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お題 雨の香り、涙の跡

 雨は好きだ。涙の跡を隠せてしまえるから。

「うっ、……もう、あのバカ……」

 傘も差さないでうなだれて歩くわたしを見て、周りはなんて思うだろう。

 きっと、わたしにこそ、バカだって思うんだろうな。

 でも、だって。しょうがないじゃん。

 泣きたくなったんだから。


「……青島あおしまさん?」


 声がした。知ってる声だった。振り向くと、そこにいたのは、わたしのクラスメイト。

「……宇多川うたがわ

 しまった。

 一番、見られたくない相手に見られてしまった。

「あっ、ちょ、青島さん!」

 逃げるなんてらしくないのに、とっさに走ることしか出来なかった。

「待ってよ!」

 でもあえなく捕まって、手を取られる。

「……離して」

 そう静かに言っても、宇多川は離してくれない。それどころか、濡れてるわたしに傘を差してきた。

「……風邪引くよ?」

 優しすぎる声。その声が、今だけは鬱陶しい。

「なんなのよ……もう」

 宇多川好花(このか)は、誰にでも優しい。男女問わず優しくて、朗らかな子だ。

 わたしとは違う。

「ほっといてよ……今、あんたみたいな人の顔が、一番イライラするの……」

「……、喧嘩でもしたの?」

「わかんない? 振られたの。わかんないか、あんた、付き合ったこととかなさそうだもんね」

 誰とでも仲良くなれる分、一人とは特別にはなれない。……そんな勝手すぎる思い込みで、彼女を非難した。

 わたしは、最低な人だ。

「……そっか」

「もう、いい? わたし、帰るから」

 そう言い残して、手を振りほどこうとした。


「私も、今、そんな感じだよ」


「……は?」

 いつもの優しさだろうか。同じ話題を広げて、同調して……。

「私もさっき。女の子にだけどね、気持ち悪いって、言われちゃった」

 嘘には、聞こえなかった。

 俯いていて、口が震えてるのが見えた。

「誰かを、本気で好きになるって、……嫌われるって、こんなに、苦しいんだね」

「……宇多川」

 今にも泣き出しそうな宇多川。どうして、わたしにそんなことを打ち明けたのだろうと、混乱していた時だった。

「……よしっ。青島さんっ、今から、カラオケ行こっ! 二人で!」

「え、は? いや、ちょっと待っ」

「待たない! 駅前までダッシュだー!」

 宇多川はわたしの手を掴んだまま、勢いよく飛び出した。傘からはみ出す雨の雫さえ気にせずに、もう一心不乱だった。

 巻き込まれたわたしの身にもなってくれ。そう心で思いながらも、どこかホッとした自分がいたのも、事実だった。



 ……しばらくして。

「はー! 歌ったらスッキリしちゃった!」

「……」

 結局二人で、二時間もぶっ通しで歌い続けてしまった。どっかりと座り込み疲れを滲ませた宇多川。

 マイクを持つその手が、距離が、妙に近い。

「……宇多川、歌上手なんだね」

「え、そう? 青島さんだって、結構上手かったよ?」

「わたしは全然。声ガラガラだし、もー最悪」

 喉が痛い、ちゃんとケアしとかないと明日に響いちゃうよ。全部宇多川のせいだ。

 だけど。

「宇多川。……その、……なんていうか……ありがと」

 わたしは口に手を当てて、気恥ずかしさを隠しながら、そう言った。

「……、どういたしまして?」

「いやなんで疑問形?」


 その後、カラオケ店から出たわたしたちを迎えたのは、少し晴れた雲間で。

 雨の香りがまだ残ってるけど、涙の跡は、もう消えていた。

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