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悪魔を狩る死神  作者: 神崎ミキ
第三章
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♯16 異常な世界で狂いだす

 階段から転げ落ちた僕は、そのまま台所へは向かわず外に出た。

 家で大人しくしてろと言うのが折原の忠告だったが、家でじっとしてるなんて今の僕には出来なかった。

 何もせずぼーとしているだけで、頭の中で不安や恐怖、そして狂気が産まれて暴れだす。

 このまま僕は死ぬんじゃないかとか、悪魔に憑かれた奴の様に正気を失うんじゃないかとか、考えるだけで息が止まりそうで、視界が真っ暗で、そんな状況から脱しようと、無我夢中で身体を動かし、気がつけば外にいた。

 うっかり靴を履き忘れた事なんて、些細でどうでも良い事だ。

 雨が降る中、傘もささずに外を歩く。

 こんな事なら、頭痛や発熱が治まらない方が良かった。

 その方が、苦痛で頭が一杯になり、余計な事を考えずに済んだ。

 例えば、先程から小規模な地震が起きていたりする。

 大地が震えるのを感じた僕は

『この世界もいよいよ終わりか?』

 だなんて言葉を皮肉めいた口調で誰に言うでもなく呟いた。

 普通に考えればこんな事で世界が終わるはずが無い。

 それにも関わらず終わるとか終わらないとか言い出す奴は狂ってると思う。

 ちょっと揺れただけで世界が滅びるなら、とうの昔に世界は跡形も無くなっている。

 ……だから、そんな事を言い出した僕は狂っているのだろう。

 無意味に見上げる空も黒い雲に覆われ不気味さを醸し出している。

「あれ……どうしたんですか、先輩?」

 道の真ん中で立ち尽くしていると、前方から聞き覚えのある声が聞こえた。

 僕は目に力を込め、焦点を声の方に合わせる。

「……雨宮さん?」

 そこにいたのはとある後輩。

 僕が悪魔を知る切欠となった一人。

「はい、雨宮です。どうしたんですか? 辛そうでしたが……」

「……何でも無いよ。ちょっと考え事をしてただけ」

 嘘じゃない。

 むしろ考え過ぎで困ってた位。

「……そうですか? 無理はしないでくださいね。……わたしの様に」

 雨宮さんは、父親を救う為に自分を投げだしブエルを召還しようとした。

 その結果、身を滅ぼしかけた。

 今こうして生きているのは奇跡と言っても過言で無いらしい。

「……ああ、しないよ」

 するはずが無い。

 して何になる。

 僕は身を捧げてまで叶えない願いなんて無いのだから。

 敢えて望むなら――普通。

 普通に生きたい。

 異常な世界で、異常に死ぬなんて真っ平御免だ。

「それなら良いんですけど……」

 ホント、雨宮さんは強いな。

 他人の心配までして。

 雨宮さんだって悪魔の事を知り、異常な世界に片足突っ込んでいるって言うのに、最初会った時感じた弱々しさも無く、元気に明るく生きている。

 それに比べて僕は……。

「……心配してくれてありがと。雨宮さんも気をつけてね、例の殺人犯がまたこの街に来るかもしれないらしいから」

 根拠は知らないけど、折原情報なので警戒するに越した事はないはず。

 そうでなくても、この街は異常で蝕まれているんだ。

 出来るならこの街をさっさと出て行きたい。

「え……本当ですか?」

「いや、あくまで推測だけど……どうかしたの?」

 殺人鬼の話を聞いて、怖がるより驚きを見せた事が気になった。

 何か思う所でもあるのだろうかと疑問。

「……実はわたし、前にその人に会った事があるんです。先輩と初めて会ったあの日の夜に」

「それって……」

 つまり男二人が殺人鬼に襲われた日と言う事だ。

「よく無事だったね……」

 相手はこのたった一ヶ月で百人近くを殺した殺人鬼。

 そんなモノに、人気の無い夜に遭遇し無事だった事は奇跡に近いだろう……そう僕は思った。

 しかし――

「……わたしにはあの人が悪い人に見えなかったんです。とても人を殺す様な人には……」

 雨宮さんの語る殺人鬼の像は僕の持つそれとは若干……いや、かなりズレがあった。

 殺人鬼が『悪』でないなら、なんだと言う。

「あの時、先輩に言いましたよね? 通り魔が出るって」

「あ、うん」

 確かに聞いた。

 それで悪魔が人を襲っているんだと勘違いして、次の日に折原に――て、あれ?

 そこまで思い返した所で疑問がまた一つ出てきた。

 男二人が襲われたのは夜中、そして事件が明るみになり通り魔の噂が流れたのは朝。

 なら……どうしてあの夜に雨宮さんは既に通り魔の事を知っていたんだ?

「……その通り魔の話はあの人に聞いたんです。だから気をつけてさっさと帰った方が良いって」

 心無き殺人鬼……それが、今世間を騒がす連続殺人犯の呼び名だ。

 突如姿を現し人を殺す存在。

 警察がいくら追おうと捕まえる事も追い詰める事も出来ず、その挙げ句に警察官数名が殺されている。

 正に神出鬼没。

 そんな殺人鬼と雨宮さんが言う男が重ならない。

「……人違いじゃないの?」

 通り魔の事を知ってち時点で本人である可能性は極めて高いのだが、そう聞き返さずにはいられなかった。

「……いえ、多分間違い無いと思います。テレビのニュースを見た時は驚きましたから」

 人違いでないのならば、心無き殺人鬼とはマスコミが作り出した偶像なのか?

 しかし、奴が多くの人の命を奪ったのは事実。

 ならば一体真実は何なんだ?

 僕には真実が見えない。

 これは情報が不足しているからか?

 ……多分、そうなのだろう。

 そして、おそらくその情報は一生不足していて良い代物だ。

 真実なんて知る必要はどこにも無く、無意味でしかない。

 僕が悪魔の事を知り、普通を逸脱してしまった様に、成り得て害。

 だから僕はこのまま殺人鬼に怯えていれば良い。

 それが普通――だと言うのに。

「はは……どうしてこうも運が無いかな?」

 僕は目の前……雨宮さんの後ろに立つ人影を見て笑う。

 こうも出来過ぎた不運を、こんな状況でも恐怖を感じていない自分自身を。

 視界に映るは、テレビで嫌と言う程見た例の殺人鬼。

 僕が置かれたのは、またも異常な現実。

 その手にはナイフ。

 銀の輝きなどとうに失われ、血で黒ずみを見せている。

 そんな殺人鬼はふらふらとした足取りで、こちらに足を進めて来る。

 一歩、二歩、三歩。

 死の危険がすぐそこまで近づいている……けれど、僕はそれを黙って見ているだけ。

 恐怖で身体が動かない訳じゃない。

 抵抗などしても無駄だと、心のどこかで悟っているからだ。

 悪魔なんてモノを目の当たりにしてしまったせいか、殺人鬼を前にしても冷静にいられる自分にちょっと嫌気が差す。

 舌打ちを軽くした後、僕は雨宮さんの前に立つ。

 どうせ殺されるなら僕だけで十分。

 僕なんて生きている意味も価値も無い。

 雨宮さんが後ろで何やらを言っているが聞こえない。

 やがて狂気に支配された様な目をする殺人鬼が僕の側……手を伸ばせば届く距離まで近き――通り過ぎた。

 僕なんて見えて無いかの様に真横を素通りした殺人鬼は、そのまま向こうへと歩いて行った。

「助かった……のか?」

 死の危機が去ったのを確認すると急に足腰から力が抜け、地面にへたりつく。

 安堵と今更の恐怖。

「はは……僕は何しようとしてたんだ?」

 殺人鬼を前に生きる事を諦めていた。

 殺人鬼からではなく異常な現実から逃げだそうとした。

 異常な世界で異常に苦しめられるくらいな、もういっそここで死んだ方が楽なんじゃないか……そんな事を考えていた。

 身体が震えて止まらない。

「……だ、大丈夫ですか?」

「…………ああ」

 そう言うのが精一杯だった。

 雨宮さんが心配そうな目で僕を見てくれる。

「……外にいるのは危険だから、早く帰った方が良い」

 あまり情けない姿を晒し過ぎると、雨宮さんに余計な負担をかける事になる。

 それは出来たら避けたい。

 出来るだけ人に迷惑をかけたくない。

 だから、僕は平気な風を装う。

「警察には僕が連絡しておくから」

 そんな地べたに座ったままの僕の言葉に、雨宮さんは戸惑いながら頷く。

 そして、僕を心配しつつ家に帰る為の道についた。

「……無茶はしないでね。お願いだから……死なないで」

 僕は雨宮さんの背中に向けて、懇願する様な言葉。

 放っておいたら、雨宮さんは殺人鬼を捜そうとするんじゃないかと……殺人鬼の真意を確かめようとするんじゃないかと思えたから。

 もし本当にそうだったなら、思い止まって欲しい。

 真実なんて知る必要は無いから、自分の命を大事にして欲しい。

 僕の言葉が聞こえたのか雨宮さんは一旦足を止め……頷く様に頭を動かした。

「それで良い……」

 真実は要らない。

 死ぬ必要はない。

 そう……この一ヶ月で実感した。

 初めて悪魔に遭った時、僕は理解不能な現象を前に恐怖で身体が動かなかった。

 二度目に悪魔に遭った時は、自分の不運を呪いながらも恐怖で逃げ出した。

 三度目に悪魔に遭った時は、その圧倒的な力を前に地に崩れた。

 そして今、殺人鬼を前に生きる事を投げ出しかけた。

 そして――後悔した。

 死ぬ事はやはり恐い。

 そんな死を引き起こす殺人鬼や悪魔が恐い。

 この世界のあらゆる所に死の危険がある現実が恐い。

 何も知らなければ今も普通に生きていけたんだろう……そう思わずにはいられない。

 自分の不運を嘆かずにはいられない。



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