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悪魔を狩る死神  作者: 神崎ミキ
第一章
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♯03 命懸けの熊との鬼ごっこ

 学校を出た僕は真っ直ぐ家に帰らず、図書館へと寄り道をする事にした。

 ……今僕がおかれている現状を理解する為に。

 さっきは、悪魔の目撃情報など無いと言ったが、実際は全く無いわけではない。

 魔女狩りが昔行われていた様に、悪魔について記された古い文献も幾つかあったりする。

 もっとも、宗教色が強かったりして今一現実味が無い。

 僕なんかは、誰かの創りだしたフィクションだと思っているし、多くの人にとってもそうだろう。

 幽霊の類と一緒。

 周囲がいくらいると言っても、見えないモノは見えない。

 認識出来ないのならば、その本人にとって幽霊は『いない』のだ。

 悪魔だなんて非現実的な存在、そうそう信じられるモノじゃない。

 けれど――僕は見た。

 認識してしまった。

 悪魔かどうかはともかく、非現実的な存在を。

 だからもう、フィクションだとか言ってられない。

 胡散臭い情報でも、今の僕にとっては無いよりかマシだ。

 忘れられない以上、逃げられない以上……向き合うしかない。

 別に悪魔とやらと戦うつもりなんて毛頭無い。

 僕が悪魔に遭遇してしまったら、例え使い魔であっても祈る暇もなく殺されるだろうし、事実昨日は天宮寺さんが現れなかったら危なかった。

 だから悪魔を倒そうなんて馬鹿を事は考えたりはしない。

 ただ知るだけ。

 今この街で何が起きていて、僕はどうして巻き込まれたのか……それをしっかりと認識し、心に整理をつけたいだけ。

 今のままでは、落ち着いて夜も寝れない。

 ……と言う訳で図書館。

 街で一番大きく貯蔵量も多い。

 ここで、少しでも情報を得ようと、悪魔関係の本を片っ端から呼んでいく。

 ……半分近く外国語で書かれていたから、全ては読めなかったけど。

 で、理解出来る範囲で分かった事を軽く纏めてみる。



 悪魔とは、元来仏道修行を妨げる悪神を総称する仏教用語で、諸宗教に見られる『煩悩』や『悪』、『邪心』などを象徴する超自然的な存在の事を言うらしい。

 神話にはしばしば聖人や預言者の信仰心を試す存在として登場し、宗教上の神に敵対するものを指し、異教の神々への蔑称でもあり、キリスト教の悪魔などは殆どがそれに当てはまるとか。

 そして、悪魔の中には人に取り憑くモノもおり、憑依された人間は悪魔憑きと呼ばれる。

 悪魔憑きに成ると、凶暴に振る舞ったり、邪魔な人を滅ぼしたり呪ったりと、本来ならその人が決してしないような行動を取るように成るらしい。周囲の人にも同様の行動を取るよう仕向けたりし、その結果……周囲の人々との良好な関係が破綻したりその人の魂自体が破滅に陥ると言われている。

 悪魔憑きの周囲では、自然・動物にも異変を来たすとされる。



 ……大体こんな感じ。

 もっと詳しく調べるには、やはり外国語の本を呼んだ方が良いんだろうな。

 まあ、この情報も天宮寺さんの話同様鵜呑みにする訳では無いけど、少し見解が見えてきたかもしれない。

 まず、悪魔はゲーム等でよく扱わる様に単純に人間の敵って言う訳では無く、神様に近い類のモノ。

 ……僕は神も仏も信じてないけど。

 欲望や願望を叶える存在。

 悪魔にも色々あるようで、不和を招くモノもいれば、悪人を罰するモノもいるとか。病気を治したり、恋愛を成就させたりしてくれるモノもいるらしい。

 ……魂を差し出す代わりに。

 単に願いを叶えてくれるだけなら悪魔とは呼ばれない。

 人にとって『悪』とされているからこその悪魔なのだ。

 天宮寺さんに至っては絶対悪と言う程に。

「……そんなモノがこの街にいるってのか」

 そんなモノを呼び出してしまった人間も。

 気がつけば、僕の周りには誰もおらず、静寂がその場を支配していた。

 一人取り残された僕は、窓から外を見る。

 そこには、光の無い暗闇があった。



 ◇



 僕は調べる為に用いた本を棚に全て仕舞うと、そのまま図書館を出た。

 外はすっかり日が沈み、辺りは既に真っ暗。

 そうとう集中していたのか、いつの間にか閉館時間を過ぎていたらしい。

 どうりで僕以外の利用者がいなくなっていた訳だ……と一人納得。

 そして襲い来る不安。

 外に出ても人の気配は全く無く、足音一つ聞こえない。

 昨日の今日だ。怯えるなと言われてもそうそう上手くはいかない。

 猫が曲がり角から飛び出して来ただけでも、街灯の光が揺れただけでも、音がしただけでも……僕はびくっと肩を震わせる。

 さっきから嫌な予感が頭から離れない。

 この街には、今悪魔がいる可能性が高いのだ。

 少なくとも普通ではない。

 二度も連続で遭遇するなんて偶然――いや不幸など滅多に無いと自分に何度も言い聞かせつつも、不安を拭う事は出来ない。

 周囲を警戒しながら道を歩く。

 気のせいか、いつもより帰り道が長い気がしてくる。時間がかかり過ぎている様に感じる。

 人ともすれ違う事がなく、今世界には僕一人しかいないんじゃないかと言う馬鹿げた錯覚が冗談にならない。

 生きた心地がしない。

 一刻も早く家に帰ろと、足に力を込め走りだす。

 足音が嫌に良く響く。

 途中、時間を確認しようと携帯をズボンのポケットから取り出そうとして――焦って手から抜け落とす。

 更に運が悪い事に落とした携帯を蹴飛ばしてしまい、携帯は遠くへ飛んで行く始末。

「おいおい……」

 携帯が飛んでいった方向に目を向けると、そこにあったのは見覚えのある風景。昨日の夜……あの緑の熊に襲われ、死神の姿をした天宮寺さんに出会った場所。

 そう――公園だ。

 必死に……速さだけを重視して近道を走っていた為、公園の存在を忘れていた。

 出来れば近寄りたくも無かったのに、気がつけば公園の真ん前。

 しかも携帯は明らかに公園の中。

 携帯を無視してさっさと帰るか、携帯を取りに行く為に公園に突入するか。

 どうするべきかと、公園の前で悩んで立ち尽くす。

 携帯を失くすと色々と面倒になる……けれど公園は避けたい。

 二律背反の葛藤。

 迷っていられる時間は殆ど無く、焦る僕に脳が早くしろと急かして来る。

 このままここで立ち止まっていると……いつ悪魔が来るかと気が気でない。

「……くそっ!」

 いくら考えても答えは出ず、焦り果てた僕はやけくそ気味に公園へと駆け入った。

 別にこの公園に悪魔が現れる可能性なんて、他の場所と同じ……むしろ、昨日現れたのだから逆に大丈夫なんじゃないか。

 そう自分を誤魔化し、足を夢中で働かせる。

 目を全力で凝らし携帯を探す。

 薄暗い地面を焦りながらも必死に。

 そして視界に携帯を見つけると、すかさず駆け寄り手を伸ばした。途中何も無い所で躓いた事は気にしない。

「ふぅ……」

 何事も無く携帯を取り戻せた事に安堵し、一息つく。

 後は、家に帰るだけだ――と再び走りだそうとした所でナニかに衝突。

 そのまま押し倒すように倒れてしまった。

「いたたた……すいません、大丈夫ですか?」

 僕はゆっくりと顔お起こす。

 毛皮でも着ているのか、手で感じる手触り気持ちいい。

 ふさふさでふわふわ。

「ぐるるる……」

 月明かりによって照らされたその顔を見て僕は思った。

 今からでも遅くはないから、この公園を熊公園と改名するべきではないかと。

 僕の運はどこまで悪いのかと。

 どこまで出来過ぎれば気が済むんだど。

 緊張が全身を走る中、ぎこちなく飛び起きる。

 息を呑み、二歩、三歩と後退る。

 そして……見る。

 昨日見たのと同じ――緑毛の熊の怪物を。

 ベストの色や模様が違ったりと多少の差異こそあるが、そんな事僕にはどうでも良い。

 緑の熊は、唸りながら僕ににじり寄る。その目は獲物を狙う獣。

 昨日と同じシチュエーション。

 昨日と全く同じならば、これから天宮寺さんが来てくれるんだろうか?

 いや……ないだろうな。流石にそこまで偶然は起きやしない。

 それに昨日と違って僕は疑われているんだ。助けてくれるかも分からないし、そもそも迫り来る死の危険を前に悠長に待ってなんていられない。

 今は何よりも逃げ切る事が……生き残る事が大事だ。恐怖なんてしている暇はない。

 僕はかつてない程の力を足に込め――全力を持って突っ走る。

 公園を飛び出し、そのまま夜道を必死に駆ける。

 火事場の馬鹿力とでも言うのだろうか、今まで出した事の無い速度を肌で感じる。

 迫り来る死の恐怖……悪魔を前に限界を超える。

 疲れなど知ったものかと、全力を持続させながら人気の無い道を走る。

 本当は一刻も早く家に駆け込みたいのだけど、生憎そうもいかないのが恨めしい。

 一応家に向かってはいるが、まだ帰る事は出来ない。

 何故なら、今の最優先事項は家に帰る事ではなく、逃げ切る事。

 いくら家へ駆け込んでも、家の中に入って来られたら全てが終わる。

 自分一人だけでなく家族諸共命を失う。

 だから、今はあの熊を撒く必要があるのだ。

 大通りを避け人気の無い道を選んでいる理由も同じ。

 他人を――巻き込みたくなんてないからだ。

 もし巻き込んでしまえば、最悪死ぬ。

 かなりの確率で死ぬ。

 僕のせいで死ぬ。

 そんな事になったら、例え僕が生き残ったとしても納得出来ない。

 自分を許せない。

 だから――

「――なっ!」

 逃げる事に必死な上に余計な考え事までしたせいで前方に意識を回すのを忘れていた。

 気がついた頃には、すぐ目の先に人影を感じる。

 全力で走る今の僕の速度は、自転車をも超えている気さえする。そんな勢いで人にぶつかるのは危険。

 衝突を回避しようと、足でブレーキをかけながら身体を横へ傾け軌道を逸らす。

 そして――間一髪でかわす事が出来た。

 ……その代わりに僕は頭を電柱に思いっきりぶつける事になったが。

 鈍い音が耳に響いて聞こえる。

「あ、あの……大丈夫ですか……?」

 頭を抱えてうずくまる僕の耳にかわいらしく弱々しい……心配そうな声が届く。

「多分……大丈夫」

 僕はそう応えて、何ともない風に立ち上がる。

 これは強がりでは無く本音。

 当たり所が良かったのか、僕固有の丈夫さが作用したのか、不思議とそれ程痛くはなかった。

「……て、そんな場合じゃ――」

 僕は慌てて後ろを振り向くと――そこには何もいなかった。

 ついさっきまで真後ろを走っていたはずの緑の熊の姿はそこには無い。

「……あれ?」

 安心するより先に疑問が出てくる。

 逃げ切れた……のか?

「あの……どうかしたんですか?」

 女の子が不安そうにこちらを見てくる。

「ねえ、僕の後ろに……何かいなかった?」

「……いませんでしたけど?」

 不思議に思う僕の問いに、不思議そうに答える女の子。

 念のため近くを探してみたけど、あの熊はどこにも見当たらなかった。

「……誰かに追われてたんですか?」

「あ、うん」

 服を着た熊の悪魔から逃げていた――なんて、言えるはずがないのでぼかして答える。

 言っても信じる人なんて滅多にいやしない。

 昨日の夜までの僕もその一人。

 そんな事を真顔で言ってきたら、速攻で距離を取って逃げる。最悪警察に通報する。

「……最近は物騒ですから気をつけて下さいね。通り魔が出るらしいですから」

「……通り魔?」

 もしかして悪魔の事だろうか?

 既に誰かを襲い、被害者が出た……そう考えるのが妥当だと思う。

「なら君も危なくないか? こんな時間に一人でいるだけでもあれなのに」

 僕と会話している子は、背の小さなショートカットの女の子。

 一見中学生に見えてしまう位に小柄だが、八塚高校の制服を着ているので一応高校生らしい。

 おそらく一年だろう。

 それなら有り得ないこともない……が、どっちにしろ、一人で夜を歩くには頼りない事には違いは無い。

「……わたしは病院の帰りです。お見舞いをしてたので……」

 彼女は口下手なのか、小さな声で必死に言葉を紡ぐ。

 ……なんだか出歩いてることを僕が攻めている感じになっている気がして来るな。

「えっと、その……送ろうか? 家まで」

 フォローも兼ね、提案。

 あまり長く外にいて悪魔と遭遇する確立を上げたくは無いが、この子が被害に遭うのも避けたい。

 まあ……僕に何ができる訳でもないけど。

 それでも、何もしない事がなんとなく嫌だった。

「……だ、大丈夫です。家すぐ近くですから……」

 女の子は手を前に出しパタパタと振りながら首を横に振るう。

 最初からだけれど、始終おどおどしている。

 もしかしたら僕は怖がられてるんだろうか?

 送るのを断られたのは……冷静に考えたら当然か。

 初対面の男に送ろうかなんて言われても不気味なだけだ。

「なら、気をつけて帰りなよ。なるべく速く」

「……は、はい」

 女の子は、そう頷くと、頼りない足取りで帰路へとついた。……本当に大丈夫なんだろうか?

 不安だ。

 その後僕は、再び周囲を警戒しながら夜道を歩き、なんとか無事家に帰還することができた。

 女の子と別れた後は、誰とも出会う事も無く、悪魔にも遭遇しなかった。

「……明日から、夜になる前に帰ってこよう」

 その方が絶対良い。

 通り魔の噂があるのなら、他の人も無闇に外を出歩きはしないだろう。

 もしかして、今日人と遭わなかったのもそのせいか?

 玄関でへたり込みながらそんな事を考える僕。

 かなり無茶をしたせいか足が動かなく、しばらくこのままの状態で時を過ごした。


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