♯12 世界の滅びを救うモノ
悪魔を忌み嫌い、殺す彼女が悪魔の契約者?
その事に整合性をつけられず、マルティー二さんの言葉にいまいち納得する事が出来ない。
要するにそれがマルティーニさんが指摘する矛盾。
確かに天宮寺さんは普通じゃない。
人間らしさは無く、自身も死神を名乗り人間である事を否定している。
けれど……契約者だとは思えなかった。
『ワタシは魔力を探知する事が出来るの。さっき天宮寺さんが鎌を取り出した瞬間――魔力を確かに感じた』
魔力とはこの世界には存在しない力。
それを人間が持つには悪魔と契約するしか手段は無いらしい。
だから魔力を使う天宮寺さんは契約者……もしくは悪魔自身と言う事になる。
人間が魔力を持つと自我が崩壊するんじゃないかと尋ねると。
『聞いた話じゃ過去にはある程度の自我を保つ事の出来た契約者もいたらしい。……正気ではなかったらしいけどね』と返してきた。
狂気……魔力に耐えて自我を保つ事の出来た者が辿り着く末路。
悪魔と契約したら正気を保つ事は出来ない。
……少なくとも今までの歴史の中にそんな契約者はいなかったらし。
皆どこか狂っていたと。
終わっていたと。
『この街に住んでいる悪魔の契約者もそう。どっちにしろまともな状態じゃないと思うから気をつける事ね』
天宮寺さんも言っていたこの街に巣食う悪魔。
一年以上も前からこの街には悪魔がいると祓魔師の間では噂が囁かれているらし。
しかも強力な。
推測ではあのブエル級だとか。
ならば、何故そんなモノが野放しにされているのか……そう問うと、日本の祓魔師である退魔師が否定しているから介入出来ないとの事。
『ワタシはね、その悪魔を滅する為にこの街に来たの』
いつか天宮寺さんも言っていたその言葉。
マルティーニさんも天宮寺さんも偶然この街に来たのではなく、悪魔を追って来るべくして来た訳だ。
マルティーニさんが悪魔を追う理由は分かる。
彼女は祓魔師であり、悪魔を祓うのが役目なのだから。
だが……天宮寺さんは?
悪魔と契約をかわし正気を失って、その果てが悪魔を殺す?
僕には天宮寺さんが理解出来ない。
まあ……今まで理解しようなんて思って来なかったから当然なのかもしれないけど。
ずっと避けてきた。
目を逸らしてきた。
……逃げてきた。
『契約者だと分かった以上、彼女を放置する事は出来ないから』
祓魔師として天宮寺さんを対処すると言うマルティーニさん。
それは即ち『殺す』という事。
天宮寺さんが、あの時雨宮さんを殺そうとした様に。
一度契約すればそこで終わり。
だから殺すしかない。
……そう言っていたのは他でも無い天宮寺さんだ。
「大丈夫? ぼーとしてるけど」
「……あ、うん」
マルティー二さんと共に遅刻した三時間目も終わり、今は休み時間。
天宮寺さんもマルティー二さんも教室にはいない。
今僕の背に死神はいない。
「はい、これ」
折原は僕に数枚のルーズリーフを渡す。
中身を見てみると、さっきの授業の板書と纏めの様だ。
「……ありがと」
それを受け取り、ファイルに挟んで鞄に仕舞う。
折原には、前のブエルの時にも世話になった。
一応解決して、少し落ちついた僕はその二三日の授業をろくに聞いていなかった事に気づき焦り……そこに僕の聞きそびれた授業のノートを余分に作っていた折原が颯爽と登場。
持つべきは友だとはこの事だ。
それに比べて……。
「それって俺の分もあるか?」
「うん、あるよ」
「おう、サンキュ!」
ちゃんと授業に出ていたはずの火野が折原からルーズリーフを受け取る。
僕が教室に戻ってきた時には机に突っ伏して熟睡だったから仕方が無いと言えば仕方が無い。
どうせ徹夜でゲームでもしてたんだろうに、随分と図々しい。
「……ホント気楽で良いよな、火野は」
日常を満喫出来て。
毎日が楽しそうで。
笑えてて。
「おいおい、俺にだって色々とあるんだぞ」
「色々ってゲームでしょ?」
火野の生活の半分がゲームで成り立っている事は嫌という程知っている。
中学の時も部活もせずにゲームセンターへと直行する日々を送っていた。
「いやな、昨日ようやくラスボスを倒せたんだよ。あの強さは半端じゃなかったぜ。何度ゲームオーバーになったことか……」
呆れ気味に、小馬鹿にする様に言った僕に対し、どうでも良い事を大真面目に熱く語る火野。
暑苦しく若干鬱陶しいけど、そんな火野が僕は……羨ましい。
悪魔だとか死神だとか、ゲームの中だけの話じゃないかと笑えない自分が恨めしい。
「あ、そうだ。今日俺の家に来るか? 新しいゲーム買ったんだけどさ、人数多い方が面白そうだからよ。折原もどうだ?」
「ゲームか……偶には良いかも。佐伯も来るでしょ?」
「えっと……僕は……」
今はあまりはしゃげるテンションじゃない。
街に悪魔がいて、留学生のマルティー二さんが祓魔師で、いつも後ろの席に座ってる天宮寺さんが死神で契約者。
考える事が多すぎて訳が分からない。
不安要素が多すぎて落ち着かない。
こんな事本来僕が頭を悩ます問題じゃないのに、どうしてこんな事に……。
運が最悪に無かったんだと割り切れる程、僕はポジティブではない。
「なあ、望。何があったか知らねえけどさ、あんま思い詰めんなよ? 偶には気晴らしも必要だぞ?」
「うんうん、火野の言う通りだよ。火野みたいに物事を深く考えすぎないのも問題だけど、変に考え込むのもあまりお勧めしないよ」
モノを冷静に見るためには有り余る位の情報が必要だ、情報不足な状態で焦っても成果は少ない……それが折原の言葉。
要約すると落ち着けって事だ。
「……うん、分かった。今日はゲームでもして気分転換する事にするよ」
今は頭を落ち着かせる事が大事だ。
冷静に成って物事を観る為に。
考える為に。
生きる為に。
空は心を塞ぐ様に闇で覆われ、大地は嗤う様に震える。
異常現象が各地で発生し、とうとう状態不明の魔物までもが地上を侵し始めていた。
世界中が絶望で満たされた行く。
そんな時一人の男が現れた。
世界の滅亡を防ぐ為に立ち上がった勇敢で気高い男を人は――勇者と呼んだ。
『WORLD END~勇者とその仲間達~』
「……なあ、火野。なんでお前が勇者で、僕達がおまけ扱いみたいな仲間なんだ。普通じゃんけんか何かで公平に決めるもんじゃないの?」
授業が終わると僕は一旦家へと帰り、その後火野の家へと向かった。
そして到着した時には僕以外のメンバーが揃っており、火野の部屋に入ると既にゲームのプロローグが始まっていた。
しかも火野が勇者役で。
「はぁ……望よ。ここは俺の家、このゲームは俺の物。ならば主役も俺だろ?」
「いやいや、その理屈はおかしいって」
火野の操作するキャラクターが剣と鎧を装備した格好良い姿なのに対し、僕のは緑のローブに木で出来た安っぽい杖の魔法使いスタイル。しかも爺さん。
見た目からして勇者と仲間の差別が酷い。
勇者のこの姿はレベル一がしていいモノじゃない。
「ストーリーを進めていったら力の差は無くなると思うよ。パワーバランスとかちゃんと計算されてると思うしね」
そう武器を一切持たず、服装も防御力の無さそうな薄く身軽な格好のキャラ武道家を操る折原が言う。
「むしろ弱いキャラが勝つ下剋上が面白いんじゃないか。それにRPGに魔法使いは必須だろ?」
そう熱い台詞を格好良く決める加賀さん。
「……そんなバリバリの現代兵器を持ってる人に言われても説得力を感じないんですが」
加賀さんのキャラはライフルを構えた兵士。
ファンタジーな世界観では若干浮いている。
「はっはっは……あたしは魔法より科学の力で勝負って事よ!」
「説明書によるとレベルが上がったら、炎とか雷属性の魔法の籠もった弾丸が使えるみたいだけどね」
「ちょっ! どこが科学? この魔法使いなんてレベル一じゃ魔法も全く使えないのに!」
杖を振り回す爺さんが戦場で何の役にたつと言うんだ。
「はっはっは、細かい事は気にしない気にしない」
加賀さんは誤魔化す様に笑ってコントローラーを握る。
さすがあらゆる面で火野と同レベルの人だ。
加賀さんは紅い髪が特徴の豪快で熱血的な女性。
火野の家の近くのアパートに独りで住んでてフリーター。
年は見た感じ僕らと同じ位だが学校には行っておらず、バイトとゲームの日々を繰り返している。
特にゲームは火野並にやり込んでいて実力も同等。
いつからか火野の家に遊びに来ると加賀さんがいてゲームをしているようになった。
おかげで今ではすっかり顔馴染み。
今回も自然にメンバーに混じり、ゲーム画面に向かい合ってキャラを操作してる。
画面の向こうでは、勇者が魔物を斬り伏せ、兵士が銃で撃ち抜き、武道家が拳で倒す。
魔法使いは何も出来ずおろおろと杖を振り回しているだけ。
役立たずも良い所だ。
「……しかし世界が滅ぶって時に足掻くのが四人だけってのもなぁ」
ゲームの話とはいえ何とも言えなくなってくる。
他の人間は皆泣き寝入りで、勇者達に全て丸投げ……やけに現実的なゲームだ。
「まあ、他の人は勇者達みたいに不思議な力を持ってる訳じゃないしね。そもそもどうすれば滅亡を防げるかも分からないんだから足掻きようがないんじゃないかな」
このゲームでは魔物の退治が主となるが、魔物を倒しても滅亡を防ぐ事は出来ない。
おそらくゲームを進めていく内に真実が明かされるのだろうけど、今の勇者達は何も知らず、どうすれば良いかも分からない状態で世界を救うと無責任に言ってるだけ。
勇敢と言うより無謀な人物だ。
救えるかも分からない、何と戦えば良いのかも分からない。
そんな分からない事だらけなのにも関わらず足掻く事が出来るのだから、この人間はやはり勇者なのかもしれない。
何も出来ない他の人間からすると眩しいまでの希望の光。
だが……もしだ。
もし、勇者が何の力も持たない一般人ならば、そんな無謀な行為に出れたのだろうか。
「なあ、この四人は抗う事を選んだのかな? それとも抗う者として選ばれたのかな?」
力が有るから戦わなければいけない……そんな義務感からそんな無謀な行為を選択させられたのならば、それは不幸以外の何物でもない。
少なくとも僕はそう思う。
「じゃあさ、佐伯はこの世界があと三日で滅ぶって言われたらどうする?」
素手で魔物に立ち向かう折原が問う。
「……何も出来ないし、しないと思う」
現に僕は悪魔を前に何も出来なかった。
恐怖で身体を震わし、逃げるだとか自分の事だけを考えていた。
そんな僕が世界の滅亡を前に何が出来る?
所詮僕は無力な傍観者。
例え特異能力とやらが本当にあっても多分何も出来やしない。
世界が滅ぶ瞬間も、震えてただ観ているだけなのだろう。
「ならさ、佐伯には隠された力が有って、その力で世界を救える可能性が有ったとしたら?」
「……無いよ、そんな力」
僕はどこにでもいる普通の人間なのだ。
特異体質でもない、特異能力も無い。
「だから、もしもだよ。もし力が有ったらの話」
もし隠された力が有ったら?
そんな漫画的な展開有るわけ無いし、望んでいない。
……でも、もし仮にそんな力が有るのだとしたら。
「……無理だ」
例え僕に悪魔と戦う力が有っても、自分から戦うなんてしないだろう。
恐いし、臆病だし、弱いし。
力が有っても僕な心は普通であり、異常に立ち向かうなんて出来ないのだ。
お前に世界の運命が託されたとか言われた日には、全てを投げ出し逃げる事を選ぶだろう。
だから言い訳の為にも、異常な力は要らない。
どうせ使わないのら宝の持ち腐れだし。
無力だから何も出来なかったんだと自分を誤魔化せるし。
「おいおい、望。折原は例え話をしてるだけだろ? そんなんで一々暗くなるなよ。今はゲームで世界を救えおうぜ!」
「そうそう、世界が滅ぶなんて少なくとも佐伯が生きてる内には有り得ないからさ。科学的には何億年も先なら地球が無くなってるかもしれないらしいけど、気が遠くなるくらい先の話だよ」
「はっはっは、仮にそんな時が来たらあたしが一人で倒してやんよ」
「……うん。そうだな」
今日は気分転換に遊びに来たんだ。
例え話で暗くなってどうする。
火野達にも気を使わせてしまったみたいだし。
「よし! 今から魔法使いの下剋上だ!」
僕はコントローラーを持つ手に力を込め、画面に向き直す。
魔法の使えぬ魔法使いは、杖を振り回して魔物に立ち向かう。
何度攻撃されても、体力が底を尽きかけても、倒れず勇敢に戦う爺さんの姿がそこにはあった。