過去の投稿 すれ違う瞳
タイトルにもある通り、本日は過去にアプリに投稿した短編になります。個人的にはお気に入りの作品です。
「……あ」
胸が、窮屈になる。その瞳を見ると。
切れ長で、目付きの悪い瞳。
合わないように、合わせないようにと、床を見つめ通り過ぎる。
「……」
向こうも私に気付いたみたいで、でも何も言わない。代わりに、私たちの瞳だけがすれ違った。……合わせる顔もない。
彼女――鮫島凜々とは、中学校以来の付き合い。同じ高校に絶対通おうねと、あんなに楽しく話していたのに、高校に上がってからは、口も利かなくなってしまった。
私が、彼女を嫌ってしまっただけだ。それも、くだらない単なる勘違いで。
私が、もっと強い子だったら、鮫島さんを傷付けずに済んだのだろう。
――中学の頃、鮫島さんと同級生の会話を、ふと聞いてしまった。
私のことを、見下しているだとか。友達だなんて思ってないだとか。
私にとって、鮫島さんは特別な友達だった。
そう思っていた。
私だけなんだと思った。
たったそれだけのことで、世界がモノクロに染まったと思った。
だから、私は決心した。
「実里?」
「……鮫島さん、私のこと、嫌いなんでしょ」
「え? 何それ、一体何の……」
「そうだよね。わ、私、ちょっとオタクっぽいし、鮫島さんが、私のこと友達だと思ってるなんて、おかしいもの」
「いや、ちょっと待てって、誰かと勘違いして……」
「もう良いよっ! 言い訳なんて聞きたくないっ!」
その日を境に、私は自ら彼女と距離を置いた。
後に聞いた話で、私の聞き間違いだと知った時には、ショックで立ち直れなかった。
……ううん、きっと嘘だ。私は、私を守るので必死だっただけだ。彼女の言葉に耳を貸そうともしないで、一方的に、突き放したんだ。
怖かった。嫌われるのが。だから、私から嫌ってしまえば、傷が浅く済むと。
「……、このままじゃ、ダメだって、わかってるのに……」
逃げるように歩いて辿り着いたのは、校庭の芝生近くのベンチ。寝転がるように、体を預けた。
怒ってるだろうな、鮫島さん。よく喧嘩するって言われてるし……。ボコボコにされちゃうかな……。
――って、まただ。また、単なる噂話を、信じてしまっている。彼女から直接、聞いた訳でもないのに。
でも、そうでもしないと、私は罪悪感でいっぱいになりそうだった。
「実里」
だから。
「……! さっ、鮫島、さん……!?」
彼女が私を覗き見てるのが、心底驚いた。お、追いかけて……!? 殴られるっ!
「……何やってんの?」
「へっ? あっ、いや、えと、何でも……」
思わず身構えてしまった腕を下ろし、彼女を見る。うっ、いつ見ても威圧感のある顔だ。
「えっと、わっ、私、行くから……!」
慌てて立とうとすると、ふらついた。
「危ない!」
転けかけた私の体が掴まれる。少し汗ばんだ、柔らかい手だ。
「! ……鮫島、さん……」
「全く、そそっかしいとこ、変わってないね」
呆然とする私を見ながら、鮫島さんは笑う。そして返事も聞かず隣に座った。逃げたい……。
「実里。ここなら、誰もいないよ」
黙って俯いている私を置いて、鮫島さんは続けた。
「何があったか知らないけどさ、そろそろちゃんと話そうよ。あたしら、友達じゃん?」
その言葉を聞いて、胸が締め付けられそうだった。スカートの裾を握る手が、固くなっていく。
「……、ち、違い、ますよ。……そっ、そもそも、私と、鮫島さんじゃ、釣り合わないっていうか」
「それ、止めてよ」
「えっ」
鮫島さんが、私の手を握った。暖かった。
「友達ってさ、そういうのじゃないじゃん? 何? お金の貸し借りあったら友達って言うタイプだっけ? 実里は」
「い、いえ! お、お金の貸し借りは絶対ダメです! 不純です!」
「ははっ、言うと思った。……だったらさ、もう、止めようよ」
「……で、でも。私、鮫島さんに、酷いこと……」
「あたしは気にしてない」
「わっ、私が! 気にするんです! あっ、あの日、私、鮫島さんを拒絶した日からっ、ずっと、後悔……してて……」
「……そっ。じゃ、仕方ない」
パチンッ! とおでこに鋭い刺激が!
「痛っ……! な、何!?」
「これが罰ゲームってことで。はい、これでおしまいっ」
無理矢理上げさせられた顔で見た鮫島さんの顔は、とても綺麗に笑っていた。
「これで、明日から元通り、そういうことで、いいっしょ?」
「え、えぇ……? そ、そんな簡単に……」
「あ、そーだ。そいじゃ、も一つ罰ゲーム受けてもらおっかな」
「な、何で私ばかり悪いみたいな……いや、そ、そうなんですけど……」
「今日からあたしのこと、リリって呼ぶこと」
「そっ、そんな急に名前呼びなんて、でっ、出来ないですよ……」
「だから罰なんじゃん。ほら、早くっ!」
――あぁ、もう。敵わない。
本当にこの人は。
意地悪で、頑固で。
誰よりも優しい、私の特別であり続ける。
「……、……リリ」
「へへっ」
「……さん」
「ちょ、もー。……ま、今はそれでいっか」
鮫島凜々は、当時と変わらない笑顔で、私を見てくれる。
そのことが、私の胸を熱くさせた。