昔話
家に帰る道中、アシュリーンはぽつりぽつりと話し始め た。
俺とはぐれたあと、彼女もまた暗い洞窟内で目覚めた。
持ち物は護身用に服に忍ばせていた小さなナイフひとつのみ。その後明るい場所へと迷い込んだもののそこはゴブリ ンの巣穴で、小鬼共に囲まれたのだという。幸い、服を破られたのみで大事には至らなかったらしい。
運良く1匹を人質にとって生きながらえていたが、誰も助けに来なかったら…と考えるとぞっとする。
そうしてようやく家へと辿り着いた。
家に帰った俺たちは、暖炉に向かって横並びに火に当た っていた。荷物を整理している間も、ぼろぼろになった服を着替えている間も、アシュリーンの口数は多くはなかったが、 しばらく火に当たっているとアシュリーンの方から話しか けてきた。
「…… すまなかった。私が無理に連れて行って欲しいと願っ たばかりに……」
「いや、むしろ俺の方こそすまなかった。こうなる可能 性を考えて行動すべきだった」
アシュリーンは落ち着かないのか、握ったり開いたりし て自分の手のひらを見つめている。
「……私がここへ来る前まで冒険者をやっていたのは本当なんだ。だが、その時は、爺やという付き人がいた。爺やはもともと傭兵上がりだったから、私なんかよりずっと強く頼りになったし、上手くいっていた。その中で私 は少しは強くなったと思い違いをしていた」
そう話すアシュリーンに何と声をかけて良いのか分から なかった。人ともっと話しておけば気の利いた慰めの言葉 の言葉の一つや二つ出てきたのだろうか。
親父殿は俺に生きる術は教えてくれたが、人と共に生き術はあまり教えてくれなかった。
俺は顔を直視出来なかったが、ふいに、アシュリーンが 俺の長袖を握った。それに気づいて俺は初めて彼女の顔を見る。
アシュリーンの瞳は火を映したまま、涙を流していた。
「爺やが死んで、私は……私は、ひとりでは結局何も出来 ない。ゴブリンすらまともに相手できない私が本当に情けない」
「アシュリーン……」
ぐしっと涙を腕で拭う。
「私の本当の名はアシュリーン・アリーン・フォン・ アリス=ウント マリン・ツー・ノイマン ファルト。今は無きクォークの第1王女だ」
「クォーク.... 聞いた事のない名だ」
「ここより北西、北海の面して帝国に接していた国の名 だ。あまり大きな国ではなかったが、それなりに栄えていたのだ。ある時までは...」
アシュリーンの顔が苦虫を噛み潰したような苦しい険し い表情になる。
「ある時?」
「... 5年前、クォーク王国は〝帝国〟皇帝エリスティン2世と戦争状態にあった。しかし、本当の敵は外ではなく内にいた。
───宰相のべリンゴが起こした謀反によって、王国は内部から瓦解した。その後べリンゴはクォークを皇帝へ明け渡し、皇帝の配下に下ってクォークを代理統治している。
ベリンゴは国王であった私の父と母を処刑し、祖父母、皇太子、そしてまだ幼かった第3王子までもを手にかけた。今や王族で生き残っているのは、以前話に出した1つ上の第2王子のルーク兄様と私の2人だけだが、ルーク兄様は数年前から放浪の旅に出ていて消息が不明だ。
そんな状況でも爺やは私と共に兄様を探し、そして国をこの手に取り戻すために私に着いてきてくれた。アドバズ迷宮踏破もその目的のひとつだった。
爺やは私の子供の頃からの従者で、第2の父とさえ思っていた。
幸いなことに、兄様は時折手紙を出していた。最後に届いた5年前の手紙では、〝帝国〟の南部でしばらく逗留すると書いてあったので、私たちはそれを頼りにこの辺りで兄様を捜索していた。勿論何年も前の話なので手がかりなど一切見つからない。しかし先日、その動きを嗅ぎつけた皇帝軍の追手に捕捉され、橋の上まで追い詰められて───爺やは全身に矢を受け瀕死の状態で、私を橋から突き落として逃がしてくれた。爺やは生きてはいないだろう。
だが私は生きている。
私は亡くなった家族や爺やのためにも生き、国を再びこの手に取り戻す義務がある」
涙を流しながら語った彼女の生い立ちは、俺には想像もできない人生だった。俺の人生はこの小さな山小屋と付近の山の中でほとんど完結する。愛着はあるが小さな人生。
対して、彼女はそれまでの過去全てが無に帰すほどの激動の人生を歩んでいる。
不思議なことに、俺は初めて人の人生の一部に加わりたいと思っている。出会って間もないこの少女に感じるのは運命とやらなのかもしれない。
俺も自らの気持ちを吐露する。
「アシュリーン、たかが数日の付き合いと鼻で笑うかもしれないが…俺は、お前を助ける力になりたい。これは嘘偽りのない本心だ。だが、お前を助けたい気持ちと同じくらい、親父殿と過ごしたこの土地が愛しい。どちらが大事とは決められない。ただ、この土地を離れる事は考えられない。だから、すまん──」
頭を下げそうになったところを「いいのだ、レオ殿」とアシュリーンの言葉が遮る。
「レオ殿にはレオ殿の人生がある。それにレオ殿は良い御仁だ。全てを失った私なんかのために茨の道を歩んで欲しくはない」
アシュリーンは強い。確かに魔物に対して恐怖を持っているし、男のように力がある訳でもないが、折れない心の持ち主だ。
だが俺にも彼女を手伝えることがある。
「───実は4年ほど前、旅人の男をうちに泊めた。髪の色はお前と同じオレンジの色をしていて、歳は俺と同い年だった。男は名をルークスと名乗った」
「レオ殿、それは……」
「偽名だと思うが、恐らくお前の兄だろう。彼は一晩ここに泊まると直ぐに街へ出ていった。ルークスは『エルツォ方伯の領地へ向かう』と言っていた。お前が目覚めた時、俺に『会ったことがあるか』と聞いたな。俺はルークスの事を思い浮かべて即答できなかったから言い淀んだが──この情報がお前の役に立てば良いのだが」
アシュリーンは先程にもまして涙を流した。
「もちろんだとも!───あぁ…!やっと、私の中の刻が動き出したようだ」
彼女は泣き笑いながら、神に祈りの言葉を捧げた。




