9.血だまり
4/29 改変済(ポンヌ登場)
◇
「ったく、ぎゃあぎゃあ泣き叫んでんじゃねえよ」
「やめてっ! アンナを殺さないでっ」
「‥‥‥お、お母さっん」
「うるせえんだよっ。後がつかえてんだから、さっさと死んでくれりゃあいい」
森の暗がりが血だまりに染まっていた。落ち葉が積み重なり森の命を育むべき大地に、老若男女の首が転がっている。死が積み重なる場所に成り果てた大地は、なおも絶望を生み出し続けていた。既に切断された首の数は十数個もあり、今なお増え続けていたのだから。
「イダ君、早く首切りを終えてくれませんかね? 生命結晶石の採取って意外と大変なんですよ」
「きゃはは! 仕事が遅すぎて、シキリに怒られてやんの。僕の方が仕事早すぎて終わっちゃうよ~?」
「ダト、てめえの笑い声はいつもうるせえっての。つーかさ、こんな実存強度の小さい人間の生命結晶を集めて、何の意味があんのかねえ? 実存跳躍の役にも立たないクズ共だぜ」
「その疑問には答えたと思っていたんですがね。いいですか、イダ君。人間の生命結晶石にはちょっとした特徴があるのですよ。このようなゴミ屑の石であっても、重ね合わせることで純度を高めることが出来る。そうすれば光珠にも届き得る石となるのですよ」
「へえ! そいつはすげえ~。んじゃ、気合いを入れて作業をしてかねえとなっ」
イダと呼ばれた細身の男は足元で蹲る子どもを踏みつけた。その小さな首筋を目掛けてイダは斧を思い切り振り下ろした―――。
「何をやっている、屑ども」
「あ?」
イダの視界に見えたのは、斧を握っていたはずの自分の腕だった。斬り飛ばされて宙を舞う自らの腕が回転しながら明後日の方向に飛んでいく光景。続いて血しぶきが噴き上がり、激痛で視界が歪む。
「がっ! くっそいてええええっ」
「きゃはは! 腕切り落とされてやんの、弱すぎぃ~」
腕から真っ赤な血飛沫を上げて仰け反ったイダ。続けて、追い打つように白刃がイダの首に冷たく触れた。
「クソ野郎がああっ、あ?」
首が飛んだ。非道を働いていた男の呆気ない最後に、森の暗がりに広がっていた嘆きが止む。一人の男にすべての視線が収束していった。
イダの首を斬った男―――ベルジェはそのまま速度を落とさずに、次の獲物の元に駆けて行く。
「って、この僕を狙うなんて阿呆じゃないかなあ~」
再び白刃が閃く。先程と同じ紫電の軌跡を描くそれは、ダトと呼ばれた男の首筋を狙う直前で虚を突くように変化する。先ほどの刀の印象が脳裏に残っていたダトは、対応に遅れた。振り降ろす動作から、瞬時に胸を突き刺す直線の軌道になった刀先は、さらに速度を上げた。当然にダトの胸に突き刺さり、しかも螺旋に回転して心臓を切り潰す。誰が見ても明らかにダトは絶命したと思った。だが、ダトの胸から吹き上がった血が不自然に止まる。
「やはり、そう簡単にはいかないか」
ベルジェは苦々しく呟き、後方に素早く飛び退いた。丁度、ベルジェが立っていた場所に間髪入れずに轟音と土煙が高く上がった。なおも、空気を切り裂く無数の刃が打ち込まれ続けている。どうやらリーダー格の男―――シキリが風属の聖霊魔法を使ったらしい。
が、ベルジェが飛び退いた場所には攻撃がこなかった。「仕切り直しだな」と、状況を確認する。見れば、シキリの目線が動揺の色を表している。何を見ているのかと思えば、首を斬られた男イダと刺突を受けた男ダトを交互に往復していた。
混乱もするだろう。実存強度1の俺が格上を切り倒したのだ。この世界の常識から考えれば起こり得ない事が起こったのだから。
とかく、シキリは混乱中だ。ならば畳み掛けよう。
ベルジェは短く後方に―――アンナを抱きしめていた母親に向けて―――声を発する。
「早く子どもと一緒に、安全な場所に行けっ」
「っ!」
「こっちなのです、早くっ」
茂みに隠れていたポンヌが顔を出す。その既知の姿を見て安心感が広がったのだろう。母娘は素直にポンヌに従って森の深い場所に消える。
ベルジェは再び刀を構え直した。「さすがに、実存強度の壁は分厚いな」と、目線の先では、ダトの潰れた胸部が元に戻されていく。流れ出たはずの血が霧状になって体に巻き戻されていく光景があった。
世界による現実化の否定。ベルジェの攻撃が無効化されたのだ。
この世界には実存強度が絶対的法則として君臨している。実存強度とは力の支配を意味していて、その差が1つあれば勝つことなど至難の業とされる。なぜなら、実存強度が1つ違えば攻撃の殆どが無効化されてしまうからだ。実存強度1の攻撃が実存強度2に奇跡的に届くことはあっても、決して魂を刈ることは出来はしない。まして実存強度が2つも違えば、その全てが世界に否定され無効化される。現実として戦いにすらならないのだ。
だが、俺は刀剣術はイダを殺しきれた。俺の刀剣術は実存強度2前半までは届き得るのだ。
実存強度
ベルジェ 1.3210
イダ 2.2690(死亡)
ダト 2.9888(回復中)
シキリ 3.0081
□■□異世界メモ□■□
実存強度の強さについて。
そもそも実存強度って、どれくらい強いのだろう? 比較対象として地球基準でみれば分かり易いはずです。
目安としては次の通りです。戦車砲でかすり傷というのは裏を返せば「俺のパンチは戦車砲」ってことです。ということは、実存強度が3になればパンチで戦車をぶっ壊せるわけですね。
①実存強度1(0)=一般人:地球の人間並み
②実存強度2(0)=兵士級:ライフル銃の直撃でかすり傷を負う
③実存強度3(1)=騎士団長級:戦車砲の直撃でかすり傷を負う
□■□メモ終わり□■□
「お前は一体何者です? なぜ実存強度1程度の小物が、実存2のイダの首を刈れるのですか! ありえない、あり得るはずがありませんっ」
ベルジェは問い掛けにあえて応えず、シキリとの間合いを測る。未だ動揺と混乱の中にある敵に言葉を与えるなど不要だ。言葉は冷静さを引き寄せる手篝になってしまうからな。ベルジェは刀を下段に構えて、呼吸を調えた。
と、右後方。先ほど心臓を抉りつぶしたダトが四つん這いなって肩で荒く息を吐いている。後方から俺を狙おうとしているようだが、四肢の痺れが取れずにいる。それはそうだろう、心臓を潰してやったのだ。いくら世界法則によって無効化―――攻撃の事実が巻き戻されるといっても、体の回復には多少の時間は掛かる。しかも俺の刀剣術は世界の理を斬れるものだから、なおのことだ。
「ダトッ! いつまで寝ているのです、早く起き上がりなさい」
「っだ、大丈、夫さ。僕には攻撃は通らない、んだからっ。そいつを早く殺っちゃってーーー、っ!」
言い終わらぬうちに、森の木々の隙間から幾多の矢が降り注ぎ、ダトを串刺しにした。しかも攻撃は無効されずに、手足が地面に縫いつけられたダトは苦悶の混じる叫びを上げた。
「がはっ!」
「ちっ、仲間がいたのですか! ダト、貴方を殺させはしません。今しばらく辛抱するのですよ」
シキリは言うや否や聖霊制御式を組み上げる。が、迷いが生じだ。攻撃する相手は刀を持つ男か、それとも矢を撃った者かと。それはシキリには珍しい迷いだった。いつもであったら制御式を編みながら攻撃の手合いを数手先まで読んでいるのが、シキリという男だった。しかし、それがどうだろう? 実存強度という絶対的価値観が揺らいだことで、冷静な思考は簡単に吹き飛んだ。この次に起こる事が予想できなくなってしまった。それは恐怖となり、混乱となり、これまでの戦闘経験が瓦解する。
迷いは反応を鈍らせる。
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