でも嬉しいに決まってる。だけど、僕はその中でも一番嬉しい。
お読みいただきありがとうございます…✨
信心疑擬の連載版です…✨




