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悪魔を狩る死神  作者: 神崎ミキ
第一章
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♯07 弱き少女の望んだ結末

 たった数日前、雨宮由紀は深い闇の中にいた。

 暗く暗く、ただただ暗い闇の中に。

 光なんて無い。

 何も見えやしない。

 そんな闇の中で動ける筈もなく立ち止まり、ついには足から崩れて手をついた。

 生きる気力も意味も失ってしまったかの様な感覚。

 これが絶望と言うやつなのだろうか?

 望を絶たれ現実……それがこれなのだろうか?

 幼い頃に母に捨てられた由紀は、以来ずっと父親と二人で暮らして生きてきた。

 父一人子一人の二人三脚……そう父親は言う。

 けれど、由紀は知っていた。気づいていた。

 実際は並んで走ってなんかいなく、自分が父親に負ぶさって運んで貰っているだけなのだと。

 父親は仕事で忙しいと言うのに、朝食も夕食も毎日欠かさず作り、その他の家事も全て一人でこなしていた。

 そんな父親に感謝し尊敬しつつ、由紀は甘えていた。

 結果、それは由紀が高校生に成った今でも続いていた。

 そう……ついこの間まで。

 冷静に考えればすぐ分かる事だった。

 なのに深く考える事なく、それが当たり前の様な錯覚まで感じて今に至ってしまった。

 十年以上酷使してきた由紀の父親はとっくに限界を過ぎ、とうとう過労で倒れた。

 だが、父親はその事を由紀に隠し、生活を改める事無く仕事と家事を両立させ続けた。

 全ては娘である由紀に心配させないように。

 母親がいないからと不幸に成らないように。

 不自由にさせないように。

 そんな父親は今――病院のベッドの上。

 寝たきりで意識は無い。

 所謂植物状態。

 目を覚ます確率は極めて低いだろう……そう医者から告げられた由紀は涙を流し、自分を責めた。

 由紀にとって父親は自慢だった。

 何でも出来て頼りになる……だからこそ由紀は父親に甘えていた。

 手伝おうと言っても大丈夫だと答える父を信じ、無理をしている事に気がつかなかった。

 その日も、父親が帰って来るのを家で待っていた。

 けれど一向に父親は帰って来ず、代わりに来たのは父が事故に遭ったと言う電話。

 意識を朦朧とさせながら帰り道を歩いていた由紀の父親は、赤信号に気づかずに道に飛び出しトラックに弾かれた。

 頭から血を流し倒れる父親の周りには夕食の為の野菜や肉が飛び散っていたと言う。

 その後病院に運ばれ一命を取り留めたが、目を覚ます事は無く……由紀は独りに成った。

 自分がしっかりしていれば、自分が父親の体調が悪い事に気づいていれば……こんな事には成らなかった。

 そう小さな身体を震わせる。

 十五歳にしては小柄で体力も無く、体調も崩しがち。

 そんな由紀はいつも父親に負担ばかり背負わせ、何も恩返しなどして来なかった。

 こんな最後は嫌だ。

 元気に成った父親に今度は自分が力に成るんだ……そう嘆いても、父親は目を覚まさない。覚ましてくれない。

 医者は可能性が低いと誤魔化したが、現代医学では無理なのだと由紀も薄々感づいていた。

 それでも……それでも尚由紀は願った。

 神でも仏でも悪魔でも良い。

 父親を助けてくれと。

 自分はどうなっても良いからと。

 闇の中で叫んだ。

 ……そんな時だった。

 由紀が声を聞いたのは。

 どこからか響く声。

 叫びに応える様に聞こえた、父親を助けてやると言うその声に由紀は――縋った。

 

 

 

 

 情けなく不格好に僕は走る。

 手と足が同時に前に出たり、足がもつれたり、何も無い所で躓いて転んだり。

 それでも僕は立ち上がり走る。

 地に妖しく光る魔法陣へと再び足を踏み入ると、また身体を芯から焼き尽くす様に身体が熱く燃える。頭痛と目眩も襲ってくる。

 正直諦めて今すぐにでも逃げ出したい。

 どうして僕がこんな目にと。

 僕には荷が重すぎたんだと言い訳を自分にして。

 でも――僕は進む。

 身体が熱いからなんだと言う。

 頭痛が、目眩がなんだと言う。

 こんなモノ、おそらく雨宮さんに比べたら微々たるモノだ。

 原理は分からないが、この身体の熱さや頭痛が魔力によるものだと言うのならば、その魔力を全て一身に受け止めている雨宮さんの苦痛は想像だに出来ない。

 彼女は、昼休みに会った時も校門前で会った時も、辛そうにしながらも必死で堪えてその小さ身体を動かしていた。

 それなのに僕が逃げたんじゃ情けな過ぎて死にたくなる。

 それに、ぼろぼろになりながらも未だ戦い続ける天宮寺さんがさっきから視界に映って、余計に逃げ出せなくなる。

 魔法陣の中心で浮かぶ雨宮さんの元まで重く感じる足を引きずり進む。

 頭がくらくらして気を失いそうになるが、そんな事は後回し。

 そして、やっとの思いで辿り着く。

 気を失いながらも悲鳴をあげるように顔は苦しそうに歪んでいる。

「目を……」

 僕は小さく弱々しい身体を包み込む様に抱き抱える。

 重さを感じない位に軽い身体。

 そんな身体が背負ったモノはあまりにも重い。

 そんな想いの重さをを感じながら僕は息を呑む。

 そして――叫ぶ。

「目を……覚ませぇぇぇえ!」

 何も出来ない無力な傍観者の叫び。

 僕には悪魔と戦うだけの力も勇気も無い。

 現にさっきまで独りで震えていた。

 怖くて、狂いそうで、逃げ出したくて、目を逸らしたくて。

 そしてそんな自分を……嫌悪して。

「…………せ……先輩?」

 だからだろう。

 こんな自分でも救える人がいるんだと……涙が頬を伝う。

 彼女がこのまま死なずにすんで本当に良かったと心が震える。

 そんな僕を後輩は心配そうに見てくる。

 その顔からはさっきまでの辛さは感じず、強がりでもなさそうだ。

 そして彼女を囲っていた魔法陣も光を失い、形をも失った。

 闇で覆われていた空も光が射し込む元の夕焼けに戻る。

「うそ……」

 獅子の悪魔に鎌と殺意を向けていた天宮寺さんも、この光景を前に呆然とする。

「確かにこんな事が有り得ようとはな……」

 聞き覚えの無い声も驚きを隠せずにいる。

「…………え?」

 僕は雨宮さんを抱えながら、声の主であろうモノを見る。

「あのままでは魔力が尽きるまで暴れる獣に成り下がる所であった。感謝する」

 そう言って頭を下げる――獅子の悪魔。

「……ブエルなの?」

「うむ、その通りだ」

 雨宮さんがブエルと呼ぶ獅子の悪魔は悠然と応える。

 そこには、さっきまでの威圧感は無く、老人の様な雰囲気を纏っていた。

 そんな悪魔に――鎌と殺意が突き刺さる。

「理屈は分からないけど、キサマは力を失った。もうさっきでの様にいかない。さっさと消えろ――」

 天宮寺さんはそのまま鎌で、獅子の悪魔を斬り伏せる。

 悪魔は傷を負い、青い血を流す。

 先程まで、何度繰り返しても通じなかった攻撃がここに来て、あっさりと。呆気なく。

 どうやら魔法陣を失った事で力を失ったらしい。

 だが力を失った云々以前に戦う意志すらも無い様に感じる。

「ブエル!」

 ダメージを負った悪魔を心配する様に叫ぶ雨宮さん。

 ついさっきまで自身を苦しめていた元凶を……どうして?

「ふはは……安心せい。約束は果たす。……迷惑をかけて済まなかったのぅ」

 血を流し今にも倒れそうな力無き悪魔は豪快に笑いながら地につく手足に力を込め――飛んだ。

 そして、そのままその先に有る病院の一室へと消えて行った。

「ちっ……!」

 天宮寺さんは、逃がすかと悪魔を追ってその病室へと、木や壁を利用して飛び入る。

 ……何がなんだかさっぱりだ。

 取り敢えず、さっきまでここに有ったピンチは消えたと考えていいのだろうか?

「……先輩、わたしも」

「あ、うん」

 言われるがままに現状を把握しきれない僕は、雨宮さんを抱えたまま病院の中へ。

 勿論正規の入り口から。

「でも、どこにいったか……」

 外から見ただけでは、悪魔と天宮寺さんが入って行った病室がどこだか分からない。

 早く何とかしないと、天宮寺さんは病院の中でも戦いかねない。

 悪魔が人を襲う可能性もある……のだけれど、不思議とそんな事は起きない気がした。

「……大丈夫です。わたし知ってますから」

 自信を、確信を持って話す雨宮さんに従いその部屋へと向かう。

 どうして分かるのだろうかと言う疑問は一端起き早足で。

 そして、その病室に辿り着き、勢い良く扉を開けた。

 そこには悪魔も死神も存在せず――

「お父さん……」

 僕は涙声の雨宮さんを下ろす。

「……由紀か?」

 そんな雨宮さんを状況を呑み込めていないのか不思議そうに見つめる一人の男性。

 その声に雨宮さんは泣きじゃくりながら駆け寄る。

 父と娘の再会。

 そんな結末が――ここにはあった。

 


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