5.戦闘の余波
4月中旬まで毎日投稿します。
◇
「ベルジェさんっ!」
「‥‥‥モモ?」
モモの声が聞こえてきて、ベルジェは無理矢理に覚醒する。どうやら俺は気絶していたらしい。半身を起こして辺りを見渡す。自分がいる場所は魔獣との死闘があった所から少し離れたところだった。周りの木々からは未だ燻った煙が立ち昇っている。戦いが終わってからそれほど時間は経っていないようだ。モモは‥‥‥俺の横にいる。ならリリは?
「安心したにゃ。目を覚まさないんじゃにゃいかって」
「介抱してくれていたのか、ありがとよ。俺は大丈夫だ」
ベルジェの声を聞いて、緊張の糸が切れてしまったモモはぺたんと地面に座り込んでしまう。泣き笑いのような表情で目元を拭うモモの頭を、ベルジェは優しく撫でた。俺たちの中で一番の年下なのに、いつも頑張ってくれている。もっと甘えたい年頃だろうに、俺達が住む世界はそれを許してはくれない。
「モモ。リリの姿が見えないが、傷の回復はできたのか?」
「もちろんにゃ、リリはーーー」
「ザ、ザコおじこそ、大丈夫なのかよ? ずっと倒れたままだったし」
「リリ! 動いて平気なのか、いくら生命結晶石で傷を治したからといってもっ」
モモの背に隠れるようにしていたリリが、おずおずとベルジェの前に出てきた。消え入りそうな声で、しかしきちんと言おうと両の手をぎゅっと握りしめた。
「ザ、ザコおじっじゃなくて、その、そうじゃくて‥‥‥」
「リリ、頑張るにゃ」
「あ、うん。そ、その、か、勝手に戻ってきて、ご、ごめんな‥‥‥さ、い。ベルシェさん《・・》は逃げるように言ったけど、引き返そうって決めたのはオレで‥‥‥。だからモモは悪くなくて、悪いのは全部オレで。だから、怒るのならオレに、どんな罰だって受けーーー」
「リリ、罰なんて言葉は簡単に言うもんじゃないよ。それに俺にとってリリが無事なのが一番に決まってる。それにな、考えてみれば俺の方こそ考えが足りなかったよな。誰一人として欠けることなく、この黒ノ信徒の飼育場から抜け出ようって皆で決めていたはずなのに。魔獣を前にしても捨てちゃいけない約束だったはずだ。リリ、すまん。俺の方こそ悪かった」
「べ、ベルジェさ‥‥‥ん」
「だから、そんな泣きそうな顔をすんな。そもそもあんな酷い怪我が治ったんだぜ? にぱーと笑っとけ」
「ふふふ、良かったにゃんね! リリ。ベルジェさんが怒ってなくて。ベルジェさんがずっと目を覚まさなくて、一番に心配していたのはリリだったもん。だから、ベルジェさんから、よしよししてもらうと良いにゃ!」
「そ、そんなこと‥‥‥」
「リリ、怪我が治ってくれて本当に良かった。さすが生命結晶石だ、よく効いてくれたよ。しかし、本当にどこか痛むところはないのか?」
そう言ってベルジェは、リリの傷のない腹部をまじまじと診る。
「ちょっ! いきなりお腹をすりすりするなああっ~~」
「ああ、すまん。傷の治り具合を確認したかったんだ、って!?」
「べ、べつに、恥ずかしくねえし、オレはそんなの気にしねえし。それにオレは戦士だし、傷なんてのは勲章だからっ!」
リリは顔を真っ赤にしてベルジェを自分の腹部から離そうと両手で押しのけた。しかし、思いのほかベルジェの力は弱まっていたらしく、踏ん張りがきかずにそのまま後ろに転がっていってしまった。
その様子を見たモモも慌てて駆け出す。
ベルジェは視界がぐるりと回転していくなかで、リリとモモの慌てた声が追いかけてきた。
そんななかでベルジェは思う。確かにリリの言う通り、俺たち剣奴は傷なんてのは気にしてられない。いくら傷つこうが体が欠損しようが戦わなくてはならない。なにせ戦いは待っていてはくれないのだ。どんな状況下に置かれたとしても、最善を尽くして戦い、そして生き残るのだ。
生きているだけで幸せだろうと人は言うかもしれないが、剣奴の身分のままで良いはずがない。出来れば、普通に暮らして自分なりの幸せを掴んで欲しいと願う。なにせ俺の少年期は奴隷の記憶で埋め尽くされていて、良いことなどなかった。
俺は大きく息を吐いた。
今後のことを考えないとならない。「予期せぬ魔獣との邂逅があったわけだが。‥‥‥はあ、にしても異能に喰われ過ぎだよな、俺は」と倦怠感が抜けない己の体を見やった。できれば魂を食わずに異能を制御できればいいのだが、そう上手くはいかないよな。それにしても、ここまで生命力が削られてしまうとなると、異能を連発は出来ない。
俺は腰に差してある刀に触れた。不安がよぎったからだ。俺自身ーーー刀剣術が強くならなければ、いざってときに誰も守れなくなってしまう。「異能の力を使わないために刀剣術を磨いてきたってのに、実存強度の壁を越えるにはまだまだ実力不足ってことだ」本当に、異能の力に頼る自分が情けない。
「ベルジェさん?」
「ん? モモ、別になんでも‥‥‥あー、そうだな。リリの力に押し負けちまうってのは、これも寄る歳には勝てないってやつなのかねえと、思ってな」
「ベルジェはザコいけどさ、おっさんじゃねえって! 十分若いじゃん」
「そうだにゃ、私らの気持ちを踏みにじらないで欲しいにゃ。ベルジェさんはとっても格好です」
「ちょっ、モモ! 変なこと言うんじゃねえって。そんなこと言うと、オレまでがベルジェさんのこと、すっ、すきみたいに思ってるって誤解されるじゃんかああっ」
「ふふふ。私はそこまで言ってにゃいけどな~?」
にやにや笑うモモ。対して、顔を真っ赤にしたリリはモモの肩口をぽかぽか叩いている。そのじゃれた様子を見ながら、ベルジェはようやく肩の力を抜くことができた。リリが魔獣の攻撃で負った傷が十分に完治しているのだと安堵した。
「生命結晶石による実存跳躍が上手くいって良かった。それに結果として実存強度も上がったようだしな。そうなると、次はモモの番だ。リリと同じように実存強度を上げていこう」
「私が? ううん、生命結晶石はベルジェさんに使って欲しいにゃ。私はあまり戦力になってにゃいから」
「そんなことはないよ。モモの弓術には良く助けられている。上手く敵の意識を引き付けてくれているから、俺の刀も当たりやすくなっている。まー、そもそもだ、若い奴が遠慮なんてしてどうする? って言っても納得しないか」
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