28.始まりに芽吹く
ep.29は、9/24までに投稿予定です。
「モモは何も悪くない、巻き込まれただけだ。だから、モモのせいじゃないんだ。俺が戻ってこれたのも、モモが創った聖蒼花のおかげだ。だから自分を責めるな」
ベルジェの言葉も届かない。こんな幼き少女がここまで自分を否定し続けるなんて、一体どんな日々を過ごしてきたというのか。
俺は盗賊時代を思い起こす。親に愛されず捨てられてしまった子らを嫌という程見てきた。おそらくモモもそうなのだろう。だが、分かったところでそれが何になるというのか。傷ついてしまった心の傷は、誰が癒せるというのか。「男の俺ではな、母の愛を示せるわけがないのにな・・・」そう思いながらも、ベルジェはモモを強く抱きしめた。
「モモ!」
リリが聖蒼花を手に大事に抱えて走ってくる。多量の血を流したせいもあって、多少ふらつきながら、それでもリリはモモのもとに一直線に駆けてくる。
その様子をーーーベルジェはリリの腕の回復を見やった。心配していた体内のカロリック量も安定し始めている。失ってしまった血も時間の経過とともに回復してくるだろう。にしても、リリに回復魔法を使い、そしてモモにも回復魔法を使った当の本人が姿を見せないのは、なぜか。一緒にこちらの世界に戻ってきたというのにな。
「モモっ! 良かった、もう本当に良かった。助けられないんじゃないかって、すげえ心配したんだぜ」
リリはモモを覗き込み、無事な様子を視界いっぱいに埋めて、安堵したように目元を拭った。その真っすぐな気持ちが通じたのだろう。モモが微かに瞳に光を灯した。
「リ・・・リリにゃ?」
「モモの聖蒼花を見つけたんだ。これって、モモのだろ? それに不思議なんだ、ほら、ずっと光ってるんだぜ」
淡く揺れるように輝いている聖蒼花。仄かに光っていた花は、少しずつ光量を強めていく。その様子に、ベルジェも興味深そうに覗き込む。目の前で輝く花こそ、モモとの縁を補強してくれてベルジェをこの場所に導いてくれたのだ。
リリはその輝く花をリリがモモに渡そうとするが、モモはうつ向いてしまい、決して受け取ろうとしなかった。
そんななか、騒ぎを聞きつけたのだろう。流民達がベルジェ達のいる遺跡の奥に、入ってきた。先頭のキナノ翁が口を開く。
「一体何が? これは戦闘の跡、まさかーーー」
聖霊を祀る遺跡に、黒魔術師に関係する制御式が展開されていたなぞ夢にも思わないだろう。しかし、キナノ翁は戦闘痕に黒魔術の残香を感じ、ベルジェとモモ、そしてリリの機微を読んだのか、厳しい表情で当たりの様子を確認している。
武装をした豚豪族のブオウとブコツが、キナノ翁の指示に従って広間の左右に分かれて状況を探る。残るブタンがキナノと共にベルジェの元に急ぎ足で駆け付けようと、一歩を踏み出したとき、
エルマと連れ立ってきていた娘のアンナが虚空を指さした。
「来るよ」
聖蒼花は光になった。遺跡の広間の全てを浄化するようにその隅々を照らし出し、温かな光で満たしていく。
モモはその光景を瞬きもせずに、大きな瞳でずっと見ていた。
遺跡はまるで嘗ての光景を思い出すように栄華をなぞる。荘厳なカロリックが溢れて、まるで神殿のような神々しさが目の前に広がっていく。キナノ翁をはじめとする流民たちは、声も出せずに、ただただ見つめるばかりだった。
そんななかで、モモがぽつりと呟く。
「すごく綺麗・・・」
少女は手を伸ばした。何度も何度も黒く塗りつぶそうとしても消えなかった憧れ。夢見ていたのだと、自分では決して届くことのない煌びやかな光景を手でなぞった。すると、どうだろう? そのモモの指先に光が集まって、優しく、だが清高たる声が響いた。
「巫女としての働き、真に大儀であった。幼き身でありながらも導きは違えず、故に王麒樹が間に合った。吾の言葉を守りし民よ、良き器と王をこの地に、よくぞ連れてきた」
月夜の蝶を写し取ったような艶やかな長い髪の女性が、その切れ長の紅い瞳でモモを見つめた。蒼光の華衣を纏ったアルナが優しくモモの髪を撫でながら「何を泣く必要があろう? そなたは良き子である」そう言って、ベルジェに代わってモモを抱き上げた。
「ふえっ!?」
モモを愛しむようになでなでしている。先ほどの圧倒的な登場とは対照的に和やかな空気が流れていた。ただ、見る人が観れば、今この瞬間こそが歴史的な転轍となるのだと、畏怖したことだろう。
アルナはベルジェの視線を受けて、彼にだけ分かるようにニヤリとほくそ笑む。「おいおい、一体何をーーー」ベルジェの言葉はアルナの一声に掻き消された。
「吾は六律が系譜に属する天麒原典。払暁の紅、アルナである。刮目せよ、王麒樹は継承された。この意味、分かろうな?」
その輝かしい御姿を一目見た途端に、キナノをはじめとする流民たちは一斉に平伏した。本能で理解できてしまう。魂が畏れて、顔を上げることなど出来ない。
キナノは自身の体が震えているのに気付いた。人の姿で現出できる聖霊は教会神話にしか登場しない。歴史を紐解けば、帝国建国時に蒼黄鴉が天霊樹(≒オリジン)を太祖に原典継承したというのが有名だ。「・・・払暁の紅」キナノ翁は自らの胸がざわつくのを覚える。確か神話説に、天異界の半分を手中に収めた尊き聖霊がいたとか。確か六律系譜の王たる律龍に反旗を翻した聖霊がいたとか。比類なき力を讃えられて払暁と呼ばれてーーー。ああ、脳が痺れてくる。一体何がどうして、もう何も考えられない。いや、考えたくない。キナノ翁は考えるのを止めた。
「聖霊様?」
モモが事態が飲み込めず呆けたようにアルナを見上げていた。でも、はっと我に返って体を強張らせてしまう。自分のような不浄がいては、聖霊様は怒ってしまうから。モモは身をよじろうとしたが、それ以上の力で抱きしめられる。
「名は?」
「あ、あの。・・・モモにゃ」
「モモか、良き名である。ふむ? なるほど、何か誤解があるようだな」
「え?」
アルナはモモの額に自らの額を押し当て、少女の過去を観た。
「三応儀式にて、聖霊の暴走を招き死者を出したか。確かに綿毛程度の聖霊であったればこそ、急激な力の増幅に耐えられなかったのであろうな。しかし、それほどまでにモモは聖霊と良き縁を結ぶことが出来る。故に、そなたが聖霊に嫌われたのではない。酔いしれた聖霊にこそ責があるべき事象だ」
「で、でも」
「力をつけよ。そして技を磨け。死者は戻らぬが、未来は創ることが出来る。モモにとって良き人達を守れ。それをもって輪廻永劫の呵責は拭えよう」
アルナは微笑む。その微笑みをじっと見上げていたモモは、これは夢ではなく現実なのだとようやく実感して「あ・・ああ」言葉が形にならずに、こぼれていく。そんなモモを優しく抱きしめるアルナは「良い。吾が愛そう。愛しき仔らよ」と、優しく抱きしめたのだった。
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