26.『絶望の夜明け、宵闇に至る幸福』
①~8/24まで、ep2からep26 までの加筆修正を行います。演出とキャラ個性を濃くします。
②その他文章の調整です。よろしくお願いします。
③8/24 ~ep.26までの、文章の加筆修正は完了。
不意に体が軽くなったことを感じてベルジェは「ありがたい」と一言を呟く。さらに速度を上げようとする彼の間合いの先にいる渦生が目を開いた。敵と認識したのか、王座の王麒樹の侵食をやめて、鎌首をもたげて真っ赤な顎を開いた。漆黒の制御式が展開され、目も眩む閃光とともに熱線が放出された。
「ちっ、まずい。アルナッ!!」
その熱線はベルジェではなく、アルナを狙っていたのだ。
考えてみれば誰を敵と認識するかは明らかだった。そもそも実存強度1程度の小物を相手するはずはなく、強大な聖霊魔法を展開するアルナを狙うのは必然だった。
聖霊魔法の最高級を紡いでいるアルナは身動きができない。ベルジェは攻撃の対象を蟲蛇から熱線に移す。刀技術によって、その軌道を変えようというのだ。
『ーーー構わぬ。このままでよい。ベルジェ、お主はそのまま蟲蛇を仕留めることを優先せよ。なに、吾であれば、この程度の熱線など効きはせぬよ』
アルナの声が耳元で聞こえる。遠耳の聖霊魔法か? 聖霊魔法の並列起動ができるってことなら、余裕があるとみていいはず。なら、俺は黒魔術を放っている大元の蟲蛇の頭を刈るのみだ。
渦生である蟲蛇はベルジェを取るに足らぬ者と思っていたのだろう。刀の間合いに晒されていることは肌で感じていながらも、実存強度1の攻撃は現実化されないと高を括っていた。
だが、例外は存在した。それが目の前の小物だと気づいたときには、既に自らの首は宙を舞っていた。
「天無辺・双華月」
修久羅利による居合。蟲蛇に見えたのは、ぬらりと光る刀身と刀技による双月だけ。そして、全ては霧散していくかに見えた。しかし蟲蛇に残された『喰らい尽くせ』という指令が最後の咆哮を上げさせた。
蟲蛇の体表を覆っていた幾千もの針が逆立ち、その一本一本に漆黒制御式が浮かび上がった。頭部を失った体がうねり、ベルジェの体に蜷局を巻いた。あまりの締付けの力で、蟲蛇の身体自体も耐え切れずに血肉が飛び散った。
『ーーーベ、ルジェ、ッ!』
誰かが叫んだのだろう。その掠れた声音がアルナのものだとしたら、あまりの変わりように身の毛がよだつ。一体アルナに何が起こったというのか。蜷局を巻く蟲蛇に向かって、辿々しく歩く姿は火傷で爛れたアルナだった。やはり蟲蛇の渾身の力で放たれた熱線を防ぎ切るには、現状のアルナでは荷が重かったのだ。『ベルジェ、いま助けてやるゆえーーー』倒れ、咳き込む。先程の聖霊魔法を行使したことにより、限界を迎えてしまったようだ。アルナの四肢が崩れてきているが、それでも、
『ベルジェ。吾は、お主に王麒樹を託したいのだ。お主であれば吾では出来なかった無道乖離の先にーーー』
指先をベルジェーーー蜷局を巻き続ける渦生に向ける。指先とは言っても、微粒子となって消えゆく光子然となっていたのだが。『希望を失うわけにはゆかぬ』言葉を呪に変えて、アルナは全身を無理矢理に動かす。
寸前で、ずんと空間の底が割れたように震えた。
赤い閃光が明滅し、蟲蛇の蜷局の内部から四方八方に赤黒い樹枝が飛び出てきた。
『なっ、連樹子!?』
驚くアルナは、しかし瞬時に苦虫を噛み殺した表情になる。そうだ、連樹子を抑えこむ聖
霊魔法は途切れてしまっていた。だから、当然に連樹子は目覚める。枯れた世界からの訪れーーー来訪者を覚醒せんがために。
ベルジェを飲み込んでいたはずの蜷局は完全に砕け散り、代わって赤黒き姿をしたベルジェが姿を表す。顔を苦悶に歪めながらも、自らの異能を必死に抑え込もうとしていた。
「くっそ。言うことを聞きやがれ」
連樹子がこれ以上大きくならないように、これ以上樹枝を伸ばさないようにと必死に留める。今までこんな事になったことは一度としてなかった。悪寒がベルジェの背中をそっと撫でていく。そうか、俺は異能を御しきれると慢心していた? 荒れ狂うに相応しく連樹子がベルジェの意識さえも刈り取ろうとする。
『大丈夫だ。吾に任せるが良い』
湧き上がっていく恐怖を打ち消すように、落ち着いた声音がベルジェの耳元に響いた。アルナ? 大丈夫だったのか。ベルジェは僅かに動く頭を上げて彼女の姿を探す。言葉を失った。彼女の体は過度の熱線で血肉が融け落ち、四肢はすでに粒子に還っている最中ではないかっ!
その粒子が小さく聖霊魔法の制御式を形作る。発現される効果は治癒。その治癒が優しくベルジェの体を包んでいった。またも耳元で声がする。
『焦るでない。呼吸を深く、連樹子を御しきれると自分自身を信じよ。連樹子は異物ではなく、己が手足。ゆっくり樹枝が体内に巻き戻るように意識するのだ』
「なぜ、そこまで? アルナ、俺のことはいい。自分を治すために、治癒魔法を使って・・・使ってくれ、よ」
『さてね。・・・ただ、お主と出会えたのが吾にとって最後の幸運であったのだろうな。この隔絶された空間で朽ち果てるだけの吾は、ベルジェ、お主に希望を見た。吾の願いを叶えてくれるかも、しれ、ないとな。・・・勝手にそう思っただけのこと、だから気にするでない』
連樹子が消失していくのに合わせて、アルナの姿形が溶けていく。ベルジェが何かを言おうとするのを、あえてアルナは自身の唇に人差し指を立てて、それ以上は言うなと制した。
『ベルジェ、お主は生きろ。こんなところで朽ち果てては、お主の大事な娘の涙を誰が拭うというのか。既に渦生であった蟲蛇は倒した。あとは帰るのみであろう?』
体の半分が光子の飛沫に包まれているなか、真っすぐにベルジェを見つめた。
『この次元から帰るには吾の王麒樹を使えばよい。あの娘の縁を辿れ、さすれば帰れよう。だから、どうか吾の王麒樹を受け取って欲しい。吾が全てを賭けて創りし、吾のすべてーーー王麒を』
「なに言ってやがる、アルナ。お前も来い。今にも泣き出しそうな顔で、そんな奴を置いて行けるものか」
『優しいな、ベルジェ・・・残念ながら、既に八騎士が気付いてしまった。ここで押しとどめる者が必要なのだ』
何とも言い表せない悪寒が背筋を凍らせた。呼吸すらを失わせるような、圧倒的な存在の力を感じる。
紫の閃光が空間の全てを埋め、轟音が爆ぜた。幾本もの紫光の槍が降り注いできている。瓦解する天井、そして闇向こうから覗く認識すらできぬモノ。おぞましき空間のうねりがベルジェたちのいる空間を震わせた。
『急げ、ベルジェ。アレは八騎士の先ぶれ、幸いなことに本体ではない。早く王麒樹に触れてくれ。そして娘の姿を思い浮かべよ。さすれば、向こうから順流に応えてくれるはずだ』
ベルジェは王座の王麒樹ではなく、アルナを有無を言わさず抱きかかえた。
『なっ!?』
「黙ってろ、舌を噛むぞ」
それから一気に王座に向かって駆ける。既に人の姿として存在が希薄になっているアルナを、その体に少しだけ体重を感じて安心する。まだ間に合う。「振り落とされないように、しっかり掴まってろ」とだけ言う。
アルナは予期しないことに一瞬だけ呆けてしまったが、いまは頭上から降り注ぐ瓦礫と爆風を防ぐために防護壁の聖霊魔法を展開している。『まさか、かような男がおるとはな』と、悲しいとも嬉しいともつかない笑みを零していた。
降り注ぐ光槍と爆風を搔い潜り、王麒樹に手を伸ばした。
そして、次の瞬間には王麒樹と共にベルジェとアルナの姿は消え去っていた。
だから、ベルジェ達の一部始終を誰かが観ていたとしても気づくことはなかった。なにせアルナは力と存在が消え去ろうとしていたし、まして修久羅利をようやく使える程度のベルジェであっては感知が出来ないのは当たり前だった。
壮年の男の声が響く。
『絶望の夜明け、宵闇に至る幸福』
漆黒の緻密な制御式が空間を満たす。八騎士の現出を妨げていた防御陣を、別の術式に変えた。空間の断裂が間口を大きく開けて、八騎士を真に留めていた力の奔流が激しく唸りを上げて火球に変ずる。刹那に爆縮して、空間ごと消滅した。
男が何者で、なぜこの場所にいたのか、どのような意図があって八騎士を押しとどめていたのか、その疑問すら持つ余地を与えられぬまま王座の持ち主達はこの次元から転移したのだった。
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