3.異能が求むるもの
4月中旬まで毎日投稿します。
ベルジェと魔獣の間に現れたのは瞳の大きな猫族の少女。先程のリリよりも背丈は小さく、歳は12といったところだろう。
モモはベルジェに手早く再生薬を手渡すと、すぐに踵を返して早く弓に矢を番えて放つ。とにかく魔獣の意識をベルジェから引き離し、再生薬を飲むだけの時間を稼ぐために魔獣に射り続ける。
魔獣は低く唸った。意識の隙を器用に突いてくる矢、そして視界を近遠に動き阿吽の呼吸で接敵して斬撃を放つ大剣。その見事な連携が魔獣の意識を男から少女の二人に完全に移行させた。
男に深手を追わせて終局を向えるはずだった戦場。その空気が再び焦げるように熱くなっていく。
戦闘の主戦が少女たちに移ったことで、何とか作り上げた数秒の時間。その僅かな時間のなかで、ベルジェはモモから手渡された再生薬を無理矢理に飲み込んだ。瞬時に体中の血がカッと燃えるように熱くなる。すると傷口が泡立ちながら回復していき、左腕を締め付けるように脈動していた真紅の文様もまた消えていった。
ベルジェは感覚の戻った手を二、三度握りしめて「よし」と呟く。そして、大きく息を吐いて、刀の柄を握り直した。一刻も早くリリとモモの加勢に行かなければならない。なにせリリたちの実存強度は2しかなく、対する魔獣は3だ。比較が成立しないほどまでに圧倒的な力の差があるのだ。
「ベルジェさん、こっちだにゃ。早くっ」
モモがベルジェの手を引く。戦闘が始まってからほんの数秒しか経ってないはずなのに、モモは傷だらけの満身創痍の状態だった。足は小刻みに痙攣を繰り返している。やはり魔獣との戦いは無理があったのだ。
そう思った直後に、背中に獰猛な殺気を感じた。魔獣の攻撃がくる! ベルジェは反射的に、モモを守るように覆いかぶさった。
が、いつまで待っても攻撃がやってこない。
「良かった。モモの再生薬が効いたみ‥‥‥たい。薬草集め、ホント苦労したんだから、感謝しろよな。なかなか、見つからなくて‥‥‥」
「リリッ!」
見やれば、リリはベルジェたちを守るようにして立ち塞がり、魔獣の攻撃を一身に受けていた。腹の半分が引き裂かれ、吹き飛ばされている。それでも大剣を支えにして、魔獣に睨みを効かせ続けていた。
「モモ、頼む! 早く、リリに再生薬を使ってやってくれ」
「いの、にゃ‥‥‥一粒しかないのにゃ。さっきので最後だったのにゃ」
「へ、へへ。作るのに苦労したって、言った、でしょ。だ、だからザコいおっさんとも、これで貸し借りはなしってこと」
ぐるるっ
と、魔獣が発した唸り声の直後に炎の壁が周囲を閉ざすように立ち昇った。「何か手があるはずだ。リリとモモだけでもこの場から逃がすんだ」ベルジェは周囲を見渡したが、既に退路は炎の壁で閉ざされしまっていた。
リリは崩れるようにしてベルジェにもたれ掛かってくる。ベルジェはリリを抱きとめ、血がこれ以上こぼれていかないよう必死に抱きしめた。しかし、鼓動はあるが、体が限りなく冷たくなっていく。「死なせない。絶対に死なせはしない、絶対にだ!」俺の胸中を察してか、リリがベルジェの手を微かに握り返した。
「ねえ、使ってよ。オレの命を」
「リリ、何を言っている?」
「オレは‥‥‥知ってるん、だ。‥‥‥出来るんでしょ? 魂を使えば実存強度を跳ね上げられるって―――」
「駄目だ。出来るはずがないだろ。それよりも生きることを考えろっ」
「ベルジェさん、使ってくれにゃ。リリと私で決めたんだ。ベルジェさんを生かすために、私らの命を使うって。こんなクソみたいな場所で、黒魔術師のエサになるしかない私達を家族として救ってくれたのはベルジェさんにゃ。ベルジェさんを失ったら、リリと私は死ぬだけだから」
言い返そうとする俺を、リリは残る力を振り絞って俺の手を強く握った。彼女は目で訴える。全てを理解し、覚悟した目だった。だが、俺は首を振る。
「命を云々なんてのはな、一人前になってから言うもんだ」
リリの命を使うなんてありえない。そんなことのために俺は刀剣術を磨いてきたんじゃない。守るために、これ以上何も失わないために刀剣術を手にしたはずだ。
ベルジェは魔獣を見やった。やることは決まっている。再生薬がないのならば、リリの実存強度を跳躍させればいい。実存強度が上がれば身体は超回復に至る。おあつらえ向きに目の前には実存強度3の魔獣がいる。その生命結晶石があれば、必ずリリの実存強度を強化できるはずだ。ならば、考えてる暇などない。
「そこで待っていろ。大丈夫だ、みんな助かる」
魔獣をここで殺す。適わない相手だってのは、もうどうでもいい。必ずリリを助ける、それだけだ。モモがリリの止血をしてくれているが、その血だまりの量は増える一方で数分後には絶命してしまうのは明らかだ。
ベルジェは息を整え、自らの左手を見やった。刀剣術の底上げを図る。俺の刀剣術は魔獣とやり合えても、魔獣の命までは届かない。だから、こいつ《・・・》を使う必要がある。予想通りに、致命傷を負って際に左腕に現れた真紅の文様が収束し血輪が手首に揺らめいている。条件は満たした。あとは俺の体が異能に耐えられるかどうか、いや魔獣を殺すまで体が持っていればいい。それだけだ。
俺はモモにリリを預け、
「モモっ、リリを頼む」
俺は異世界転生者。ゆえに異能が使える。そして、俺の異能は実存強度の上昇。ただ、そのための対価として『親しき者の魂を喰らうこと』が発動条件となっていた。本当にどうしようもなく、クソったれな異能だ。そもそも異能の力は大切で親しき者を守るために使うというのに、その守るべき大切な人を食らわねばならないのだとしたら、最悪でしかない。
だから、俺はその条件を歪める。自分自身の魂を喰らわせるのだ。俺にとって俺が一番親しき者だろう? だから―――裏技みたいな発想でしかないが、俺の命が尽きるまでやり続けてやる。
ベルジェは左手を胸の心臓に当てて、無理矢理に異能を発動させた。
―――連樹系喰
ばちっ
と、乾いた音と共に一瞬だけ真紅の連樹が火花の様に咲き、ベルジェの体を焼き貫く。ばちばちと火花が瞬く度に、己の命を無理矢理に削り取られる激痛が全身を切り刻んだ。
実存強度
炎角狼 3.6651
ベルジェ (3.3551)素:1.3210
リリ 2.9987
モモ 2.5793
□■□異世界メモ□■□
実存強度について。
x.yyzz
①x=存在次元
②yy=次元跳躍するための累積値
③zz=レベル
簡単に言えば「お前は無力だ。俺と存在する力の次元が違うのだから」ということです。なので、1レベルが100レベルに勝てる裏技は存在しません。この世界の住人は弱肉強食を字面の通りに体験し、生活しています。唯一、この法則に抗えるのは異世界の外から来た住人だけです。いわゆる来訪者だけが、この世界法則の枠外いる存在となります。来訪者が使う力=世界外法則を『異能』と呼びます。
□■□メモ終わり□■□
連樹系喰こそが、異世界転生者であるベルジェが持つ唯一持つ異能。その能力は魂を糧にして己の実存強度を一時的に跳ね上げるもの。前提として血輪が左手首に現れる事。そのためには死の淵を経験しなければならない。もちろん還ってこられねば終わりだ。しかし、それでもこの異能こそを主軸として刀剣術を使わなければ、目の前の魔獣を殺しきることは事実として不可能だった。
□■□異世界メモ□■□
ベルジェが使える異能(世界外法則):連樹系喰
発動条件 ①死生に至ること。
②魂を喰らうことで発動可能性を得る。より親しい魂であれば必ず発動する。
③再使用まで20分のインターバルが必要。
□■□メモ終わり□■□
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