お題 小さな愛
僕の家には、小さな住人がいる。
ぴたん、ぴたん、と伸びた尻尾をカーペットに叩きつけ、部屋から外を眺めている。日向や心地の良い場所をよく知っている、気ままで自由な子。
どうしてだか僕には全く懐いてくれないけど、そこもまた可愛いところだ。
「スフィア〜」
と名前を呼ぶ。宝石のように綺麗な目をしていたから、ついそう名付けたが、気に入らないのか反応してくれない。
「……ご飯だよー」
仕方なくそう言うと、ぴくっと耳だけこちらを向いて、ため息をついたように歩いてくる。ツンデレにもほどがあるぞ?
かりかりとエサを頬張る顔は穏やかだけど、ひとたび触ろうとすると、
「……」
露骨に避けて、しばらく威嚇のように睨んでくる。わかったよ、悪かったです、そう思いながらスフィアから離れるとまたエサを食べ始める。……これが僕の日常だ。
そんな可愛らしい住人がいる中、僕がたまたま、仕事で帰りが遅くなった頃の話。
「はっ、はぁ……」
上司からの叱責や、凡ミスによる失敗。その日は本当に散々で、心が折れかけていた。
おまけに、スフィアのご飯まで買い忘れそうになって、慌てて行きつけのホームセンターまで駆け付けていた。
「……ホント、なにやってんだろうなぁ」
買い込んだエサとスフィアとを思い返し、ため息をつく。飼い主失格だなぁ。
「ただいまー」
「みゃう……」
怒ってらっしゃるのか、玄関先で待ち構えていたスフィア。
「ご、ごめんって、すぐ準備するから……!」
そうやって言いながら、急いで準備していたら、分量を誤ってしまったし、零してしまった。明らかに、多い……。
「……はぁ」
スフィアは、何も言ってくれず、ただ夢中でかき集めるようにご飯を食べていた。少しだけ、ホッとしたけど、こんな僕が飼い主であることが、情けなくなる。
自分の分のご飯を食べて洗い物をしている間も、僕は浮かない表情で息をついた。
……と。そんな時だった。
「……ん?」
スフィアが、察してくれたように甘えて、僕の足にすりすりと顔を寄せていたのだ。
「……! す、スフィ……!」
しかしそれもつかの間。僕が声をかけた途端ふいっと向こうへ行ってしまった。
「あ、あぁ……スフィアぁ……」
たった一瞬だけ受け取れた小さな愛は、儚く零れていくのだった。