27.揺れる聖蒼花
ep.28 は、~9/14までにup予定です。
できましたら、物語の評価をして頂ければ、これからの物語展開の参考にしたいと思います。
◇
「くそおおっ、何で斬れないんだ! このままじゃ、モモがっ」
遺跡の天井に張り付くように蜷局を巻く制御式。聖霊制御式と漆黒制御式が混ざったような色合いで、稼働し続けている。その制御式から伸びる触手がモモを絡めとり、縛り続けていた。
リリはもう一度、跳躍して天井で繭を作りつつあった触手を斬る。
弾かれる。渾身の一撃を放ったはずなのに、実存強度3にもなるリリの一撃なのに、その触手はびくともしない。逆に、触手の一本がリリを薙ぎ払う。石床に叩きつけられた苦悶の声が洩れるが、何とか体を起き上がらせた。「くそおおお」何十回目になるだろう? 痛む体を叱咤して、打刀を強く握りしめる。
石床には血の滴りが落ち続けていた。リリは睨むように天井を睨みつけた。触手がモモをきつく締め上げているのだ。このままでは「モモが死んじゃうっ」だから、絶対に触手を斬り落とす! リリは力任せに壁伝いに駆け上がり斬りかかって行く。
10分前のこと。
モモの叫びが聞こえた。空耳なんかじゃない、はっきりと遺跡の方からモモの声が聞こえた。だから、リリは祭事の準備を放り投げて、一直線に声の元に駆け出したのだ。
そして、今。
どんっ
再び、にぶい音が石床を叩いた。多分、今度は骨が折れた。それでもリリは口元の血をぬぐって睨みつける。ここにはオレしかいないだ。ベルおじが来るまで、ううん、違う。待っていたらモモが殺されちゃう。だからオレが何とかしないといけない。それでも、何十回も石段に叩きつけられ、冷たい石を濡らす血。自分の血が石床を染めている、しかしそれ以上にモモの血雫が床に血だまりを作っていた。焦りと不安と、そして恐怖で心がごちゃ混ぜになる。
モモが死んじゃうなんて。嫌だ、そんなの絶対に駄目だ!
モモとの出会いは闘技場よりも数年前に遡る。
どことも知れない町の裏路地。そこでモモと一緒に生き抜いてきた。自分と同じ境遇の子どもたちは沢山いたけど、信じられるのはモモだけ。自分と同じ子らは信じられない、大人のために簡単に裏切るから。大人は信じられない、力のない子どもを消耗品のように使い捨てるから。男は信じられない、幼い体を食い物にするから。女は信じられない、男のために全てを簡単に捨て去るから。
でも、モモだけは信じられた。お互いに欠けた所を補い合ってきた。闇の底で藻掻くような毎日だったけど、モモと一緒なら幸せでいられた。そうやって生き抜いてきたんだ。これからもずっと一緒に生きていくんだって約束した!
「だからっ、絶対にモモは助ける!!」
リリは立ち上がり刀を構える。いや、構えようとしたが、腕がなかった。「え?」何が起こったか分からなかった。リリを叩き落としていた天井の制御式が、変化していた。黒い触手が大鎌に変じて、その一薙ぎでモモの右腕が斬り落とされてしまった。「腕は? 斬られた腕はどこ?」極限状態だった。だから痛みを感じなかったのが幸いだと言えた。泣き叫ぶ選択肢なんてない。そんなのは全部、裏路地と闘技場に置いてきた。
後ろに飛んでいた腕と刀を見つけて、頭上の大鎌が振り降ろされて来るのに合わせて後方に飛び退く。そのまま剣を、残った手で掴もうと手を伸ばした。
だけど、
「なんで? 戦えるのに! まだ戦えるのに、なんで!?」
痙攣を始めた体が言うことを聞かない。小刻みな痙攣が大きくなって手足に力が入らなかった。当然と言えば当然すぎた。まだ大人に成り切れていない少女の体では体力も気力もここが限界だったのだ。突如として襲う痛みに「うああっ」叫び声を上げる。激痛が波打って藻掻くことしかできない。集中が途切れ、無我夢中だった気持ちが切れてしまうーーー。
「いやだっ、モモを助けなきゃ! なのに、どうしてっ、どうして、体が動かないんだよおお」
と、
藻掻くリリの頭上に聖蒼花が落ちてきた。早く逃げて、とでも言うように。多分、戦闘の衝撃で、天井に引っ掛かっていたのが飛ばされてきたのだろう。その花はひらひらと黒き鎌の攻撃に当たることなく、リリの前に咲くように石床の割れ目に刺さったのだった。
「モモ?」
見間違うはずなんてない、モモが創った魔法花だ。リリは這いながらも、モモの聖蒼花を片手に包み込んだ。「モモ、絶対助けるから・・・」涙が溢れてきた。今の自分の力ではどうすることも出来ないのが分かってしまったから。結局最後は、幸せなど望むべくもなく死んでしまうだけ。
無情にも、打ち下ろされてくる黒き大鎌。目障りな小蠅を仕留めるように連撃となって襲い掛かってくる。
自分の体はどうなってもいい。でも、聖蒼花だけは守ろうと必死に包み込もうとするけど、痙攣を繰り返す体は動いてくれない。「そんな、ここまでなの? いやだよお」と零れた叫び。その叫びが聖蒼花を揺らした。淡く蒼く輝き出した花は、天に光を翳した。
がっっ
刀が何かを弾く音。リリを切り刻もうとする鎌がやってこない。反射的に瞑ってしまった目を開けて見えたのは、
「ベ、べルお、じ・・・?」
「間に合ったみたいだな」
見慣れた背中があった。それから切り飛ばされたはずの自分の腕がくっついている。あれ? でも、確かに腕が飛んだはずなのに。理解が追いつかない。けど、
「モモがっ、まだモモがあの中に!」
「ああ、分かってる」
言い終わらぬうちに、ベルジェは距離を詰める。そのまま崩れた玉座を足蹴りにして一気に跳躍した。そのちょうど真上に位置する制御式を、居合抜刀のもとに両断する。既に核となる蟲蛇は倒している。ここにあるのは形骸にすぎず、今のベルジェにとって敵ではなかった。崩れ去る触手と瓦解する制御式に、ベルジェはなりふり構わずに両手を突っ込んでモモを救い出した。
「モモ、大丈夫だ。よく頑張ったな」
涙と血でぐしゃぐしゃのモモの頬を優しく撫でた。すると淡い陽光の煌めきがモモの全身を包み込んでいく。すると、どうだろう? その光は傷をみるみるうちに癒していくのだった。ベルジェがその崩れた玉座に着地する。頭上に蠢いていた制御式が泡のようになって、すっと消えた。
腕に抱いたモモが動く。「う・・・ん」意識が戻ったようだ。朧気ながらにベルジェを見上げて、それから胸の前で手を固く握る。堰を切ったように震えながら「ごめんなさい、ごめんなさい」と何度も繰り返すモモは、
「ごめんなさい、もう魔法にゃんて憧れないから!」
泣きじゃくりながら叫ぶ。誰もモモを責めはしないというのに、ずっと大事に抱き続けてきた憧れを切り捨てるように、少女はずっと震えながら繰り返し続けていた。
御一読下さいまして、ありがとうございます。




