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悪魔を狩る死神  作者: 神崎ミキ
第三章
16/21

♯15 身体を蝕む異常

 ……何が起こったかは僕にも分からない。

 それは無意識であり、気がつけば溢れんばかりに輝く光に手を伸ばしていた。

 僕は光が欲しかったのだろうか?

 それとも力が欲しかったのだろうか?

 それが……僕には分からない。

 今も、これからも。






 雨が地を打つ音が聞こえる。

 水溜まりがそこらに出来、止まない雨に街全体が憂鬱。

 ここ何日も太陽の光を浴びていない。

 そんな六月の上旬。

 少々早い梅雨。

 このまま降り続ければ、街が雨で沈むんじゃないだろうか……だなんて馬鹿な錯覚を覚えそうだ。

 折原は『そんな事より定期テストの勉強をした方がいいんじゃないかな?』と諭すように言った。

 そう言えば、もうすぐテストだったっけ?

 最近ろくに勉強してないから忘れてた。

 火野は『でも俺も忙しいからな』と誤魔化す様に、ゲームをしながら言った。

 明らかにゲームを止めれば今すぐにでも暇になる。

 そんな二人に僕は『……羨ましいな』と無気力に言った。

 日常に生き、普通の毎日を過ごせる二人が羨ましい。

 僕なんて身体は熱く、頭痛は止まらない、夜も寝られない。

 身体が今にも壊れそうで、悲鳴をあげているようで……気が狂いそうで。

 あの夜以降、異常な世界でただの傍観者でしかなかった僕自身にも異常が起き始めた。

 ……いや、本当はもっと前からなのかもしれない。

 僕が否定し逃げて来た現実が、今になって纏めて降り懸かって来た……そんな馬鹿けた事実が隠されている可能性もある。

 ……まあ、そんな事はどうでも良いけど。

 僕は平穏が、普通が欲しいだけなんだ。

 異常現象の真実の究明なんてする気は更々無い。

 真実なんかより普通が欲しい。

 天宮寺さんや悪魔の事を知ろうとした時だって、好奇心も正義感も僕の心には微塵も有りはしなかった。

 不安さえ取り除けるのならと、せめて怯えずにすむならと、自分がこれ以上傷つかないならと……自分勝手に利己的に逃げていただけだ。

 結局向かい合った所で、僕は後退るだけなのだ。

 僕はバッドエンドなんか見たくも巻き込まれたくもない。

「……今日は土曜だったのか」

 ふと、何となく、特に意味も無く、僕は携帯を開く。

 その画面に大きく表示された日付と時刻が、狂いだした僕の時間感覚を無理やり正してくれる。

 あの公園での夜以降……数えて四日近く寝てないせいなのか、身体に起きてる異常のせいなのか、頭が……身体が正常に機能しない。

『……です。速報が入りました』

 付けっぱなしだったテレビの音がぼんやりと耳に入る。

 速報という名のニュース。

 ほぼ毎日速報速報と言っている。

 今巷を騒がせている例の殺人鬼。

 確かこの間死者が百を超えたと聞いた気がする。

 まったく……悪魔や死神が出張らなくても今日も世界は異常で狂ってる。

「おーい、元気かー!」

 ぼんやりとテレビを眺めていると、突然部屋の扉が開かれ乱入者が入って来る。

「はい、さし入れ」

 無駄に元気な火野と無駄に気の利く折原。

 火野は手ぶらだが、折原は手に林檎やらの果物の入った袋を持ち、差し出してくれる。

「……ありがと」

「良いって良いって」

 お礼を言うと、何もしてない火野が反応した。

 これは果たしてボケなのか本気なのか。

「本当なら病院に行った方が良いんだけどね。もし家にいるなら大人しく寝てること」

 折原は火野をスルーし、薬とか冷えピタとかを用意してくれる。

「そうだそうだ、速く復活して『WORLD END』を終わらせるぞ!」

「……はは」

 無神経なようで、こういう時は律儀に待ってくれるんだよな。

 速く進めたいだろうに。

「あ、そう言えば天宮寺さんとマルティーニさんってどこにいるか知ってる? ちょっと聞きたいことがあったんだけど連絡がつかなくて」

 折原がふと思い出したように言うが、僕は首を振る。

 天宮寺さんともマルティーニさんとも、あの夜以降会話をしていない。

 学校に行けば嫌でも顔を見るはずだが、顔をまともに見た覚えも無い。

 だから二人が何をしてるかなんて僕には知る良しも無い。

 そもそも、今はそんな余裕も無い。

「例の殺人鬼の事もあるからあまり出歩かない方が良いんだけどな……」

「ん、何だ殺人鬼って?」

「最近噂になってる連続殺人犯だよ。神出鬼没。で、多分だけど次に現れるのがこの八塚市」

「……ここ?」

「あくまで僕の推測だけどね。用心するに越したことは無いよ」

 火野は『なんだよびっくりしたじゃねえか』とか言ってるけど、僕の脳内では警鐘が鳴っていた。

 あの折原が何の根拠も無く推測を言うはずが無い。

 そして折原の推測は予知の域に達するほどの的中率。

 不安になるなと言う方が無理だろう。

 僕なんて、少し前なら恐怖で震えていたかもしれない。

 ……今はそんな余裕無いけど。

 殺人鬼だか知らないけど、今は自分の事で頭が一杯一杯。

 余計なことに使ってる暇は少しも無い。

 僕を悩ます異常。

 悪魔や死神、そして殺人鬼以上に……僕はその『異常』が怖い。

 原因不明。

 天宮寺さんやマルティーニさん曰く特異能力かもしれないとの事だが、僕としては未だに認められない。

 特異能力とは、祓魔師などが遺伝的に持つ固有の力。

 火を操る者や、身体を癒す者、身体能力を底上げする者とか。

 それがどうして僕なんかにあるなんて話になるんだ?

 極稀に遺伝とは関係なく、突発的に特異能力を持って産まれてくる者がいるらしいけど、少なくとも僕ではないはずなのだ。

 そんな異常な存在に成った覚えは刹那も無いのだ。

 どんな力かも判らない今、僕にあるのは不安と恐怖だけ。

 一体僕に何が起きているんだ?

 今まで起きた異常は、記憶が消え無かった事、ブエルを召喚した魔方陣を消した事、マルティーニさんの聖剣による暴走を止めた事。

 ……やっぱり見当もつかない。

 もしこれが特異能力とやらの仕業だと言うのなら、ゲームとかで偶にある、特殊能力無効化とか言うやつか?

 もし、そうだとしたら……何の役にも立たないな。

 世界が滅びた時にでも、一人で平然とでもしてろって言うのだろうか?

 結局、そんな力があっても僕に出来る事は何も無く、ただ傍観するだけ。

 自身が異常であると言うレッテルを貼りながら、日常にも戻れず……異常な世界の観客を死ぬまで続けるのだ。

 ……いや、その前に身体が持たないかな。

 いつ限界が来てもおかしくはない……そんな非常に危険な状態。

「……じゃあボク達は行くよ。くれぐれも安静にね」

「じゃ、次は学校でな!」

 折原と火野。

 二人は僕を気遣いながら部屋を出る。

 しかし、安静……か。

 それが出来たらどれだけ良い事か。

 身体は熱い、頭は痛い、視界もぼやける。

 こんな状態で安らかに寝てるなんて無理だ。

 どうせなら特殊能力とかじゃなくて、こういう身体の異常を無効化してくれたら良いのに。

 ……まあ、そんなモノなくても今までは大丈夫だったけど。身体が丈夫なだけが取柄だった僕。

 それがこの様では、これから僕の取り柄は無しになりそうだ。

 怪我も病気も一度も無い。

 だから、こんな風に寝込むなんて産まれて初めての体験。

 頭痛も発熱も、こんなにも辛いものだとは思わなかった。

 変に耐性が無い分余計なのかもしれない。

 ……やはり病院に行くべきなんだろな。

 両親もそう促してくるが、僕はそれを断固として拒んできた。

 もし、この頭痛や発熱がただの風邪や普通の病院なら良い。

 僕はそう診断が下ると同時に安堵するだろう。

 ……だが、逆に否定されれば絶望する。

 原因不明だとか言われた日には、特異能力だなんて冗談みたいなモノを本気で疑わなくてはいけなくなる。

 そんな事態は出来るだけ避けたい。

 目一杯目を逸らしたい。

 だから僕は病院にも行かず、部屋で倒れる事を選んでいる。

 ベッドの上で無防備に、不格好に寝そべり、天井をぼんやりとなんとなく見つめる。

 テレビの雑音も聞こえるはずなのに、僕の耳は何も捉えなくて無音に思える。

 そのせいか時が流れるのが酷くゆっくりに感じ……間に耐えられず身体を起こした。

 ズキズキ。

 イライラ。

 オロオロ。

 じっとするなんて出来やしない。

 許されない。

 ……肉体的にも、精神的にも。

「……喉が乾いた」

 ふとそう口にする。

 僕を悩ませるモノの一つが発熱。

 身体が内から燃えているよう。

 体内にある全ての水分が蒸発してしまいそうだ。

 この感覚を誤魔化す為にも水分を外から補給したい。

 さっきの折原の差し入れの中にあるかもと、袋を漁ってみたけど徒労だった。

 折原ならこうなるのを予知して準備くれているのではと思ったのだが、どうやら予知は完璧ではないらしい。

 少々期待しすぎただろうか。

 仕方無いので、水を得る為、安静にしておけという忠告に早速反して、身体を動かせる。

 ふらふらとした足取りで部屋を出て、階段前。

 ここは二階、水のあるキッチンは一階。

 降りるのはまだしも、帰りに登るのは少し面倒臭いし辛い。

 やっぱり水は諦めようか、どうしようかと悩んで立ち尽くす。

 そんな時、鋭い痛みがズキンと頭を走り、その後麻痺したかの様にクラクラとする。

 視界も完全に靄がかかり前が見えない。

 身体もコントロールが利かない。

 そして――落ちた。

 一瞬身体が宙に浮き重力を感じなくなり、気がつけば後頭部から階段へと衝突。

 そのまま転げ落ちる様に、あちこちを激しくぶつけながら階段を下る。

 そして、一階へと叩きつけられる様にたどり着く。

「――痛……くない?」

 一階で倒れる僕は体勢を起こし、身体を確かめる。

 何故か身体が軽い。

 あれ程派手にぶつけた頭にも痛みはなく、逆に頭痛が消えた。

 打撲の痕も一切無い。

 大怪我を覚悟したのに、蓋を開けると不調が回復。

 身体の熱さも、視界のぼやけも無い。

「……どうなってるんだ?」

 あんなにも身体的にも精神的にも僕を苦しめ悩ませてきた異常がここに来て忽然と、不自然なまでに消えた。

 異常が消えたと言うのに喜べない。

 ……何故なら実際は異常は全くと言って良い程に消えてなんていないのだから。

 僕は再び自分の身体を確認し、凝視する。

 原因も原理も対処も一切分からぬ異常が、自分の身体を身体を蝕んでいる。

 そんな異常な今に僕は――身体を震わせる。

 本当にこれは特異能力とやらの仕業なんだろうか?

 だとしたら、どうして僕なんだろうか?

 思わず頭を抱えてしまう。

 ……こんな自分には不要で邪魔でしかない力でも、望む者はいると言うのに。

 マルティーニさんが良い例だ。

 才能も力も与えられなかった彼女は、それでもと努力に努力を重ねた。

 時には血を吐き、命を危険に晒した事も何度とあったと聞く。

 この間の夜の戦いだって、本来なら彼女は今頃この世には存在していなかっただろう……と。

 どんなに求めても得られなった力……それが、神とやらの気紛れなのか僕の下へと渡って来た。

 望んだ者には与えられず、望まぬ者に与えられる。

 どうして運命とはこうも上手く廻らないのか。

 もしや、誰かがわざと歯車を狂わしているのだろうか。

 そして、滑稽に踊る姿を見て笑っているのだろうか。

 ……そんな馬鹿げた思考に至り僕は僕を笑う。

 乾いた声で嘲笑う。



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