現状把握をしたいが、簡単にできるもんじゃない
俺は少しだけ考えてから、林のもとに戻ることに決めた。
「何があったかは誰かに聞けたか?」
林の元に腰かけた俺に林がそう声かけてくる。
「宇都宮に大体」
「…宇都宮は海外から…か。伊藤はどこにいたんだ?」
「俺はここに向かう車の中だな。」
「移動中にここに連れてこられた、ってことか?」
「その通りだ。車で向かってたんだけどなぁ」
ハハハと笑って見せるが、目の前の林は真顔を貫いている。
まあ、目の前で起きていることの把握で手いっぱいだよな。
乾杯のムーブから急に混乱に陥っていることもあり、俺よりもある意味混乱をしているかもしれない。
「林、お前はこれをマジなやつだと考えてるか?」
一旦声のトーンを低くして林に尋ねる。
「…正直、山口のドッキリだと信じたいところもある」
2人同時に山口の方を見てみるが、床に座っていて椅子に背中を預けていたところからようやく立ち上がったところらしい。
「…本当に本人が仕掛けたのであれば、怪我するようなことをするか?」
「何かの拍子でってことはいつでもあるだろ。」
「なーに、そんなに難しい顔してんの?」
そんな陽気な声が横から聞こえる。
顔を向けると満面笑顔な女子。
「越智か。久しぶりだな」
「どもどもー!あおいトリオの一人!歩緒生だよっ!」
あおいトリオ、というのはこのクラスには読み方が「あおい」というクラスメイトが3人いるのだ。
越智に関してはまだわかりやすい方で、あと二人は苗字まで一緒。
山田 蒼と山田 靑井 だ。
ちなみに、ありすトリオなんてのも存在する。
構成メンバーは宇都宮 愛聖、落合 有栖、川本 アリスの3人だ。
なんでこんなにも「あおい」や「ありす」が同じクラスにいるんだろうな。
そもそも「やまだ あおい」って読み方が同姓同名の2人がいる時点でなんかおかしいだろ。
っと話がわき道にそれたな。
「そこ!空いてる?」
越智はBOX席の向かい側を指さしていた。
ここはもともと林だけが座っていたのか。
ん、それだったら林。随分と寂しいことだったな。
問題ない、と会釈すると越智は意気揚々と座る。
まあ、女子の中で越智が元気なかったら誰が元気あるんだってくらいだもんな。
男子の元気印は五百旗頭、女子は越智だ。
「で!2人で難しい顔して何話してたの?」
前のめりで話しかけてくる越智。
近い近い。
そんなに身を乗り出さなくても俺たちの声聞こえるだろ!
「これが悪戯なんじゃないかって林と話していたんだ。」
「あーね」
越智が少し考える素振りをする。
「まあ、そりゃそうっしょ!」
・・・まあ、越智ならそう答えるだろうな。
「こんな小説みたいなこと現実で起きるわけないよー、こんなどこにでもあるクラスメイトが異世界転生?的な?ないないー」
異世界転生までは言い過ぎだとは思うが、確かに誰か手に取ってわかるような異変は日常で起きてはいない。
「仮に現実だったとしたら、それもそれで面白そうじゃない⁉なんか騙し合いバトル?的な?」
仮に現実だったらとんでもないことに巻き込まれているんだけどな。
ただ、こう言っちゃあ悪いが普段のSNS投稿から目の前のことを全力で楽しむ!
ザ・陽キャ!
という越智が「これってヤバくない?」って言い始めたらそれこそ終わりだよな。
「そんな小説なわけないよな」
隣に座っていた林がそう言いつつ席を立つ。
どうやら帰ろうとしているようだ。
「帰るのか?」
「こんな道化に付き合うくらいだったらかえってFPSやってたほうが時間が有意義だからな」
FPSが時間を有意義に使えているかどうかはまた別として、確かにこれが現実ではないとなると無駄な時間だな、クラスメイトが元気だとわかったし、今日のところは帰るか。
そうやって俺も帰ろうとしたところで後ろから声をかけられた。
「ちょっと帰るの待てよ」




