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7.収納は法術技です

4/14 モモを料理人設定にしました。

4/29 改変済(ポンヌ登場)


 森林の木々に風が吹き下ろしてくる。陽の光は黄昏に近づき、木漏れ日も木々の暗がりに沈んでいく。その広がっていく夜闇の隙間から、じゅーっと肉を焼く音が弾けていた。


 狸耳の少女が目覚めるまでの時間で、炎角獣を解体して、その肉を焼いている。生肉では保存には向かない。それに肉の匂いで、件の少女も早く目覚めるのではないかとも思ったことも事実だ。食べ物をエサにして情報を聞く、ありきたりすぎるかもしれない。まー、余談はここまでにして、本命は追撃者の存在の有無だ。ここまで隙を見せているのだから、何らかの動きを見せてもいいはず。しかし、今に至るまで追撃者の気配は露ほども感じられないでいた。


 魔獣の肉を焼くのに使うのは焚き火ではなく、熱石を使っている。火の光と煙を出さないためだ。光と煙で自らの居場所を喧伝する気はない。それに追撃者に対してもある程度警戒感があるところを見せていたほうが無難だろう。

 肉を焼くにしても熱石を用いれば均一に焼くことができるので、その意味ではとても重宝していた。


「なかなか目を覚まさにゃいね」

「肉の香りが足りないんだよ。もっと焼きまくらないとさ!」

「もう、リリじゃにゃいんだから~。きっと疲れてたんだと思うにゃ」


 周囲の気配を探っていたベルジェが会話に混ざる。


「なるほど、疲労か、何かから逃げてきたことは確かだろうな。しかし、どうにも追手の気配はない。ってことは、上手く逃げてきたのか、それともーーー。いや、憶測で結論付けるのは早計だな。モモ。彼女の傷の具合はどうだった?」

「内臓は傷ついてなかったけど、刃物による切り傷が多数ありました。それから、打撲と擦り傷がほとんどだったにゃ」

「切創か。となると魔獣ではなく、人間相手にできた傷ってことか。人間同士の争いごと‥‥‥ふぅ、まあそう考えれば俺に対して恐慌状態になったのも分からなくはないな。よほど酷い目にあったのか、見せられたのかは分からんが。あと、打撲と擦り傷は逃げているときに出来たんだろうな、よほど必死に逃げてきたようだし。まー、分かるのは、この辺までか」

「そんなこと本人から聞けばいいじゃんか。それよりさ、焼き上がった肉を食っちゃおうぜ。さっきから腹が空きまくりー」


 口元の涎をじゅるりと垂らしながらリリがらんらんと目を輝かせている。だが、ベルジェは生焼けだと言い聞かせて落ち着かせた。魔獣の肉はカリカリまで焼かないと腹を壊す。肉をひっくり返しながら、不服そうなリリの横顔を横目で盗み見る。そういや二日ほどまともな飯は食っていなかったな。いや、闘技場からの脱出のために潜伏していた期間を合わせれば、それ以上になる。そうであるならリリの態度は自然なことだし、我慢させるのは酷というもの。育ち盛りだもんな。「ここら辺は、もう食えそうだ」ベルジェはリリとモモにそれぞれ肉をよそう。


 食べれるときに食っておくことは大事だ。闘技場では、まともな食事など出た試しはなかったからなおのことだ。それに今は食糧確保の目途があるわけで、保存するなら干し肉にするのが一番。食べるのは焼いておいて、保存は生肉を適当な大きさに切って大葉で包む。あと肉以外の魔獣の牙や骨は素材として取っておく。そうこうして、大葉で包んだ肉が荷馬車の半台ぐらいの量となった。


「あれ‥‥‥ここは? 私、死んじゃったですか?」


 木陰で休ませていた少女が目を覚ました。おもむろに上半身を起こし、丸い狸耳をひくひくと動かす。未だ意識が朧げのままながらも、辺りをきょろきょろと見渡して現在の状況を読み取っている。起き上がろうとしても平衡がとれない様子で前につんのめり、土汚れの付いた髪が何度も跳ねていた。だが、突如として鼻が何かを捉える! 熱石から立ち昇る肉の匂いをがっちりと掴み取ったのだ。食欲を強烈に刺激する香りに、リリ同様に、少女の口元に涎がだだ垂れになった。


「うう~、良い匂いです~」

「腹が減るのは良いことだ。そんなに慌てなくても、大丈夫。肉は逃げはしないよ。それより、どこか痛むところはないか?」

「はわ! わわわ~」


 ベルジェの問い掛けに驚いた少女は、慌てて両手で両耳を押さえた。耳を急に押さえてしまうものだから、ベルジェは怪我が開いたのだと思ってしまい、狸耳の少女に慌てて近づき「ちょっと見せてくれるか?」と手を退かせる。


「違うです。何も見ってませんから、命だけは助けて下さい~」

「見てないって言って、耳を押さえても見えてるにゃ~」

「ベルジェってさ、いきなり見ず知らずの女の子の体を触るなんて、ど変態すぎ~。節操なさすぎ~」

「ちょっと待て、何か誤解をしているようだ。俺は怪我の具合を見たいだけなんだ」

「慌てると、余計に誤解を生んじゃうにゃ。‥‥‥私はモモ。貴方の怪我を手当した者だけど、もしかしてまだ痛むところがあったら教えて欲しい。それと、こちらの男性はベルジェさん、私たちの兄貴分にゃ。で、リリは元気な姉貴分です。私を含めて貴方の敵じゃないにゃ。だから、もしよかったら、貴方の名前を教えて欲しい」

「えっ!? えっと‥‥‥その、私はポンヌというです」


 少女はモモの猫族の耳を見て、それから自分の狸耳を触りながら安心した様子だった。そして小さく「私と同じ獣人なのです」と呟いている。

 その様子を横から見ていたベルジェはふむと頷く。


(モモを見て安心したように見える。同じ獣人族だからか?)


 ベルジェはモモに目くばせを送った。もう少しポンヌの緊張を説いてやって欲しいと言外でお願いしたのだ。それを受けてモモは、


「ポンヌさんは、お腹は空いてないですか? 本来であればきちんとした料理をするものにゃんだけどね。例えば、香草があったらもっと美味しく出来たのだけれど」

「モモっ、香草なんかよりも、大事なのは塩だぜ、塩っ!」

「はあ~。リリには何を言っても無駄な気がしてきたのにゃ~」


 眉間を押さえながらモモ大きく息を吐いた。対してリリは、軽快に魔獣肉に塩を振りかけていく。そんな対照的な二人の姿を見て、ポンヌは思わず笑った。


「ふふふ‥‥‥あっ、いえ、ごめんなさいです」

「いや、謝ることはない。いつもリリとモモはこんな感じなんだ。それより、ちょうど焼いていた肉が食べ頃みたいだ。どうだ? モモは料理が上手いから、味は保証するぞ」


 ベルジェが熱石に載っている焼けた肉を一つ平らげてみせた。毒はないし、美味しいぞっと笑顔を向ける。ポンヌはどうしようかと目線が迷っていたが、熱石から届く肉汁の爆ぜる音と香りが少女の耳と鼻を捉えて離さない。「どうぞなのにゃ」モモがポンヌに串に刺した焼き肉を手渡した。


「あ、あのっ、でも、私は―――」

「まずは食べてからにしよう。腹が減っては何も出来んからなあ。ってことで、リリ、モモ。ポンヌが食べている間に、撤収作業をするぞ。未だ焼いていない魔獣の生肉と、素材になる部位を一か所に集めてくれ。収納しちまおう」

「了解だぜ」

「ベルジェさんの収納術は、便利なのにゃ~」


 干し肉用に下処理した魔獣の肉と牙骨等の素材を見やった。生肉の下処理は終わったが、燻製する時間はない。このまま素材と一緒に収納してしまうほかはない。モモが収納術と呼んだベルジェの収納方法は、刀剣術の一種であって、聖霊魔法ではないから時間経過で収納物の時間は緩やかに経過する。つまり劣化してしまうのだ。


 ベルジェは腰に差してある刀の、その鞘ごと手に取る。ちょうど目の高さで抜刀した。「二つ一つは理の道。天地の二つ、有無の一つに狭間あり」抜刀した刀身が円を描いて再び鞘に収まる。その一切のぶれがない所作はとても美しく、ただただ目を奪われてしまう。


 そして気付いた。


 眼の前にあった魔術の肉と素材が見事に消え失せていたのだ。同時に「おお」と少女達の感嘆の声が上がる。


 収納術といっても、ベルジェの収納総量は荷馬車の半分程度でしかない。それも武器がないと使えない法術技を基礎としたものだ。だから当然、聖霊魔法に勝るものではない。だが、使えれば重宝するもので、これはベルジェが盗賊時代に習った刀剣術の一つでもあった。聖霊魔法の制御式に対置される法術技は身体に覚えさせる型が制御式を代替するもの。つまり聖霊魔法の別系統とされている。したがって聖霊魔法の制御式を描けないベルジェであっても、型を身に付ければ使える『術』だった。


 法術技による収納術は、そもそもは刀とか暗器を仕舞うための術なのだと、かつてのベルジェの師匠は言っていた。ベルジェに才能があれば戦闘時においても常時発動できたのだろうが、凡人程度の力量しかないのでは静止時にしか使えない。いまでは食料等の荷物収納として使っているが、それでも十分だと思っている。


「はわわ~、すっごいです。収納術なんて初めて見ました~」

「ベルおじは収納術だけはすごいから、当然じゃん」

「なんか微妙に貶されてるような気もするが、収納術は基本の法術技って言われているから、そこまで凄いわけでもない」

「ううん、刀剣術で収納術をやれるなんて普通は出来ないのにゃ。やっぱりベルジェさんは、すごいです。それで決まりなのにゃ」


 ベルジェは困ったなとでも言うように、鞘に手を置き頬を掻く。そして、緊張の解れたポンヌにこれまでの経緯をかいつまんで話すことにした。


 ベルジェは闘技場という場所で、自分と同じ剣奴と殺し合いを続けていたこと。しかし、リリとモモに出会って、予てから計画していた脱走を実行に移したこと。闘技場で廃棄された転移陣を稼働させ施設の外に脱出したことを話した。


 それから―――一体どこに出たのかと周囲を探索していると、不運にも魔獣と遭遇することになってしまった。迂闊といえばそのとおりで、まさか実存強度3の魔獣がいるとは予期しえなかったのだ。もちろんベルジェは常に警戒していた。半径1ミーレ(≒1.5km)内の実存強度について注意を払っていた。だが、警戒範囲外にいた魔獣はあっという間に距離を詰めきた。おそらく転送陣が発したカロリックの波動が呼び水となってしまったとは思うが、奇襲を受けてしまったのだ。


「―――と、運よく魔獣を倒すことが出来た。で、さっき食べた肉が戦利品ってわけだな」

「あ、あの、脱出したです? やっぱりベルジェさん達は剣奴なのです?」

「剣奴? ああ、なるほど、そういうことか。いや、俺達は剣奴ではない(・・・・・・)


 ベルジェはおもむろに左胸を見せて、そこに黒の付番刻印がないことを示す。同じくリリも、モモも左胸に黒の付番刻印がないことをポンヌに見せた。「付番刻印を受ける前に闘技場から抜け出したわけだ。正確に言えば剣奴の成り損ないだな。だが、剣奴ではないことは確かだよ」ベルジェは、リリとモモを見やりながら闘技場でのことを思い起こす。


 とにかくリリとモモを黒ノ信徒の領域から連れ出さなくてはと思った。そもそも闘技場には老若男女問わず、人間も獣人も送り込まれてくる。強さが基準になっているわけだから、子どもが闘技場に姿を見せることはなかった。若くても十代後半がほとんど。ただ、強さの基準が実存強度ではなく別の何かであるなら、子どもが送り込まれてくることもあるかもしれないと予想していた。だから、実際に子どもがに送られて来たのを見てしまうと胸中穏やかではいられなかった。大人のなかに子どもが来るなんて、玩具にしかならないだろ。しかも少女の二人は余りにも似すぎていた。俺が暮らしていた貧農家の俺の妹に。だから助けたいという衝動に駆られてしまったのも無理からぬことだった。このことは彼女たちには伝えてはいない。ただ俺と同じ部屋になった縁で一緒に脱獄する運びになったんだと説明している。死んだ妹たちに似ていると言ったところで迷惑なだけだし、これは俺が勝手に思っているだけでいい。俺がかつての妹にしてやれなかった、自由な空のもとで生きて暮らして欲しいという、ただの俺の願望だ。


 ふとした瞬間に胸中をよぎる不安はある。それは貧農家のときも、農奴だったときも、盗賊だったときも、最後には大切な人を、仲間を俺は守りきれなかったという事実。それでへきろうの飼育場で黒ノ信徒にいいように扱われる日々を過ごした。結局のところ、俺は何者にもなれなかった只のおっさん奴隷でしかないけど、リリとモモを黒魔術師の糧になんてさせない。必ず飼育場から助けてやる。それが闘技場を脱獄した本当の理由だった。


 胸中を去来する想いを胸の底に固く閉ざして、ベルジェはポンヌに問うた。


「ポンヌは誰に追われていたんだ?」

「は、はい。お、お姉ちゃんが逃げなさいって。ポンヌは生きなきゃ駄目だよって、でも、私は‥‥‥ぐす」

「そうか、ポンヌの姉が逃がしてくれたんだな。にしても、まさか相手が剣奴とはな。だとしたら姉は死んでいると見るべきーーー」


 ふと脳裏に浮かんだ言葉が口を次いで出てしまった。何も本人の前で言う必要はなかった。迂闊にもほどがあるだろ。だが、言ってしまったものはしょうがない。姉の死という言葉を聞いた瞬間にポンヌは肩をびくっと震わせた。


「ベルおじ、助けようぜ」

「リリ、待つんだにゃ。相手が剣奴なら冷酷非情、もう遅いかもしれにゃい」

「何言ってんだよ、そんなの分かんないじゃんか!」

「そもそも情報が圧倒的に不足にゃ、ポンヌがいた場所はどこか、剣奴の人数は何人なのかとか、分からないことだらけにゃ~」

「けどよ、ポンヌは絶対に姉貴を助けたいはずだぜ」

「ポンヌ、リリの言う通り姉を助けることができるかもしれない。でも、もしかしたら手遅れかもしれない。ポンヌはどうしたいか、俺に教えてくれるか?」

「私は‥‥‥剣奴たちから逃げてきたです。私たちの一団は剣奴たちに村を焼かれた人達がいっぱいいて、みんな住むとこがなくて、それで新しい場所を探して歩いていたです。あ、あの! お姉ちゃんを助けて下さいです。私、一人で逃げてきたけど、でも、みんなを助けて欲しいです」


 最初はたどたどしくはあったが、徐々に力強くポンヌは気持ちを伝える。一団の皆を救って欲しいと言った。


「ああ、分かった」


 ベルジェは確かに頷く。やはり剣奴とは対立することになってしまうか。できれば剣奴と協力した上で、飼育場の脱出を図りたかったが。思い通りにはならないのが現実ってわけだな。振り返って考えてみれば、そもそも剣奴は黒ノ信徒―――黒魔術師の思想に染まっている奴らが多い。俺とは根本的に価値観が違うのだから、いずれ袂を分かつのは目に見えていた。なら早いうちに見切りをつけれたと考えよう。

 にしても、それ以上に看過できないのは、剣奴が村を焼いているってことだ。一体何を考えている?

 ベルジェは、ポンヌが走ってきた南の方角を見た。おそらく、この方角の先に剣奴と彼女の仲間達がいるのだろう。


「索敵術を行う。ポンヌはどの程度の距離を走って来たか分かるか?」

「あ、はい。えっと、多分こっちの方角で2ミーレ(≒3km)ぐらいなのです」

「そうか、ポンヌ。よく教えてくれた」


 これから行うのは刀剣術による索敵だ。リリが実存強度3になったことで初めて使うことができる術。2ミーレは十分に索敵範囲内だ。もちろん、観るのはそれ以上の半径10ミーレ(≒15km)の範囲だ。だが、俺は十分に術を習得しておらず、実存強度3以上しか観れない。だが、脅威となるのは、それらの実存強度。であれば十分だと言える。


「モモは水操術の制御式を、リリは土操術の制御式を練り上げてくれ」

「水操術の制御式にゃ? でも、私達は聖霊魔法を発動出来ないから役に立てないにゃ」

「そうだぜ。それに練り上げろってどういうことだよ?」

「魔法の発動じゃなくて、基礎制御式を組み上げて欲しいんだ。それも精緻にな。それを俺の索敵法術技の土台として使わせてもらうってことだ」

「にゃ?」

「なんか良く分からねーけど。やってみるぜ」

「ああ、頼んだ」



□■□異世界メモ□■□

聖霊魔法の制御式で、相手の実力が分かる。制御式がなくても魔法を行使できるが複雑な魔法は発動できない。というのも、生身の脳では魔法演算は難しいのだ。例えば、ゲームのグラフィック処理を脳みその暗算で行うには難しいように、生身の脳みそで計算するには時間が掛かり過ぎます。


制御式の型は、次の通り。

①標準聖霊魔法:平面単一制御式(実存強度1~)

②高位聖霊魔法:平面複合制御式(実存強度3~)

③複合Ⅰ式聖霊魔法:立体単一制御式(実存強度5~)

④???

□■□メモ終わり□■□



御一読下さいまして、ありがとうございます。

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