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悪魔を狩る死神  作者: 神崎ミキ
第二章
11/21

♯10 異常な世界からは抜け出せない

「おーい、授業終わったぞー」

 マルティーニさんがこのクラスに新たに加わってから一時間目、二時間目と授業は進行していき、今は昼休み。

 その間ずっと机に突っ伏していた僕は、火野のやかましい声で顔を起こした。

 見た感じでは、殆どが昼食を取っている最中だ。

「ずっと寝てたけど大丈夫か? しんどいんなら保健室に行った方がいいぞ」

「……大丈夫。ただこうしていたかっただけだから」

 寝不足ってのもあるけど、それ以上に目を塞ぎたかった。

 ちょっと前までなら気分が晴れない時は窓から外を眺めていたけど、今窓の方を向くともれなく背後の死神まで視界に入って来てしまいよけい気分が暗くなる。

 だから何も見なくて済むように手っ取り早く机に突っ伏すのだ。

「そっか、なら良いけどよ」

 火野はそう言うと『う~ん』と背を伸ばして、くるっと背を向ける。

「じゃあ、さっさと飯食いに行こうぜ。折原が席取って待ってるしな」

「あ、うん。……でも、今日弁当じゃないって言ったっけ?」

 さも当たり前の様に言うのでちょっと違和感。

 普段僕は弁当を持参しており食堂を利用する事は少ない。

 けれど今日はうっかり弁当を家に忘れてきてしまい、おかげで食堂に行かざるをえなくなった……が、誰にもその事を言った覚えは無い。

「ん? 折原が言ってたぞ?」

「……そっか」

 折原なら仕方ない。

 僕には予想の出来ない方程式が折原にはあったのだろう。

 そういう奴だ。

 僕は疑問に思う事が馬鹿らしくなり、椅子を後ろに引き立ち上がり、ポケットに財布が入っているのを確認して火野と共に食堂へ向かう。

「あ……」

 そんな廊下の途中、僕はあるモノを見て思わず声を漏らして立ち止まてしまった。

 視線の先にあるのは階段。

 しかも立ち入り禁止のはずの屋上へと続く階段。

 ……まあ、鍵が壊れてるから実際は自由に出入りできるんだけど。

 事実、天宮寺さんなんて無視して堂々と利用しているし、僕なんて立ち入り禁止だって事すら最近知った。

 生徒手帳に書かれていたり、一年の最初の方に言っていたらしいが、僕の記憶には残っていなかった。

 まあ、つまり何が言いたいかと言うと……屋上に人が向かう事は珍しいがおかしい事では無いって事だ。

 噂では告白とかで偶に使われてるとかなんとか。

 だから――その屋上へと繋がる階段を金髪の留学生、マルティー二さんが登っていた所で気にする必要は無い訳だ。

「どうかしたか?」

 不自然に立ち止まった僕に少し先に進み過ぎてしまった火野が振り返って尋ねて来る。

「……なんでもない」

 そう言葉を口にしながらも僕は階段を見続ける。

 ……マルティー二さんは、この学校に来たばかりだ。

 だから立ち入り禁止の事を知らなくてもなんらおかしな点は無い。

 もし探検的に校舎を回っているのだとしたら、むしろ屋上なんて気になって興味を持ちそうな所だ。

「……悪い火野。ちょっと用事が出来たがら先に行っててくれる?」

「え? 別に良いけど」

 僕は足の向きを変え屋上へ繋がる階段に足をかける。

 火野は突然『どうしたんだ?』みたいな不思議そうな顔をほんの少しだけした後、『ま、いいか』と食堂へと向かって行った。

 相変わらず折原とは逆に深く考えすぎない奴だ、と火野に呆れながらも階段を登って行く。

 そして入口の扉のノブに手をかける。

 ……これは唐突な思いつきだ。

 今僕は、天宮寺さんの件があったせいかマルティーニさんを疑ってしか見られない。

 怪しくて不安で、また僕の平穏を壊す異常な存在なんじゃないかと疑心暗鬼。

 このまま不安要素を抱えたまま、まともに学校生活をこなすのは極めて難しい。

 ただでさえ背後に死神がいて困っていると言うのにこれ以上は本当に御免。

 だから僕は一刻も早くこの不安要素を消す事にした。

 客観的に見れば、マルティーニさんは優しそうで頼りになりそうで、怪しい点なんて全く無い。

 天宮寺さんの様に明らかに普通でない空気を纏っている訳でも無い。

 どう考えたってただの留学生だ。

 偶々このタイミングでやって来ただけで、悪魔や死神の住む異常な世界とは関係なんて無い。

 あくまで僕が怪しいと思うから怪しく見えるだけ。

 多分話しをしてみればそんな疑いはなくなるはずだ。

 もういっそ悪魔の事を軽く話してしまうのもありだ。

『何それ?』と笑ってくれれば、つまらない疑いも消えて僕も笑える。

 そんな軽い心積もりでノブを捻り扉を開く。

 そして――後悔した。

 そこにあったのは光だ。

 眩しくて目がくらむ位の光が。

「……なんだこれ?」

 その光の先にはマルティー二さんがいた。

 光の発生源はいつか見た魔法陣の様な光の円で、マルティーニさんを中心に囲う様に輝いていた。

「――え?」

 そして僕に気づいたマルティー二さんが驚きの声をあげると、光の円は消えていった。

「なんで……」

 マルティー二さんは、戸惑い混乱した様に呟く。

 そして僕は笑って全てを誤魔化してみようと試みたが笑えなかった。

 嫌な汗を流し、喉がからからに乾く。

 今目の前で起きていた現象はどう見てもどう考えても普通じゃない。

 日常の一部とは成り得ない。

 つまり……異常。

 疑心暗鬼になりつつも、『まさか』と心の中では思っていた。

 流石に有り得ないと。

 だからこうして、話をしようだなんて思い至ったのだ。

 どうせ疑心暗鬼になるのならもっと警戒するべきだった。

 中途半端に高を括ってしまったのが間違いだった。

「人払いはしたはず……なのにどうして?」

 ……人払い? 何だそれは?

 悪魔や死神に続いてまたも現れたファンタジーな言葉。

 どうやら目の前の留学生が異常側であるのは否定出来なさそうだ。

 もうこの学校には死神がいると言うのに、今度は何だ?

 魔法使いか?

 超能力者か?

 それとも――

「祓魔師とか?」

 冗談を言う様に笑いながらそう口にする。

 ……顔は引きつり目も暗く、笑ってる感じはしないだろうけど。これが限界なんだから仕方ない。

 だって冗談みたいな話をしているのに冗談には成ってくれそうにないのだから。笑いたくても笑えない。

「……あなた何者?」

 以前にも聞いた覚えのあるフレーズ。

 確か場所も同じ。

「……一般人だよ」

 何の力も無く、普通に産まれ普通に生きてきたただの人間。

 悪魔とも死神とも祓魔師とも本来なら縁無く死んでいくはずだった一般人。

 それがどうしてこうも日に日に縁が増えていくのか謎を超えて怪奇だ。

 誰かが仕組んでいてもおかしくないどころか、その方が納得出来る。

「あのね、一般人がどうしてワタシを見て祓魔師だ……なんて思うわけ? そもそも冷静過ぎる。普通はもっと取り乱すものなんでしょ?」

『なんでしょ?』と聞かれても知らない。

 まあ、相手は外国人だから言語の多少のズレは気にしなくて良いんだろうけど。

 ただ、こんな場面に遭遇してしまったら取り乱すのが普通の反応だってのは同意。

 僕が冷静だってのは異議有り。

 ただ異常に慣れて……いや、異常を拒絶するのに疲れて来ただけだ。

 僕が異常に慣れた時はおそらく狂いだした時。

 僕の平穏が跡形も無く砕け散った時だ。

「ああ……なるほどね」

 黙り込んで下を向いていると、ニヤリとした感じの声が聞こえる。

 視線を上げると、納得した様な歓喜する様な顔。

「……何がなるほどな訳?」

 僕は何も言っていない。

 マルティーニさんが一人で勝手に納得しただけ。

 しかも、それはかなりの確率で勘違い。早合点。

「あななたが、この街に住む悪魔の契約者ね」

 マルティー二さんはそう自信満々に言い放つ。

 ……あまりにも酷過ぎる勘違いだ。

 向けられた青い瞳が怖いくらいに綺麗で目を逸らす。

「……さっきも言ったけど僕は一般人。契約者だなんて異常な存在に成った覚えはない」

「ふぅん……一般人って言うくせに話にはついていけるのね。嘘をつくなら徹底したら?」

 一度疑いだしたら全てが怪しく見える。

 今の彼女に何を言っても嘘にしかならない。

 ホント……理不尽だ。

「……こんな話、理解したくなんてなかったさ」

 出来る事なら知りたくなかった。

 出来る事なら忘れたかった。

「……まあ、あなたの言い分なんてどうでも良いのよ。ワタシには――関係ない」

 マルティーニさんは懐から短剣状の刃物を取り出し、僕に向けて構えてくる。

 銃刀法違反だとか言って騒ぐのはありだろうか?

 ……多分なしだろうな。

 彼女が異常な存在なら、これもまた異常な事件。

 世間一般の常識も法律も通用してくれない。

「さっさと悪魔を出しなさい。契約者を倒したって意味がないんだから」

 刃の先が太陽の光を反射して眩しく光る。

「……だから出すも何も僕は契約者じゃない」

 両手を上に挙げ、戦意など微塵も無いと訴えかける。

 こうなったら無駄でもひたすらに無実を主張するしかない。

 そうしなければ、あの短剣がいつ僕に突き刺さるか分からない。

「だからそういうのはもういいから。一般人は悪魔なんて知らない。つまり悪魔を知ってる時点で一般人じゃないの」

 通常悪魔に出逢ってしまった者は記憶を消される。

 それに例え記憶を消されなくても、普通なら悪魔に関する知識を得る事は出来ない。

 何故なら、記憶を消されなかったと言う事は祓魔師に会っていないと言う事。

 そして、天宮寺さん情報によると悪魔を知っている人間は祓魔師とその関係者のみ。

 要するに、記憶を消されなかった者は自分が何を見て何に巻き込まれたかも理解出来ないって訳。

 ……もっとも、そんなケースは稀らしいけど。

 何せ、祓魔師が現れて来れなかったと言う事は、悪魔に出逢ってしまった者は成す術が無いと言う事。

 そうなれば生きていられる確率はゼロに近い。

 僕だってあの最初の夜、天宮寺さんが助けてくれなかったらおそらく死んでいた。

 だから一応天宮寺さんには感謝している。

 けれど――

「……僕が一般人じゃない? 挙げ句は契約者? はは……どうして?」

 どうして――こうなった?

 普通に産まれて、普通に育って……そう普通に生きて来たはずなのに、どうしてこうも道を踏み外してるんだ?

 道が見えないんだ?

 あの時記憶さえ消えれば何の問題はなかったんだ。

 なのに、何故消えなかった?

 いつから狂いだした?

 どうして僕がこんな目に遭うんだ?

「……あなたと話してたら、なんだかイラついてくる。さっさと――」

 マルティーニさんが短剣を持って向かって来る。

 研ぎ澄まされた刃の先が僕を突き刺さんと接近して来る。

 短剣は光に包まれ――

「ホント……よくこう何度も厄介事に巻き込まれるわね」

 不意に現れた鎌によって弾かれた。

 見覚えのある、忘れる事の出来ない黒い死神の鎌。

 それを持つ死神。

 要するに天宮寺さん。

「なっ……!」

 攻撃を防がれたマルティーニさんは後ろに飛び退き、驚いた顔を浮かべる。

「怪しいのは確かだけど確証が無いわ。これじゃあただの人殺しよ?」

 相変わらずの無表情の無感情な声。

 さらりと怪しいと言われたのは今更なので気にはしないが、助けてくれた事にはお礼を言った方がいいんだろうか。

「そんなに身構えなくても良いわよ。私は別にあなたと戦うつもりは無いから」

 言葉の通り今回は、前に感じた殺気や冷気は感じない。

「……あなたには無くてもワタシにはあるの」

 対してマルティーニさんは再び短剣を構えて敵意を剥き出しにする。

「あっそう。じゃあね」

 今にも襲い掛かって来そうなマルティーニさんを無視して天宮寺さんは階段に向かう。

「ちょ、待ちな――」

 そうマルティーニさんが退き止めようとした所で、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。



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