お題 君の背中を追って
『祐樹くんへ
元気してますか。
私はね、知っての通り、もう長くないから。
最期に伝えたいことがあって、この手紙を送りました。』
そこまで読んで、俺はその手紙から目を逸らした。見ていられなかった。
この手紙の主は、榎宮光。俺の……元、恋人だ。
俺にはもったいないくらいの、とても健気で、かわいげのある子だった。
「光……」
小さく呟く。顔を上げると、空と、青が見える。彼女が最後に「行きたい」とせがんできた、思い出の場所に、俺はふらと立ち寄っていた。デッキから見下ろす海は澄んでいて、潮の心地良い風が鼻をくすぐった。陽の高さに目を細め、汗ばんでくるTシャツをぱたぱたとあおぐ。
角島展望台。彼女の故郷である山口県の上の方にある、離れ小島。
「もう、来ることなんてないと思ってたけど……」
手紙には、続きがあった。
『私を、最期にもう一度、連れて行ってください。あの日、君に誓った、あの展望台に。』
光は。この場所で、俺への愛を誓ったのだ。
まさか、先を越されるだなんて思わなかったし、俺も後に続いて告白をしたけど、彼女は笑っていた。涙を流しながら、笑っていた。
「連れて行って、なんて、当たり前のこと、言うなよ……」
くしゃ、と。手紙を持つ手が震えた。強い潮風に吹き飛ばされそうな手紙を抱くように、俺はうずくまった。
彼女は、この夏。息を引き取った。がんだった。
病院へ行く時間をひねり出すことも出来ないほど多忙に追われていた俺には、あまりにも寝耳に水で、だからこそ、後悔が積もっていた。
一報すらも、彼女は俺に伝えず、ただこの手紙だけを残していたのだ。
「光……!」
君の背中を追って。俺もそっちに飛び立ちたい。
叶わぬ思いだとしても、今はただ、そんな小さな願いだけが、俺を繋ぎとめていた。
涙で濡れたその手紙の最後は、こう締めくくられていた。
『大好きだよ。ずっと。私と出会ってくれて、ありがとう。
光』