お題 どこにも行かないで
ねぇ。
どうしてこっちを見てくれないの?
そう問いかけても、彼は私を見てはくれなかった。
「……ん、あぁ、何か、言った?」
「もう、まったく、ゲームばっかしてないでさ」
真剣な顔をして、画面の中にばかり集中していた。画面上では、銃のような円筒が映し出されていて、彼の操作する動きに合わせてキャラクターが動いていく。
敵みたいな別の人影が写る度、画面が揺れて、銃声が鳴り響く。……少し悪趣味な感じだ。
「……それ、面白いの?」
「……やってみる? って言っても、FPSはちょっと難易度高いか……この一戦終わったら、ちょっと変えようか」
そう言って彼は、私に待てを命じてくる。焦らされるのは嫌いなんだけど。
しばらくして、画面を切り替え、今度はポップな感じのキャラクターが写っていた。
「はい。これなら、二人でも出来るから」
とコントローラを手渡される。説明もなしにゲームが始まって、私はちょっと焦った。
「え、ちょ、これ、どうやって……!」
かく言う私は、こういう遊びは縁がなかった。そんなものをやる機会がなかったのだ。
「左でキャラの操作、右でジャンプとか、攻撃とか。とりあえず何でも試してみな」
突き放したように説明する彼──月島圭太は、やっぱり画面を見てばかりだった。
けれど、私はそんな彼の横顔さえも、特別に思っていた。
彼と出会ったのは、寒い冬空の下だった。
その日私は、マッチングアプリで知り合った男性と待ち合わせる予定だった。
……そう。予定だったのだ。しかし、誰も来なかった。
「……はぁ」
そんなことある? と思った。あっちから誘ってきておいて、いざ来てみたらヘタレたのかやり取りをしていたメッセージアプリに「ごめんなさい、行けなくなりました」。
ふざけるな、私のこの時間を返せ、と踵を返そうとしたとき。
「あの、大丈夫ですか?」
と声をかけたのが彼だった。
「……平気です」
「あ……そうですか、……泣いてらしたので、つい」
その時、私は初めて涙を流していたことに気付いた。
「え……」
自分でも信じられなくて、涙を隠そうと勢いでコートの裾で拭った。すると化粧が落ちて、それから堰を切ったみたいにボロボロと泣き崩れた。
彼はおろおろとしていたけれど、すぐにハンカチを取り出して、涙を拭いてくれた。
昔から、親切にされて生きることが少なかった私にとってみれば、本当に暖かかった。
彼のくれた温もりが、私を救ってくれたのだ。
「ちょ、先行かないでよ……!」
彼はとてもゲームが得意なようだった。その日を境に、私は彼と遊んで過ごすことが多くなった。
「はは、悪い悪い」
悪びれた様子もなく笑う。屈託のないその笑みが少し憎たらしくもあり、いじらしい。
このまま、どこにも行かないで。
ゲームのキャラのように、置いて行かないで。
密かに、私はそんなことを願っていた。