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悪魔を狩る死神  作者: 神崎ミキ
第一章
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♯06 現実とは非情で残酷だ

 月の光さえ空は許されず、この場を照らすのは雨宮さんを中心に展開された光の魔法陣。

 当の雨宮さんは糸で吊られた人形のように脱力状態。

 腰は曲がり、両手はぶらりと垂れ下がる。首にも力は入っておらず顔は見せてくれない。

 そんな状況を前に僕は魔法陣の真っ只中で呆然と突っ立っていた。

 ……一体何がどうなっているのか理解不能。

 一層酷くなった頭痛と目眩も後押しして正常に思考する事が出来ない。

 ただ……異常事態である事は考えるまでもなく肌から感じている。

 何か得体の知れない力が無理やり身体に流し込まれているようだ。

 身体が熱い。このまま魂ごと燃え尽きてしまいそうな程に。 そんな僕のぼやけた視界には、また新たな魔法陣が浮かび上がる。

 雨宮さんの両脇辺りに小さな魔法陣が二つ。その魔法陣からは、見覚えのある緑の熊とついさっきまで全くイメージの出来なかった大剣を持った犬の騎士が現れた。

 悪魔の眷属。

 悪魔が呼び出した悪魔。

 そんなモノが今現れた理由を想像するのは容易い。

 ここまでヒントを出されれば誰でもその解に達する。

 ……もっとも僕の脳はその解を拒絶してるけど。

 だって……と、現実逃避。

 そんな無防備な僕を二体の悪魔が爪を、剣を構えて襲い来る。

 そして――

「たくっ……!」

 ソレを防いだ黒の鎌。

 あの夜と重なる光景。

 そして続いて目に映るのは、あの時と同じく天宮寺さん。

 黒いローブを身に纏い鎌を携える死神。

「……ねぇ、実はわざとやってない? いくらなんでも悪魔との遭遇率が高すぎると思うんだけど」

 彼女は悪魔達を警戒しながらも、僕に声を投げつける。

 呆れと疑いが半々。

 僕から見ても、出来過ぎな位に運が無いのは分かる。

 誰かが後ろで糸を引いているんじゃないかと疑いたくなる。

 でも……もしそんな奴がいるなら教えて欲しい。

 お前は僕に何をさせたいんだ、と。

「何が……起きてるんだ?」

 頭痛に目眩に異常なまでの身体の熱さ、加えて悪魔への恐怖で息を荒げながらなんとか絞り出した必死の一言。

 そんな僕に対し天宮寺さんは溜め息混じりに言う。

「見て分からない?」

 ……分からないから聞いてるんじゃないか。

 再度確認を試みてもそこにいるのは、二匹の悪魔と様子の魔法陣の中心で気を失っている雨宮さん、それと対峙する死神こと天宮寺さん。

 現状が異常である事以外はさっぱりだ。

「あの私と同じ制服を着ている子……彼女が悪魔の契約者よ」

「…………彼女が?」

「そう。欲に溺れた者の末路」

 悪魔は召還されただけでは地上に長く存在出来ないし、力も満足に使えない。

 それは、召還された時点では悪魔は魔力を補給する手段が無く、身体を構成する魔力が不足してしまうから。

 だから悪魔は契約を結び、人をパイプとして魔力を奴等の世界から引っ張って来る。

 その為に悪魔は、力を与えるからと、願いを叶えるからと召還者を唆し契約を結ばせるらしい。

 そして膨大な魔力に精神は耐えきれず、自我を失い、魂の無いを悪魔の傀儡となる。

 つまり……雨宮さんは、その契約を結んでしまったと言う事になる。

 自らの望みの為に。

「……どうするつもりなんだ?」

「どうもするも何も殺すわよ。死神だもの」

 速答。

 あらかじめ決まっていた様に。

「それって、悪魔を……だよな?」

「契約者ごとに決まってるでしょ」

 やはり速答。

 迷いすらしない。

 声に躊躇いも無い。

「雨宮さんは……彼女は助からないの?」

「ええ、無理よ。契約したら最後、今の彼女は罪の無い人間の命を奪う忌むべき存在よ」

 冷たく、思い遣りの欠片も無い言葉。

 その数十秒のやりとりで、改めて天宮寺さんは人ではなく死神なのだと実感する。

 何とか雨宮さんを助けられないかと懇願しても『無駄』の二文字で切り捨てる。

 無情かつ冷静な彼女は、僕との会話中であっても、一切目を悪魔から離さず交戦。

「邪魔だからいい加減離れて」

 死神はそう言うと足で僕を蹴り飛ばし――そのまま流れる様に鎌を振るう。

 黒の軌跡を描き、悪魔達を斬り裂き灰へと返す。

「くっ……!」

 それを僕は吹き飛ばされながら、ただ眺めているだけだった。

 勢いが薄れ、背で地面を擦り、無理やりの着地。

 ……邪魔だったにしろ、もう少し気を使ったどかし方は無かったものか。

 おかげで魔法陣の外に出られたのだから感謝すべきなのかもしれないけど。

 あのままじゃ、とてもじゃないけど身体を動かすなんて無理だったから。

 現に今も動かない。

 尻餅を着いたまま死神の背中を見つめる。

 いつの間にか頭痛や目眩は収まり、身体の熱さも消えている。

 そのせいで脳が正常に機能し始め、恐怖が全身を支配し出す。

「あとは……」

 そう呟く死神は鎌を振り上げ――落とす。

 狙うは雨宮さんの首。

 その姿は正しく死神が命を刈り取る様。それを見て僕は取り乱す様に無我夢中で手を伸ばした。

 声も出ない状態で『待ってくれ』と懇願する様に。縋る様に。

 僕に何が出来る訳ではない。

 ただ雨宮さんが殺されるのを黙って見てられない……ただそれだけだった。

 悪魔は『悪』かも知れないが、彼女自身は『悪』ではないのだから。

 彼女は自分が辛くて倒れそうになっても、必死に堪えて見舞いに行こうとする……そんな子なんだ。

 殺される様な人間じゃない。

 けれどそう願う僕の想いなど死神には届く筈が無く、鎌は無慈悲に彼女の首を跳ね――

「ちっ……!」

 ――なかった。

 鎌が首を刈り取る寸前、ほんの一瞬で突如空間を裂くように獣の腕が現れ、鎌を阻んだのだ。

 そして雨宮さんを囲う魔法陣の光が一層輝きを増し、空間を歪ませる程の威圧感を有してソレが顕現した。

 五本の手足を持つ獅子の悪魔。

 無知な僕でも瞬時に理解出来た。これが例の大元の悪魔なのだと。

 さっきの熊や犬とは明らかに格が違う。

 象ほどの大きさの獅子の顔から五本の獣の手足を生やした異形の怪物。どれが腕でどれが脚なのかは僕には区別出来ない。

 そんな獅子の悪魔の出現に、天宮寺さんは一端距離を取る。

 悪魔の唸り声は大地を震えさせているかの様。

 ……こんな怪物が頻繁に出没しているだって? 嘘だろ?

 今の今まで僕の認識は甘かった。

 悪魔に二度襲われ、悪魔の危険性をなんとなく理解していたつもりだった。

 でも、それは勘違いだった。

 テレビで戦争の映像を見て、戦争の恐怖を理解したつもりになる位に酷い勘違いだった。

 今なら天宮寺さんの冷たい目も軽く流せる気がする。

 そんな事を気にしてなんていられない。

 僕は腰が抜けたのか足腰に力が入らず立ち上がる事ができず、ただ見上げるだけ。

 地についた手に異様に力が入り指をめり込ます勢い。腕が嗤う様に震える。

 ここが近所の病院の前だとは、とてもじゃないけど信じられない。

 闇が支配する空の下で、吼える獅子の悪魔。

 僕は明らかな場違いだと身に染みる。

 ここは僕がいるべき世界ではない。

 なら……雨宮さんは?

 獅子の悪魔の背後で、魔法陣を中心にゆらゆらと浮く様に立つ雨宮さんに視線を向ける。

 眠っている様にも見えるが、無意識下の表情は、辛そうで苦しそう。

 雨宮さんがどこまで悪魔の事を知って契約したのかは、僕には分からない。

 身を犠牲にしてまでも叶えたい望があったのだろうか?

 もしそうならば、それは叶ったのだろうか?

 望は叶わず、命を失うだけ……そんなふざけた結末を僕は見たくない。

 騙された哀れな被害者……それが雨宮さんならば、そんな結末はあんまりではないか。

「相手が何者かなんて私には関係ない。確実に――殺す」

 この異常な世界で、同じく異常な天宮寺さんが動く。

 地を蹴り跳び上がると、禍々しい黒を纏う鎌を獅子の悪魔に向けて命を刈り取る様に振るう。

 人が出せる速度を遙かに超えたその一撃は、黒い鎌鼬を起こし悪魔を襲う。

 死神の鎌は、悪魔を捉えて――直撃。

「なっ……」

 鎌を振り下ろしたままで固まる死神。

 悪魔を斬り裂く筈だった鎌は、悪魔の腕か脚か分からないソレによって完全に防がれ、傷一つ与えていない。

 その事が納得行かないのか天宮寺さんは呆然と宙で静止する。

 あの一振りは、あの公園での時よりも、さっきよりも速く禍々しい渾身の一撃の様だった。

 けれどそれを獅子の悪魔は平然と受け止め、更には隙を見せた天宮寺さんを狙いすまして一撃を放って来た。

「がっ……!」

 その衝撃は、天宮寺さんを吹き飛ばし、僕の真横を掠めて行った。

 そして天宮寺さんは遠く離れた壁に叩きつけられ、終には壁を砕いて崩れた。

 ……圧倒的。

 あの天宮寺さんが手も足も出ない。

 防御は鉄壁、攻撃はこの有様。

 素人目から見ても勝ち目なんて見つからない。

 なのに――何故だ?

 何故……立ち上がるんだ?

 圧倒的な力を見せられ、喰らわされ、それでも尚諦める気配は無い。

 闇に溶け込んで消えてしまいそうな黒いローブを纏った死神は、瓦礫を払い鎌を構えて悪魔を睨みつける。

 黒いローブから漏れ出す殺気と……信念。

 悪魔を殺す事が自分に課せられた運命で存在意義なのだと、無言でも無表情でも伝わって来る。

「はは……」

 今僕には二つの選択肢がある。

 一つは逃亡。

 幸い、あの獅子の悪魔は天宮寺さんに気を取られて、僕を気にも止めてない。

 距離もそれなりに有り。全力で逃げだせば……ここに有る全てを投げ出せば、この異常な世界から抜け出せるかもしれない。

 二つはここに留まる。

 これは単なる自己満足だ。

 普通に考えれば逃げるのが正解。

 僕がここにいた所で、邪魔に成るだけで何も出来やしない。

 殺されるのを無防備に待っている様なもの。

 それでも……僕が逃げる事を決意出来ないでいるのは、僕が人間だからだ。

 生物としては生存本能に従うべきなんだろう。

 けれど、僕は人間として雨宮さんや天宮寺さんを放っておけない。

 このまま二人が命を失うなんて事になった場合、逃げ出した僕は一生罪悪に苛まされるだろう。

 悪魔だなんて異常から逃げ切れても、以前通りの普通の生活には戻れない。

 ……本当に僕は運がない。

 あの日悪魔に襲われなければ……天宮寺さんに出会わなければ……雨宮さんと知り合わなければ……僕は今こんな場所で頭を悩ませてはいなかったんだろう。

 あらゆる不運が重なり今僕はここにいる。それは変えられない決定事項であり、逃げ出す事の出来ない現実。

 目に映る光景を否定する事は僕には出来ないのだ。

 唸る獅子の悪魔に天宮寺さんが鎌を持って駆ける。

 そして一振り二振りと攻める。

 いずれも獅子の悪魔の前では微風の如く受け流される。

 そして隙あらばと反撃し、天宮寺さんだけが一方的にダメージを負っていく。 ローブに隠れて見ないが、おそらくは既にその身体はぼろぼろ。満身創痍だろうと言うのに――死神を名乗る少女は諦める事なく何度も立ち上がる。

「はは……ホントついてない」

 これは一体何だ? 嫌がらせか?

 こんなものを見せつけられたら余計に逃げづらくなるではないか。

 現状から判断するに天宮寺さんの勝率は極めて低い。

 奇跡でも起きない限りあの獅子の悪魔には勝てない。

 だが、奇跡は起きないから奇跡と呼ぶんだ。万が一なんてどれだけ僅かな確率か計算しなくても分かる。

 でも……それでも、天宮寺さんは戦うのだろう。

 勝つか――死ぬまで。

 つまり今逃げ出す事は天宮寺さんを見殺しにするのと同意。

 ……そして雨宮さんも。

 運が良ければ万が一も有り得るのかもしれないが、生憎僕に運など一切無いのは明らか。

 運が良ければこんな異常現象に巻き込まれたりしない。

 そもそも万が九千九百……面倒臭いので四捨五入して万が万の確率で僕は二人を見捨てる事になるんだ。

 そんな事になったら世界から悪魔が全て消え去っても普通になんて生きていけない。一生後悔する。

 けれど……僕に何が出来るかと問われたら迷う事なく何も出来ないと答える。

 それは紛れもない事実だ。

 僕一人逃げようが逃げまいが、客観的に見れば大差のない非常に些細な事。

 例えるなら、舞台を観ている観客が退席しようがしまいが舞台で行われている劇には何の影響も与えないと言う事だ。

 要するに、僕が逃げるか逃げないかとか悩む事自体無意味で世界的規模で見ると蛇足以外の何物でもない。

 ……ばかばかしい。

 散々頭を悩ました挙げ句、僕は思考を放棄した。

 震える身体に鞭打ち、自分を誤魔化しながらも立ち上がる。

 そして足に意識と力を注ぎ地面を蹴った。

 走る。

 ただ必死に走る。

 後の事など知った事かとやけくそで。

 ……どこへ?

 そんな事決まってる。

 僕が逃げるか逃げないかと言う問い自体が無意味だと結論はついたんだ。

 観客が観てようが観てまいが劇は変わらず進んで行く。

 そして僕個人の主観的に見ても、逃げても逃げなくても僕の人生は終わっている。普通には生きる事は適わす、異常な世界で生きるか、もしくは死ぬか。

 こんな異常な世界で生きるなんて真っ平御免。

 後悔しながら生きるなら尚更御免。

 だから僕は――飛び込んだ。

 観ているだけで劇が変わらないならのなら、劇に関われば良い。

 乱入して予定を滅茶苦茶にしてしまえば良い。

 僕が目指すはあの悪魔を呼び出した魔法陣に捕らわれている雨宮さん。

 僕には何の力も無い。悪魔とはとてもじゃないけど戦えない。

 けれど、雨宮さんを正気に戻す事なら可能かもしれない。 無謀かもしれない。

 無茶かもしれない。

 無知だからこそ出来る愚かな選択なのかもしれない。

 それでも――悪あがきだと知っていても尚僕は走る。



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