洞窟の中で
明かりの先の視界が見えない中、俺はひたすらゴーレムに続いて前へ前へと進む。
時間感覚が分からないためなんとも言えないが、数刻はこうして歩いているだろうか。道中ゴブリンが現れることもあったが、洞窟の中は道が狭く、一対一の対面戦のため数が多くても何とかなった。
西の山の洞窟へは何度か潜ったことがあるが、通ってきたルートに見覚えはない。まして、踏破済みのルートなら定点ごとに松明や目印を設置しているので、少なくとも未踏破区域であることは確かだろう。最悪の場合を想定して、むしろほかの洞窟かゴブリンの巣穴へ引きずり込まれたとでも思った方がいいかもしれない。
気になるのは、ゴーレムが奥へ進むにつれて大きな音と遠鳴りが近づいているという点だ。この不安が杞憂にならないといいが…。
もうひとつ不気味なのは、ゴーレムは無作為に歩き回っているのではなく、俺をどこかへ誘導しようとしているということだ。
俺が歩き疲れれば止まって回復を待ち、歩くペースも俺に合わせる。ゴーレムに知能は無いはずだがこの個体は明らかになにか意志を持っているように見えた。
この個体は異常個体なのだろうか……?
「……、…………!」
そうしているうちに、物音が近くなってきて、声が聞こえ始める。道の角の先からは光が漏れ、久しぶりに明るい世界が目前に広がる。
そこは大きな底の平たいすり鉢状の空間になっていて、洞窟内の高さは50身ほどになろうか。壁にできた大きな亀裂が印象的だ。松明が壁に沿って不規則に並べられ、藁でできた小屋のようなものも散在し、何者かの形跡を感じとれる。
その空間の底の方に、アシュリーンの姿が見えた。彼女の周りには6匹のゴブリンが囲んでおり、アシュリーンは壁に背中をつけ、小さなナイフを片手にゴブリンを人質にとっている。残虐なゴブリンといえども仲間は大事なようで、ゴブリンたちも迂闊に手を出せず、罵声を浴びせてじっと見守っているようだ。
俺は立ちすくむゴーレムを押しのけて静かに崖を滑り落ちると、ゴブリンの背後に忍び寄り一気に斬りかかる。
ゴブリンがこちらに気付いたところでアシュリーンは人質の首を掻き切り、そして俺に注意が向いたゴブリンの背中に襲いかかった。
俺はアシュリーンの足元に剣と装備を投げ渡し、残りのゴブリンを仕留めていく。最後のゴブリンを倒し終わった時、アシュリーンは息があがっていた。
攫われた時と同じ轍を踏まぬよう周囲を警戒しながら話しかける。
「…大丈夫か?」
「…………大丈夫だ」
そういうアシュリーンはぜぇぜぇと息を切らして、肩を震わせていた。その震えは息切れから来ているものだけではないことは明らかだった。
ゴブリン共に何をされていたかは分からないが、アシュリーンが着ていたシャツは半分が破け、ちょうどベルトのところで腰蓑のように垂れ下がり、胸の下着が露出していた。
俺は黙って上着を脱いで羽織らせた。
「すまない、俺が油断したばっかりにお前を危険な目に合わせてしまった。───家に帰ろう」
そう言うと、アシュリーンは俯いて泣き出してしまった。余程気持ちを押し殺しているのか、声を抑えて泣く。肩に手を置くと、震えがよく分かった。
直後、大きな咆哮が洞窟内を駆け巡った。何と叫んでいるかも分からないほど、耳が壊れそうな程に反響している。俺もアシュリーンも耳を房ぎ、目を瞑った。
少しすると、咆哮は足音へと変わった。重く大きな足音が俺たちに向かって近づいてくる。地面の小石が微かに震える。2人の目線が壁の大きな亀裂に釘付けになる。
───現れたのは、俺の身長の倍にはなろうかという大きさのオークだった。肉をよく食べているのか、体毛から除く肌の血色は良く、腰蓑は黒ずんだ血が滲んでいる。手には大きな丸太を抱え、その姿と雰囲気は食物連鎖の頂点の存在を感じさせるには十分だった。
ぐおおと低く鳴くその鳴き声も間違いなく先程の咆哮の主だ。オークは静かに、重々しく俺たちに近づいてくる。
肌がぞわっと逆立つのを感じる。
「アシュリーン、立てるか!?」
振り向きざまに叫ぶと、アシュリーンは地面に手をついて呆然と震えている。俺が急いで脇に抱えその場を離れようとするが、この空間がすり鉢状のため、オークが出てきた亀裂以外の穴は全て斜面の上にあり、人ひとり抱えて登るには無理がある。アシュリーンは変わらず震えているし、ひとりで登らせるにしても時間を稼ぐ為に戦うことは確定的に見えた。
「アシュリーン、斜面を上れ。俺が時間を稼ぐ」
「だが、レオ殿は…」
「お前が先だ!早く行け!」
怒鳴り声でそう急かすと、驚いたアシュリーンは急いで這いつくばりながら坂を上る。
オークはもう目の前まで来ていた。
俺は槍を構え、オークと正対する。動きは遅い。大振りな攻撃をかわして、その隙を突こうと瞬時に思いつく。この生物と戦って生きて帰れるのは果たしてどれ程の確率だろうかなどと呑気に考えていたが、そんな悠長さも、オークの棍棒の一振でかき消された。
目の前に振り下ろされた棍棒は幸い空を切ったが、地面に大きなひび割れができた。
はっと正気に戻り、背中側へ周り距離をとる。オークの攻撃は筋肉任せのスピードと言った感じで速いが、ひとつひとつの〝ため〟が大きい。いくら筋肉があっても流石に巨体の動き全てを速くできる訳ではないらしい。
背中へ飛びかかり斬撃を数回、特に脇腹へ向けて切り込みを加えた。しかし内臓を狙ったつもりだったが、厚い脂肪に阻まれて歯が中々通らず、致命的な攻撃は与えられなかった。
オークはこちらへ体を向けると丸太を横に構え、再び攻撃をする姿勢をとる。
横からの払い攻撃を予想して後ろ方向へ避ける準備をする。
次の瞬間、オークは地面を蹴り突進し、丸太を槍のようにこちらへ向けて〝突き〟攻撃をしてきた。
俺は予想外の攻撃に避けきれず、胴へもろに打撃を食らう。先程のゴブリンの攻撃と違って、重く力強いオークの攻撃に声も出ず意識が飛ぶ。
視界が白く染まり、アシュリーンの叫び声で目覚めると壁まで吹き飛ばされていた。オークは幸い彼女の叫び声に気を取られて間合いを詰めて来なかった。
このオークは相当強い。生物としての直感がそう告げる。
あのような攻撃をまともに何回も食らっては体が持たない。
槍にすがりながら立ち上がるとオークは再びこちらへ顔を向け、ずしずしとその巨体を揺らしながら歩み寄ってくる。俺は朦朧とする頭の中の持ちうる知識と記憶を全て思い出しながら、こいつに少しでも勝てる手がかりが無いかと考えをめぐらせた。
しかしそう上手くいくはずもなく、オークが近寄ってきても槍で攻撃を受け流し、後ろへ後ろへと距離をとるようにするだけで精一杯だった。
オークの動きはそこまで早くないが、俺が斜面を登るのを邪魔できるほどには遅くなく、またゴブリンのように愚かでもない。斜面を上って逃げようにもオークはそれをさせないだろう。
そうして俺はゆっくりとだが着実に体力を消耗していった。
数刻が経ち、十何回かの攻撃をかわした後、俺は肩で息をしていた。
オークは隙が大きいように見えてその実隙はない。攻撃を交わして横へ飛び込むと、棍棒を握り変えて攻撃したり素手でつかみかかってきたりする。そうしてこちらの体力ばかりが消耗していった。
(こいつからどう逃げ延びるか…)
そんなことを考えていた。次の瞬間、足元がグラッと揺れた。疲れていたのもあり、俺は石につまづいて倒れた。
その隙を逃さずにオークは丸太を振りかぶる。
俺は死んだと思った。〝ため〟をつくられて攻撃されては、今の俺には勝ち目はない。親父殿との様々な記憶が走馬灯のように流れてきて、最後、アシュリーンのことを思い出した。
次の瞬間、オークの顔が火に包まれた。
俺は気付けばアシュリーンのいる穴の真下まで来ていたようで、彼女の放った火魔法がオークへ命中したのだった。
オークは顔を掻きむしって火を消そうと暴れる。
その隙を逃さず、足首の腱を斬って身動きを封じ、倒れ込んだオークの背中に回り二の腕を斬ることで暴れるオークを無力化させた。
そうして大きく上下する背中目掛けて慎重に、そして正確に心臓を貫く。
しばらくするとオークは息絶えた───大きな血の水溜まりを残して。
俺は安堵と疲れで、膝を着いて座り込んだ。
アシュリーンが駆け下りてくる。すると俺へ飛びつき、抱きついた。
彼女は泣いていた。声を押し殺していた先程とは違い、大声で泣いた。
「アシュリーン、返り血が付くぞ」
「れ、レオ、どの。生きててよかった、生きていて…」
アシュリーンが大袈裟なほど泣くものだから、俺は思わず笑ってしまう。泣くなと言っても泣くので、そのまま泣かせておく。
子供の頃、夜が怖かった。そんな時親父殿は、寝付けない俺の背中を優しくとんとんと叩いてくれた。彼女にも同じように背中を優しく叩いてやりながら、「今度こそ家に帰ろう」と言った。
──────
先程俺を先導したゴーレムについて行くと、あっという間に洞窟を出られた。やはり西の山の洞窟内だったようで、ゴブリンとオークの小集団はそこに巣を作っていたようだった。
こうして俺たちは家路に付いた。
物言わぬゴーレムはその背中をじっと見つめていた。




