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悪魔を狩る死神  作者: 神崎ミキ
第一章
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♯05 運の悪い傍観者

「……で、話って何?」

 一呼吸置いて仕切り直し。

 今回は鎌を持ってないから、恐怖感は昨日程は無いけど、二人きりになるのはやはり落ち着かない。

 天宮寺さんの冷たい目にもまだ慣れない。……慣れる必要も無いだろうけど。

 特に今回は待たせてしまったせいで、気まずさが酷い。

「……えっと、通り魔の噂って知ってるかなと。昨日の夜に二人の男が襲われて怪我を負ったらしいんだ。もしかしたら悪魔と関係があるんじゃないかな……と」

 出来るだけ要件を早く終わらし、この場を去りたい一気に喋る。

 息が詰まる。

「……そう。もしかして斬り傷とかあった?」

 考え込む様な風に尋ねる天宮寺さん。口調は問いかける感じではなく問いただす感じ。

「え、うん。凶器は刃物だって新聞に載ってた……らしい」

 僕は見てないけど。全て折原情報。

「おそらく悪魔の仕業。昨晩私が仕留め損なった……」

 暗い声に悔しげな響きを感じた。

 剣を構えた犬の悪魔を後一歩の所で逃がしてしまったと。

 僕には犬が剣を持つ姿をイメージ出来なかったけれど、天宮寺さんの顔を見るとそんな些細な事はどうでも良く思えた。

 黒い殺気を身に纏い歯軋り。

「……で、何故忘れていないの? 私の忠告届かなかった?」

 天宮寺さんは、一拍子間を置くと無表情に戻った。

 ……いや、若干僕を責める威圧感を感じる。

 天宮寺さんだって、本気で記憶を抹消出来るだなんて思ってない。……それが出来なかったからこんな事になっているのだから。

 彼女は要するに――関わるなと言いたいのだ。

 一応心配してくれているのだろうか。

 いつの間にか僕を契約者と疑う感じも消えているし。

「……昨日もあの熊に遭った。おかげで夜も寝られない。更には被害者まで出た。なあ、天宮寺さん……いつになったら僕は忘れられる?」

 このままでは忘れるなんて不可能だ。

 気を休める事もままならない。

 いつになったら、以前の日常は戻って来るんだ?

 どれだけ待てば非日常が消えるんだ?

「あなた……死にそうな目に遭ったと言うのに、また夜に出歩いてたの?」

「はは……もう夜道は歩かないよ。歩きたくもない」

 正直もう疲れた。

 昨日はまだ向かい合うだなんて思うだけの気力が有ったけど……今は無い。

 目を逸らせるものなら、逸らしたい。

 悪魔なんて僕にはどうでも良い。

「そうしなさい。逃げ切れたのは運が良かっただけ。悪魔に触れられただけであなたの人生は終わりだったのよ?」

「……運が良かったら、悪魔になんて最初っから遭ってないよ」

 悪魔に普通の人間が触れると身体が燃えて灰になるだとか、昨日襲われた二人も剣で間接的にやられたおかげで助かっただとか……本当にどうでも良い。

「……それもそうね。でも安心して、直に眠れるようになる」

 天宮寺さんはそこで一呼吸置き、揺るぎない瞳を僕に向けて言う。

「悪魔は私が――全て殺す」

 闇をも呑み込みそうなまでに暗い瞳。

 その隠し切れない殺気が僕の身体を震わせる。

 目の前にいるのは僕と同じ人間じゃない。

 悪魔を殺す――死神だ。

 僕とは住む世界が根本から違う。

 僕の知る日常の裏に隠れた異常な世界。

 僕は運悪くそこに迷い込んでしまったのだ。

 何の力も持たないただの凡人……そんな僕が出来るのはただ見る事だけ。

 所謂傍観者。

 これから起きるかも知れない悲劇を黙って見ているだけ。

 悩んで、苦しんで、嘆いて……疲れて。

 舞台に関与する事無く。

 独りで。



「……本当に大丈夫か? 目が死んでんぞ」

 気がつけば授業は終わり、放課後となっていた。

 目眩と頭痛が僕を襲う。

 視界はぼやけ、脳が悲鳴を上げる。

 結局昼食も取れないままに昼休みを終えた僕は、これが空腹のせいなのか、疲れのせいなのかの区別もつかない。

「ほい、これ。腹減ってんなら食っとけ」

 火野が机の上にメロンパンを投げ置く。

「折原からの差し入れだ。それ食って元気出せ」

 火野は、鞄を肩にかけて教室を出て行く。

 教室に残ったのは僕一人のメロンパン。

 火野にも折原にも余計な気を遣わしてしまったみたいだ。

 僕は袋を無造作に開き、中身を取り出し、一口かじる。

「はは……メロンパンってこんなに美味かったっけ?」

 どこにでもある普通のメロンパン。

 なのに、なんだか涙が出そうだ。

 こんな当たり前が懐かしい。

 目眩や頭痛が少し治まった気がする。

 そう言えば頭痛とか目眩って初めてなった気がする。……まあ、どうでもいいか。

 メロンパンを完食した僕は、深呼吸をして立ち上がる。

「暗くなる前にさっさと帰るか」

 少し気が落ち着いた。

 鍵を閉めに来た曾根田とすれ違い教室を出る。

 まだ校舎にはまだ人がいるのか声が聞こえる。

 そんな声を流す様に耳にしながら靴を履き替え外へ。

「あ……」

 学校を出ると、ぱらぱらと下校する生徒の中に見覚えのある背中を発見する。

 ふらふらとたどたどしい歩み。

「大丈夫……?」

 あまりの危なっかしさに僕は心配そうに声をかける。

 その言葉に、ワンテンポ遅れて雨宮さんが振り返る。

「あ……先輩……」

 昼休みの時より弱々しい声。

「……病院に……行かなくちゃ……」

 ふらつきながらも、雨宮さんは足を進めようとする。

 確かに今の雨宮さんは病院に行った方が良い。

 けれど、彼女の言葉にそんな意志は含まれていないような気がした。

 昨日会った時も病院へ誰かの見舞いに行っていたと……だから今もそのつもりなのだろう。

「……ちょと待ってて」

 僕は雨宮さんを道の脇に休ませ、再び校門をくぐる。

 向かうは駐輪場。

 いくつか置かれた自転車を漁る様に見回す。

「……あった」

 一台の自転車の下に僕は駆け寄る。

 一カ月前に鍵を無くしてから、ずっと放置していた自分の自転車。

 その自転車……いや、その自転車の鍵錠に向けて僕は石を叩きつける。

 一度二度と。

 自転車ごと壊れてしまいそうな衝撃に、鍵錠は大破。

 役割を失った。

「乗って」

 校門前まで自転車に跨りながら移動し、座り込む雨宮さんに後ろに座るように促す。

「……ありがとう……ございます……」

 雨宮さんはのっそりと立ち上がり、頼りない足取りで自転車まで近寄り、後ろの荷台部分に座る。

 手を僕の腰に回し、弱々しいながらもしがみつく。

「八塚中央病院だよね?」

 この近くにある病院と言えばそこしかない。僕がそう確認すると、後ろでこくんと頷く。

 ペダルに足をかけ、自転車を病院まで走らせる。

 病院は学校から近く、自転車なら十分もかからない。

「全く……僕は何をやってるんだろうな?」

 早く帰らなければいけないと言うのに、昨日会ったばかりの後輩の世話を焼いている。

 理由は心配だったからとか最もらしモノはあるけど……一番は多分あれだろう。

 何かしたかったんだ。

 悪魔を前に無力な僕を誤魔化したかった。

 要するに自己満足。

 まだ時刻は四時過ぎで、日が暮れるにはまだ時間がある。暗くなる前にさっさと帰れば問題は無い。

 雨宮さんも病院で休めるのならば、そうさせよう。

 こんな状態で夜道を歩いたりしたら、悪魔に遭わなくても危険だ。

「着いたよ」

 病院にたどり着き、自転車を止める。

 足を地面につけ、雨宮さんが降りるのを待つ。

「……雨宮さん?」

 いくら待っても反応が無い。

 振り返ると、気を失いぐったりとする雨宮さん。

 汗を酷く流し、時折呻き声を漏らす。

「とにかく病院に――」

 運ぼうと雨宮さんの小さな身体を抱えた時だった。

 目眩と頭痛が再び僕を襲う。

 腕から力が抜け落ち、雨宮さんの身体が堕ち――宙に浮く。

 ぼやけた視界に映るのは、ふわりと地面に着地する雨宮さんの姿。

 そのまま地に倒れた状態となった雨宮さんは糸で引かれたかの様に身体を起こす。

 意識を完全に失っており、そこには雨宮さんの意志など当然無い。

 そんな彼女の周囲には気のせいか魔法陣の様な円形の光が現れる。

 そして、その魔法陣に吸い取られる様に、まだ夕焼け程度だった空が――一瞬で闇に覆われた。



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